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【初稿版】愛しのあの方と死に別れて千年~今日も私は悪役令嬢を演じます~《第2幕》  作者: 夕凪ゆな
第6章 あの懐かしき日々

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04


***


 季節が何度も巡り、ルイスがウィリアムの元へ来てから三年の月日が経った。季節は夏。ウィンチェスター侯爵家とスペンサー侯爵家の一行は、海岸沿いの保養地へとやって来ていた。ウィンチェスター侯爵夫妻にウィリアムとルイス、そしてスペンサー侯爵夫妻にクリス、エドワード、ブライアン、そして4歳のカーラに、数人の従者と侍女たち。彼らは少し海抜の高い位置にあるオープンカフェ風のレストランで、海を眺めながらアフタヌーンティーを楽しんでいた。爽やかな風が辺りを吹き抜け、まさに午後のひと時にふさわしい。


「たまにはこういうのも悪くないわね」

「ええ、全員揃うなんて久しぶりだわ」


 ウィリアムの母リリアンとエドワードらの母ライラは、顔を見合わせて微笑み合った。彼女らはエドワードとブライアンと同じく、一卵性の双子である。癖のない流れるような茶色の髪に緑色の瞳。声も本当にそっくりだ。同じ服装をしたらどちらがどちらかわからない程に。

 そうであるから母親譲りの髪色を受け継いだそれぞれの子供たちは、こうやって並ぶとどう見ても血のつながった兄弟にしか見えない。


「父さん!!もっと近くで海を見てきてもいい!?」

「あっ、僕も行きたい!」

 エドワードとブライアンの言葉に、父フリップはティーカップを持つ手を一瞬止めて眉をひそめた。この二人を野放しにしたらろくなことにならないと知っているのだ。


「……クリス」

「はい。父さん」

 フリップは淡々とした声で一番上の子供の名前を呼ぶ。よく見張っていろよ、という意味だ。クリスは心中で深い溜息をつくと、静かにいすから立ち上がった。それと同時に走り出す二人。


「ほら、ウィリアムも行くぞ!」

「誰が一番速いか競争だ!」

 二人は少年らしいキラキラした笑顔を浮かべて駆けていく。その後ろをクリスが煩わし気な顔で追いかけて行った。ウィリアムも少し遅れてその後に続く。が、直ぐに立ち止り振り返る。


「ルイス!何してるんだ、一緒に行くぞ」

「はい、ウィリアム様」

 そして二人はいつもの様に微笑み合い、三人のあとを追っていった。

 そんな彼らの背中を見つめて、両親は安堵の息をはく。それは三年前のあの日を思い出し、それが懐かしいと思えるほどの過去になった証拠であった。


「最初はどうなることかと思ったけれど、今ではルイスがうちに来てくれて良かったと、心から思うわ」

「……君の身体の調子が良くなったのも、あの日からだったか」

 ロバートの視線に、妻リリアンは微笑む。


「ええ、そうよ。あの子が来てから。ウィリアムもなんだかしっかりしてきた気がするし。本当に不思議な子よね」


 その言葉に頷くのはリリアンの双子の姉、ライラだ。


「そうね、それにあんなに黒い髪や瞳も見たことないわ。立ち居振る舞いも完璧よね。孤児だというのはもしかしたら嘘なんじゃないかしらって、ルイスを見ていると時々思うのよ。ねぇあなた?」

 ライラはそう言うと、赤い紅のひかれた口角をいたずらっぽく上げた。それは四児の母とは思えないような少女らしさを醸し出している。けれどフリップはそのような妻の態度に慣れているのか、眉一つ動かさずに紅茶を一口含み、一瞬の沈黙の後、ようやく口を開いた。


「私はどちらでも構わんよ。両家が繁栄するのならば、神だろうが悪魔だろうが」

 瞼を伏せた夫の淡泊なその声音に、ライラはふーん、と口を尖らせる。彼女は「つまらない人」と呟いて、再び妹リリアンに視線を向け続けた。


「それよりリリアン、あなた忘れてないわよね?あなたが病気だったって聞いた時、私が卒倒したこと!私達双子なんだから、何でも話してくれなきゃ駄目なのよ。隠し事をされるのは二度とごめんだわ。わかってるわよね?」

「ええ、わかってるわよライラ」

 そんな妻ライラの、否が応でも、というような口調に、フリップはテーブルの紅茶に揺れる自分の姿を見つめながら、微かに目元をひきつらせる。


「……確かにあの日の君は酷かった。とうとう気がふれたのかと。私も二度とごめんだな」

 あの時彼は妻に顔を引っかかれたのだ。頬に三本の深い傷が出来た。それが癒えるまでの間、彼は社交場でずいぶんと恥ずかしい思いをしたのである。侯爵にも猫と戯れるような人情味があるのかと、会う先々で言われるものだから。


