04
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ウィリアムはどうにか追手を巻き、路地裏を駆け抜けていた。彼には街の入り組んだ道などわからない。けれど、ハンナの証言ではこの方角に浮浪者の溜まり場があると言うことだった。勿論その情報だけでアメリアを見つけ出すことなど出来ない。そんなことはウィリアムも百も承知である。それでもウィリアムは走り続けた。それは何故か。
そう――ウィリアムには確かに勝算があるのだ。ルイスを見付ける事が出来れば、それはアメリアを見つけたも同然であると、彼は確かに知っている。そしてルイスを見つけることは――否、ルイスに自分を見つけて貰うことは、ウィリアムにとっては容易いことだった。
「――おい、いたか!?」
「いや、ここには居ない!」
途中で何度か兵士を見かけたが、ウィリアムはそれを物陰に隠れてやり過ごす。そして――彼は心の中でルイスの名を呼んだ。
――ルイス。俺はここにいるぞ。姿を現せ。
ウィリアムにはルイスの声は聞こえない。ルイスの居場所もわからない。けれど、ルイスにはウィリアムの居場所を確かに知ることが出来た。ルイスはウィリアムが許しさえすれば、彼の心のうちを読むことが出来るのだ。そうであるから、ウィリアムはルイスの名前を呼ぶ。出てこい、と。自分はここに居る、と。そうすればルイスは必ずウィリアムの声に答え、姿を現す筈だ。今までもずっと、そうだった。
ウィリアムは兵士達が居なくなったのを確認すると、再び走りだす。
ルイスには確かにウィリアムの声が聞こえている筈。だが居場所が遠ければ遠い分、辿り着くのに時間がかかってしまうのは必然だ。なるべくルイスの近くへ行かなければ――と、しかしルイスが先回り出来るように、ウィリアムはなるべく直線に道を進んでいく。
するとウィリアムの思惑通り、少し先の路地裏からルイスが姿を現した。ルイスはウィリアムが自分の姿を認識したことを確認すると、再び狭い路地裏へと身をくらます。そしてウィリアムも、確かに追手がいないことを確認すると、その狭い路地へと身を隠した。
「――ルイス、アメリアは!?」
路地裏は暗い――。日はまだ高い筈であるが、壁と壁に挟まれたここは昼間でもほとんどが日陰になってしまう。ウィリアムはルイスの横に並び、ルイスの様子を伺うようにアメリアの無事を尋ねた。
「……ご無事です、僕の知る限りでは」
「――?」
ルイスのその声は、かすかに震え、乱れていた。ウィリアムはそれに違和感を感じルイスの顔を覗き込む。ルイスの額からは汗が滴り、口元は苦し気に歪み、よく見れば肩を小刻みに上下させているようだった。それに今ルイスは自分のことを、僕と呼んだ。意図的にではなく、咄嗟にそう出てしまったというように……。それはルイスに余裕が無い時の自分の呼び方であり、それをよく知るウィリアムは驚いたように眉をひそめる。
「――ルイス、お前」
「……大丈夫です。ちょっと……力を使いすぎただけですから」
ルイスはウィリアムの言葉を遮るように呟いて、無理やり口元を上げた。それは多分笑顔を作ろうとしてのことだったのであろうが、傍から見ればただ苦し気に顔を歪めているようにしか見えない。
「何故、そこまで……」
ウィリアムは目を細め、ルイスに責めるような視線を送る。それは彼のルイスへの、あらゆる情の示し方であった。本当に心を許した相手でなければ、ウィリアムは決してこのような態度を取ったりしない。どうでもいい相手には、彼はいつだって穏やかでにこやかに接する。勿論それを、ルイスは良く理解していた。
ルイスは一度ゆっくりと深呼吸をして何とか呼吸を整えると――乱れた前髪の隙間から――その深い漆黒の瞳で、ウィリアムの顔を流し見る。
「……だって、約束したでしょう?僕があなたをお守りするって。その為には、どうしてもあの方が必要なんですよ」
「――っ、それは、一体どういう……」
ウィリアムはルイスの言葉の意味を謀りかねる。が、ルイスはそれを遮り続けた。
「兎に角……今はアメリア様のところへ急ぎましょう。先ほどからやたら兵士がうろついていますし……何だかきな臭い気配を感じます」
「……それなんだが、先ほどコンラッドが俺の行くてを阻んで来たんだ。アーサーの指示だと言って。隙を見て逃げ出して来たが」
「……アーサー様が?」
ウィリアムの言葉に、ルイスは少し驚いたように目を開いて、何かを考えるそぶりを見せた。そして直ぐに、全てを悟ったように煩わし気に口元を歪ませる。
「――あのバカ王子。何もするなと言ったのに」
「……は?おい、一体どういうことだ。ちゃんとわかるように説明しろ」
「どうもこうもありませんよ。どうやら彼は本気で僕を敵に回したいようだ」
ルイスは苦々し気に奥歯を噛むと、吐き捨てるようにそう言った。ウィリアムはそんなルイスの口調に、訝し気に眉を寄せる。
「一体お前たちは何をしているんだ。アメリアが急に居なくなったことも関係あるのか!?」
ウィリアムはわずかに語気を荒げる。そんな主人の様子に、ルイスは一瞬瞼を伏せた。
「――いえ、恐らくそれは偶然でしょうが。もしかしたら……彼は僕らを消そうとしているのかもしれません」
そうして告げられた言葉に、ウィリアムは驚愕する。
「――消す!?俺と、お前をか!?」
「いいえ。僕と……アメリア様をです」
そう言ったルイスの表情は、真剣そのものであった。その瞳に揺れるのは、確信に似た何か。――ウィリアムは今度こそ絶句する。
「――ッ、……何の、為に……」
アーサーがルイスとアメリアを殺そうとしている?そんなことが信じられるだろうか。一体何の理由があってルイスはそんな恐ろしいことを口にするのだろうか。――ウィリアムにはわからなかった。
ルイスは茫然とするウィリアムの表情に、わざとらしく肩をすぼめて視線を逸らす。
「……まぁ今のは極論ですから。あまり本気になさらず」
「極論って……」
「実際は国外追放ってところが妥当ですかね」
ルイスは冗談交じりでそう言うと、やれやれと溜息をついた。その様子にひたすらに困惑するウィリアム。
「――いや、それでも十分意味が解らないんだが……」
「どうせ直ぐにわかりますよ。兎に角今はアメリア様を保護するのが先です。急ぎましょう」
ルイスはそれ以上言うことは無いと踵を返し、走りだす。
「――おい!」
そしてウィリアムはわけもわからぬまま、ただルイスの背中を追って駆け出した。