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「ランレン、小さな子どもに手をあげてはいけないよ?大したことは出来ないさ、離しておやり。」


 中国人みたいな恰好をした細目の男は、派手男の言葉に首を振る。何やら言い返しているが、俺の知らない言葉だった。

 必死で掴まれた腕から離れようと暴れるが、中肉中背のくせにアーロンより手加減出来ないらしく、ボキリと音がするまでひねり上げられた。

 骨折には慣れていたし、俺の骨は子供らしく細く折れやすい。とはいえ痛みはあるし、声も出せず悶絶しつつも、細目に向かって悔しさに睨み上げる。


「あ~あ、君も暴れちゃだめだよー、ランレンは子供にも厳しいなぁ。」


 どれ、といって派手男が俺に近寄ると発砲音が地下に響いた。見上げた派手男の額に開く穴を見てしまう。

 小さな部屋の中で汚い悲鳴を上げる研究員の声がうるさい。

 

 俺の折れた腕を握っていた細目男は緩慢に背後を振り返り、続く発砲音がしたと思うと折れた腕は自由になり、背後の気配が消えていた。




「ダン!大丈夫かっ!」


 アーロンの大きな声を俺は初めて聞いた気がする。

 持ってきていた拳銃を前に向けたまま、足早に俺に近づく。


「ひどいなぁ、出会い頭に打ち抜くなんて。しつけがなってないワンコだねぇ。」


 派手男がしゃべりながら起き上がる姿をみて、アーロンと二人で驚愕する。


「なっ!」

「なんで動いてる!」


 ゾンビよろしく起き上がった男は、青白い顔にタラりと血を垂らしながら立ち上がり、何事もなかったかのように埃を払う。


 汚い床に倒れてしまったことが酷く不快らしく、かなり嫌そうな顔をしていた。


「この程度では死にはしないよ。あ、言っておくがイリュージョンじゃないよ。そうだな、君ももう少しこちらの血が濃ければその程度の骨折も数舜で治るさ。」


 血が濃い?骨折が数瞬で治る?どういうことか聞きたかったが、アーロンは俺を背後に庇い、再び拳銃を派手男に構えてしまう。


 ランレンと呼ばれた男がどこからか再び現れ、アーロンの拳銃を握る腕を蹴り上げる。

 アーロンは蹴り上げられたせいで手放してしまった拳銃には気にも留めず、ランレンに掴みかかるが流麗な武術のような動きでいなされてしまう。


 俺は腕を折られてしまって手放したナイフを拾おうとしたが、派手男の白い爪先によりそれを遮られる。


「もう一度言うが君に復讐は似合わないよ、その年で殺人なんてするもんじゃない。この男のことは大人に任せておきなさい。」


 派手男はつま先でナイフを蹴り飛ばしてしまった。そして研究員を指して俺を諭そうとする。俺は派手男を睨み上げ、腹に積もり溜まった憎しみをあらわにして男に訴えてやった。


「俺はもう、毎日俺を殴ってきた男をこの手で殺してやった。俺があんたと同類というなら、もうただの子供じゃいられない。いるつもりもない!」

 

 ふむ、と俺の言葉を聞いた男は研究員を見た。中で怯えて縮こまる研究員を庇うのかと思いきや、男は笑った。


「いいですねぇ。その覚悟、その年で。しかしお仲間がその男が持つ情報を欲してるのでしょう?少しだけ待っておあげなさい。元の人間に戻りたいならなおさらだ。では、ランレン!」


 ランレンと呼ばれた男はアーロンをいつの間にか組み敷いていたが、さっと離れて足音もさせずに派手男のそばに戻る。 身を起こしたアーロンも、俺を庇うように立ちふさがる。


