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桃幻郷

桃幻郷

作者: 藤堂悠里

 夢の中で起きた

 頭領と呼ばれた麗しい娘は、現し世とあちらの狭間でこの郷を守っている。

 部屋の中にいても、どこにいてもヒラヒラと頭上に桃の花びるらが舞い降りている。

 桃の精の加護。

 果たして、それは、本当に加護なのか?


 *********


「頭領……」

 ぼんやりと月見窓から外の雪景色を眺めていると、襖の向こうから耳に心地いい低音で声を掛けられる。

「どうぞ」

 サッと襖が開け、するりと中に入ってきたのは、鋭い眼光と図体のでかい、所謂(いわゆる)屈強そうな男だ。

 相変わらず、私は外を眺めたままでいたけれど。

「頭領、またそんな薄着で……」

 くすりと思わず笑ってしまう。

 そんなもの、とうの昔に無くしてしまったのに。

 この男は、そういうことには口煩いままだったなと思う。

「心配ないわ。ところで、今日はどうしたの?」

 やっと、男に向き直る。

牙咒(ガジュ)に、花弁が舞い降りたと」

「へぇ、牙咒に……?」

 牙咒という、男を思い出してため息をつく。

 近づけば媚を売る眼差しを向け、遠目では卑下た眼差しを、裏では悪様に罵り、いつでもどうやって私を蹴落とそうかと息巻いている小物だ。

 引っ掛かる訳がないと何故わからない。こっちは既に人外だというのに。

「宴……でも、催してはどう?」

 こてんと頭を傾げて訊ねれば、男はそんなに嫌なのかと呆れるくらいに、眉間に皺を寄せてきた。

 普段は皺も寄らない鉄面皮の癖に……と思わず口ごもる。

 可愛らしくプイと顔を背けて言ったつもりだが、もう薹が立っているかと思い直す。

 呆れた顔が浮かぶが視界にはいれないようにする。

 見た目だけは若い筈なんだけどな……。

 男は、私より五つ歳上で、時期に三十路を迎えるはずだ。

 私が桃の精に憑かれたのはかれこれ十年前。十五の時だ。

 そこからの成長は()()()()()かんばしくないので、もう期待する気にもなれない。

 もとより、憑かれたことによって月のモノがなくなったので、煩わしさが減ったことだけは幸いだけれど。

 いかんせん、これから実の熟れる寸前の出来事だったのだと諦める他ない。

 おかしい、母も姉妹もみんなあの歳には巨乳だったはずなのに。

 いや'桃の'は、童女が好みだということにしておくしかない……。

 まあ、胸のことはおいておくとして、髪も黒からの色素の抜けたような銀灰色になってしまった。

 まあ、このくらいは受け入れたわ。

 だけど、この瞳はないわー。

 私が中二病と疑われるんじゃないかと思うくらいにないわー!

 だって。ピンクよ、ピンク!

 このド派手なピンクはないわー。

 桃ならなぜこの色にした!

 もうちょっとあったでしょう?!

 落ち着いた桃色がっ!

 鏡見てなかったドン引きして、以来死んだ魚のような眼になっても仕方ないと思うの。

 私は悪くないわ。

「宴など、牙咒が頭に乗るだけだろ」

「そろそろ、煩わしいし。'桃の'が怒ってしまったのよ。牙咒程度で私を愚弄するから。だからね? この際、皆に分かって貰おうと思うの。百聞は一見にしかずと言うでしょう? それで鎮まれば一石二鳥じゃない」



 ************



 ザーザーと雨が降りしきる中、ジャリ、ジャリと雨音に混じり泥を踏む足音が聞こえる。

 どうして、これしきの雨で気配が消せると思っているのか。

 元より、宴が決まったんだから大人しく待っていればいいものを。

「だから、剣呑な(そんな)顔を私に向けるんじゃないわよ。まだ、宴までは我慢なさい。'待て'よ」

「まどろっこしいな」

「本音を口にしない! お膳立てするからいいのであって。誰も見てないところでやってどうするのよ。誰得?」

 たっぷりと含みのある眼差しとため息をつかれるが、ここで退く私ではありません。

 昔はちょっと凄まれるだけで、すぐに意見を変えたけれど。

 十年の間に随分図太くなったみたい。

 常にひっついて回って、(カイ)兄様と呼んでいた頃が懐かしいわ。

 あの頃は、素直に伸ばせた手も、今じゃ怖くて触れられないモノになってしまった。

 線を見出だしたのは凱兄様でも、引いたのは私の方だ。

 桃の精に憑かれた女は、次が決まるまで永遠の若さと命が続く。

 私が決まったとき、先代の桃憑きの方は、屋敷の奥の座敷牢にいたらしい。

 寒さや暑さ空腹も感じない。

 ただ、生かされる人形の様だったと、おばばが行っていた。

 まあ、そのおばばも、代替わりと共にしばらくして呆気なく逝ってしまった。

 おばばだけではない。

 先代をよく知るものは、次々と命を落としていった。

 まるで、先代と比べてしまわないように。

 憑かれた女が、一番に愛されるように。

「って、土台無理な話だと思うのだけれど」

 本来、頭領ではなく桃了なのよねぇ。

 人を了して(終えて)、桃を了する(悟る)

 私が選ばれた理由なんて、実にしょうもないのだから……


 ______________




 ないわー、これはないわー……(苦笑)

 かくれんぼ付き合わされて、探してる最中に霊木の隙間に落ちるとかないわー……(涙目)

 がっくりと肩を落として上を見上げれば、キラキラと木漏れ日が上部の隙間から降り注ぐ。

 っていうか、あの高さから落ちたわりには痛くない……?

