#1.5 前半
『プブリウス‼︎お前‼︎女だったのか⁉︎』
主人は声には出せなかったものの愕然とした表情で、プブリウスを穴が空くのではないかと思うほどマジマジと見つめた。
「いかにもワシは雌だが、そんなに驚くことか?」
黄金の輝きを放つ波打つ髪。凪いだ草原を思わせる浅葱色の美しい瞳。凛々しい顔付きの女性が笑みを浮かべ、主人の目の前に佇んでいる。
胸の膨らみを強調した真紅のドレスがよく似合っている。彼女の本来の姿は、赤い鱗を鎧のように纏ったドラゴンなのだ。
『今まで雄だと思ってたから…』
眩しいそうに目を細めて息を呑むと、慌ててプブリウスから顔を逸らす主人。
本当、このお方は人型になるといつも人を魅了するんですよね。
プブリウスはドラゴンの勇ましい姿と打って変わって、人に変化すると誰もが羨望で振り返る、見目麗しい容姿になる。
けれど、主人の美貌もプブリウスに匹敵する。いや、私個人の意見としては上回る。
主人の瞳は深い闇夜のように底しれなく、見つめていると引き込まれてしまうほど綺麗であるし、端正な顔立ちもしかり、陶磁器のように白肌も美しい。今は青ざめているが…。
『淑女に対して、俺は剣を構えていたのか…』
プブリウスには話してはいないが、主人は過去3回ほどプブリウスに対して決闘を申し出たことがある。
プブリウスにしてみれば、好き勝手に勝負を挑んくる無数の人間は蝿がたかっているぐらいの心持ちで相手にいるのだが、プブリウスから『人間たちには迷惑している』と聞いたこともあり、主人は深く反省していた。
主人は今まで好敵手を雄として認識していたのだから、その衝撃は半端ないだろう。
「何だ?その男尊女卑発言は⁉︎アーサー、お前らしくもない。ドラゴンは雄も雌も関係ない。強いものが皆から尊敬されるのだ。少なくともワシは今まで出会ったドラゴンの中で最強だ」
腰に手を当てて豪快に笑うプブリウス。淑女という表現にはほど遠い。
『プブリウス様がおっしゃる通り、お気になさらなくて宜しいですよ。このような方ですから』
『マーリンは以前から女だと知っていたのか?』
恨めしそうに視線を落とす主人。
私は軽く尻尾を振りながら、喉の疵がもとで声の発せない主人に対して、テレパシーで答えた。
『はいっ、顔見知りでしたから』
何故、このような高度な能力が扱えるのか?それは世間ではただの犬。しかし、その正体はブラックドッグという精霊であるからだ。しかも、そんじゃそこらのブラックドッグではない。闇の精霊女王ニムエ様のブラックドッグである。えっへん。
「ワシは此奴の昔の主人ニムエの古くからの友人でな。マーリンとしての此奴にも何度も対峙しておる」
マーリンとしての此奴?
はて?何を言っているんでしょうか?
しかも、ニムエ様のことを昔の主人などと…。私は変わらず、ニムエ様のことを主人としてお慕い申し上げてます。今はアーサー様を主人と敬い、お側にいますけど…。
『教えてくれれば良かったのに…』
深く考える前に、主人の愚痴が私の思考を止めた。ふくれっ面で主人は私を見下ろす。
少し拗ねた感じが堪らなく可愛らしい。
『聞かれなかったですし…。プブリウス様は人間とは違いドラゴンですから』
ドラゴンと人間とでは世界観が違う。だが、主人は納得していないようだ。伸びた前髪から不服そうな眼差しが垣間見えた。
『せっかく、手合わせしてもらおうと思ってたのに…』
「おっ、闘うのか?久々だな。人間と闘うのはっ!アーサーとなら楽しめよう!」
この森は私と魔王モードレッドの結界魔法で普通の人は訪れないように施している。つまり、大火災の一件以来、プブリウスに決闘を挑む人間も誰一人として森へ入ってこれない。
『いや、絶対に無理。女性に刃を向けるなんて到底できない』
主人はプブリウスの言葉を一掃した。主人にとっては、今やプブリウスは女性なのだ。ドラゴンであろうが、知ったことではない。
「差別だ。それは男女差別というものだ!」
『プブリウス様、アーサー様は騎士道精神をお持ちのお方です。ここはご容赦ください』
主人にとって女性と手合わせをすることは拷問に等しい。プブリウスは鼻息荒く言った。
「か弱きものを守るといったあれか?心がけはアーサーらしいが…。ワシもその部類に分類されるとは」
心なしか、頬が赤く染まっていませんか?プブリウス?
