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<第八章>紛れ込みし者

<第八章>紛れ込みし者




「何かがここに居る?」

 桂木は聞き返した。

「この船着場は全て探索しきったぞ? 一体何が居るって言うんだよ?」

「もしくは『居た』だ。――この緑色の膜……どう見ても生物の皮膚だ。しかもまだ生暖かい。これはついさっきまでここに人間以外の何かが居たことを示している」

 レーバーがある壁にその膜を投げつけ、友は鋭い視線を桂木に向けた。

「おいおい、そいつがレバーを曲げたって言うんじゃないだろうな、知能が高すぎる。もしそうだとすれば、一般感染生物じゃないぜ。間違いなく大型の上位兵器クラスの生物だ。そんな奴が俺たちに気づかれずに、出口の一つしかないこの船着場から出て行けるわけが無いだろ?」

「上位生物兵器には人間の姿を模倣できるものもある。もしかしたら……生存者の中に紛れていたのかもな。可能性が高いのは先ほど鼠魚に唯一襲われていなかった一斑か」

「さ、流石にそれは考えすぎじゃないのか?」

「深く考えて損なことは何も無い。まだどこかに潜んでいる可能性もある。とにかく……油断は出来ないということだ。……――西川さんにこのことを伝えてくれ。こうなったら別の脱出法を探すしかない。俺はこれをやった奴がまだこの船着場のどこかに潜んでいると仮定して探してみる」

「はぁ、他の連中にも手伝わせる。気をつけろよ」

「――勿論だ」

 友はそ言うと同時に歩き出した。








 横谷広は焦っていた。

 自分はとっくにこの水憐島から出て、今頃は橋の向こう側の野次馬と共にこの騒ぎを傍観しているはずだった。それが柳管理長の所為で予想よりも早く正面出入り口を封鎖され、あろうことかこうして生存者としてイミュニティーの増援隊と共に行動している。

 自分がこの災害を起こしたことは恐らく柳管理長には知られているはずだ。もしイミュニティーの奴等が本部から自分の写真を送られたり、この島内で資料を見つけたりしたら、その瞬間全てが終わってしまう。重要参考人としていや、被疑者として捕らえられてしまうことになるだろう。

 隙を見て逃げ出そうかとも思ったが、『あいつ』が絶えず自分に目を光らせているこの状態ではとても逃げることなど不可能だ。もし強行突破でもすれば『あいつ』は己の正体をさらけ出してでも自分を捕まえようとするはず。

 「嫌だ――」と広は思った。

 あいつに捕まることだけは避けたかった。捕まれば自分の人間としての人生は終わり、義兄のみさお同様、化け物にされてしまう。

 ――絶対に嫌だ。

 ――絶対に御免だ。

 例えどんなことをしても『あいつ』に捕まるという結末だけは迎えてはならない。広は遠くの方で友が何やら壁や天井を念入りに調べている姿を見ながら決意を固めた。

 イミュニティーに『あいつ』を殺させよう――と。








「そうですか、困りましたね……見た目では分かりませんが、ここのシャッターはイグマ細胞流用生物の逃走阻止のために、かなり分厚く作られています。レバーを仕様しないで力任せに開けることは出来ないでしょう」

 船着場の中央南、無数に積まれたコンテナの前。西川は本当に困っているらしく、傍から見ても動揺していることが分かるような調子で言った。

「やはり管理室に行ってロックを解除するしか方法は無いのでは? 最後に仲間が向ってからもう時間もある程度経っています。今なら大丈夫かもしれません」

 決意の篭った表情で言う桂木。だが西川はその意見を否定した。

「駄目です。危険すぎます。十三人の仲間をこの短期間で皆殺しにした『何か』が居るんですよ。もしもう管理室から遠のいていたとしても、水族館エリアからは出ていないはず。この大所帯で遭遇すれば、最悪な状態を招くのは目にみえています。――それに、ここから管理室へ戻るには友が閉じた作業用通路を通らなければなりません。鼠魚の軍団がいる以上、あそこを通ることは無理でしょう」

