聖女様とお出かけ②
「じゃあ行きましょうか?」
横を歩く音絃は、いたずらっぽく笑う遥花をまだ直視出来ず、天井と前を交互に見ていた。
自分の顔がどんな顔をしているか分からない以上、下手に見られたくはない。
ポーカーフェイスは上手い方だと自負していたのだが、顔が熱いのはおそらく気恥ずかしさを感じているからだろう。
それ以外に風邪をひいてそうなる事くらいしかあまり考えられないが。
「どうしてこっちを見てくれないんですか?」
「別に……気にするな」
「でも黒原くん。耳……真っ赤ですよ?」
「つっ……ちょっとお手洗に行ってくる」
また逃げるように遥花に背を向け、音絃はお手洗へ向かう。
鏡の前に立つと見事に顔は勿論、耳まで真っ赤に染まっていた。
こんな顔では遥花の前に立てないので、頭を冷やそうと水で顔を洗う。
耳だけを除いてある程度元に戻ったので、平常心を保ちながら遥花の所に戻る。
「黒原くんおかえりなさい。早かったですね……ってどうして顔が濡れてるんですか?」
「気にしないでくれ……眠たいから顔を洗っただけだ」
「さっきから欠伸ばかりしていましたもんね。すいません……付き合わせてしまって……」
欠伸をしていたことになっているらしい。
それはそれで好都合なのでそのまま乗っておこう。
「また謝った……ごめんなんて言わなくていいからさ」
「あぅぅ……また間違えちゃった……」
「別に俺の事は気にしないでいいんだ。それより白瀬の部屋着を選ぼう……まあなんというか……今日だけはちゃんと付き合うからよ」
「じゃあ……可愛い服を一緒に選んで下さいね黒原くん!」
とは言われたものの、音絃は遥花が選ぶ物を似合うかどうか伝える事だけしか出来ない。
だが決して気楽ではない。
遥花はどんな物を持ってくるか想像も付かないからだ。
本当に何をやらかすか分からないから気が抜けない。
「じゃあ……三つ選んで試着するからどれがいいか教えて下さいね」
「もう準備してたのかよ……」
「黒原くんがお手洗に行ってる間に……ね」
いたずらっぽく笑う遥花はそのまま試着室のカーテンの向こうに消えていった。
「おい……白瀬。その怪しい顔から察するにまずいやつではないよな……?」
「着て見てからのお楽しみです!」
非常に嫌な予感していたが、数分後にそれは的中する。
カーテンが開くとそこには白いベビードール姿の白瀬が立っていた。
ーーなんて格好してやがるんだ……
「どう……でしょうか……?似合い……ますか?」
顔を少し赤らめながら遥花は上目遣いでこちらに問いかける。
似合っていないと言ったら嘘になる。
本当はとても似合っているのだが、ここで絶賛すればこれを買う可能性が高くなってしまう。
声に出すのは気恥ずかしいので目を瞑り無言で頷いておく。
片目だけ少し開けると感想が聞けずに不満そうな顔をしているのがバッチリ見えた。
「次はちゃんと見て感想下さいね……!」
「分かったよ……だから早くカーテンを閉めて着替えてこい」
少し残念そうな顔で遥花は再度カーテンの向こうへと消えていった。
あんな物を着て泊まるのが今晩だけだったとしても何をしでかすか分からない以上、許容は出来ない。
全く力が抜けていないのに気付いて深呼吸をしていると再び試着室のカーテンが開いた。
「どう……ですか……?」
今回はさっきの白色の清楚な印象とは反対の小悪魔の様な印象を与える黒いベビードールを身に付けていた。
『なあなあ……あの子可愛くないか?ちょっと声かけてみようぜ』
『じゃあジャンケンな……勝った方が声をかけるって事で……』
そんな声が後ろから聞こえてきて慌てて振り向くと、チャラそうな男子大学生らしき二人組がジャンケンをしていた。
他にもサラリーマンらしき人も電話をしながらこちらをチラチラと見ていた。
「感想聞かせて下さいよ……もしかして似合ってませんか……?」
「とりあえず中で話そうか」
「え……ちよっ……黒原くん?!」
遥花が何か言いかけたが音絃は無視して試着室のカーテンを閉めた。
こんなとにかく凄い格好をした遥花を誰かに見せては行けないと思った。
その真っ白な素肌を誰かに見せたくないと言う気持ちもあった気はするが前者の方が理由としては強いだろう。
「その……黒原くん……?いきなりどうしたんですか……?」
「ああ……ごめん。白瀬のその姿を誰かに見られたらまずいなと思ってな」
カーテンを閉じ、振り向くと黒いベビードールを見に纏った白瀬が今にも火が吹きでそうな顔で、ぷるぷると小さく震えながらそこに立っている。
手を少しでも伸ばすと当たりそうな距離にいた事を少し遅れて理解した。
「わ、悪い……全然気付かなくて……そのすぐに出る」
「あの……!」
出ようカーテンに手をかけると服の裾を掴まれた。
「その……似合ってますか……?」
振り向くことがまた出来ないのでそのままの状態で話さざるを得なかった。
「その……なんだ……とても似合ってると思う。だけどダメだ……」
「どうして似合ってるって言ってくれたのにダメなんですか……?」
「そういう格好はやっぱり白瀬の好きな人とか彼氏が出来た時に見せるべきだと思う……」
おそらく遥花は恋愛経験は皆無だろう。
今までの一連の行動から見ても男性への対応の仕方に問題があるのは一目瞭然だ。
音絃が間違った事を教えれば遥花は将来、失敗するかもしれない。
後悔する顔は見たくないし想像したくもない。
「大切な人だから見せてるのに………」
「どうした?なんか今言ったか?」
「い、い、いえ!何もありませんから!」
「お、おう……そうか。白瀬は自分の格好を本当にちゃんと鏡で見たか?」
「いえ……見てませんけど……ひゃい!」
鏡を見た遥花はまた顔を真っ赤にしたまま固まってしまった。
今更気付いた遥花は、音絃よりも鈍感なのかもしれない。
結局、三着目の羊のもこもこパジャマに決まった。
これも気に入っていたらしいが、あの二着のベビードールを今度は買いに来ると遥花は目を輝かせて意気込んでいる。
まだ懲りてないのかと思いながら自分だけで密かに笑った。
下着を買う遥花に一緒にはついていけないので、店の外で待つことにした。
「一緒に選んで欲しい」とほざいてきたが無視をして店を出る。
一人になった音絃は落ち着いてベンチに座っていると緊張が解けて身体の力が抜けるのを感じた。
本屋で本でも読んで暇を潰そうと立ち上がると身体が重く、それに頭がクラクラする事に気付く。
やはり音絃の方が鈍感だったらしい。
「黒原くんおまたせしました!」
遥花が手を振りながら店から出てくる。
どうやら本当に風邪をひいていたようだ……