貴婦人扱いされて気分を害したわけではなさそうだ。私と視線に気づくと咳払いをして、プブリウスは言った。
「まぁ、良かろう。異論はあるが、致し方ない」
プブリウスもモードレッド同様、言葉を話せない主人との会話に差し支えはない。
ドラゴンは古から生きていることもあり魔法の類が得意である。プブリウスも魔法はもちろん精神感応も拾うことができる。特に禁呪や解呪が得意だったか。
「アーサーを驚かせようと人の姿で出迎えたのだが、ワシの失態であった」
プブリウスは小さな声で呟いた。
プブリウスの住まうトイトブルクの森に私たちがすぐ転移出来るようになったのは、最近のことだ。
スノー暗殺未遂事件のときに、モードレッドが魔王城とアルムの山小屋を簡易に行き来できるよう魔法陣で繋いでいたことが判明したのを機に、トイトブルクへも連絡通路を施したのだ。
今まではプブリウスへ用事があれば、主人と遠く長い道のりを一日中駆けて、トイトブルクの森まで辿りついていたのだが、モードレッドに頼みこみ魔法陣を作成してもらった。
当初、主人は魔法陣にどちらかと言えば異議を唱えた(訓練も兼ねて走りたがった)のだが、時間短縮を考えると魔法陣が最適である。
もちろん、私も転移魔法は可能だ。トイトブルクの森へは何回もニムエ様と一緒に魔法陣で移動しているので、それに連結する魔法陣を書けば、私も対象を転送することができる。ただし、その対象の大きさの魔法陣を口で咥えた木の棒などを使い、その都度、描かなければいけない(一度、使った魔法陣は消えてしまう)。私にとってはかなりの労力なのだ。
モードレッドならば、半永久的に使用できる魔法陣を作成できる。それだけ魔法や魔力に長けている。
しかしっ、モードレッドの奴めっ‼︎
道理で、幾つの山や川、渓谷で隔てられた魔王城から、頻繁に主人のところへ通っていたわけだ。
まぁ、魔法陣なんかなくても飛んで来そうですけどね。
モードレッドは世間から規格外の魔王と称されるだけあって、各種の魔法に精通している。実際、空間に魔法陣を描いて、宙から出現したこともあった。
そのような経緯があり、私たちは銀杏舞う森深くのドラゴンの棲家、洞窟前に瞬時転送された。
中秋、樹木の葉が彩り、自らの色を主張し始める季節。風に躍る葉っぱの旋回が端々に見受けられ、主人は感慨深げに木々を仰いだ。
いつも思うんですけど、何故、ラスボスクラスは洞窟に居を構えるんですかね?
魔王モードレッド、レッドドラゴンのプブリウスを例に挙げていますよ。
その洞窟前で姿勢を正し、緊張した面持ちのコボルトが待っていた。ブラック帯に同色の礼服を着こなしている。
主人の到着を感知したプブリウスは、いつもと異なり、出迎えに執事を寄越したらしい。
一瞬、執事は主人の顔色を窺い、思わず後退ったが、すぐに体勢を整え最敬礼をした。
主人は闇魔法の加護と持ち合わせた威圧感から、対峙したものへ誤解を与える。
怒ってる?もしくは何か企んでいる?更には殺される‼︎
敵意をもたない相手に対して、主人は常に穏やかな心情で接しているのだが…。
「お久しぶりです。アーサー様」
『貴方は…』
『誰?』
主人?酷いですよ…。
この方はスノーの案件の際、貴方様がこちらへ問答無用で送りつけたコボルトさんではないですか…。
『以前、プブリウスさんにお仕置きをお願いしたコボルトですよ。そのぉ、スノーを…殺そうとした』
主人は僅かに首を横に傾けて、しばらくすると左手を右拳で軽く叩いた。
「あの時は大変失礼をいたしました。スノー様にも多大なご迷惑を…。そのような言葉で済ませれませんね。あれから、私はプブリウス様の元で改心いたしました。親子共々、今ではプブリウス様にお仕えしております」
プブリウスに送りつけた罪人は幾人かいるのだが…。ロバにならなかったのは極めて少ない。大概、プブリウスの宝物庫にある金目の物に手をつけて呪いを受けるからだ。そして、ロバとして荷運び等の労働を課せられ生涯を過ごす。
呪いを授からなかったなかでも、そのまま仕事に従事させるのは希少というべきか、初めてではないだろうか。
『親子共々?』
確か、このコボルトは借金に追われて、母親に苦労をさせたくなく、犯罪に手を染めたんではなかったでしたっけ?
