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01


 ウィリアムが赤い絨毯敷きの床を進んで行くと、そこには確かにアーサーが居た。

 広い部屋の中央に置かれた四角いテーブルと、それを囲むように並べられた四つのソファ。そのうちの一つに、彼は確かに腰かけていた。程よい弾力のあるソファの背に身体を預け、ひじ掛けに頬杖をつき、彼はただ、音も無く眠っていた。


 部屋は光に満ちている。

 南側の巨大な窓からは、外の大木を通り抜けた秋の木漏れ日があふれんばかりに注ぎ込み、それがアーサーの銀の髪を美しく輝かせていた。


「……アーサー?」

 ウィリアムはその光景に少しばかり拍子抜けしたような顔をして、彼の名を呼ぶ。

 けれどアーサーは良く眠っていて起きる様子はない。

 ウィリアムは彼の目の前に立つと、その顔を覗きこむようにしてじっと見つめた。


 ――酷い顔だ。

 ウィリアムはかすかに目を細めると、アーサーと向かい合うようにしてソファの一つに腰を下ろす。そして、小さく息を吐いた。


 アーサーの顔色は悪い。頬はやつれ、目の下にはくっきりとした隈が浮かんでいる。あまり眠れていないのだろうか。


 ウィリアムはそう考えて、けれど同時に、彼をこうまで苦しめるその原因は決して自分だけではないだろうということを確信した。

 ではその理由は一体なんだと考えて、彼はテーブルに積みあげられた数十冊の本へと目を向ける。


 それはどれもこれも古い本であった。

 ウィリアムはそのうちの一冊を手に取り、中を覗く。


「……歴史?」

 それはこの国の建国に纏わることが書かれた本だった。

 しかしどうやらただの歴史では無さそうだ。神やら魔女やらが登場している。おとぎ話なのか?


 ウィリアムは不思議に思いながらも、何気なくページをめくっていく。


 するとそこに書かれていたのは、神々の消えた土地を治めた一人の王と、その妃――そして次の王、ローレンスについてのことだった。


* 


 ――神の血を受け継ぎし妃ソフィア。

 彼女はその絶大な力を以て王カイルを支え、国を繁栄へと導いた。


 王には二人の息子がいた。

 一人は正妃ソフィアとの間に出来た王子、ユリウス。そしてもう一人は側室との間の子、ローレンスである。


 だがいつしか王は死に、また妃、ソフィアも死んだ。王子ユリウスも姿を消した。


 そうして即位したのは第二王子ローレンス。勿論ローレンスにはソフィアの血は一滴も流れていない。

 だが彼はソフィアと同様、不思議な力を使うことが出来た。


 それは全てを見通す力。

 王ローレンスはその力を以てして、近隣の国々を次々と支配していった。そうしてこの国は出来たのである。


 我々の知る歴史は偽りだ。

 初代国王カイルには、確かに聖女ソフィアとの間に産まれた息子が存在していた。神の血を受け継ぎし王子、ユリウスが。


 だがこの事実が語り告がれることは無いであろう。


 しかしだからこそ、私はここに記さねばならない。

 不死とうたわれた王妃ソフィアの死と、王子ユリウスの失踪。そして王ローレンスの力の謎を、後世に伝えなければならないからだ。


 晩年、王ローレンスは予言した。

 ――我は再び目覚めるだろう、そのときようやく我が魂は解放される――


 王は息子たちに命じた。

 ――この血を決して堪えさせてはならない、我の目覚めるその時まで――

 そして、王は永い眠りについた。



「……」

 ウィリアムは話の大凡を把握すると、本を閉じてもとの場所へと積み上げる。

 その顔には、どこか腑に落ちないような、訝しげな表情が浮かべられていた。


 何故ならそれは、幼い頃にアルバートより聞かされたこの国の始まりの歴史とは明らかに異なっていたからだ。

 ウィリアムは、カイルとソフィアが婚姻を結んでいたなどという話を一度も聞いたことが無かった。ソフィアはあくまで聖女としてカイルと国を支え、晩年誰とも結婚しなかった。

 ウィリアムはそう、アルバートから教えられたのだ。


 公の歴史書には、カイルは隣国の王女(・・)マーガレットと結婚したと記されている。

 そして二人の間にローレンスが産まれ、彼が王位を継いだのだと。王子ローレンスに、兄ユリウスがいたなどと言う話は聞いたことが無い。ましてそれが、カイルとソフィアの子供などと言うことは……。


 しかし、歴史というものはいつだって語り手のいいように改変されるものである。

 王位を継いだローレンスからしてみれば、兄ユリウスの存在は消し去りたいものだったのかもしれない。そう考えれば、正しい歴史が語り継がれてないことには納得がいくし、何らおかしくはないことだ。

 その点においては、ウィリアムもたいして疑問を感じていなかった。


 しかしそれでも彼が眉をひそめる理由がる。

 それはただ一点のみ、今しがた読んだ本に書かれていた……ローレンスの不思議な力について、であった。

 

 全てを見通す王ローレンスの力。

 それはまるで、昨夜アメリアから聞かされた、アーサーの右目の力と同じでは無いのかと、そう感じだのだ。


 ――予言……だと?

 ウィリアムは顔をしかめる。


 再び、目覚める――だと。もしや……この、アーサーの中に?そんな馬鹿な。


 ウィリアムの中で、黒い渦を巻くように言いようのない不安がこみ上げる。そんなことはあり得ないと思いながらも、それを否定出来ない自分がいるのだ。


 彼が心を落ち着かせようと、テーブルの上の本を再び手に取れば、やはりそれらは全て先の本と似通った内容のものばかりで――不安ばかりが大きくなっていった。

 読めば読むほど、それはウィリアムの中で確信となり彼の心を蝕んでいく。


 ――白いフクロウをいつも傍に置いていたというソフィア。

 その息子である王子ユリウスは、ソフィアと同じく黒い瞳と髪を持っていた。そしてまた……ローレンスが手に入れたその力。それはソフィアの死と同時に覚醒したと書かれている。


 つまりそれは……ソフィアの力だったと言うことではないのか?


 もしも、もしも……このユリウスと言うのが……――ルイスのことだったとしたら。そしてローレンスが、アーサーだと仮定すれば……アーサーがルイスを恐れる理由に、説明が付くのでは無いのか?


「――馬鹿なッ!」

 けれどウィリアムは、その考えを否定する様に悪態を吐いた。


 なんて酷い妄想だ。こんな真昼間に――俺は、どうかしている。

 ウィリアムはそう言いたげに、二、三度首を振って、本を戻そうと再び手を伸ばした。

 けれど焦りからか、肘を他の本の山へとぶつけてしまった。積み上げられた本が、床へと崩れ落ちる。

 それは大した音では無かったが、アーサーの眠りを覚ますには十分だった。


「――ん」

 崩れた本の山を戻そうとするウィリアムの姿が、アーサーのぼんやりとした瞳に映し出される。

 そして――。


「ウィリ……アム?」

 自分の名を呼ぶ、どこか震えたような声にウィリアムが顔を上げれば、愕然とした顔で自分を見つめているアーサーと、視線がバチリとぶつかった。


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