 腰を擦りながら周りを見回し、悲鳴を上げた。

 目の前に広がる顔のある桃(キモカワ生物)がざわざわと蠢いていて、勿論それらは私のしたにもいて……。

「っ!」

 驚きにブラックアウト……なんて可愛げがあった訳はなく、いや、そうなっていればまた違う結果が生まれたかもしれないけれど。

 その時の自分にいってやりたい。

 人と同じ嗜好を持つものだと。

 人面桃(キモカワ生物)を放り投げるならまだしも、つまみ上げて愛でるものではないと。





 ______________





「少し、祠に籠るから。二、三日宜しくお願いね。宴は、少し艶っぽくしましょう。佳楠(カナン)辺りに伝えて貰える? あの子ならうまくやってくれるわ。ねぇ、だから、何で私に皺寄せるのよ!」

「気のせいだ。今夜はここにいるからな」

「休んでいいのに」

「いる」

 こうなると、凱兄様が折れることはないから、雨音を聞きながら夜が明けるのを待つことにしよう。

 足音は少しずつ近付いてくるが、それに比例して風を強めてやる。

 ここは、私の箱庭なのよ?

 人が敵うわけがないのに……。

 昔も今も、口伝していくには無理がある。

 人外だと、この花弁を見れば分かるだろうに。それだけだとなぜ思うのかしら?

 次いで、交われば自分が成り代われるなど、馬鹿な妄想をするし。

 っていうか、女の子にしか憑かない段階で、男神だと何故考えないのか。

 つくづく男とは身勝手な生き物だ。

 違うわね、生きてなくても身勝手よね。

 そう結論付けてから、再び外へと目を向け、人生初の理不尽を受け入れる羽目になったあの日の自分の愚かさを思い出した。



 _________________



『これはまた、随分なお嬢ちゃんだな。人面桃(桃面)がなつくなんて』

「?!」

 桃面(ももづら)をいじり倒していると、頭の中に声が流れ込んできた。

 ぞくりとするほどの美声に思わず顔を上げれば、この世のモノとは思えないほどの美形があって、思わずポカンとしたまま、手中の桃面を伸ばしたらしく、『きゅーっ!』と悲鳴のような鳴き声が響いた。

「あ……ごめん、ね?」

 ブスくれる桃面に視線を落としたまま、思考を停止する。

『おい』

 再び聞こえた声に反応したらいけない気がして、どうしたものかと思った瞬間。

『聞こえなかったと無視すると、後々面倒なことになるぞ。いいのか?』

「後々?」

 思わず顔を上げて、絶世の美形を見上げる。

『そうだ。'後々'な。ただ、面倒にはかわりないな。まだ、代替わりには早いんだが……いいだろ。迷い混んだお前が悪い』

 迷って来たんじゃなくて、落ちたんですよ……。↑アソコカラ。

 と、見上げながら、意識が飛べばいいのにと願った。

『はあ? あんなとこから落ちるとか……。うん、よし、とりあえず、ここじゃ話にならん。こっちだ』

「えー? 地上に戻してはくれないんでしょうか?」

『後からな。それと、桃面は、ここに置いていけ。ここは、淡いの墓場だ。そいつらは、何でも綺麗に食べ尽くして、いい肥やしを作るんだよ。普通は生きてても、ここに落ちたら生きながらに喰われちまうんだよ。お嬢ちゃん』

「そうなの?」

 こてんと首を傾げて、手中の桃面に問うて見れば、ぶるぶると目が瞬いた。

「凄い。言葉が分かってる! まだ愛でたいけど、これ以上はお邪魔することになるのね。有難う」

 そっと足元に置いてやると、「きゅっ」と鳴いて、美形までの間をスッと割るように道を開けてくれた。

『これまた規格外だな』

 頤に抜き指を当てたまま思案する美形の前に立つと、右手を取られ一言もなく歩き出した。

 え? 歩くの? 何処まで続くの? と、ちょっと嫌だなって思った私は悪くないと思うの。

 だって、かくれんぼしてる最中で、既にかれこれ一刻(二時間)は歩き回ってたんだもの。

 もうちょっと桃面に癒されたいと思った私は悪くないわ。

 そして、そんな事知らないこの美形に手を引かれ、やっと止まった時には、私の息は上がっていて、その場に崩れたのは言うまでもない。

 いや、足のリーチ違うんだから!

 こっちは、小走りだったのよ!

『ああ、まだ人の子だったか。普通は、消滅する(なくなる)んだがなー』

 おい、ちょっと待て。今、何て?

 繋いだ手から、何かしら人外なモノは感じたけど、無くなるような何かだったの?

『鈍いのか? それとも人形(ひとがた)の類いか?』

「一応、これまで人として生きてきましたけれど」

『だよなー……。まぁ、いいか。お前みたいなタイプは今までいなかったし、面白そうだから。しばらく退屈せずに済みそうだ。ここから先は、淡いの世界だ。俺がいいと言うまで目を閉じていろ。開ければ魑魅魍魎跋扈する淡いで、一瞬にして死ぬからな。自殺願望があるならやってくれていい』

 そう言うと、ひょいと抱き抱えられた。

 疲れすぎて、「もうお任せします」と口走って、素直に目を閉じた自分を、今なら死ねと思う。

 だけどその時、ふわりと躰が温かくなって、人外美形の纏うオーラが柔らかいモノになったことだけは、なんとなく感じられた。

 ........................