「プブリウス様のところへご案内いたします。こちらへどうぞ」
いつもなら洞窟奥のゴツゴツした岩が剥き出しになっているプブリウスのねぐらへ、主人は勝手に直行するのだが、今回は初めて客間へ通された。
『あったんだな。こんな部屋』
主人はキョロキョロと顔を見回す。
アンティークの調度品で揃えられた落ち着きのある客間で、繊細な加工が施された家具は全て重厚な趣きがあった。プブリウスの趣味とは全く思えない。
その中心に備えてあったカウチソファから、余りにも整った顔立ちの女性が主人を認めるなり颯爽と立ちあがり両手を広げた。
「アーサー、よくぞ来てくれた。久々の来訪、心より歓迎する」
『誰?』
「何だ?分からないのか?」
一度会えば、美人に弱い主人が彼女のことを忘れるはずがない。
私はテレパシーではあるが、耳打ちするかのように、主人へそっと囁いた。
『アーサー様…。プブリウス様です。珍しく人型でいらっしゃいますから、信じられないかもしれませんが…』
そして、冒頭の主人の発言に繋がる。
『プブリウス様?コボルトさんは親子で雇ってらっしゃるんですか?』
私は疑問に思って、プブリウスに尋ねた。
「ここに来た当初はワシに怯えて、全く役に立たなかったが…。意外に、よく働くやつでな。聞けば、借金があり、母親は借金取りに追い回されていると言うじゃないか。可哀想に思い、母親もこちらに呼び寄せた」
ソファへ再び腰をおろしたプブリウスは大仰に天井を仰ぎ片手で顔を覆う。執事は自分の話だと気づいたようだ。彼は肩身が狭そうに隅に控えていた。
『そうなんですね』
プブリウスが指をパチンっと鳴らす。
「また、面倒ごとを押しつけてと憤慨もしたが…。母親も身を粉にして働いてくれるし。良い人材を紹介してもらったと、今では感謝している」
客間の扉が開き、メイド服に身を包んだコボルトが恭しく低頭して入ってきた。
「不祥の息子が大変ご迷惑をおかけいたしました。何とお詫びを申し上げればよいのか…」
『過ぎたことだよ。スノーも無事だったし。これから、プブリウスのところで罪を償ってくれればいい』
優しく微笑みかけた主人と頭を上げたコボルト母の視線が交差し、彼女は尻餅をつく。コボルト母は涙目に両手を口で塞ぎ、ガタガタと体を震わせていた。
「本当に申し訳ありません‼︎息子の命だけはどうか‼︎どうか‼︎」
コボルト母は言葉を発すると同時に、床に擦りつけるように額を押し当て平伏する。
困惑する主人を他所にコボルト母は続ける。
「この身で宜しければ、私の命を差しだします」
主人は体の前で必死に両手を振っている。
『そんな必要ない‼︎』
コボルト母は土下座の体勢を崩さないので、主人の動作を窺い知ることはなかった。
まぁ、確認したところで恐怖心は消えないだろう。私は主人に伝えた。
『アーサー様を怖がっているんでしょうね』
『オレ⁉︎何もコボルトの母君が怯えるようなことはしていないぞ』
プブリウスは呆れた様子でコボルト母へ状況を説明した。
「アンナよ。心配するでない。アーサーはお前の息子の命も、況してやお前の命を奪おうなどとこれっぽっちも考えていない」
アンナと呼ばれたコボルト母は主人へ顔向けできなかったが、プブリウスの言葉に耳を傾けた。
「アーサーは元々こういう顔なんだ。何故、こんな美しい男に皆の恐怖心を煽られるのか?気持ちは理解できんがな」
プブリウスは額に手を添えて思案した。美しく豊かな金髪が揺れている。
「そうだな…。ワシに初めて会ったとき、お前は腰を抜かすほどにドラゴンのワシに萎縮したであろう。あれはワシのドラゴンとしての気迫に畏怖を感じたのだ」
あっ、それはね。貴女の本来の姿に慄いただけだと思いますよ。史上最強のレッドドラゴンって自負していたじゃありませんか?