「じゃあ、どうする気なんですか!? さらに増援が来るまでずっとここに閉じ篭ろうとでも? 紀行園の事件も片付いていないのに、何日後になるか分かりませんよ!」

 桂木は大声で怒鳴った。その声を聞いて、船着場のふちに座っていた悠樹たち生存者が二人に注目する。西川は彼らに心配させてはならないと、声を落として話を続けた。

「そんなつもりはありません。ここに留まれば音や匂いを嗅ぎ付けて、そのうち多くの魚人や鼠魚が集まってきます。いくらコンテナで塞いだといえども、無数の魚人に体当たりされれば直ぐにあの通路は開通するでしょうね」

  西川は髪を耳にかけながら一息つくと、気が進まそうな顔で口を開いた。

「……水族館地区を通らずに管理室まで行く方法が一つだけあります」

「何ですか?」

 思わぬ言葉に耳を疑う桂木。

「この水憐島は横谷晶子が所有する一つの城と言っても過言ではありません。噂ではここの地下には無数の実験施設が存在し、イミュニティー本部ですら知らないような兵器や細胞を開発していたそうです。……――実は、私はここに踏み込む前に外で総指揮を取っている下田さんから、水憐島全体の地図を見せられていました。それによると、管理室、動力制御室、この船着場の三場所には地下施設へと通じる秘密の出入口があるみたいです。地下施設を通れば管理室に行けるかもしれません」

「水憐島の地図? 何故下田さんはそんな物を?」

「詳しくは知りませんが、知人の黒服から買ったらしいです。何でも横谷晶子を暗殺するための調査の過程で手に入れたものだとか」

「とにかく道は分かるんですね? だったらすぐに地下へ向いましょう。友の意見ではこの船着場には得体の知れない生物が潜んでいる可能性がある。出来るだけ急ぐべきです」

「でも、地下に行くということは危険なんですよ? どんな新種の兵器や危険な生物が居るかも分からない。下手をしたら、作業通路を通るより危険かもしれません」

「どうせここに留まっていても危険なことには変わりない。西川さん、行きましょう。少しでも皆が助かる可能性があるのならそれに懸けるべきでしょう?」

 桂木は真剣な表情で西川に顔を近づけた。ここまで言われては流石に西川も決断せざる終えない。

「……分かりました。他に方法が無い以上、そうするしかないようですね。皆を集めて下さい。地下への入口はあそこのコンテナの下にあるハッチです」

 船着場の最西を指し、西川は仕方がなさそうに言った。






 急に今度は地下に行くと言われても、悠樹は黙って従った。普段なら間違いなく眉間に皺を寄せて食ってかかるような状況にも関わらず、無言で指示通りにハッチから伸びた梯子を降りていく。別に友たちの気持ちを察したわけでも冷静に状況を理解したわけでもない。

 ただ恐れていたのだ。

 船着場に入ったときから、いや、一斑、二班の生存者と合流してから、悠樹は二つの感覚を感じていた。

 死ぬほど何かを恐れているような恐怖の感覚と、異常なほど何かに執着しているような飢えの感覚。

 一体誰が、何の目的でそんな感情を持っているのかは分からなかったが、とにかくその一方の感覚の強さは尋常ではなかった。

 しつこく体に纏わり付き、吸着するように決して離れない。まるで愛憎のような、所有欲のようなネチネチとした気味の悪くなるような、そんな異質な感覚。

 この感覚を感じてから、悠樹は自分たちの集団の中に何かが混ざっていると疑っていた。何かが潜んでいると。

 ここで下手に注目や視線を引きつけると、その何かが自分に目を付けそうで怖かった。恐ろしかった。

「兄貴……やっぱり兄貴も感じてるのか?」

 梯子を降り、暗い下水道のような地下通路で他の面々が降りるのを待ってると、敏がそんなことを聞いてきた。悠樹は最初は意地を張って否定しようとしたが、敏の余りにも不安そうな表情を見て素直に答えた。

