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05


***


 ウィリアムは13歳になっていた。ウィンチェスター校に入学して約半年ほどが過ぎた、それは三月のことだった。


「なぁウィリアム、今度の連休うちに来るだろ?」

「……どうして?」

 ウィリアムは毎度のことながらエドワードの唐突な問いに――無意識に足を速めながら――連休に何かあるのか?と続けた。


 既に予鈴は鳴り終えている。生徒たちは次の教室へと向かうため、一階の長い渡り廊下を行き交っていた。勿論、ウィリアムとエドワード、そしてブライアンもその中に含まれている。


「この前カーラが7歳になったんだけど、あいつ、どうしてもウィリアムに祝ってもらいたいんだってさ」

「まぁ端的に言えば、誕生日パーティーってことになるか」

 二人の言葉に、ウィリアムは「あぁ、もうそんなになるんだな」と呟いた。そして続ける。


「わかった。行くよ。ルイスも一緒でいいよな?」

 ウィリアムのそのさも当然と言うような表情に、顔を見合わせて口角を上げる二人。


「あぁ。勿論。ていうかお前、ほんっとにルイスと仲良いよな」

「口を開けばルイス、ルイスって。お前ら本当にただの主従関係なのか?」

 それは誰がどう見てもからかうような表情であったが、ウィリアムはそれを気にも留めない様子で笑って流す。


「はは、まさか。ただの主従なわけないだろう?ルイスは家族以上の存在だよ。出来るなら片時だって離れたくないと思うほどにはな」

 その顔に浮かべられたのはどこか不敵な笑みで、二人は「げえっ」と喉の奥で悲鳴を上げた。


「いやいや、冗談でもそんなこと言うのやめろって」

「おっ前なー。それ、絶対カーラの前で言うなよ。面倒だから」

 けれど二人の言葉に、ウィリアムは唇の端を上げたまま「冗談に決まってる」と、呆れたように溜息をつく。そして更に足を速めた。


 ――けれど丁度そのとき。ふと、渡り廊下から見渡せる広い裏庭のどこからか、何やら揉めているような声が聞こえてきた。三人は聞き覚えのあるその数名の声に辺りを見回す。ぱっと見は特に変わった様子はない。皆次の授業の為に移動していて、裏庭には誰もいる様子はなかった。だが……。


「――僕にかまうな!行け!」


 再び聞こえたそのどこか思い詰めたような叫び声に、ウィリアムは一瞬で表情を変え授業の用具を抱えたまま走りだした。


「おい、ウィリアム!」

「あぁー。もう、俺たちも行くぞ!」

 二人もウィリアムの後に続く。

 そしてその声の方へ近づくにつれ、はっきりと聞こえてくる数人の声。それはどうやら同じ寮の同級生たちの様であった。声を頼りに走っていくと、校庭の隅、用具倉庫の前で三人が騒いでいる。その内の一人は、右目を押さえて用具倉庫に寄りかかっていた。


「何があったんだ!怪我か!?」

 ウィリアムが駆け寄ると、他の二人が顔を蒼くして彼の方を振り返った。


「あ……、セシル」

「どうしよう、僕たち……クリケットの練習してたら、殿下にボールが当たっちゃって」

「医務室に行こうって言ったんだけど……」

 二人は声を震わせて、おずおずともう一人の方へと視線を送る。


 右目を押さえている生徒――それはこの国の王子、アーサー・オブ・ウェールズであった。彼は駆けつけて来たウィリアムら三人の姿を確認すると、右目を押さえたまま煩わし気に顔を歪める。


「大丈夫だ。何ともない。僕にかまわないでくれ」

 アーサーは低い声でそう言って、どこか威嚇するような、鋭い視線をウィリアムらに向けた。そしてそのまま、どこか覚束ない足取りでその場を立ち去ろうと踵を返す。けれどそう言われたって、怪我をしている者をそのまま行かせられる筈がない。ましてそれが王子ともなれば尚更だ。


「待て、ウェールズ!」

 ウィリアムはアーサーを引き留めようと、とっさに彼の左腕を掴んだ。けれどその手は、直ぐに跳ね除けられる。


「僕に触るなッ!!」

「――ッ」

 アーサーは全身を殺気立たせてウィリアムを睨みつけた。それはまさに、完全なる拒絶。

 けれどウィリアムは決して怯むことは無かった。それどころか彼は、普段のアーサーと今の彼の様子がまるで別人であることに酷く違和感を覚え、尚更ほおっておくことなど出来ないとアーサーの行く手をふさぐ。


「大丈夫なわけないだろう、見せてみろ」

「――っ、お前、この僕に指図する気か?」

 そう言いながらも、アーサーは痛みに耐えるように顔を引きつらせ、それを隠すように俯いた。ウィリアムはそれを見逃さない。彼はその一瞬の隙を見て、右目を覆うようにしているアーサーの右腕を掴み、そして――。


