04
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ヴァイオレット、面白い本を見つけたんだ
ヴァイオレット、美味しいお菓子を貰ったから、一緒に食べよう
ヴァイオレット、今日は天気がいいから、僕と一緒に庭を散歩しよう
僕は何かと用を見つけては、君を呼び出した。
少しでも長く君の側にいたくて、どうにかして、君に僕を好きになってもらいたくて。
そのためなら僕は、君が望むもの全てを君に与えるよ。
ヴァイオレット、君は何が好き?
綺麗なお花がいいかな?それともお菓子?あぁ、君は聡明だから、外国から取り寄せた珍しい本でもいいかもしれないね。
僕は君に何度も尋ねる。
「ヴァイオレット、君の好きな物は何?君は何が欲しい?」
けれど、君は決して僕の質問には答えなかった。決して僕からのプレゼントを受け取ってはくれなかった。
君は僕の言葉を聞く度に、ただ困った様な顔をするだけ。
ねぇどうして?どうして君はいつもそんなに困った顔をするの?僕はただ君のことが好きなだけなのに。ただ君に喜んで貰いたいだけなのに。
「殿下……、申し訳ございません。私にはそれを受け取る事は出来ません」
悲しそうな、困ったような顔をして、僕を拒絶し続ける君。
だけど、僕には君がそんな顔をする理由がわからなかった。だって、僕に聞こえる君の心の声は、決して僕を拒絶しているものではなかったから。――それなのに、どうして君はそんな顔をするの?
「殿下……、こういうことはお辞め頂けませんか?その……困りますので」
どうして?なんで?僕が王子で、君が侍女だから?でもそんなこと関係ないよ。君が望むなら僕は王子だって辞めてやる。僕はそれくらい君のことが好きなんだ。
けれど、きっと君はそんなこと望まない。それなら僕は、これ以上一体どうしたらいいのか。
「アーサー、君は少し見ない間に変わったな」
学校がクリスマス休暇に入り、久しぶりに顔を見せに来たヘンリーが、僕にそう言った。
庭園に広がる色とりどりのクリスマスローズ、それを遠い目で眺める彼の表情は、何故かどこか不満げだった。
「あの侍女見習いがそうさせたのか?」
ヘンリーは、僕の視線の先の君の姿を見つけると、微かに眉をひそめる。その口調は僕の知っているヘンリーのものとは違っていて、僕は何故かすごく嫌な気持ちになった。ヘンリーは、君から視線を逸らすことなく続ける。
「ヴァイオレット……、確かパークス男爵の養女だったよな。アーサーお前、もしかして知らないんじゃないのか?」
「……」
僕は驚いた。だって僕は知らなかったんだ。ヴァイオレットが男爵家の養女だったなんてこと。そしてヘンリーが、ヴァイオレットのことを知っていることを。
そして僕は、やっと気づいた。そう言えば僕は、ヴァイオレットのことを何一つ知らないのだと。
「あぁ、やっぱりな。その顔は知らないって顔だ。いいか、アーサー、彼女の両親は事故で亡くなっている。今は彼女の母親の生家のパークス家が彼女の養家となっているが、あの家はあまりいい噂を聞かないぞ。彼女を城へ侍女として入れたのも、本音は厄介払いというところだろう。あまり親密にはならない方がいい。足元をすくわれるぞ」
「――っ」
僕はそのヘンリーの言葉に目を見開いた。彼の表情は真剣で、きっと僕のことを心から心配してくれている。けれど僕は、どうしてもそれをすんなりと受け入れられることが出来なかった。
何故?それは多分、僕が知らない君のことを、ヘンリーが知っていたからで……彼が君を、あまりよく思っていないからで……。
「で……でも、男爵家なんて……たいした家じゃ」
悪い噂?なんだよそれ、そんなの――この僕のこの力があればどうにだって出来る。そんな家、今すぐにだって潰してしまえる。そうだ――僕は王子だぞ。この国の王子だ。出来ないことなんて何もない。
僕はヘンリーを睨みつける。それは僕の初めてのヘンリーへの対抗だった。
けれど、ヘンリーはかすかに顔をしかめるだけで、決して気分を害した様子は見せなかった。それどころか彼は平然と続ける。
「だからこそ、だろ。男爵家なんて確かにたいした家じゃないさ、父上に頼めば一瞬で潰してしまえるほどにな。そう、パークス家には後が無いんだよ。いい噂が無いってことは尚更、そういうことだ。君があの侍女と仲良くなったらどうなると思う?パークス家はこぞって君に取り入ろうとするだろうな。でも、そうなったとき君はそいつらを拒絶できるのか?出来ないだろう?」
「……ッ」
確かに、そうだ。その通りだ。ヘンリーの言葉は正論で、いつだって正しくて、それは心から僕を想って言ってくれている。あぁ――僕はどうしたらいいんだ。それなら僕は、一体どうやって君を愛せば……。
突き刺すような空っ風が、僕の頬に吹き付ける。
僕は目を伏せ、俯いた。もう、何も浮かばなくて。どうしたらいいかわからなくて。
ヘンリーは、そんな僕に呆れた様な視線を向けると、小さくため息をつく。
「まぁ、だけど……そうだな。彼女は悪い子じゃないよ。学校で仲良くなった奴が、彼女の話をしていたのを聞いたことがある。それは保証する。だから……彼女のことが本当に好きなら、彼女を困らせないようにしろ。誰にも知られないように……上手くやれ」
「……!でも、そんなことどうやって」
「それくらいは自分で考えろよ」
「――っ」
ヘンリーは僕にそれだけ言うと、右手をひらりと掲げて帰って行った。その背中は、気のせいかもしれないけれど、少しだけ寂し気だった。
僕は城門の外へと消えていくヘンリーの姿を見送りながら、決意する。
ヘンリーは三か月前と何も変わっていなかった、変わってしまったのは僕の方だった。けれど、駄目なのだ。このままの僕じゃ、駄目なのだ。僕はもっと考えなければならない。この力に頼るのではなく、王子の立場に胡坐をかくのではなく、ヘンリーの様にもっと周りを知らなければならないのだ。
そうでなければ、こんな僕では、きっと君は僕に見向きもしてくれないだろうから……。
だから、僕は変わりたい。いや、変わるんだ。もっとたくさん勉強して、君を守れるように。君を、いつかきっと迎えにいけるように。
君の笑顔を見る為に。この僕を、きっと好きになってもらえるように。
僕は冬空を見上げる。それはどこまでも広く遠く――まるで君の瞳の様に透き通った――淡い水色に染められていた。