「ああ。間違いなく何か変なのがこの集団に隠れてるな。さっきから背中がゾワゾワしてしょうがねぇ」

「友さんに教えるべきじゃないか? あの人なら俺たちの言うことを信じてくれるはず」

「言ってどうするんだよ? 何も変わんねぇぞ? この集団を疑心暗鬼にするだけだ」

「でも、このままじゃ何か嫌なことが起きそうで不安なんだ。兄貴は平気なのか?」

「不安さ、不安でしょうがない」

 珍しくあっさりと悠樹は自分の恐怖を認めた。

「だから、俺たちでそいつを特定しよう。友に言うのはこの気持ち悪ぃー感情を持っている奴を見つけてからだ。誰か分かれば対策の打ちようもある」

「見つけるって……どうやって、一人、一人尋問でもするっていうのか?」

「アホか、そんな真似してる暇があるわけねぇだろ。……――普段はウザくてしょうがねぇ感覚だけど、こんな時は役に立つ。周囲の奴らの言葉に耳を澄ませるんだ。感覚の脈動と言葉の調子が合えばそいつがこの『何か』の可能性が高い」

「分かった。大事になる前に見つけよう。こいつ……絶対人間じゃないよ。感じる感覚がおかしすぎる。まるで……さっきの人魚の殺意を感じたときみたいだ」

 敏は本気で怯えているらしく、僅かに体を震わせながら言った。

「俺はイミュニティーの奴らを調べるから、お前は生存者を頼む。何かてが付いたら教えろ。お前は人魚から結構酷い傷を付けられてんだ。無理はすんなよ」

「ああ」

 敏はこくりと頷いた。

 最後まで船着場に残っていた友が梯子を降り、先に降りていた面々の前に立った。それを確認した西川が小さな声で皆に指示した。

「では行きます。何があるか分かりません。皆さん、絶対に大声を出さないで下さいね」

 それぞれ怯えや興奮、緊張の入り混じった顔で皆頷く。西川とその他三人のイミュニティーのメンバーはお互いに目で合図を送りあうと、慎重に通路の先へ歩き出した。

「何だか怖いわ」

 そんな彼らの真後ろに付きながら、窪田が赤いベストから生えたような佐伯の腕を掴み、青白い顔で呟いた。佐伯は彼女を安心させるようにぎゅっと窪田の肩を握り締めている。

「けっ」

 その背後では不快そうな表情をしながら羽場が歩き、次にトウヤ、岸本、佳代子、敏、イミュニティーのメンバー二人と続いている。悠樹は友の目の前、最後尾から二番目を歩いていた。

「佳代子さん、大丈夫ですか?」

 少々辛そうな佳代子の様子が気になり、敏は声をかけた。

「ああ、敏さん。……大丈夫よ、ちょっと足腰が痛いけどね。こんなもの、昔三キロの距離を泳いだことと比べれば何でもないわ」

「三キロ? 水泳選手か何かだったんですか?」

「ふふふ、アマチュアだけどね。それなりにメダルとか貰っていたのよ。意外だった?」

「いえ、ちょっと驚いただけです。大人しそうなイメージがあったので……」

「初めて会う人はみんなそう言うわ。私は家で本を読んだりするより、外に出歩く方が好きなの。死んだ主人は行き先も言わないで勝手にどこかへ行くなって、しょっちゅう怒鳴ってたけど……」

「そうなんですか。じゃあ、逆ですね。僕はどちらかというと家で本を読むほうが好きなんですよ。小さい頃兄からよくネクラとか、引きこもりとか言われてました」

「ふふ、確かにそんな雰囲気を纏っているものね」

 佳代子は笑った。

 その顔を見ながら敏は佳代子は『侵入者』では無いと思った。あれほどの憎悪を持っている人間がこれほど優しい笑顔を見せられるはずはないし、何より感じている感覚と態度が噛みあっていない。きっと別の人間が発している感情なのだろうと判断した。

 だとすれば残りは窪田、佐伯、トウヤ、岸本、羽場かイミュニティーの誰かだ。イミュニティーの面々はみんなお互いに顔見知りのようだから、侵入者が居るとすれば生存者の誰かの可能性が高い。変装能力がある生き物の可能性も無くはないが、そっちは悠樹が確かめている。敏は自分の仕事をしっかりこなそうと思った。