「いや、だからといって、『桃了にしたからな』って、どういうこと?! しかも、既に郷では周知の事実で祠の儀式も完了済み? 郷の補佐官の代替わりが落ち着くまでここにいろ? か、家族は?」

『そうだ。起きたとたんに、よく回る舌だな。俺がいいと言うまでと言ったが、お前この一ヶ月ちょい、よく目を開けなかったな』

「一ヶ月?! いや、だって……え? そんなはずは……」

 そんなはずない。疲れて、目を閉じたのは、ほんの少し前だったはず。

『あー、あれか? 俺の力を流していたから、無意識化で躰が言葉に囚われて時間を止めていた? 消えてもおかしくない程度の気は流し込んだものな』

「消えてもおかしくない?」

『だって、そうだろ? たかが人ごときが俺の空間に紛れ込むはずなんざあり得ないんだよ。歴代の桃了は、一定の術と期間で迷い混ませるように仕組んであったんだ。本来、次の代替わりは、60年後。それが、突然お前が堕ちてきた。理瑠羽(リルハ)お前が何者であるか確認するのに、儀式を済ませて一月調べたが……八人姉妹の四番目で、初恋拗らせて、大好きな凱兄様を連日追い掛け回し、キモ可愛いものと、昼寝が好きで、すぐ下の妹二人より、色々と足りない女だってことしか分からなかった』

「いやーっ! 最っ低っっ! 何でそんな事に一ヶ月もかけたのよ! 色々足りなくて悪かったわね! この幼女趣味(ロリコン)! これで桃了になったってことは、死ぬまでこれで終わるんでしょ?! 私のささやかな希望をだったのに……」

 ポロリと涙が溢れた。

 一番のコンプレックスだったのに。

 無いわけじゃないけど、他の姉妹はたわわに実るお胸と、マシュマロみたいな桃尻なのだ。比べて私は……。

『そのくらいで泣くこたないだろ!』

 人外美形も涙には弱いのか、ちょっと慌てた顔が見れたのは、スッとしたけど、その後の台詞が悪かった。

『まぁ、無いわけじゃないから。成長しないこともないが……。それくらいのが感度は良さそうじゃないか。俺は興味ないが』

「どう責任とってくれるのよ!」

『あぁ、ちなみに、家族はみんな口々に「お前みたいななんの特技もない娘ですがいいんですか?」、と首をひねっていたな。それに、お前の母親は「娘を差し上げたのですから……」と謝礼の催促にきたな』

「申し訳ありません」

『何故お前が謝る』

()()()のお陰で、この郷が人里へ魑魅魍魎が降りて来ないようにしてくださってるのでしょう? そして、私たち桃幻郷の人間は、人がそちらに侵略しようなどとせぬための門番となる。桃了は、鬼桃様との顔繋ぎ役と、郷の安定材として存在する女性。感謝こそすれ、謝礼などと……胸にばかり栄養がいって、脳にはいかなかったようです。それに、鬼桃様にすり寄られたのでしょう?」

『あぁ、流石に年増は好かぬ。理瑠羽、お前は何も特技などないと言われていたが、その逆だからな。桃面しかり、俺の力を流して平気な女が、平凡なわけないだろう?』

 人外美形の鬼桃様の右腕が腰に回る。

 空いた手で零れた涙を拭われ、左も拭われると思ったのに、キラキラの美形の顔が寄ってきて、目尻に唇が触れた。

 なっ! このロリコン! 美形がやるな! ハマりすぎる!

『理瑠羽、御披露目の前に、一粒食べておけ。起きたばかりでは何も食べられないだろ』

「はい?」

 小さな真珠色の飴を何処からか取り出し、コロンと口の中に入ると……。

「あまっ……」

『甘い?』

「あまーい……。すんごい、胸焼けしそう……。鬼桃様、割りと甘党?」

『ふむ。割りと甘党かもしれないが……。理瑠羽、もう一つ』

「い、今はいいです。甘過ぎて喉がカラカラです」

『じゃ、これ飲んでみろ』

 素直に受け取り、ごくごくと味も確かめずに飲んだ瞬間!

 そりゃぁ、盛大に噎せたわよ。

 なんの嫌がらせ?!

 甘いっていってんのに、追い討ちをかける喉ごしはいい糖水に涙目で訴える。

「い、嫌がらせ?! 私、まだ何もしてませんよね?! あぁ、やっぱり母親のこと怒ってたんですね?! 申し訳ありません。ですが、これはあんまりです!」

『甘い水だしたつもりはなかったんだが……』

「では、お確かめください!」

 かなり、顔をしかめた鬼桃様だったが、一口含んで盛大に眉を寄せた。

 ぶつぶつとなにか独り言を言っていたが、そんなことより、お茶がほしい! この喉の渇きは生命の危機感じる!

『そのうちにそれは無くなってくがな。空腹感、飢餓感はなくなる。寒暖も鈍くなるな』

「今はまだその領域に達してません。お茶下さい!」

『割りと真面目に言ったんだがな』

「無理です! お茶下さい! もしくは、お茶淹れる場所教えて下さい!」

『必死だな』

 この一ヶ月寝ていて何も食べてないんだから仕方ないと思うの!

