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 アーロンは驚きすぎて背後の壁にぶつかり、壁に掛かっていたスヴェトの書類を何枚も床に落として慌てていた。驚愕している強面のおっさんの顔は面白いと密かに思った。


『おじさんとは初めましてだったわね、驚かせてごめんなさい。私はホワイティ。スヴェトの元患者よ、今回のこと、私が力になるわ。』


 アーロンはホワイティに負けないくらい白くなった顔で、目を文字通り白黒させていた。






 スヴェトはすぐ準備を整え夜には小屋を出発した。


 スヴェトは俺の同行を強く渋り、アーロンに俺が追ってこないよう見張りまで言いつけて出て行ってしまった。

俺はアーロンに昼間のことを思い出しながら聞いてみる。


「いい、ほうっておけ。」


 俺はスヴェトに置いて行かれたことを散々アーロンに当たり散らし完全にやり返された後、こっそりアーロンの目から逃れて付いていこうとしたがすぐにばれてしまった。

 

 見つかって汗を滲ませる俺に大きく深いため息を吐いたアーロンは、ジープから拳銃とナイフを取り出し、俺にナイフを持たせた。アーロンが乗っていた車にそんなものが乗っていたなんて、俺は一切気づかなかった。まあ外の景色に夢中になっていたから仕方がない。

 これからは車の中もいろいろと探してみようと心に決めた。

 

 アーロンは淡々と準備をし、俺を連れて小屋を後にした。

 スヴェトにはなにも言わなかったが、一人で行かせることに反対だったのだと今更気づいた。

 

 無口すぎる、分かりにくいと言って非難したが、罰が悪そうに強面の顔にさらに影が落とし、暗い森の中で怖い顔がさらに顔が怖くなってしまった。


 アーロンと二人で森を抜ける。


 アーロンにかなり鍛えられたからといっても、大柄な歩幅の大人についていくのはかなり大変だった。

 遅れそうになるとアーロンに呆れたような目で見られ、わざわざ背後に回りせっついてくるようになる。

 

 ジメジメとした森の中で、汗だくになりながらも駆けるような足取りで必死に前に足を動かした。

 短い夏に入った森は夏とはいえ日本より涼しいが、湿度が高く緑の匂いが強い。だが、アーロンが選ぶ道には折れた枝や、踏みしめられた草があり、確かにスヴェトが通った道だと分かった。別にスヴェトが通った道を選ぶ必要はないのだが、アーロンはどうやら俺に追跡の方法を教えたいらしい。

 今だに俺はアーロンが俺に何をさせたいのか分からなかった。


 歩き続けて数時間たったころ森が突然開けた。

 

 背の高い柵に有刺鉄線、立ち入り禁止の看板が立ち並んでいた。アーロンの体が潜り抜けられる頃を探すころには深夜に回っていた。

 夜闇に浮かび上がる施設は内情を知っていることも上乗せされて不気味さを増していた。

 まるで絵本に載っていた吸血鬼の城のようで身震いした。


 スヴェトを見つけてついていき、大きく崩れた施設の裏に回ると、建物の影に隠れるように上等な黒い車が止められていた。

 スヴェトが車に近づくとアーロンは俺を捕まえ、影に隠れた。口まで押えられてしまい、暴れようとすると抑え込まれてしまった。




「カイン、遅くなった。」


 スヴェトが声を掛けると、中から豊かな髭を持つ紳士が現れた。不気味な施設の雰囲気に全く似合わない、上質なグレーのスーツを着た初老の男性で、スヴェトのいう協力者とは彼のことなのだろうと気づく。


「いえ、さほど待ってはいません。私は先ほど見てきましたから、あとはあなたにお任せしようかと。」


 スヴェトに負けず穏やかで丁寧な言葉使いだ。早口で聞き取りにくいアーロンのしゃべり方とは違う紳士な感じがした。不穏なことを考えたことが伝わったのか、アーロンの指がなぜか抑えられている顎に食い込んだ。

 暗くて紳士がどんな顔をしているのかは分からないが、二人は重く苦しい雰囲気を醸し出している。しばらく動きだしそうにはない。


 俺は声を出さないと、必死で目でアーロンに訴え、手を口から離してもらう。




「なにか分かりましたか?」


 スヴェトがカインと呼ばれた紳士に聞いてみているが紳士は黙って首を振る。


「やはり専門家でなくては難しい。こんなことをあなたにお願いするのは気が引けるのですが。」

『そうなのよ、専門用語ばっかりで私もさっぱりなの。協力するからスヴェトが読み取ってくれる?』


 重々しい空気の中、鈴が転がるような明るい声が茶々を入れる。

 紳士が後部座席のドアを開けると、中には愛らしく髪をリボンで結われ、淡い色のカーディガンを丁寧に着させられ、シートで体を固定されている少女がいた。変わらず身じろぎ一つしない真っ白な少女は、あの日見たのと変わらず人形のようなホワイティの体だった。