「――ッ!!」

 刹那、ウィリアムの視線とぶつかったのは――アーサーの右目から放たれる――眩い赤色。ぎらりと妖しい光を放つ――それは、アーサーが絶対に誰にも見られまいと隠し通してきた――赤い瞳であった。そしてそれと同時に、アーサーはどういう訳か酷く怯えた表情を浮かべる。それは恐怖か、畏怖か――何か恐ろしいものを見たような顔をして、アーサーはウィリアムからさっと視線を逸らして再び俯いた。そしてウィリアムは、そんなアーサーの様子にようやく……察する。


 けれどアーサーは、もうそれ以上何も言い返してくることは無かった。彼はさっと背を向けると、ふらふらとした足取りでそのまま立ち去っていく。


「何だ……今の」

「なぁウィリアム。流石に今のは不味くないか。相手は王子だぞ」

 エドワードとブライアンはウィリアムの肩にぽんと手を置きつつも、その、急に態度を変えて背中を向けたアーサーに対して不思議そうな視線を向けた。


 そんな二人の言葉に、ウィリアムは他の誰にも今の彼の瞳を見られていないと確信し、そして――。


「先に、行っててくれ」

 と、低い声で呟くと――アーサーを追うように、再び駆け出した。



「ウェールズ!!待ってくれ!」


 既に授業は始まっている。アーサーは人気のない裏庭を校舎の壁伝いに進んでいた。その肩を酷く震わせて……。向かっているのは恐らく――寮の方だろう。


「ウェールズ!」

 ウィリアムはアーサーに追いつくと、再び彼の腕を掴んだ。アーサーは既に、その瞳を隠す気は無いようだった。彼は一瞬ウィリアムの顔を睨むように見つめたが、直ぐに視線をそらして忌々し気に呟く。


「僕にかまうなと言った筈だ。殺されたいのか」

 しかしそう言った彼の腕がウィリアムの手を振り払うことは無かった。いや、正しくは、それすらも出来なかったのであろう。


「……ウェールズ」

 ウィリアムの視線の先のアーサーの横顔が、歪む。銀色の前髪から覗く瞳を揺らめかせ……それは、今直ぐにでも泣きだしそうに……。


「悪かった、ウェールズ。本当にすまなかった」

 ウィリアムの突然の謝罪に、アーサーは俯いたままびくりと肩を震わせる。


「本当に、すまなかった」

「……」

 そして、アーサーの唇が……歪んだ。


「謝るくらいなら……最初から……ッ」

 彼は呻くように、恨めしそうに呟く。けれど彼は決してウィリアムの顔を見ようとはしない。そんなアーサーにウィリアムは彼の腕を掴む右手に力を込め、前髪に隠れたその横顔をじっと見つめた。


「ウェールズ。なぁ、こっちを見ろよ」

 どうして彼はこんなにも怯えているのだろう――と、ウィリアムは不思議に感じていた。確かにオッドアイは珍しい。王家に今までオッドアイの者はいなかった筈。けれど、だからと言ってそれだけで虐げられるようなことはないだろう。まして彼は王子だ。それをどうしてこんな風に隠す必要があるのだろうか、と。

 けれど、自分の行いが彼を傷つけてしまったのは紛れもない事実。それは誠心誠意謝らなければならないと――ウィリアムはただ、アーサーを真剣な表情で見つめる。


「ウェールズ……。いえ……殿下」

「――ッ!」

 刹那――アーサーの両目がぎらりとウィリアムを見据えた。その名で呼ぶな、と言いたげに。そして二人の視線が……ようやく、交わる。


「やっとこっちを見た」

「――ッ」

 目じりを下げて微かに微笑むウィリアム。しかしアーサーはそれをどこか挑発するように睨み返し、「お前は怖くないのか」と嗤った。ウィリアムは眉をひそめる。


「……何が」

「この……目だ」

 アーサーの右目が妖しく光る。先ほどの怯えた様子と打って変わり、今度は何かを嘲るように吊り上げられた彼の唇――それがウィリアムには壊れかけのおもちゃの様に(いびつ)に感じられて、喉の奥をぎゅっと締め付けた。

 そう……それはまるでルイスと出会ったあの日の自分の様で――何もかもに絶望していた過去の記憶が思い出されて――ウィリアムは……。


「怖いもんか。それどころか……僕は、綺麗だと思う。――君のそのオッドアイ、とても、素敵だよ」


 気が付けば、心の底から……そんな言葉を口にしていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 未来の話を先に見ていたからこそ分かることが多々あってすごくおもしろいです。幼少期ウィリアムかわいい...ただなんでウィリアムは感情?をルイスに預けたのに人間味があるのでしょうか??
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