「君になにもするつもりはないさ。どうやら僕らより話を聞き出すのが上手い子が来たみたいだしね。」


 俺もアーロンも、派手男の言葉がよく分からないが、後ろから叫ぶ声が二人の背中を叩いた。


「ダン!アーロン!」


 巨大な狼の頭を持つ灰色の人狼が背後の通路をふさぐ。


「なぜ二人ともここに。ああ、ついてきたのか…。さっきの銃声はアーロンだな。」

「ごめん、どうしても俺も気になって。」


 スヴェトの人狼と化した姿を見たのは二度目だった。アーロンよりも肥大化した巨大な背中は丸くなり、着ていたコートが引きちぎれそうになっていた。


「これはこれは。なんてすばらしいアルファメスなのでしょう。こんな人狼実験の成功例があったなどと報告はありませんでしたよ。カインもやりますねぇ、私から隠すなんて。」


 嬉しそうに笑う派手男は杖を地下に響かせて朗らかに笑う。額から流れる血はレースのハンカチで拭っているからあまり様にはなっていないが。派手男を見たスヴェトははっとした表情を見せる。


「その恰好、まさかあなたが«グラーフ»か?」


 グラーフ?グラーフって何?というかスヴェトはこいつと知り合いなのか?俺の頭に疑問符がわく。


「実際にお会いするのは初めてですね。スヴェトラーナ・ロバーチ博士。いやはやあなたは人狼実験の最中に獄死したと報告を受けていたのですが、お会いできて光栄です。」


 獄死、と聞いて俺の全身の毛が逆立つ。折れた腕も無視して立ち上がろうとしてアーロンに後ろ手で止められた。改めて見るスヴェトの耳はピンと逆立ち、風もないのに襟から見える毛がざわざわと揺れているのが見えた。


「私もあなたの噂はかねがね。今日はこの男に用があって来られたのでしょうが、退いてはもらえないでしょうか。」


「では、あなたが直接こいつに最後に手を下すと?」


 スヴェトは大きな狼頭をうなづかせる。派手男は口元を歪ませて心底可笑しそうに笑い始めた。


「これはこれは。なんとも、悲劇か、喜劇か。あなたも酷な生き方を選ぼうとなさる。まあ、最後には私の元に情報が入ってくるなら満足ですので、今日のところはあなたの覚悟に免じて退きましょう。ランレン?さぁ行きますよ。」


 ランレンと呼ばれた男はずっと黙って静かに立っていたが、派手男に促されると突然顔が二つに裂けた。口元が大きく裂け、アジア人特有の平たい鼻筋が一気に伸びる。スヴェトと同じように頭だけが狼の姿に変容していく。茶系の狼は動物のはずなのににたりと笑っているように移った。


「____。」


 なにか言っているがさすがに俺には分からない言葉だった。


「駄目ですよ、ランレン。今日はもういいんです。帰りましょう。」


 派手男がランレンの袖を引くがランレンの敵意は剥き出しのままだ。今にも襲い掛からんと鼻を大きく膨らませてうなり、大きく口を開けた。分かりやすい威嚇の証。


 中肉中背であるはずなのに、変化も頭だけなのに、ひどく狂暴な大きな獣に見えた。


「ちょっと、ランレン君?」


 ぐっとスヴェトが身構えたとき、拍子抜けするような声が間に入る。


『ばあ!』


 ホワイティが幽体でスヴェトとランレンの間に降りてきたのだ。また逆さの状態で。


「おお!君が«ノーリ»か!見事なアストラル体だ!我々の中にもそれほどの技術を持つ者はいないよ。すばらしい!」


 派手男が感激した風に大げさに騒ぐ。しかし確かに驚いてはいるようで白い肌は紅潮し、額から止まっていた血がピュッと噴き出した。ついでにアーロンが撃ち込んだ銃弾もポロリと額から落ちていた。


『あなたが«グラーフ»ね。初めまして。でも私は«ノーリ»なんて呼ばれるの嫌よ。可愛らしくホワイティって呼んでほしいわ。』


 ランレンは突如として現れたホワイティに、毒気を抜かれたのか元の人の顔に戻ってしまっていた。こちらはグラーフとは違い、逆立ただ毛並みの下を酷く青ざめさせている。俺と同じで幽霊の類は怖いらしい。思わず共感してしまう。