 そうして、目覚めた後の衝撃は、喉の渇き以外にもあった。

 まず、見た目の変わりように衝撃を受けた。銀灰色の髪の毛にピンクの瞳。肌は象牙のような色白になり、心なしか美少女っぷりが上がった気がする。

 そうして、夕方になると湯浴みするぞと言って手を引かれ、連れられた場所で、この一月の間を鬼桃自ら世話を焼いてくれたことを語られた。

 もう、羞恥で死ねる。

 慎ましいお胸の下りは、既に確かめた後のような気がするが、聞けなかった。

 そうして、その後を更に一月をかけて、徐々に私の力が高まり、そのコントロールに鬼桃様の鬼のような扱きに耐えた。

 そこで思うのは、先代の桃了様のこと。

 まだ、死んではいないし、ただ公に出たのは、私の記憶にはない。

「鬼桃様、先代様は怒ってはいませんか? 急に立場を成り代われたことを」

『さてな……。あいつは、お前と違って、桃了に憧れて、成りたくて成りたくて仕方のなかったやつだ。しかしながら、桃了のお役目はここを護ることだ。ただ一度、恋をし、盲目となり、相手がこの俺の域に達しようとした。つまり、あの女は、役目を忘れてたんだよ。そうして、怒り狂った俺に、その相手を目の前で八つ裂きにされた。以来、アレは死んだようにみせかけ、虎視眈々と俺を殺すことを考えている。それでだ、理瑠羽。未だにあの女は、頭上に桃を纏わせている。それを、自分のモノにしろ。手段はどうあれ、何をしても構わない』

「……分かりました。ちなみに、その因縁の場所は?」

『明日連れていこう』

「有難うございます」

 まぁ、これが桃了になるための最終試験な訳でして。

 お察しの通り、私が先代様を屠りました。

 ちなみに、鬼桃様が殺した場所に呼び寄せてもらい、幻術と桃面に手を借りて、先代様の内側から喰らって頂きました。

 桃面を刻んだので、暫くは口を聞いてもらえませんでしたが……。

 そうして、喰らい尽くしたあと、桃面がペッと白い飴を吐き出したのです。

 あの拷問のような甘さのアレに似ていました。

 拾い上げて詰まんでみると、一瞬にして崩れ去ってしまいました。

 すると、頭上からはらはらと花びらが舞い落ちてきました。

 えぇ、私が桃了になった瞬間です。

『桃面、有難うね』

 あぁ、どうやら、声までも変わってしまったようです。

『理瑠羽……』

『鬼桃様、私はズルいですけど、大丈夫ですか? 割りと、こうしたことに対して落ち込み具合が少ないんですが……』

『人を了した(終えた)からだ。もう、お前は人ではない。桃了だからな』

『……はい。慎ましく努めていく予定ですので、宜しくお願い致します』

『よし、では、御披露目とするか。今宵御祓を行い、明日の朝、祠にて儀式を行う。箱庭をしっかり管理せよ。桃了を頭領と呼ぶ時代になってしまった。自ら、それらを払拭していけ。直ぐにとは言わない。時期をみてやっていけ。時間は腐るよりある』

『はい。賜りました』

 すると、ふわりと地面から桃の花が舞い上がり一面を取り囲む。

 ぐいっと腕を取られ、しっかりと抱き締められる。

 一層吹き荒れる花に、桃鬼は角を出し本来の姿を現す。

 人外極上美形は、人外の鬼と化す。

『鬼桃様?』

『見なくていい』

『どうしてですか? あら、もしかして私に叫ばれたら落ち込みます?』

『落ち込むわけないだろ』

 じゃあ、いいじゃないですか。

 減るものではないでしょうに。

 普段が美形なんですから、鬼でもさぞや美形なんでしょう?

 クスクス笑いながら、そっと胸元から顔を上げれば、皺を寄せた般若のような顔があって。

 瞳は、蛇のような縦に瞳孔が開いていたけれど、何とも言えない、何処か困ったよな雰囲気が出ていて、この鬼様は、案外俗っぽい。

『鬼桃様、素敵ですね』

『馬鹿にしてねぇか? (ホムラ)だ。鬼桃は、桃了と同じく、俗称だ』

『焔様?』

『なんだよ……』

『こうして、二人のときにお呼びします』

 更に力がこもって、ぐえっっと蛙の潰れたような声が出てしまった。

 こうして、私と焔様との生活が始まった。

 まぁ、屋敷の中には焔様はやってこないので、私が祠を通じて焔様の元へ向かい、色々と話し合いをする。

 それを済ませて、郷の有志と話し合いをし、取り決めなどをしていく。

 初めは戸惑いもしたけれど……。

 人外だと分からせながら進めればなんてことはなく。

 桃の花弁を効果的に使ったり、桃面にイタズラをしてもらったりと、何かと協力してもらっている。

 何せ、先代様のようにゴリゴリの革新派ではないので、緩やかにやっていけばいい。

 前代までは、郷の収入源である桃の栽培には、あまり興味なされてなかった為、郷をどうのこうのより、栽培に力をいれるようになった。

 というか、作物全般食べられる程度だった。

 いやいやいや!

 よく、これで生活していけたな!

 郷には郷のルールがとか言ってたけど!