「!まぁあなた、それは流石に言い過ぎだと思うわ。でも悪いことばかりじゃ無かったでしょ?いい話題になってたじゃない。口下手なあなたには丁度良かったと思うわよ。

 ……とにかく!」

 ライラはそこまで言って、リリアンにずいっと顔を寄せると、両手をぎゅっと握ってにこりと微笑む。


「もし私たちに何かあったら、ルイスを貸してちょうだいね!」

 その本気とも冗談とも取れないような声音に、リリアンは一瞬目を(しばたた)かせて、ふふっと笑った。


「あら、嫌よ。ルイスはもう家族同然なの。ウィリアムには兄弟がいないもの。今ではルイスのことを兄のように慕っているのよ。それを引き離したりなどしたら可哀そうじゃないの。ね?あなた」

「まぁ、そうだな」

 ロバートは微笑む。


 それから彼らはしばらくの間、子供たちとルイスについての話題に花を咲かせるのだった。



 ウィリアムとルイスはエドワードらの後を追って海岸沿いを歩いていた。海風が二人の髪を優しく揺らす。


「さっきの母さんの言葉聞いたか?君のこと誉めてたな」

 そう、どこかからかうように微笑むウィリアム。ルイスはそれに対し「勿体ないお言葉です」と返事をして、余所行きの笑顔を浮かべた。

 ウィリアムは眉をひそめる。


「僕と二人のときはその話し方やめろって言ってるのに」

「そう仰らず。ここはあなたの部屋ではありませんから。誰の目があるともわかりません」


 その言葉にウィリアムはちらりと辺りを見回してみる。確かに人通りはそれなりにあるが、自分たちのような子供に注視する視線などある筈もなく。


「それ本気で言ってるのか?」

 ウィリアムのその言葉に、ルイスは見下ろすようにして、彼を横目で流し見た。ルイスの頬がかすかに上擦る。


「私はいつだろうと本気でございますよ、ウィリアム様」

 それはどこか不敵な笑み。ウィリアムはフン、と鼻を鳴らす。


「本当にお前は息を吐くように嘘をつくよな」

「そう見えますか」

「そりゃあな。父さんや母さんは騙せても、僕の目はごまかせないぞ」

 ウィリアムの不満げな瞳がルイスを見上げる。彼は一瞬躊躇うように視線を泳がせて、なぁルイス――と、続けた。


「学校には本当に行かなくて良いのか?確かにお前は貴族の出じゃないけれど、さっき聞いた通り父さんも母さんもお前を家族同然だと思ってるんだ。もし僕に遠慮しているんだとしたら……」

「……」

 ルイスは今年で12になる。普通の男児ならばよほどのことがない限り学校へ通うものだ。貴族であれば親元を離れ寄宿学校へと、そして平民であっても家から公立の学校へと通う。

 ウィリアムの父ロバートは、学資は勿論出すからと文武共に長けたルイスにウィンチェスター校への進学を勧めたが、ルイスはそれを断っていた。ならば公立の学校へ通うのかと問えば、そのつもりも無いと言う。ロバートはその理由を尋ねたが、ルイスはただ「私の様なものには勿体ない」としか答えなかった。

 けれどウィリアムからすれば、その言葉はどう解釈したってルイスの本音とは思えなかった。


「お前が出自など気にしていないことくらい、僕はお見通しなんだからな。本当の理由は何なんだ」

 ルイスはウィリアムの視線からゆっくりと顔を逸らし、少し先の波打ち際へと目をやる。そこには裸足で膝まで水につかってはしゃぐ、エドワードとブライアンの姿があった。そしてその傍にはいつも通りの仏頂面で、砂浜に腰を下ろしているクリスもいる。ルイスはそんな彼らをどこか眩しそうに見つめ、目を細めた。


「生憎ですが、あの言葉は僕の本心でしたよ。学校と言うものは……ウィリアム様や……彼らの様に未来ある者が集う場所。僕には相応しく無い」

 それはまるで自分自信を卑下するような声で……ウィリアムは思わず顔をしかめる。

「……何を言ってるんだ」

 未来ある者――?未来なら、お前にだってあるじゃないか、と。

 けれどルイスは、ウィリアムのその訝しげな顔に気が付くと、直ぐにいつものように微笑んだ。


「それに、ウィリアム様とお約束致しましたからね。何時でもあなたの傍にいる――と」

「ッ!ルイス!」

 ウィリアムはルイスのその張り付けたような笑顔に、また自分はからかわれたのかと憤った。本当に、何て奴だ、と彼は口を尖らせ悪態をつく。そんなウィリアムの姿に、ルイスは珍しく口を開けてハハッと笑った。


「さぁ、行きましょうかウィリアム様。エドワード様が呼んでいらっしゃいますよ」


 その声に再びウィリアムが視線を波打ち際へと動かせば、エドワードとブライアンがこちらに向かって大きく手を振っていた。早く来いよ!と、屈託の無い笑顔が太陽の光に反射してキラキラと輝いている。

 そんな彼らに、ウィリアムは「今行く!」と少年らしく叫び返して、歩き出した。けれど再び止まり――やはり、振り返る。


「ルイス、何してる。行くぞ。――僕の傍に、いてくれるんだろう?」

 それはどこかからかうような、けれど穏やかな声だった。


「はい、ウィリアム様。私は何時までも、あなたの傍に」


 そして二人は歩き出す。真夏の空に浮かぶ太陽を背にして。


 それからもウィリアムとルイスの二人はしばらくの年月を――まるで本当の兄弟であるかのように、同じ場所で――同じ景色を見て過ごすのであった。


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