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天下の勇  作者: 装甲猫
2/3

ー2ー

 これより少し前、銀甲の騎士は手に持った得物を(ふる)い、敵騎兵を馬から突き落とし、はね飛ばし、歩兵を馬脚(ばきゃく)にかけ、無人の野を行くが如く、ひたすら突き進んでいた。


 彼が揮う武器を『(セン)』という。

 後漢時代の末期に現われたこの武器は、形状こそ槍に似ていたが、特徴的なのは穂先(ほさき)だけならず、()の部分を含めた全身が鉄製である事だった。


 もともとは馬上で扱うため短く作られたそれは、なんとなれば投擲(とうてき)にも使える、主に北方騎馬民族が用いる事の多い武器である。


 総身(そうしん)が鉄製であるため重いが、柄のしなりが少ないため打撃武器としても有用とされる。


 しかも銀甲の騎士が持つ物は、わざわざ大身(おおみ)に作ってあり、重さは10kgをゆうに越えるであろう。


 それほどの得物を軽々と振り回しながら、重さに流れる事なくキビキビと扱っていた。


 遠心力に頼らずに、あくまで腕の力で操っている証左(しょうさ)である。


 恐るべき膂力(りょりょく)といえた。


 と、戦場を駆ける騎士に、鄧艾軍の騎兵が近づいて挑みかかる。


 手練(てだ)れであろう。

 馬上では死角となる左側面に、回り込むように馬を操ると


(シャ)!」


 横合いから気合いを込めて槍を突き入れて来る。


 が、銀甲の騎士はそちらを見もせず、わずかに上体を()らして(かわ)すと、逆に鋋を突き込んでその騎兵を貫く。


 もう一騎が、手の(ふさ)がった騎士に突きかかろうとするも、騎士は片腕だけで貫いた敵兵を持ち上げ、そのままもう一人に叩きつける。


 僅か十数秒の出来事ながら、この人間離れした所業を目にした周囲の兵は、腰が砕けて逃げ散って行く。


 先ほどから、これの繰り返しなのである。

 鄧艾の用意した、堅固な布陣が切り裂かれた理由であった。


 瞬く間に二騎を(ほふ)った騎士は、ふと兜の下の視線を、敵陣の奥に飛ばす。


 何やら動きがある事には気付いたが、顧慮(こりょ)しようとは思わない。


 己の目標はまだ先のはずだ。こんな所で(とど)まってはおれない。


 更に幾人かの敵兵を叩き伏せて馬速(ばそく)を早める。


 ふと、敵陣の戦鼓の調子が変わる。遅れて敵陣が左右に裂けた…いや、開いた?


 眼前が広がると、そこには横列をとる弩兵が並んでいた。ざっと五十余。


「ふっ」


 騎士の口元に微笑が起こった。その声音(こわね)は意外に若い。


 練度が高いのだろう。

 鄧艾の配置した弩兵は、わずかに狙いを定める()を入れたが、(あやま)たず騎士に矢を放った。


 相前後(あいぜんご)して馬脚(うまあし)を速めた騎士は、いつの間にか、鞍に掛けていた換えの鋋を取り、両手に構えている。


 飛び来る弩矢(どし)に正面から突っ込むが、騎士に当たるものは一つも無い。


 周囲の者は声もなくこの騎士を凝視していた。


 銀甲の騎士は(およ)そ人間離れした膂力を揮い、信じられないほど機敏な動きで両手の鋋を舞わせ、飛来する矢を尽く弾き飛ばしていたのだ。


 銀光が舞うのに合わせて甲高い金属音が響き渡ると、よほどに強い力で()ねているのであろう、弾かれた鉄矢(てっし)は周囲の矢まで巻き込んであさっての方角へ飛び去る。


 歴戦を経たはずの精鋭達も自失し、口を開けて立ちすくんでいる。


 周囲は完全に静止していた。


 しかし、騎士は止まってはいない。


 速度を落とさぬまま弩を持った兵の陣列に突き込むと、そのまま蹴散らして勢いのまま鄧艾の第四陣をも切り裂いた。


 騎士に続く騎兵も精鋭揃いのようだ。

 無駄な殺戮に酔う事なく陣列の破砕(はさい)と分断のみに専心(せんしん)し、銀甲の騎士が包囲されぬように巧妙に動いている。


 この騎兵団の先頭を走る騎士の目に、牙門旗(がもんき)が捉えられる。距離はもう二百歩と離れていなかったー


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