聖女様との出会い①
昼だというのに窓の外は真っ暗で雨が降っている。
今は六校時で現代文の授業中だが、退屈で外を眺めていた。
クラスの男子のほとんどは顔を伏せているようで、音絃も寝ようか迷っている。
「この人物の特徴的な心情を……白瀬くん書いてもらえないかな?」
「はい」
彼女は無言で立ち上がり黒板へと歩いていく。
彼女は白瀬遥花
腰まで伸びた長い艶のある黒髪に青い瞳という整った容姿から、学校一の美少女と言われている。
それに加えて文武両道・純情可憐と言う完璧さ故に、『聖女様』や『女神様』なんて呼ばれているらしい。
黒板に無言で心情を二行程の文に書き出していく。
チョークが黒板を叩く音と外の雨が窓を叩く音だけが教室に響いている。
チョークを動かすたびに長い黒髪が揺れて、綺麗だと言わんばかりに教室中の男子が目を輝かせて見つめている。
彼女は一日に何人もの男子生徒に告白されているらしいが、向こうの立場に立ってみるととても迷惑なことなのだろうと思う。
関わりもない男子からいきなり愛を告げられても、その人の気持ちを断らなければならないのだから気は使うだろうし疲れるだろう。
「うむ……素晴らしい解答だ」
「ありがとうございます」
彼女はチョークを置き自分の席へと戻っていく。
数人の男子生徒は再び顔を伏せて目を瞑っている。
いつも見られ続けるのも苦労するのだろうなと、他人事のように考えながら俺もまた再び窓の外に視線を戻す。
雨はさっきより強さを増していた。
放課後
生徒玄関に集まる人混みを避けたかったからという理由で少し遅くまで教室に残っていた。
外がさっきより暗くなったので、そろそろ帰ろうと荷物をまとめて生徒玄関に向かう。
やはりそこには誰の気配もなく静まり返っている。
靴を履き替えて外に出ると、そこには誰もいないと思っていたがまだ残っている人が居て、独り静かに佇んでいた。
外はまた雨が強くなっているにも関わらず動こうとしない。
「お前……傘持ってきてないのか?」
声をかけると長い黒髪が揺れて、ゆっくりとこちらを向く。
少し遠い関係の人を見るような目で彼女は口を開く。
「黒原音絃さん……まだ残っていらっしゃったのですか。これから雨がまた強くなりますから早く帰ることをオススメします」
音絃も遥花とは話したことはおそらく一度くらいしかないだろう。
そもそも話したことあるかさえ怪しい。
それは距離を置かれて話をされるのは無理もない。
「分かってるよ。だがお前は傘持ってないだろ?」
「だからなんだと言うんですか?」
「入っていけよ」
また疑いをかけるような目が一層強くなったのが分かった。
「別に他意はないし、お前に恩を着せようなんてこれっぽっちも思っていない。ただここで雨の中、見捨てて帰ったときには男が廃ると思っただけだ……」
「本当ですか……?」
別に本当に他意はないしただの気まぐれだが女性を雨の中取り残して家に帰るというのは夕食が不味くなりそうだと思ったからだ。
「そんな奴に見えるのか?」
「そういう訳じゃないですけど……」
「だいたいさ……家が隣で帰り道に支障はないから入っていけばいいだろ?」
「そうですけど……」
「ここは傘を渡して濡れながら帰るべきなんだろうけど、生憎濡れたくはなくてね……」
濡れて風邪でも引いたらそれこそ意味が無い。
あくまで自分に被害が出ない程度にだ。
「それでも嫌ならもう帰るがどうする?」
「では、お願いします黒原さん……」
「了解だ」
遥花を傘に入れると雨の中を二人で歩き出した。
さしている傘はサイズが大きく、別に密着しなくても雨に濡れない程度はある。
だから誘ったんだが……
サイズが小さいなら誘っては居なかったかもしれない。
だがいくらサイズが大きかろうと、雨は風の影響で斜めから傘の中へ降り込んでくる。
少々濡れるのは我慢するしかないだろう。
それは遥花も同じで我慢してもらうしかない。
歩いている自宅に着くまでの最中、会話は全くなかった。
一緒に帰るからといって別に話す内容なんてない。
家に帰るとその瞬間からまた二人は他人なのだから。
いつの間にかマンションのエントランスまで来ていた。
「ありがとうございました」
「礼はいらないって言っただろ?いいんだよただの気まぐれだからさ」
「そういう訳には……」
「いいからいいから……じゃあな」
そう口にすると遥花に背を向けて家へ向かった。
これ以上話す内容はないし、別にお礼をしてもらう気なんてないからだ。
玄関の鍵を開けて家に入ると足の踏み場がない程に散らかっている。
次の連休にでも片付けようと思い、もう何ヶ月も経っていた。
重ねていた荷物が崩れて朝より更に散らかっていて、それを足で払い避けながら道をつくる。
キッチンまで行き、電気ポットに水を入れスイッチを押す。
料理はあまり得意ではないため、普段はカップ麺で済ませている。
おかげで食生活は偏りすぎて非常に身体に悪い。
一人暮らしをしてもう半年が過ぎたが、未だに出来ないことは多い。
両親には上手く誤魔化せているが、いつまで持つか分からない状態が続いている。
「自分で動かないとな……」
片付け始めようと腰を屈めるとインターホンのチャイムが鳴った。
何かを頼んだ覚えもなく、ここに住んでいることを知っているのは両親と学校の友人だけのはずだ。
誰かと思いながらドアを開ける。
「夜分遅くに申し訳ありません……」
ドアの先に立っていたのは、ずぶ濡れになっている遥花だった。
暗い顔をして俯いているが何かあったのだろうか。
「どうしたんだ?」
「実は、どこかに鍵を無くして家に入れないんです」
遥花は何かを決心したような顔を上げて少し大きな声を出す。
「だから今晩家に入れてくれませんか?」
これが俺、黒原音絃が彼女、白瀬遥花との出会いだった。
初めましてですね
カクヨムで作品出してます。
こちらでも掲載する事にしましたーー!