 確かに、焔様が郷の数百年分賄える財力があるっていっても……。

 他にあるのは、人口貸しだ。

 郷の男たちは、昔から淡いから時折現れるもののけたちと戦ってきたためか、その辺の人間よりは力がある。

 そのため、外から依頼があれば、出張費用と人口分を前払いしてもらった上で人を貸す。本人には飯代と小遣いを渡し、残った半分を桃了に。更に残りの半分を家族に出し、本人が戻ったら残りの半分を出す。

 まぁ、桃了に入ったと言ってもその家々ごとにまた分けて焔様のところで保管してある。

 人間、欲に眩むのはいつでも同じ。

 度々横領が行われるが、もう笑っちゃうくらい分かりやすいので、そこそこ泳がして、家族にも伝えてから処分を決める。

 そうしてやると、その家族は従順になるのです。



 __________________



 と、こんな感じで桃了になった訳ですが……

 えぇ、十年経ちますけど……。

 こうして、人に狙われています。

 敵わないと何故わからないんでしょうか……。

 あわせて……凱兄様が、最近側に付きっきりなのは……。

 勘違いしてしまいそうになる。

 焔様はお見通しなので、ニマニマされる……。

 いや、凱兄様は凱兄様だもの。

 昔のあれは憧れだもの。

 確かに、カッコいいけど……。

 いや、カッコいいって言うと「あの顔面凶器が?」と言われるくらいに、私の趣味は悪いらしい……。

 焔様にも言われたけれどね!

 ただ、牙咒に対しての焔様の怒りは相当なんだけど……。

 あの人、私が知る以前にも何かやらかしてるのね。困った人……。

 そろそろ寝よう……。

 ぽふんと布団に転がり目蓋を閉じる。

 実は、もう凱兄様には恋してはいないのは、兄様も気がついている。

 多分、互いに本当の兄妹以上に、情は持っているのだけど、それ以上でもそれ以下でもなくなっていると思う。

 実際、兄様以上の情は、()()()であろうとない。

 本当に好きなのは焔様だから。

 あの方の視界に入ることはないと分かっていても……。

 時間はたっぷりあるもの(笑)

 多少、成長してくれるだろうとささやかに願っているのだけれど。

 あの日、桃了となった日。

 初めて、焔様が鬼桃としてのお姿を見せてくれた時。

 あの時に恋してしまったのだ。

 少しだけ覗かせた俗っぽさに。

 困った雰囲気を覗かせたことに。

 幾千の月日を生きた鬼様は、人の子に叫ばれるのを気にする事実に。

 私が焔様に恋してしまうのは、桃了としての規約に違反してしまうのかしら?

 疎かにしなければ、大丈夫よね?



 ****************



「頭領様、キツくはございませんか?」

『問題ないよ。今夜はお前たちも楽しむといいから、一旦下がって用意しておいで?』

「私共はそんな!」

『せっかくの機会だから。私は今までよりも宴の回数を減らしている自覚はあるの。だから、ここぞと言うときは楽しむのよ。いい?』

「分かりました。有難うございます」

 佳楠を筆頭に口々に礼を言ってから、部屋から出ていく。

 長い廊下をきゃっきゃきゃっきゃと騒ぐのだから、余程楽しみにしていたようだ。

 あとは、我慢大会よねぇ。

 思わずクスクスと笑ってしまう。

 こんこんと控えめに戸を叩かれ、直ぐに「どうぞ」と言えば、側仕えの女官筆頭の如月が入ってきた。

 おばばの後継である人だが、この人には淡いの何かが混ざっている。

 人にあって、人ならざるモノを受け入れ(・・・・)ている。

 だからなのか、常にひっつめ髪に能面のような顔で感情を御しているように見える。

 次いでいえば、おばばは如月が制御不能となった場合に備えて、桃了の側にいれば最小限の被害で済むと思っているのだろう。

 うん、確かに、私に被害はないだろうけど……。如月がキレるのはよっぽどの場合に限るし、キレる原因となったものをわざわざ救うほどでもないし。無害なのが混じっていようと、如月を止めようとしなければ、害となんらかわりないのだ。

『如月も少しは色を足してくれる? あんまりにも通常運転だと、周りが気を遣う』

 この女には、ストレートに言わないと通じないのが難点だ。

「色……ですか。考えます」

『……紅でいいわ。そこにあるから、出して、塗ったら話を聞く』

「……はい」

 ものすごく嫌そうなのは、気がついているわよ。

 でも、きちんとするとそれなりに美人になるのは知っているのよ。

 かちゃかちゃと化粧箱から紅入れを眺めている。

『その上段の右端のに。あなたはそのくらいでちょうどいいわ』

 濃い赤をセレクトしようものなら一層抵抗感を示してみせたが、話が出来ないことには進まないので、仕方なしに指でつけようとするので、『筆でよ』といちいち口出す羽目になった。

『で? 確認事項は?』

「牙咒他数名が何やら外から人を呼んだそうです」

『そう。招いていいわよ。席はそうねぇ……牙咒と同列ね。そうしてほしいと言われてるんでしょう? 問題などないから、今日は牙咒の好きなように。ただし、子供から年寄りまで全員を席につかせよ。これと言った寝たきりはいなかったわね? 宴の準備は済んでいるのでしょう?』

「しかしながら、広間に後から出すものを置くには限界が」

『如月、ここは私の箱庭よ? 出来ないことがあると思う? 部屋の後方に釜戸と貯蔵庫を置いたわ。残りはそこで済ませて。調理場の左から二番目の何度に着替えが入っているから、パリッと着替えさせて。お膳は必要あるか確認してみて、調理場の者たちがじっとしていたいか分からないから』