私は思わずプブリウスの言葉を本人の知らないところで否定する。
「それと同じで、アーサーの威圧感に本能が危険だと察知しているのだろうよ。アーサーの本質を知ればそのうち好きになると思うぞ。此奴は魔王さえ惚れこむ男だからのう」
アンナは顔をあげ立ちあがる。即座にコボルト息子がアンナの傍へ寄り添った。
「母ちゃん、オレのせいで」
コボルトさん、言葉が素に戻ってますよ。
乱暴な態度で私たちを威嚇していたアサシンのコボルト息子をここまで教育しなおすとは、プブリウスの手腕は大したものだが…。
「大丈夫よ、ジャック…。アーサー様のご慈悲、心から感謝いたします」
アンナは背筋を伸ばすと、主人へ謝辞を述べた。簡単に気持ちは切り替わるものではないが、堂々たる姿勢は天晴れである。
『羨ましいよ。素晴らしい母君だな。オレは母上の記憶があまりないんだ。幼い頃に死に別れたから…』
主人はアンナの姿を称賛した。亡き母君を慕情したのだろう、少し沈んだ主人の様子をみて、プブリウスがアンナに命じる。
「アンナ、あれを持ってきてくれるか?」
「畏まりました」
お辞儀をして、アンナは一旦退室したが、しばらくして、ワゴンにティーカップへ注がれた紅茶と皿へ均等に並べられた黒色の四角い小さな物体を乗せて戻ってきた。
はちみつポットもそれらの傍らに用意されている。中身はメープルシロップか、プブリウスは甘党という主人の好みを存分に把握しているようだ。
「カカオという植物から取り出した豆で作ったんだ。本来は薬として調合されるらしく苦味があるものなんだが、南方の大陸ではお菓子としたものが重宝されていると聞いてな」
プブリウスはテーブルを挟んで向かいのソファに着座している主人へ皿を差し出した。
「ニムエの意見も参考に作ってみたんだ。アーサーが気に入ってくれれば良いのだが」
主人は手を伸ばしそれを掴む。マジマジと鑑賞して、口へ投げ入れた。
『…美味しい。口いっぱい甘さが広がって、確かに苦味が少し残るけど、程よい感じだ。これ…アルムにお土産に持って帰っても良いか?』
主人が小さなお菓子を次々に頬張る。
満足気にプブリウスは頷いた。
それっ、私にも頂けますよね。
固唾を飲んで私は主人を見守った。主人より先に私の動向に気づいたプブリウスは何気に言う。
「そうだ。マーリンは食えんぞ。犬には毒だとニムエが言っていた」
えぇー!そんなに美味しそうなのに!
『私はブラックドッグです。犬ではありません』
主人はお菓子に夢中で、私たちのやり取りを聞いていない。
そんなに食べたら、アルムのお土産分がなくなってしまいますよ。
「マーリンには食べさせるなと、ニムエからことづかったんだ。ニムエを泣かせるつもりか?本意ではないだろ?やめておけ」
プブリウスは私から顔を背くと片手を払った。
ニムエ様のお言葉なら従うしかあるまい。私は泣く泣く了承する。
アンナが私の手前に、山羊ミルクへメープルシロップを溶かしたものをそっと置いた。どうやら、プブリウスの先の発言で私も甘いもの好きと判断されたらしい。
『それにしても、そのような珍しい木がよく育ちましたね。ここは北の大地ですから、栽培も難しいのではないですか?』
プブリウスはアンナが用意したティーカップの取手へ指先をかける。
「モードレッドの小僧がこの森に再生術をかけただろう?何故か、珍しい植物がなるようになってだな。そのうちの一つだ。森の比較的暖かく湿気のあるところで育つんだ」
ドラゴンの寿命は永い。凡そ400歳程度のモードレッドでさえ小僧と軽んじる。
一口、紅茶を啜り続けた。
「彼奴のおかげで焼土と化したこの土地に草木が芽吹いたのは喜ばしいことだが、彼奴の力は末恐ろしい」
刺された槍の痛みに我を忘れて荒ぶった暴竜が、主人に槍を抜かれて正気に戻ったとき、その事態を後悔して咽び泣いた。
本来ならばドラゴンは森の守護を司っている。意図せず、護るべき森を焼いてしまった哀しみは我らに測れるものではない。
そこで、モードレッドは試しに再生術を施した。以前、小規模で回復術を試みたことがあったが、力が暴走して、回復どころか死に至らしめたことがあるそうだ。
自分自身をコントールするため、自分の力が如何様なものか試す必要性がモードレッドにはあったのだが、トイトブルクの広大な森全焼失はそれを活かすチャンスであった。少しずつ力を解放していき、3割程度の力でこの森は息を吹き返した。
