<第二章>光赫の水牢
<第二章>光赫の水牢
午前十二時三十分。バイオハザード発生から三時間と二十分が経過。
水憐島正面入り口前は無数の大型トラックや青いシート、半透明の隔離テントなどで塞がれていた。その範囲は橋の上を静岡県本土の陸地の目の前まで続き、もはや完全封鎖といった状態だ。
どこを見渡しても忙しそうに紺色の軍服を着た関係者が口論しており、中でも水憐島本島のアーチ状の改札の前には一際多くの人間が集まっていた。施設内から何とか脱出してきた面々や、事態の収拾のために中に踏み込む用意をしている国の特殊部隊の人間などだ。
「正面入り口は水憐島の中から完全にロックされています。強化ガラスのためこちらから開けるのは時間が掛かりますし、今となっては鼠魚が出てくるので、寧ろ開けない方がいいでしょう」
軍服のような服を着た三十代前後と思わしき女性が言った。ミドルヘアーの薄い茶髪に、つり上がった目が印象的だ。
「ではどこから侵入すんですか?」
五十人近く立ち並んでいる同じ服装のメンバーの中から、若いマグロ顔の男が聞く。
「正式な出入口はどこも鼠魚が飛び出す可能性があるので、侵入するとしたらやはり汚水廃棄水道からしかないですね。あそこならめったに人間も通らないので鼠魚も居ない筈です」
「……汚水層ですか、臭そうっすね」
別のメンバーが嫌そうに呟いた。
「文句を言わないで下さい。私だって嫌ですから。でも、事件解決のためには仕方がないんですよ」
「分かってますよ、西川さん。これも仕事ですからね」
年齢の割には子供っぽい表情で睨みつけてくる西川に対し、そのメンバーは溜息交じりの笑みを浮かべた。
「それでは、中に入ります。調査隊メンバー計二十人、用意して下さい」
西川は無理やり絞り出したような不自然な大声で、周囲の面子に呼びかけた。
「では下田さん。私たちは中に侵入します」
そしてそのまま背後の仮設大型テントを振り返り、そこに居る渋い中年の男に向かって気合の入った声をかける。腕を組んだまま男は黙って頷いた。
汚水廃棄水道は正面入口から丁度水憐島の中心から反対側にあった。
元々は「汚れた水槽の水を海に吐き出す」という目的に作られた道だ。そのため何の扉もなく、ただトンネルの入口のように暗い穴を覗かせている。
西川率いる政府の調査隊はゆっくりとその中を進んでいった。
「いいですか? もう一度確認しますね。私たちの目的は生存者の救出と事件発生の原因究明です。もし中の情報を持ち出そうとしている人間が居た場合は、迷わず処理して構いません。あとあと面倒なだけですから」
水道内を歩きながら淡々と機械的に決められたセリフを吐く西川。
自分たちの居る組織、国家非確認生物対策機関通称「イミュニティー」では一切の個人的感情を仕事に持ち込むことが許されない。例え本心では人道に反すると思っていても、それを押し隠して話す必要があった。
「西川さん、ここから上に出れるみたいですよ」
マグロ顔の若い男が天井を指差した。西川の話を聞いていたのか疑いたくなるような、間を置かない発言だ。
そのままマグロ顔の男は壁に括り付けられていた梯子を昇っていき、天井のマンホールに手を伸ばした。
ガッ!