「顔色はいいし肌艶もよくなってる。よかった、ホワイティ。本当に。」


 スヴェトは車の外で膝をつき、動かない少女の手を握り、胸が詰まるような声で囁く。


『もうスヴェトは大げさね。彼にはとてもよくしてもらってるわ。』


 ホワイティの様子はここからではよく分からなかったが、くすくす笑う声だけは確かに元気そうだった。


「かなり距離を移動しましたので、それだけでも消耗すると言ったのですが。どうしても連れてきてほしいというので。出来るだけ時間は短くお願いしますね。」


 スヴェトは重々しく頷く。





 ホワイティを車いすに移すところまで確認し、俺たちは一旦その場を離れた。

 

 アーロンが目星をつけていたらしい割れた窓から内部に侵入する。


 元より埃とカビでいっぱいだったが、たった数か月しか経っていない施設の内部は、荒らされて物や紙が散乱した部屋ばかりだった。雪や風の浸食も受けたのだろう、荒れ果てていた。

 窓の近くの床は腐って抜けてしまいアーロンが足を取られていた。


 アーロンはスヴェトの先回りして待ちたかったようだが、俺は自分の居た部屋を勝手に見に行く。

 アーロンは俺を止めたが、俺は聞かなかった。


 何度も脱走を図っていたので構造は大体把握していた。何度も連れて行かれた様々な機材の置かれた部屋。今はもう機械はなく、壊れたベッドが並んでいるだけだった。

 子供を集められて洗われた湯の出ないシャワールーム。最後はシャワーも壊れ、ホースのようなもので水を吹き付けられていた。

 大人たちがたむろする食堂や仕事部屋。たばこ臭く、壊れかけのラジオがいつも流れていた。

 時折ネズミが端を通る、廊下。石造りなのに、ところどころ罅が入り割れていて、靴を履かせてもらえない子供たちはここを歩かされるたびに足に怪我を負っていた。

 今はたくさんの人間が外から出入りしたのだろう、泥だらけで元の石の模様が分からなくなっていた。


 思い出す度に痛みと、憎い気持ちがあふれてくる。こんな場所に無理やり連れてきて、暴力を奮われ、薬を使われた。ずっと閉じ込められ、逃げ出そうとすると捕まって殴られた。子供たちは怯え、声さえ出せずにすすり泣いていた。

 そして何人もがここから消えた。

 

 黒くドロドロとした感情が、俺の腹の底でとぐろを巻く。ここで働いていたやつらが、俺にひどいことをした大人たちが憎くて仕方がなかった。


 俺の入れられていた部屋は半地下にあり、夏なのに肌寒く、そして以前よりどこか生臭い匂いがした。




 地下を進むと、どこも荒らされていた。どの部屋も荒れ果てていていた。

 

 壁のところどころに血痕のような模様と罅、銃痕と思われる窪みがいくつも見つかった。


 俺たちが立ち去った後の惨状が目に浮かぶ。

 あの白衣の大人たちに憎しみ以外なんの思い入れもないが、大勢が捕まるか、殺されるかしたのだろうと思う。そこになんの感慨も浮かばない自分がいたことに俺は気が付かなかった。


 そして、そんな俺を見ている視線があることに全く気が付かなかった。





 なんだこれ。


 俺は、俺の入れられていた部屋を見つけ、その異様な惨状に驚いた。


 部屋には鍵がかけられており、そしてひどい異臭がした。そしてわずかな音と気配が中からあり、誰かが部屋の中にいることに気づいた。


 そっと扉に近づくと俺に気づいた何かが悪臭を放ちながら近寄ってきた。


「ああああああ、頼むぅ、ここから出してくれぇ。」


 中には元は白衣を着ていただろう研究員らしき男が閉じ込められていた。

 そいつは俺たち子供にモルモットを扱うような目を向けて散々薬を飲ませ、思い出すも嫌な注射を打っていた大人たちの一人だった。


 向こうも俺が子供で、ここに入っていたやつだと気が付いたらしい。


「あああぁ!、前、お前はぁ、よかった。な、なぁここから出してくれ、頼む!」


 なんで俺のいた部屋にこいつが閉じ込められているのとか、いつからいるのかとかさっぱり訳が分からなかった。ただかなりひどい匂いから、かなりの長期間この部屋に放置されているのではと考えられた。