私はその後、モードレッドに回復術で傷を治してもらったことがある。ある意味、怖いもの知らずだ。ただ、主人へ否応なしにベタベタするモードレッドのことは嫌いだが、信頼はしている。
『まぁ、森は蘇生したのですから』
私は山羊のミルクを飲み干して、プブリウスを見上げる。憂いを帯びた表情であったがプブリウスも肯定した。
「うむっ、そうだな」
『あっ、アルムの分も食べてしまった』
主人は予想通りお菓子を全部平らげた。プブリウスが平然と答える。
「大丈夫だ、アーサー。まだ沢山ある。アルムとやらにも、食べさせてやれ」
満面の笑みの主人を、プブリウスは幼子を見るような優しい眼差しで見つめる。優雅な仕草で膝の上で肘をつき、手のひらに頬を乗せた。
「さて、本題だが…。今年もあれが欲しいのか?」
主人は茶を飲もうとティーカップに指を添えたのだが、プブリウスからの問いかけに手を止めて、彼女の正面を見据える。
『お前の鱗が欲しいんだが、女性に無理はさせられない』
「無理?はしていないが…」
主人は申し訳なさそうにプブリウスに断ったのだが、彼女は鋭く研ぎ澄まされた爪でポリポリと頬を掻いた。
毎年、この時期になると、主人はドワーフから『ドラゴンの鱗』の入手を依頼される。雪深い地方のドワーフの一部は、冬籠りで武具の細工作りに励むので、材料の需要が高まるのだ。
もちろん、ドワーフ自身も冬を前に、武具の材料を手に入れるため、各方面へ散らばる。ただ、どうしても入手困難な希少材料は買い求めることになる。
「よっ!同胞‼︎」
いつの年からか、彼らの長が主人の話を嗅ぎつけて、アルムの小屋へやって来るようになった。同胞と声をかけられるのはアルムだ。
アルムは紛れもなく、種族・人間なのだが、容姿が彼らに近いせいか、ドワーフに同胞と呼ばれている。
「旦那はいるかい?今年もお願いしたいんじゃ」
気が難しく人見知りの多いドワーフが、歯茎を見せて笑顔で願う。
ドラゴンと遭遇するのは伝説級に難しい。数年前までは、それでもトイトブルク森へプブリウスが存在していたのだが、現在、その貴重なドラゴンは人に倒された(とされている)。
人前に姿を見せるドラゴンはとても珍しいのだが、プブリウスはとても変わり者だったと言えよう。
入手先を秘密にしてくれるのならとアルムを介してドワーフの長老と約束を交わしているため、主人はプブリウスに鱗を毎年乞うのだ。主人から購入していることは、ドワーフの長老とほんのひと握りの彼らの幹部ぐらいしか知らないはずだ。
プブリウスにとって、主人は槍を抜いてくれた恩義があるので、通年、快く鱗を分けてくれた。
「何を?無理をさせているんだ?」
プブリウスの質問に主人は顔を曇らせ回答する。
『鱗を剥いでくれているんだろ?』
プブリウスは眉を寄せて堪えていたが、我慢できず吹き出した。主人は不思議そうに、腹を抱えて肩を揺らすプブリウスを窺う。
「あれは剥がしているのではない。生え抜けたものだよ」
ドラゴンはある時期がくると徐々に鱗が落ちて生え変わる。
『そうなのか?』
「なるほど、それで無理か…。心配することは何もない。何なら、欠けた爪も取ってある。お前が望むかもしれんと思って」
爪と聞いて、苦々しそうに主人の眉間へ皺が寄る。
『オレ、昔、爪を一枚一枚剥がされたことがあって、痛いって言葉で片付けられるほど、苦痛が半端なかったから…。鱗も剥いだらって…』
プブリウスは絶句した。私へ怒りの眼差しを向ける。
「お前は何をしていたんだ‼︎」
『私に出会う前です。主人は拷問を受けたことがありますので…』
「それはそうだろうな。契約後であれば、治癒能力が働くだろうし…。しかしっ…」
二匹の間の澱んだ空気をいつになく感じとった主人が慌てる。空気を読むとは、主人も大人になったものだ。
『ほらっ、お前。鱗をくれるとき、奥へ行って姿を見せなかったじゃないか?だから、引っこ抜いているのかなって』
ぎこちなく口角をあげる主人。主人の努力を見てとったプブリウスは如何ともし難い様相で渋々話題を変えた。
「あれは宝物庫に保管しているから、取りに行ってたのだ」
主人が宝物庫という言葉に関心を持ってプブリウスを見つめたので、プブリウスが睫毛の影を頬に落として尋ねた。
「見てみるか?」
そして、私たちは宝物庫へ足を運ぶことになったのだ。