「うぉっ!?」
マグロ顔の男の手元に小型ナイフが勢い良く叩きつけられ、高い金属音を鳴り響かせた。
「な、何すんだ!?」
男は慌てて梯子を掴みなおし、下に立っているナイフの持ち主を睨んだ。
「良くそのマンホールを見ろ。血が滴り落ちている。……まだ新しいようだ。もしかしたら、真上に鼠魚が居るのかも知れない」
「口で言えよ! 何でわざわざナイフを使う?」
「口で言っていたら間に合わなかった。俺は確実にお前を止められる方法を取っただけだ」
自分の行動に間違いは全くない無いとでもいうように、下の男は平然とこう言ってのけた。
「友――お前、調子に乗るなよ?」
「調子に乗ってなんかいない。感情的になるな。早くマンホールの上を確かめろ」
セミショートの黒に近い茶髪に、一般的な男性としては細長い眉と目、国鳥友は感情の篭らない声でそう言った。
「田代、国鳥の言う通りにやってください」
西川が無駄な争いを避ける為に友の言葉に同調する。田代と呼ばれたマグロ顔の男は渋々頷いた。
「ちぇっ、分かりましたよ。西川さんは友びいきだからな」
ぶつぶつと文句を言いながらマンホールを少しだけずらし、その向こう側に視線を走らせる。そこには数体の一般人の死体の横に、確かに二匹の鼠魚が徘徊していた。
友の言う通りだったため、舌打ちしながら田代は下に降りた。
「上に鼠魚が二匹います。どうしますか?」
「二匹なら問題は無いでしょう。――では、田代がいる一班五名はここから侵入してください。残りは私と共に別の侵入経路の捜索です」
「分かりました」
田代たちは静かに返事をした。
「鼠魚は水憐島の代表、横谷晶子が独自の研究で生み出した生物です。情報漏えいを防ぐため、本部にもその生態の詳細は知らされていません。気をつけて下さい」
「はい」
頷くと同時に田代らは上に登りだした。それを確認すると、西川は歩行を再開する。
「国鳥、さっきはありがとうございます。田代は長年イミュニティーに居るにも関わらず、注意力が無いですからね。助かりました」
歩きながらは横にいる友にこう言った。
「いえ、俺は仕事を確実に成功させ、こちら側の被害を減らせる選択をとっただけだ。別に田代の身を案じたわけじゃない。気にしないで下さい」
敬語で話す事が嫌いな友は、溜め口と敬語が入り混じったような奇妙な喋り方でそう返す。
「……相変わらず、感情の無い機械人形みたいな性格ですね」
「感情に囚われていては、任務を成功させるどころか救える命も救えなくなる。俺はそういう状態に遭いたくないだけです」
「まるでそういう状態に遭った事があるみたいなセリフですね。あなたの事は詳しくは知りませんが、確か……まだ組織に入ってから三年目でしょう?」
「個人的な事はあなたには関係ないだろ? 俺とあなたは今回の仕事のただの共通調査員であって、それ以上でもそれ以下でもない。仕事以外の事はあなたにはどうでもいいはずだ」
興味津々そうな西川の質問を、友はあっさりと切り捨てた。
「……そうですね。すいません」
その友のあまりの無感情さ、自分に対する冷たさに、西川は僅かに悲しそうな素振りを見せると、前に向き直った。
「もうこの部屋の前には居ないぜ」
倉庫の扉の下の隙間から周囲を見渡しながら、悠樹が言った。
「居ないって言っても部屋の前だけだろ? 兄貴はここから出る気なのか。助けが来るまで待とう、危険だよ」
目を血走らせ服を冷汗で濡らしたまま、敏が扉を開けようとしている悠樹に呼びかけた。
「こんな所に閉じ篭っていても助かる保障は無いだろ。俺はじっとしてるのが苦手なんだ。お前らは残りたいなら残れ。俺は行くぞ」
「正気か兄貴!?」
全く恐怖を感じていないような悠樹の異常な態度と、あまりにもむっ鉄砲な行動に敏は我が目を疑った。大助も同様の視線を悠樹に投げかけている。
「こういう状況って、ゲームや映画だと動かない奴らから死んでいくんだよな。俺はここに閉じこもって奴らに囲まれるくらいだったら、自分から出て行って脱出してやる」
「これは現実なんだぞ、少しは頭を使え!」
事態の酷さ、恐ろしさに全く気がついていないような悠樹の態度を見て、大助は怒鳴りつけた。
「オヤジこそ冷静になれよ。そんなデケー声だしたら奴等が寄ってきちまうだろうが」
溜息をつきながら悠樹は扉の方に向き直り、取っ手を回転させた。「ガチャッ」という音と共に大きく開け放たれる扉。
大助と敏はその瞬間僅かにビクついた。
「じゃあな、折角の再会もここまでだ。また今度機会があったら会おうぜ。お互い生き残ってればだけど」
ニッと微笑みながら、ズンズンと悠樹は廊下を進んでいく。敏と大助は唖然とした表情でその背中を見つめた。
――へ、腰抜け……!