 が、男の言い分にこいつ何を言ってやがるんだ、という目で俺が見下ろしていると、男は俺の動かない様子を見て途端にキレ始めた。その様子のあまりの異常さに、なにか薬でも与えられているのかもしれない。


「く、くそぉ、なんなんだ、お前。この部屋にいたんだろぉ!どうやってここから出た!俺を出せぇよぉ、なぁ、俺に感謝してるだろう?ちゃんと毎日餌もやったし、わざわざ薬だって飲ましてやってただろう?怖くなくなるように。感謝してるはずだ!なぁ、こんな狭くて臭くて暗いとこになんかもう居たくないよぉ、頼むから出してくれぇ。」


 よだれを垂れ流し、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔で俺にすり寄ってくる。あまりの気持ち悪さの悪臭に固まり、退いていた俺もかちんと来る。


「そんなところに二年近くも閉じ込めたのは誰だっつの。」


 扉にガンと蹴りを入れる。俺の蹴り程度で壊れるような扉ではないが、扉にすがりついていた男はその程度で完全にビビったらしい。


「ひぃいいぃぃ、俺は悪くない、待遇改善だってちゃんと申請したし、ガキが死なないように手を打ってただろ、何がいけないいんだ。くそぅ、くそぉ。」


 わめく男に俺はここに入れられていた月日を思い出す。男の言いようにも腹の底から煮えつくような熱が沸き上がる。アーロンに渡されていたナイフをぐっと握りしめ、心の底から殺してやりたいと、沸々と殺意をみなぎらせる。



「その辺でやめなさい。子供がそんな顔をするもんじゃないよ。」


 その声にはっとして回りを見渡す。天井からぬるりと何かが下りてきて仰天する。

 正確には声の主の恰好にだ。派手な黄色のネクタイに、青いシャツ、ワインレッドの奇抜なデザインのスーツにシルクハット。白い杖と靴と顔が異様に暗闇で目立つ。

 漫才芸人ででさえ着ないようなおかしな恰好の男の装いの場違いさに、顎が落ちる。

 男は俺の様子をニマニマしながら観察してくる。


「おやぁ、この男を殺そうとしたのかな?子供がそんな物騒なものを持って。復讐の味は甘美なものだが、実行するにはずいぶん若いお年頃だ。汚く重い感情を捨てろなどと酷なことは言わないが、こんなしょうもない男の処理は大人に任せておきなさい。」


 俺がナイフを握っていることを暗がりで見抜いたらしい男の目は、闇の中で金色に浮かび上がっていた。

 男のあまりの異質さに、警戒のために腰のナイフを引き抜いた俺の腕を、大きな手がつかみ上げる。


 アーロンが追ってきて止めたのかと思い、止めてくれるなというつもりで振り返ったが、そこにいたのは見知らぬ男だった。


 細い目をした中肉中背の、アジア系の男がいるだけだった。














『我儘言ってごめんなさい。どうしても戻ってきたかったから。』


 車いすに乗せられたホワイティが口も動かさずにしゃべっている。紳士は車に残し、スヴェトは施設の裏手の森へと車いすを押し進む。


 そこには森の奥まった場所がわずかに切り開かれており、小さな慰霊碑が置かれていた。

 死んだ子供たちの死体が、ここにまとめてうち捨てられていたことは、今はスヴェトもホワイティも分かっていた。

 二人は黙祷をささげる。


 叶うならこれほど犠牲が出る前に救いたかった。スヴェトは治療に体が耐えられず、また体力が持たずに亡くなる子供たちがいたことは知っていたが、きちんと遺族に遺体が返されていると信じていた。

 

 まさか支援者に知られないように、遺体をこんな場所に処分していたなんて知らなかった。ましては治療と検査と称した拷問まがいの仕打ちを受けていただなんて全く気付かなかったのだ。同じ施設で働いていたというのに、情けない限りだった。それほど、必死でホワイティのための研究をしていたのだが。

 流石に周囲がおかしいと思い、調べ始めて現状を知ったのだ。このままではよくない。

 そしてせめてホワイティだけでも救おうと決意した。


 ここは必ず訪れようと決めていた場所である。

 もう少しあの作戦の決行が遅ければ、この慰霊碑にダンの名前も刻まれていたかもしれないのだ。


『みんな助けてあげたかったわね。助けた子たちは少しずつ親元に帰したり、治療を続けながら教育を始めているわ。私も今、あそこに入れて幸せよ。それに、…。』


 ホワイティは口をいったん閉じ、迷ったように口を開く。


『ここにはみんな残ってないわ。大丈夫、恨みもなくみんな去ったわ。だから、ねぇ泣かないで、スヴェト。』


 声を殺してすすり泣くスヴェトの吐息だけが、辺りに響いていた。


 


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