 佳代子の言葉に相槌を打ちながら、さりげなく前の四人の会話に聞き耳を立てた。

「窪田さんは普段何している人なの?」

 佐伯がこの暗い雰囲気を紛らわせるように言った。

「私? 私は音楽専門学校の学生をしています。最初は歌手志望だったんだけど、才能無いって言われて、今はピアノを練習してるの」

「へぇ〜ピアノか! 格好いいね。今度聞かせてよ。俺、絶対に聞きに行くから」

「でも……まだぜんぜん未熟なんですよ? 始めたばかりだから」

「未熟とかどうでもいいよ。俺は窪田さんが引くピアノの音を聞きたいんだ。後でどこの専門学校か教えてね?」

「――……いいですけど、絶対に笑わないで下さいね? 本当にまだ初心者なんですから」

 窪田は照れたように言った。

 ――この二人もありえないな。何か聞いているのが悪い気がしてくる。

 敏は二人に注意を注ぐのを止め、今度はその後ろにいる羽場、トウヤ、岸本の三人に視線を向けた。この三人はずっと押し黙ったまま歩いている。

 しばらく見ていると、不意に羽場がトウヤに話しかけた。

「なぁ、あの二人どう思う? こんなときにイチャイチャして何かウザくないか?」

 トウヤは若干迷惑そうな顔で答えた。

「僕は別にどうでもいいですよ。さっきからやけにあの二人について文句を言いますね。一体何なんですか?」

「な、何ってほどのことじゃねぇよ。ただ場違いだろ? 空気を呼んで欲しいだけさ」

「もしかして……窪田さんが好きだとか? 無理ですよ、あなたじゃあね。歳が離れすぎてますし、あの人は佐伯さんに夢中だ。あなたの出る膜は無い」

「な、何だと!?」

 トウヤの歯に物着せぬ言い方に、羽場は思わず大声を上げた。すかさず前方で先導している西川が冷たい視線を羽場に向ける。

「――〜っお前、喧嘩売ってんのか?」

 西川に一瞥されたことで、羽場は若干声を落としながらトウヤを睨みつけた。

「事実を言ってるだけです。僕に突っかからないで下さい。八つ当たりですよ」

 それでもなおトウヤは無愛想な態度で答える。どうやら別に相手が羽場だからというわけではなく、普段から口が悪いらしい。

 ある意味すごいなと聞き耳を立てていた敏は思った。大人しい物言いであることを省けば、気の強さが兄の悠樹に近い。一度悠樹とトウヤが会話している所を見てみたいものだと感じた。

 この二人はまだ良く分からなかったが、とりあえず最後の生存者に話しかけようと敏は前を歩いている岸本に声をかけようとした。

「ん?」

 顔を岸本に向ける直前、一瞬トウヤと目が合った。

 僅かコンマ数秒の時間しか見てはいないが、敏の背筋にぶわっと何か冷たいものが走る。

 ――何だ今のは!?

 勘が鋭い敏は共感感覚意外でもそれなりに相手の感情や考えを察することが出来る。その勘が今トウヤを危険だと判断した。恐ろしい相手だと。まるで人間以外の何かが自分を見ているようなそんな感覚。敏は先ほど飲食エリアで見た野球帽の男の姿を思い出した。今思うとどこかトウヤはあの男と雰囲気が似ている。

 ――もしかしたらこいつが?

 悠樹と友は数メートル後ろに居る。今なら余裕を持って話すことが出来るはずだ。敏は静かに歩く速度を落とし、悠樹たちの横へ移動しようとした。

「――止まって」

 その時、先頭の西川が振り向いて皆に呼びかけた。

 全員が足を止めたため、敏も後ろに下がれなくなる。

「どうした?」

 最後尾から友が聞く。通路が暗すぎて敏の位置からでは友の顔しか見えない。

 西川は若干緊張した様子で口を開いた。

「通路の終わりに付きました。この先は――――」

 急に風が強くなったためよく聞こえない。敏は片耳を西川の方へ傾けた。するとようやく耳が音を拾い始める。


「――セカンドブラック・ドメインです」


 そんな言葉が聞こえた。











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