悠樹は心の中でそう呟きながら、まるで恐怖心を母親の胎内に忘れてきたかのように力強い足取りで歩き続けた。
「ここから入り口に一番近いのは……こっちか」
一階の北側、先ほど上がってきた階段とほぼ逆方向に顔を向ける。その視線の先には水のトンネルと呼べるような、床以外の全てが水槽で作られている長い廊下が見える。その廊下を越えて御土産エリアを抜ければ正面入り口があるのだ。
迷う事など、怯えることなど、己には存在しないとでも言うように、悠樹は何も考えずいきなりその廊下を歩き出した。横や上を向けば水槽の中では鼠魚化していない魚が元気に泳ぎ回っている。どうやら全ての魚が鼠魚になるわけではないらしい。何か特殊な感染病にでもかかったのだろうか。
悠樹は何となくそんなことを考えていた。
「……ぅううう……」
突然、足元からそんな声が聞こえた。
「何だ?」
あまりの異常な事態に恐怖感が麻痺してしまっているのか、悠樹は全く驚くことなくその声の主を見る。それは下に横たわっていたスーツ姿の男性の口から漏れた声だった。
これまでにも幾つか倒れている人間は居たが、悠樹はそれら全てを死体だと思っていたため殆ど気にはしていなかった。だが、今そこに倒れている男からは確かに声が聞こえた。運良く軽症ですんだのかも知れない。
「おい、あんた。生きてんのか?」
悠樹は男の頬をペチペチと撫し付けに叩いた。
「あ、ああぁ……たっ……助けてくれ……!」
悠樹の足に縋るように腕を伸ばしてくる男。悠樹はあまり優しい、他人思いとは言えない部類の人間だったが、かといって鬼でもない。助けを求められればそれを無視せず素直に応じる男だった。
「ああ? 足をやられたのか? ――っち、仕方ねーな。ほら、肩貸せ」
悠樹は男の腰に腕を回すと、その体を持ち上げ肩を組んだ。
「たっ……助けてくれ……!」
よほど怖かったのか、男は尚もそう呟き続ける。
「助けて……助けて……! はぁ、はぁ……!」
「助けてんだろうが、黙れよ! 大の男がいつまでも喘いでるんじゃねぇー!」
悠樹は男の情けなさにイライラして怒鳴った。
「ちっ、違、助け……!」
「血が? 大した量は出てねーよ。お前は女か!」
「――ぅ、グふっ……がっ、あああぁああ……!」
いきなり男が大声で叫んだ。同時に暴れだし悠樹の体を突き放す。
「っ!?」
悠樹は横の水槽に体をぶつけ、尻餅をついた。
「ってなー、何しやがる!?」
ドスの利いた声で男を睨み付ける悠樹。だが、男はそんな事に一切構うことなく自分の服を破り去り、お腹を押さえのたうち回っていた。
「あ、ああ?」
流石に異常に気づいた悠樹は立ち上がると、心配そうに男に近付いた。
「お、おい。お前大丈夫か? 下痢か?」
そのまま覗き込むようにして男の顔を見つめる。男の顔は油汗が滲み出し、口から血を滴らせ鬼のような形相を作っていた。
さらに近付こうとした瞬間、悠樹の目の前が突然赤一色に染まった。大量の血だ。
「うおおっ!? な、何だってんだ!?」
悠樹は血の付着した目を服の袖で拭いつつも、無意識の内に後ろに飛びのき、男の方へ視線を向けた。
「あがががが、がががぁああ……!」
男は口や全身の毛穴から血液を吐き出し、痙攣したように震えている。しかもそれだけではなく次第に体が変化を始めていた。
目の瞳以外の部分が全て放射線を浴びたように黄色く染まり、頭の毛が抜け落ち荒地を作り出している。さらに鼻はこそぎ落とされたかのように陥没し、耳が長く伸び口が左右に裂けだしていた。その口の中からは長いパイプのような穴の開いた舌が覗き、顎は漢字の凸を逆さまにしたかのように角ばっている。
――え……!?