「畏まりました」

 部屋の拡大など造作でもない。

『さて、最終チェックね』

 桃の花びらがはらはらと舞う姿がこれ程似合うのは頭領以外にいるだろうか。

 如月は先代もみているが、この方のように優しくはらはらとは舞って足元まで落ちていなかったし、腰の辺りで花びらが消えてしまっていたように思える。

 頭領様は、本当の意味で鬼頭様(・・・)と双璧を担うこちらに住まうお方なのだ。

『如月、あなたおばばについて、昔から頭領様についていたわね?』

「はい」

『私は先代様のことは知らないし、私が見たのはあの日が最初で最後なの。だけど、それで桃了と勤めては駄目なの。赤子から年寄りまで、私が桃了だと絶対的に思い知らないと。人は忘れてしまうでしょう?』

「はい」

 ゾクリとするほどの冷めた声に、この人が人ならざるものへと変化していることを改めて実感する。

 そして、ハッとする。

 今宵の宴は間違いなく荒れると。

 補佐官全員に胃薬を配らなくては駄目ね。



 *******************




 つまらん。

 実につまらん……。

 ぼんやりと、丸い硝子越しに見えるのは、広間で行われている酒宴の様子だ。

『焔様。二、三日修行にお付き合い頂けますか?』

 そういって、人形を何百体作らせて、内側から血管を伝って突き破る練習を何度も行っていた。

 割りと理瑠羽は怒っていたらしい。

 あの牙咒の纏っている花びらは、実際は虫だ。

 幻術で花びらに見えているだけで。

 こんなことを考えるのは、理瑠羽の母親だろう。

 強欲な女であったと、あの女の母親をも思い出す。

 ネチネチした性格で、先代の桃了ともよく衝突していた。

 全く、使えぬ男だ。妻も御せぬ夫。

 にしても……。

 理瑠羽の衿がいつもよりも抜きすぎじゃないか? それに、普段よりも濃い化粧……。

 十年前と変わらぬ姿の筈なのに。

 少しずつ大人になるらしい。

 じっと硝子を見ながら、いつもよりも騒がしいのは子供もいるせいか。

 そうして、皆の酔いも回り出した頃には、理瑠羽の目がほの暗く濁った目に変わっていた。

 これはまた……。やり過ぎるなよ?




 ******************




「理瑠羽姉様お久しぶりです!」

「理瑠羽姉様お久しぶり!相変わらずお綺麗ね!」

「お前たち! 何度言ったら解るんだ。この方を名前で呼びつけるなど、無礼であると言っているだろ!」

「だって、お姉様はお姉様よ。そうでしょう?」

 目の前に叱られてるのは、すぐしたの妹だった二人だ。一卵性の双子で、特に母親に似て頭が足りない。

『もう、姉ではないとこの補佐達が教えたのでしょう? それをいつまでも、いつまでも……。頭には栄養がいかなかったのね。残念だわ』

 まずは二人と……。

「酷いわ! そんなこと言うなんて」

「お姉様がいなくなって、私たち寂しかったのに!」

『寂しかったのに? あぁ、自分達がどれほど私より美しいか、比べる対象がいなくなってね』

「下がりなさい。頭領に喚くなど」

「申し訳ありません!」

 すると鈴を転がすような声で、私の声を遮るように割り込んできた。

「あら? あなたは琉散(るちる)?」

「はい、ご無沙汰しております。姉様方、お母様がお呼びです」

 そそくさと離れる妹二人とは別に、さらに下の妹はそこから離れず、一人で謝ろうと頭を下げようとして、止められた。

 他でもない私が止めた。

『琉散、大きくなりましたね。あなたが止めていたのは知っていました。ただ、隙をつかれたのでしょう? 気にしないでいいわ。有難う。それから上の三人は……随分と老け込んだわね』

「そのことで、お話があるのですが……」

『東、聞いてあげて』

「畏まりました。こちらに」

 さぁ、これからが宴もたけなわというところね。

『凱(兄様)』

「はい」

 耳元で囁けば、御意と頭を下げて広間から出ていった。

「頭領、本日はっ!」

『料理長、声が大きいわ』

「しっ、失礼しました。普段、我々は裏におりますゆえ、このようにして間近で食して頂けます姿を見れて大変嬉しく思います。有難うございました」

『良かったわ。そろそろ、ゆっくりしてちょうだいね』

 さて、そろそろいい頃よね?

私、終わりにしたいし。

 タイミング良く牙咒と目が合い、牙咒の澱みきった眼がカッと開き、突如喚き出した。

「俺こそが頭領にふさわしい! だからこそ、俺にも花が降っているんだ。今宵限りで、貴様は終わりだ!

