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ファンタジーでハードボイルドしてみたさ  作者: 礼三
#1 絶品の林檎パイはいかが? -スノーの依頼-
10/27

#1-10

 我々が露台ろだい手摺てすりへ足を着地したところで、目の前を虹色の光線が遮る。

「結界が解けていく様、綺麗だったね」

 突然、宙に浮かびあがった魔法陣から、モードレッドが現れた。日に透けた髪が光輝きそよいでいる。

『モードレッド‼︎』

『来ましたね』

 私と主人はこの城まで森の中をひたすら走ってきたのだが…。

 モードレッド、空間に描いた魔法陣から転移してくるとは恐るべし。

 今この時までモードレッドはフェイの鏡があったので、この城に近づきたくなかったのだろうと私は推測している。

 モードレッドの母親もフェイの一族である。多分、フェイとは関わりを持ちたくないのだ。

 そんな私の考えは他所にモードレッドはカーティスに声をかけた。

「カーティス、久しぶりだね。あんなに小さかったのに、人は成長が早いな」

 カーティスは恐縮しながらもうやうやしく答える。女主人の執事ぐらいしか認識がなかったが、近くでよくよく見れば、長い髪を一つに束ね、身なりも綺麗に整えており、渋さを兼ね備えた美丈夫である。

「恐れ入ります。モードレッド様は一切お変わりなく、以前お会いしたときとたがわず美しくいらっしゃる」

 カーティスは四百うん歳のモードレッドを褒め称えた。いささか疑問を感じた私は尋ねる。

『お知り合いですか?』

 モードレッドは頬を指で掻きながら、私の質問に返答する。

「カーティスがまだ子供だった頃に一度ね。そちらのクラウディア嬢とも面識はあるよ。クラウディア嬢は覚えていないかもだけど」

 何ですか?言葉にいつものようなキレがないですよ、モードレッド。

「当時、ご存命でしたエルスペス様とご一緒に、モードレッド様のことを、この世のものとは思えない程の美しいお方だと騒がれておりましたので、忘れるはずはございません」

「でも鏡のせいで長い夢を見ていたんだから、もし忘れてても仕方ないと思うけど…」

 鏡が割れた衝撃で、クラウディアはカーティスに抱かれて眠ったままだ。長い夢からめるにはまだ少し時間が必要のようだ。

「この度はご尽力いただきありがとうございました」

 カーティスはクラウディアを支えているので、立ちあがることはなかったが、モードレッドに対して、膝をついたまま丁重にお辞儀じぎをした。

『何なんですか?』

 大体の予想はしているが、敢えて聞いてみる。

「カーティスから手紙が届いてね、相談されてたんだ。クラウディア嬢にスノー君を殺させたくないってね」

『ヘェー』

 全てが白々しく感じてしまう。犯人を知っているどころか、事情まで把握していたってことですよね。

「幼いときに一言ご挨拶を申し上げただけの私の願いに応えてくださり、このご恩は必ず…」

「そういうのはいいから」

 困った顔でモードレッドは髪を掻きあげた。

「スノー君の上顧客である私が偵察ていさつに行った矢先、あんなことがあったから、アーサーのところへスノー君をすぐに向かわせたんだよ。えへへっ」

 えへへっ…。じゃあ、ありませんよ。

 うるわしく誰もが見惚れるような笑みに皆騙されるんでしょうけど、わたしゃ〜、そうはいきませんよ。始めから全貌をご存知の上で、私たちに依頼したってことですよね。ねっ?

『ふーん、そうだったのか。まぁ、そう言うことなら、無事に解決ができて良かった』

 しゅ〜じ〜ん…。人が良すぎるのもどうかと思いますよ。もう少し、もう少し、モードレッドへ厳しい態度をとることも、時として必要かと思いませんか。

 …とは言えず。

『そうですね。皆様、大事に至らなくて』

 コボルトさんは哀れですけどね。スノーの命まであやめようとまでは、ご自身で思ってなかったでしょうから…。

 主人もそれを理解して、プブリウスのところへ送還するだけに留めたんですもんね。それはそれで地獄を味わってるはず。あれっ?

『クラウディアさんは鏡の力でコボルトさんを操っていたんですよね。それならば、カーティスさんの意思も奪うことが出来たはずです。何故、奪わなかったのでしょう?』

野暮やぼだな。マーリン』

 主人が私の鼻に人差し指を押しあてた。

『好きな男を自分の意のままに動かすなんて、むなしいだけだろ?』

『クラウディアさんって、カーティスさんのことお好きなんですか?種族もちがわれるのに?』

『多分な』

 ハーフリングの多くは同種族のみで集落を持つことが多く、城など普通は持たない。しかも、人間へ想いを寄せるとは、きっと、クラウディアはハーフリングの中でも変わった一族なのだろう。