声にならない声をあげ悠樹が見つめる中で、「それ」はゆっくりと立ち上がった。
「ヂイイィィイイイイ……!」
全身のあばら骨や頬骨が浮きでて、皮膚が鱗のように変化したその元人間の男は、鼠魚のような鳴き声をあげ悠樹を睨み付けた。肌は強引に水色に染めたような色をしており、まるで魚人のようだ。
魚人はそのまま水掻きのある腕を悠樹の頭へと伸ばしていく。
「な、何だこの野郎!」
悠樹はメンチを切りながらその腕を叩きとばした。「バシッ」といういい音を響かせて、魚人の腕が遠ざかる。しかしその行動は魚人の怒りを買うという結果をもたらしただけだった。
「ヂュウウォオオオオオー!」
魚人は両腕を天地に拝礼するかのように大きく広げ、口内のパイプ型舌を伸ばし顔の前で暴れさせると、一気に悠樹に飛び掛った。
「っぉおおおおおぁああ!?」
幾ら恐怖感が麻痺してしまっていても、流石に身の危険を感じたのだろう。悠樹はその魚人の攻撃を慌てて避けると、出口に向かって走り出した。勿論魚人もすぐに悠樹を追走する。
「くそっ、どうなってんだ!?」
必死にこの水槽で囲まれた廊下の出口を目指し、足を前後に動かした。六メートルほど先の位置に廊下の終わりが見えてくる。
「あと少しだ!」
悠樹はあまり走るのが速くない背後の魚人をチラ見すると、飛び込むように足に力を込めた。
宙に浮く悠樹の全身。跳び箱を飛び越えたかのような大きな放射線状の軌道を作り、廊下と御土産広場の境界を超えようとする。その力強い瞳には水色の鼠魚が映っていた。
「――って……鼠魚!?」
悠樹は前方から飛び出してきた三匹の鼠魚に体当たりされ、空中で彼らと衝突しながら水槽廊下の床に押し戻されるように、激突した。
「ヂイイイィイイィイー!」
倒れこんだ悠樹の上で、嬉しそうに三匹の鼠魚が舌を伸ばし始める。
――ヤバイ、囲まれた!?
前門の狼、校門の虎よろしく、前には鼠魚、後ろには魚人。悠樹はこの状況に愕然とした。
「このクソったれ!」
まだ追い付いていない背後の魚人を確認し、両腕を振り回すことで、胸の上で自分の体に歯を突き立てようとしている鼠魚を殴りとばそうとした。
だが、流石にそんなに甘い生き物ではない。それほど簡単に遠ざけられる生き物ならばここまで多くの死人は出てはいないだろう。
拳が体に直撃しても、鼠魚たちは爪や歯を悠樹の服や体にひっかっけ、中々離れなかった。その内の一匹がどんどん悠樹の顔に近付いていく。
と同時にとうとう魚人が追いついた。
「ヂュォオオオオオー!」
魚人はまるでキスをするかのように悠樹の頭の前に跪くと、口から長い舌を伸ばしてきた。顔に近付いていた鼠魚も同様の行動を取る。
悠樹はその瞬間、何だか分からないが物凄い嫌悪感と嫌な予感に支配された。目と鼻の先にまで迫った舌の穴から、小さなビー球ほどのゼラチン状の卵が見える。
悠樹は数時間前に口の中に舌を突っ込まれていた一般客を思い出し、身の毛もよだつ推測をした。
「ま、まさかこの卵を植えつけられると魚人化するのか!?」
――ふ、ふざけんな! 冗談じゃないぜ!?
悠樹は首を必死に後ろに反らすことで魚人と鼠魚の舌から頭を遠ざけようとする。しかし、その行動の効果は殆ど無かった。
見る見るうちに迫ってくる、グロテクスな気味の悪い二本の茶色い舌。
「あががががっ!?」
今その内の一本、鼠魚の舌が悠樹の口内に侵入した。
――あ、俺終わったな。
悠樹はあっさりと死を覚悟した。
ドコンッ!