『へぇ……』

「俺は知ってるぞっ! 先代様を屠ったのが、お前だということを! みんな騙されるな! あの女はこの郷を乗っ取ろうとしてるんだ!」

一部が、その話に乗っかってると分かり、ため息が出る。

『だから、何だというの。それより、その虫をどうにかしてちょうだい。目障りだわ』

パリンという音と共に、牙咒に降っていた花びらが虫に変わり、ボタボタと落ちてくる。

隣にいたどこぞの神官が悲鳴を上げた。

「な、なんだこれはっ! 牙咒殿こんなことは聞いていない! 我々は失礼する!」

バタバタと襖を開けようとするが、開くはずがない。

私が締め切っているのだから。

まさかと、全員が思ったようだ。

子供達が走って出ようとしても開かずに、怖くなったためか、一人が泣き出せば連鎖反応のように泣き出し母親にすがる。

「やっ! やめろ! 離れろっ! 美恋(ビレン) どういうことだっ!」

「いやだ、牙咒。私が何をしたというの」

ふふ、上手くいったみたい。

私を産んだらしい母親が牙咒によって、舞台に上がってきた。

「貴様の祈祷のあとに、花が降ってきたんだぞ!」

「まあ、そのくらいで私のせいに? なんて酷い! 私が呪術をかけたというの?!」

『いや、呪術をかけたのではない。掛けられたことにも気がつかず、祈祷なんぞするからよ。強欲で浅ましく、誰にでも媚びを売り、未だに誰もが自分にかしずくと思っている。勘違いも甚だしい哀れな女だったかしら。呪を解いてやりましょうか? 一応、産んでくれたらしいので』

腰掛けたまま、指を掲げて呟けば、全身くまなく呪いの模様が現れる。

みるみる、蜥蜴のような姿に変化していくのを見て誰かが呟いた。

「ばっ、化け物っ!」

「なんですってぇぇ!」

『哀れですが……。このままにはしておけませんね。このまま呪を撒き散らされれは困ったことになりますもの。鬼桃様への供物として皆様のために』

 いらないっていわれそうだけど(笑)

 誰もが首を縦にふる。

『ですので、喜んで下さい』

「い、いやっ! いやよ! やめなさい! そんなことしたら、親殺しで死んでも恨んでやる!」

『親でしたらね? この地に生まれし者、桃幻郷に尽くせといいますから。幸せな最期になりますね』

花がほころぶように笑みを浮かべて、指先一つ動かせば、身体中の血管が浮き上がり、次いでブクブクと膨らんで、風船の様にパンパンとなれば、その先に待つは……。

『バシュっ!!』

肉が裂けるような大音量と共に、飛び散る血や肉片。

張り裂けたことに対する恐怖か、少し前まで見知った人物が人外の力を持ってそれを振るったことか。

まぁ、、どちらもでしょうね。

幸いにして、泣きわめいていた子供たちでも黙りこくったことに安堵する。

でないと、全員いれた意味がないものね。

ぐにゃり。

室内全体が揺れる。

そうしていくうちに、飛び散ったものがキレイに消え失せていく。

部屋全体を桃面の住みかと繋げて、吸収してもらっているので、綺麗さっぱりにしてくれる。

異様な光景に人々は夢でも見ていたのかと、キョロキョロするが、依然として、牙咒が虫にまとわりつかれているのを見て、今のが現実だと嫌にも理解させられる。

「ひ、ひぃぃっ! た、助けてくれ!」

『助ける? 寝言は寝てから言って下さい。私を殺せば桃了になれるとでも? 男である以上無理だと気がつきませんか? 絶世の美丈夫ならまだしも、牙咒程度で花を纏わせても、滑稽だと言われないとわかりませんか? せっかくです。花だったモノのための血となり肉となってくださいね』

'はい、桃面さんたちいいですよ。存分に召し上がってください'

幻術で桃面を虫に変えてるだけなので、お預けを喰らっていた彼らは物凄い勢いで服ごと食べ始めた。

『さて、お客様方。牙咒に騙されたとはいえ、長年不可侵条約を結んでいたはずの貴国バシュマがここにいるのは、陛下の命ですか?』

「ち、違う! 我々は、牙咒殿に騙されていただけだっ! ひいっ!」

『高官が騙されたで、陛下の身を危うくするとは考えていませんでしたか? どのみち貴殿らが帰ったところで、居場所などありますまい。こそこそ嗅ぎ回った分は体でお返しください』

スパンっ!と一瞬にして頭と胴体がわかれ、頭は浮いたままで、頚の動脈からは、血飛沫がそこかしこに舞い、次々に倒れる。

浮いたままの頭は、理瑠羽の合図一つで消えてなくなってしまった。

『さて、これで腐ったところは殺ぎ落とした訳だけど……。腐りかけたところは残しておくよりは、一掃(浄化)した方がいいかしら?』

「お、恐れながら頭領」

『桃了よ。ただの俗称だけれど、私たちは桃了よ。ただの頭領ではないの』

「はっ!」

うん。これでだいたいは理解したようね。

まぁ、だいたいなだけで、全く理解しない馬鹿もいるけれど。

「……さないっ……許さないっ! お母様を殺したお前を許さないっ!」

美誠(ミマ)っ!」

あら? 帯刀させていないはずなのに?