「ホワイティ、ロバーチ博士、そして向こう見ずな少年よ。今日お会い出来たことに感謝を。私は《ドラキュラ伯爵》だ。よろしければ三人にはぜひ我がオカルト・パーティーへ招待しよう。」


 向こう見ずな自覚はあったが人から言われると腹が立つ。ドラキュラって確か吸血鬼のお化けの名前だったとしかダンには分からない。自称ドラキュラ伯爵は胸元から何かを取り出す。

 それにしても三人、ということはなぜかアーロンは含まれないらしい。ワンコなんて呼ばれてたし。しかし、一度も人狼になんてなっていないアーロンがどうして人狼だと分かったのだろうか。


「そちらのワンコも躾はしっかりなさった方が賢明だ、博士。君の研究が上手くいくことを祈っているよ。」


 今度こそランレンの袖を引き、撤退の意思を見せた。伯爵とランレンと呼ばれた狼男は背後の闇に溶けるように消えていった。






 俺は狭い地下の廊下で叫ぶ。


「さっきのやつら何!なんなんだ!ドラキュラって俺をバカにしてるのか!勝手に現れていきなり消えやがって!一体なんだっつーの!」


 先ほどまでの殺伐とした空気を吐き出そうと、叫ぶ度に痛みが走る腕もまとめて思い切り声に出す。


『すごぉいねぇ、消えちゃったよ!いなくなった!魔法みたいだね!』


 幽体離脱で今も宙に浮いているホワイティだけがはしゃいでいる。こいつも既になかなかすごいことになっているのだが。しかしアストラル体ってなんだろう、あとでだれかに聞いてみよう。


 アーロンが俺を黙らせるかのように、俺の腕の骨折部分を押さえてくる。痛みでしゃべるための息が止まる。 その辺に折れて落ちていた鉄筋棒で骨折部位を固定してくれるが、やや手つきが荒い。手当ならスヴェトにしてもらいたい。

アーロンの無言のこの仕打ちは、勝手にそばを離れたことを怒っているようだったので、黙ってアーロンの手当てを受けた。

 人の姿に戻ったスヴェトは、二人が去っていった暗い場所から何かを拾い上げる。そして拾ったものを見ながら、背後の俺たちに向かって絶対零度に下がった低い声で問いかけてくる。

 

「二人とも、私になにか言うことがあるんじゃないか。」


 俺もアーロンも黙りこみ、罰が悪そうにお互い視線をそらせた。


『もうスヴェトったらそんなに怒らないの。二人に行先を伝えたんだからついて来たくなるのは仕方ないじゃない。』


 くすくす笑いながらホワイティは、一人でに動く車いすで暗い地下の廊下を移動してきた。椅子に乗っているのは白い人形のような少女で、地下の闇に浮かび上がる姿はホラーで恐ろしい。これならアストラル体という幽霊姿の方が、少し慣れたせいかマシだった。


 ホワイティに諭されたスヴェトも、わずかに留飲は下げてくれたようでほっとする。

 アーロンは俺の手当てが済むと、自分の着ていたジャケットを脱ぎ、スヴェトの肩に着せた。スヴェトが着ていたスプリングコートは人狼化した影響でズタズタに裂けたからだ。若干臭そうにしていたが。


「おかしな横やりはあったが、目的を果たそう。ダン、こいつに恨みはあるだろうが、ここは私に譲ってくれないか?」


 スヴェトはずっと忘れられていた部屋の中の研究員を示した。男はいつからそうなっていたのか、尿を漏らし恐怖に固まったままの表情で気絶していた。


「…紹介するよ。元同僚の研究員、ロバート・プロスタコフ、私を人狼に貶め、たくさんの子供を見殺しにした、私の元婚約者で、そして裏切り者だ。」


 スヴェトがなんの色も映らない冷たい目で研究員ロバートを見下ろした。








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