 男女の機微きびさといだなんて知りませんでしたよ。主人…。

 まぁ、主人はこと恋愛に関して手厳しい仕打ちを受けているので、酸いも甘いもご存知でしょうけど…。

 私は空を見上げて物想いにふけった。

 魔法が使えるのなら、恋する相手を自分だけに意識を向けたいものだと思うのだが、主人はどうやら違うらしい。

『スノーには伯母さんのこと、どのように伝えますか?』

『そうだな…。クラウディアが自分で説明するのが一番良いだろうけど…』

 クラウディアは鏡に影響を受けてたとは言え、甥を殺そうとしたのだ。果たして自分から言いだせるだろうか。

「それはスノー君が知りたいと思ったら話せば良いんじゃない?」

 モードレッドが主人の傍らに近づく。

「スノー君の家族はドワーフのみんなだから、今更、怖い伯母さんが増えるのは大変そうだけど」 

 モードレッドの言葉を聞いて、カーティスの眉間に皺が刻まれる。

「お言葉ですが…を私も幼い頃、雪の森で両親へ置き去りにされまして、通りがかり、私を救ってくださったのがクラウディア様です。本当はお優しい方なのです。双子の妹君であられるエルスペス様のことも大変愛しておられました。流行病でエルスペス様は旦那様を亡くされて、産後のエルスペス様も旦那様の後を追うようにご逝去せいきょされたのです。その後、お一人でクラウディア様は一生懸命、スノー様をお育てになられて…。何故このような事態になったのか」

 カーティスは長椅子へ丁寧にクラウディアを寝かせると話を続けた。

「元々はエルスペス様のご結婚お祝いにどこからか貰われた鏡でして、エルスペス様には影響がなかったのですが」

 モードレッドはきまりが悪そうに答える。

「あの鏡はね。ただ単に問いに答えるってだけではなく、鏡の持ち主の奥底にある想いを膨張させる性質のものでもあってね。願いを叶えるために魔法まで授けちゃうんだよね。プラス思考に働けば害はないんだけど、マイナス思考に働いちゃうと大変迷惑な代物なんだよ。多分、クラウディア嬢はスノー君を産んだから妹さんが亡くなってしまったんだという気持ちが、少なからずくすぶっていたのかもしれないね。ただ不運なだけであって、スノー君を憎むのは間違っているんだけど」

「クラウディア様はエルスペス様の最後の願い。『いつか私の作った林檎パイをみんなに食べてもらいたい』というお言葉を実現されたかったのだと思います。エルスペス様が仰った『みんな』とはスノー様を含んだご家族のことだと思われますが…」

『カーティスさんは何故スノーを樹海に捨てる際にモードレッド様にご相談なさらなかったのですか?そもそも、その時お手紙を書けばこんな状況に至らなかったのでは?』

 モードレッドがカーティスには届かないよう思念を使って私や主人へ伝える。

『30年前だよね?カーティスって、十一か?十二ぐらいの年齢だよ。考えが及ばなかったんじゃないかな?』

 ってことは、カーティスは四十路か…。渋さが増してイケオジ感半端ないですね。

『オレ、生まれてなかったから活躍する場がなかったな』

 天然発言ですよ、主人。


「さて、事件も終わったことだし…。帰ろうか?」

『そうだな』

『アルムも待ってますしね』

「でも帰る前に、私の城で一緒にお風呂入ろうよ」

『まだ、世迷言よまいごとを言っているのですか?』

 私が対戦モードで、モードレッドへ火蓋を切ったとたん、主人は頷いた。

『構わないけど…』

 モードレッドも私へ対抗する言葉を発しようとしていたのだが、主人の言葉に動転する。

「マーリ…へっ?」

 私も驚きを隠せない。

『えっ?』

 モードレッドは信じられないと言った面持ちで、再度、主人へ確認をした。

「良いのかい?」

 主人は首筋を撫でる。

『うーん、見苦しい大きな古傷があるから見たくないかも?思ってたけど、モードレッドは気にしないだろう?』

「するわけないだろっ‼︎」

 モードレッドは言葉の語尾を強く主張する。

『もちろん、マーリンも一緒な』

 主人は穏やかに笑いかける。

 モードレッド、私を睨まないでください。

 視線攻撃が痛いからやめて‼︎

『あっでも、薔薇はいいや。何か男が薔薇の匂いを漂わせるのって微妙だと思うし。モードレッドにはピッタリだけど』

『アーサー様にもお似合いの香りですけどね』

 私しか知らない(あっ⁉︎アルムも知ってます…ね)主人の古傷を知る者が増えるのは少し寂しい…。

 しかし、お風呂の件で喧嘩をふっかけた私の天敵モードレッドに対して主人の寛大すぎる計らいではあるが、この和やかな空気は存外に居心地が良かった。

『その前に、スノーのところで林檎パイを食べたいです』

 私は意義を唱えることもなく、林檎パイへの願いを切望にする。

「まだ食べるのかい?」

 モードレッドは呆れているが、貴方にだけは言われたくない。スノーの林檎パイは絶品なんです。

『そうだな、食べて帰ろう』

 主人は背伸びをしながら、私たちの一歩前を歩いて先導した。

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