「ぐぉ!?」
突然小気味良い音と共に眼前の鼠魚が吹き飛んだ。綺麗さっぱり姿が消えている。魚人の姿も同様だ。
「悠樹! 大丈夫か!?」
悠樹が混乱していると真後ろから大助の声が聞こえた。
「お、親父――!」
振り返ると、水槽の壁に激突している魚人と仁王立ちしている大助の姿が眼に入った。同時に横では敏が倉庫に有ったポールで鼠魚をゴルフの玉のように打ち飛ばしている姿も見える。
「兄貴、走れ! 出口まで急ぐんだ!」
敏は汗だらけの顔でポールを握り締め、悠樹を見つめた。その腕と足はプルプルとアル中のように震えている。
「ヂュウウォオオオオオウウ!」
魚人は怒りに満ちた表情で飛び起きると、鉞の用に腕を振り、大助の頚動脈を抉ろうとした。
「――っ親父!」
悠樹はその刹那大助を全力で自分の方へ引き、同時に渾身の力を込めて回し蹴りを、魚人の腹部へとめり込ませた。
「ヂュフンッ!?」
変な声を響かせ、再び体を水槽に衝突させる魚人。
「今だ――! 父さん、兄貴!」
魚人と鼠魚が離れたこの時を逃がしてなるものかと、敏が大きく叫んだ。
三人は脱獄するように水槽廊下から出ると、御土産広場のコナーを無視し、ただ真っ直ぐに水憐島の出入口、改札へと繋がる扉を目指してダッシュをかけた。
この広場と出入口は同じ一つの大きな空間にある。死ぬ気で走ればすぐにでも脱出できるはずだ。
床の所々に転がっている、赤い光を放っているかのような血だらけの死体と、数匹の鼠魚を敢えて意識の外に追い出すと、三人はようやく前方に見えてきた――大きなガラス張りの両開き扉だけを瞳に捕らえた。
「助けてくれ!」
大助が扉の向こう側に見える数十人の紺色の軍服を着た男たちに向かって救いを求める。男たちは素早くその声に気づき、大助らを見つめた。だが、それだけで全く何かの行動に入ろうとはしない。
「おい、何してんだテメーら、扉を開けろよ!」
悠樹は扉の前まで来ると力一杯それを引きながら叫んだ。
「って、開かねぇ!?」
しかし幾ら力を込めようとも全く扉はビクともしなかった。
「おい何で開けねえ? 俺らを見殺しにする気か!?」
血走った目で扉の向こうに居る男たちを睨む悠樹。それにも関わらず、男たちはいやに落ち着いた声でこう言った。
「この扉は内側、つまり水憐島の中から電子ロックされている。特殊な強化ガラスだし、開けることは不可能だ。他の出口を探すんだな」
「な、何言ってるんだ? それでもあんたら警察か!?」
自分のことなどどうでもいいと言うような男たちの態度に、敏は我が目を疑った。
「悠樹、敏、来たぞ!」
背後から迫り来る先ほどの魚人と、逃げている途中に無視してきた他の魚人や鼠魚の集団が広場に溢れてくる。
「おい、開けろって!」
悠樹は扉をバンバンと強く叩きながら大声で叫んだ。しかし外の男たちは興味深そうに自分たちと魚人を見るだけで、全く動こうとはしない。まるでこれからサーカスのショーが始まるのを待っているかのような表情だ。
「……――仕方が無い。父さん、兄貴。こっちだ!」
敏は生き残るために素早く頭を切り替え、歯を噛み締めながら出入り口付近の階段を上りだした。
「くそっ!」
悠樹と大助も仕方が無くそれに続く。
――何でこんなことになった? 何が起きているんだ?
悠樹はあまりに日常とかけ離れた今の状況に絶望感と驚き、そして――僅かに心のどこかでスリルを感じながら、敏の背中を追い階段を駆け上っていった。
その階段の壁にはポツンと看板が掛かっていたが、焦っている三人の目には何一つ入らなかった。例え目に入ったとしても何かが変わるわけでは無いのだが、少なくとも心の準備くらいは出来ただろう。残酷な運命が待ち受けているという事実に対する準備を。
誰も居なくなった階段で、その古い看板は不気味に笑っていた。その身に書かれた文字を見せびらかせながら。
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この先、鮫のショー用大型屋外水槽。
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どうでもいいかもしれませんが、尋獄2からの第二章の題名は元々副題になる予定だったものです。
尋獄2 修羅の園
尋獄E1 光赫の水牢
尋獄E2 玄衣の踊り手
って感じで。
ですが、何か日本名がズラーと続いているのは読みにくいし、かっこ悪いと思ったので、あえて今の形を取りました。
今の副題は実は全てパソコン用語が入っています。これは、人間の集団を一つのネットワークとみなし、感染をコンピューターウイルスに例えて思いつきました。
BLOUCK DOMAINは普通に黒い領域という意味ですが、他の3つは分かり難いと思うので説明します。
尋獄2(SURGE GARDEN) は断絶された園という意味で、尋獄E1(DEGAUSS JAIL) は地磁気の影響を取り省く牢獄。尋獄E2は血の記憶装置という意味です。
かなりこじつけですが、僕的には気に入っているのでご理解下さい。
さて、次の更新は尋獄E2になります。基本的にE1とE2を交互に更新していくので一個一個の更新はかなり遅くなってしまうかも知れませんが、どうか飽きずに見ていただけると嬉しいです。
それではまた次回・・・・。