ふぅん。

側仕えにもいるわけね。

まぁ、いいわ。

「桃了様ッ?!」

「お逃げにっ!」

『手出し無用よ。心配しないで』

ふわりと嗤う理瑠羽に、その顔を見たものが戦慄を覚えた。

「死ねぇぇぇっっっ!」

 短刀が腹部に刺さる。

肉を抉る音が静まり返る部屋に響いたはずだ。

『馬鹿な子。静かにすれば見逃してあげたのに』

「よくもっ! よくもっ! お母様を殺したわね! 何が桃了よ! 私より劣っているお前が! 私の方が相応しかったはずよっ!」

『顔だけの貴女に?』

美誠の美しいだけの顔が歪む。

双子の片割れは、呆然と立ちすくみ私は違うと首を横に振るったが、時既に遅しというものだわ。

ふっと、息が漏れる。

痛みを感じない訳ではないのだ。

そろそろいいかと手を上げようとした瞬間。

パシン! パシン! パシン!と子気味の良い音と共に襖が開かれ、徐々に息苦しさを覚えるように、皆の姿勢が低くなる。

もちろん、美誠も例外ではなく、短刀を持ったまま膝をつく形になり、傷が縦に開く。

ぶわりと、桃の花が広間に吹き込む。

『赦さぬ……』

カチャンと音を立てて短刀が抜け落ちる。

ああ、大分広がっている……。

見たら駄目なやつだわ……。

「き、鬼桃様っ……!」

この広間で唯一、先代を知る生き残りの男が声をあげる。

その声に、皆視線だけを上げ、この世のものとは思えぬ絶世の美しく尊厳溢れた美丈夫に目を奪われる。

『人間ごときが、理瑠羽に手を出すなど』

焔様、この場で名前を呼ぶのはアウトです。

既に鬼桃のオーラに耐えられなくなった美誠は、両腕をつき、動くこともできず口も利けぬ状態だ。

恐ろしく無表情の焔が、美誠の髪を掴み、引っ張り上げ、視線を合わせるが、ガタガタと震えて涙が溢れだし、着物の裾からも体液が広がる。

『理瑠羽より優れているだと? ならば、この刃受けても生きて居られるのであろう?』

一瞬にして現れた、恐ろしく鋭い刃に、一掃の恐怖に襲われた美誠が歯をならして懇願する。

「お、お許しください……」

『理瑠羽を刺しておいて助けるだと? あの女同様、気持ちの悪い声ととんだ思考だな。こんな女をのさばらせた家族にも責任はあるな。一緒に逝かせてやる。前へ出よ』

ゆっくりと、広間を見渡しながら言う。

『理瑠羽、家族はいるか?』

『勿論。郷の者、すべてがここにおりますゆえ……』

先ずは、疲れ顔の姉三人が前へでる。

次いで、美誠の双子の妹の深舞(ミム)

能面のような少女(末妹の麗鈴 レイリン)が、年老いた父をたたせて歩み寄り、最後に琉散が出てきた。

うぅ、痛い……。

食べなくても平気なのに、痛みを感じるのはどういうこと?

左手を患部に当てて、どうにか再生しようとして、出血が収まらない。

そこで、はたと気がつく。

力を使いすぎた……?

あ、だから痛いの? そゆこと?!

がっくりとして、気がついてしまえば、更に痛みが増してくる。

『この女どもを放っていた罪は重い。身を持って桃幻郷の肥やしとなれ』

「お、お姉様!」

『なぁに、琉散』

「お姉様、お願いです。助けてっ」

『何故?』

「何故?って。私たち姉妹でしょう」

『既に姉ではないと教えたはずだけれど。それに、美誠を唆したのはお前でしょうに。わかってるのよ?』

「何を言っているの? お姉様?!」

『琉散と言ったか。相応しい最期にしてやる』

バシュッ!

流れるような剣捌きで、散った琉散の命。

飛んだ首と刻まれた胴体が、絶妙なバランスで積み重なると、生気を失った目のうち、片眼がガタガタと揺れて落ちた。

『お前が正体ね?』

落ちた片眼が見上げるように、こちらを見ようとした瞬間、焔の剣で呆気なく消え失せた。

ヤバい、なんかものすごく怒ってる?

「鬼桃様、(わたくし)たち姉妹は、何かしら飼っております。どうか、この生き地獄からお救いくださいませ」

長女の彩那(サイナ)な頭を下げる。

続くように、次女実瑠環(ミルワ)。三女透和(トウワ)。末妹麗鈴が頭を下げた。深舞は、頭を下げることはないが、深く目を瞑り、手を組んだ。

そんな娘たちを横目に父親は、どこか遠くをみている。

ふわりと桃の花が周りを包み、当たっては消える。

これは、もう、気が付かれて……。

『よし、これで終わりだ』

ザクッ! バシュっ!! 

肉やら骨やらを立つ音が嫌でも響く。

あぁ、女子供は、もう呆けて、目は開いてるけど気絶している?

いや、男たちもたいして変わらないか。

補佐官は、全員が信じられない顔で見守ってくれている。

そりゃそうだ。

鬼桃様が、郷に降りてくるなんて前代未聞だし。

『どうやらこの者が、血を媒介にしたようだな。しばらく桃了は戻らぬ故。郷の中身をよく視ておけ』

「御意に」

『今宵は此処で過ごしてね。どのみち朝までは出られないのだけれど』

「畏まりました」

『それらは、そのうち消えるから心配しないで』

そう言うと、ぶわりと桃の花が広間一面を覆い隠し、焔様の腕が越しに回ると、安堵してゆっくりと目を閉じた。

『帰ったら、覚えておけよ』

『聞こえません』

『この……(苛)』

『焔様……有難うございま……』

______した。姉妹を代わりに殺して(救って)助けて下さって______。

やだ、焔様? なんでそんなに慌ててるんですか?

そんなに呼ばなくとも聞こえてますよ。

焔様、焔様。

私、本当は、いつも優しく包んでくれる、焔様の腕が一番好きなんですよ?

凱兄様は、お兄様なんです。

大好きなのは、焔様、ただ一人です。

ふふ、言っちゃった________。




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