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 すっかり雪解けして、春の訪れを感じてもこの国は寒かった。


「くっそう、なんでこんなに寒いんだよ。」


 子供用のフードを用意してくれたのはありがたいが、豪雪地帯の育ちでもない俺にはこの国の冬はかなり応えた。子供服を用意したのは狼男のアーロンだった。


 

 アーロンは、俺が小屋にいることを知ってからは足繁く通うようになり、小屋に入ることこそなかったが、訪れるたびに菓子や玩具、着替えを持ってくるようになった。

 雪が減ってからスヴェトについて外へ出るようになった俺は、アーロンが用意してくれるものが靴や手袋、帽子になって感謝した。


 しかしである。

 

 地面が見えるようになってから、アーロンは俺を森に連れ出し、いろいろなことを教えるようになっていた。

 退屈を毎日のように嘆いていた俺を構うよう、スヴェトからアーロンになにか話したのかもしれない。

 

 アーロンは元は軍人だったのかもしれない。あまり自分のことを話してはくれないが。

 ナイフを持たされたときはいったい俺に何をさせられるのか、すごく緊張してドキドキしてしまった。

 アーロンは森での生活の仕方や火の起こし方、乾いた木の見つけ方、飲み水の手に入れ方など教えてくれる。要するにサバイバル術なのだが、なぜ突然そんなこと教えようと思ったのか分からない。

 

 いくら聞いてもスヴェトと違い無口な男で、必要最低限しか話さない。しかも少し訛りがある上早口でたまに何言ってるか分からない。


 しかし新しいことを知るのも、体を動かすのも俺は楽しくて、暇だったこれまでの鬱憤を晴らすように森の中を駆け回った。

 スヴェトはそんな俺たちを止めるでもなく、ただ眺めているだけだった。

 


 そんな生活をしていて気づいたことがたくさんあった。

 夜目が非常に利くようになったこと、そして怪我の治りが尋常でなく早くなっていることだ。

 

 俺はあの研究室で一体どんな実験を施されたのだろう。

 

 ずっと俺を観察していたらしいスヴェトに聞いてみた。


「ダンの傷の治りが早いのは知っていた。初めて見つけた日に、あれだけ傷ついていた体が数日のうちに完治することなどありえない。」


 スヴェトはこともなげに答えた。

 俺との生活の中でしっかりと俺の状態を観察していたらしい。


「まじかぁ。全然実感なかった。確かにめっちゃくちゃ痛めつけられても、割とすぐに治ってたかも。」


 施設での日々を思い出し、顔をしかめる。スヴェトも俺の話を聞いてわずかに眉をしかめた。


「もう、無理に痛い思いをする必要はない。アーロンにも無理をさせないよう忠告しておこう。」


 俺を気遣ってくれているのだと分かるスヴェトは、アーロンのサバイバルに対して思うことがあったらしい。


「別にいい、楽しいし。体が丈夫なったんならもっと、どこまで俺が出来るか試してみてぇ。それよりちっとも背が伸びねえの、なんとかなんないの?」


 俺にとっては深刻な問題だった。

 スヴェトは苦笑し、男の子だなと一人納得している。


「身長だけでなく、成長ホルモン自体が変化してしまっているようだ。それが体の治癒機能を高めているのかもしれない。まだ身長に関しては可能性がないわけじゃないさ。ただお前が大人になれるかどうかは、これから長く研究しないことには分からない。」


 俺はショックを受けつつも、スヴェトが俺の体の変化について調べてくれるという言葉にほっとする。

 俺の見た目はアジア系の子供の10歳程度、身長は120センチ満たない。いつまでこの姿で過ごすのだろうかと思う。10年たっても、もしこの姿のままだったら。日本を離れて3年以上経過して、当時と変わらない姿では家族を不安にさせてしまう。

 俺だったら幽霊が帰ってきたと思うだろう。


 早く日本に、家族のもとに帰るためにも、早く大人になりたいと、俺は強く思った。





「強くなりたい?」


 今だ俺はスヴェトと共に小屋に匿われている。

 自由に動き回っているが森の外になんて出ていけない。けど成長出来ない体で日本に帰って、どうやって家族に今までのことを説明したらいいか分からない。

 今はひたすらスヴェトの世話になり、俺を攫った連中に今だに怯え、政府から隠れ住むばかりなのは、俺の性に合わない。

 ではどうすればいいのか、守られてばかりでいることが嫌なのだから戦えるようになればいいのだ。簡単には捕まらないように、自衛が出来るようにせめてなれれば、と考えたのだ。


 アーロンが訪ねてきた際に思い切って鍛えてもらおうと思い、相談した。


 唐突にサバイバル術を教えるような男だ。体は鍛えられているし、ナイフの使い方にも慣れていた。言えば必ず教えてくれるだろうとも思った。


「ナイフを出せ。」

 

 まさか取り上げられるのか、と俺は落胆した。表情筋が死んでいるかのような男の顔の筋肉はピクリともさせない。

 と言っても逆らうことなくナイフを素直に差し出す。元はアーロンのものだ。

 しかし差し出したナイフごど、俺の手はアーロンに思い切りぶっ叩かれてしまう。

 衝撃で飛んで行ったナイフは、まっすぐ近くの針葉樹にぶつかり地面に突き刺さる。


 俺は叩かれて痺れた手をさすり、涙目でアーロンを睨む。


「こんなものでは敵は倒せない。」


 教える気があるならまず口で言ってほしい。いや、俺の覚悟を確認したかったのかもしれないが、顔色が読めず、行動が唐突過ぎる。文句を言うが本人はどこ吹く風だ。


 その日からアーロンから組手、寝技、格闘術、ナイフの扱いを順に教わっていった。

 アーロンが帰った後も必死で教わったことを復習してみた。


 大人になれない不安と、家族のもとに帰れない鬱屈と、俺をこんなところへ連れてきてこんな体にした連中への恨みを押し殺すように、日が暮れてスヴェトが食事の用意が出来るまで、必死でナイフを振っていた。





『何をそんなに焦っているの?』


 俺は突然話しかけられてびっくりした。

 振り返ってもだれもいない。

 気配もしなかった。サバイバル術を教わったときに、常に周囲に気を配るように言われ、気を付けていたつもりだった。


『ふふ、ここここ。』


 ゆっくりと視界に入ってくる白い影にデジャヴュを覚える。


 それは上から降りてきた。ふわふわの白い髪に白い顔、柔らかなブラウスにプリーツの入ったスカートを着ているのが順番に目に入った。その姿は透けていて、変わらず全体的に白い。

 そしてなにより上下逆さだった。目の前に浮かぶ、逆さの少女の顔に、口がひきつるかと思うほど吃驚する。


「ダン!ホワイティが目を覚ましたって連絡があったん、だ…。」


 小屋から飛び出してきたスヴェトの顔が固まった。

 言葉を無くしていた俺も、スヴェトを見て少しだけ落ち着いた。

 ホワイティと呼ばれた少女は、くすくすと何度も頭の中で聞いた声で笑っていた。



『ダンっていうのね。研究所ではノーリって呼ばれてたんだけど、私って白いでしょ?可愛らしくホワイティって呼んでくれる方が嬉しいわ。』


 落ち着いてきたスヴェトと俺は小屋に戻り、スヴェトは戸惑いつつもホワイティを迎え入れた。

 見た目にもふわふわふわふわしているホワイティは壁など関係がないようで、普通に扉以外を通って部屋に入ってきた。


『目が覚めてすぐにスヴェトに会いたかったの。私は元気よって伝えたかった。ダンにも。あれから気になってたの、ちゃんと無事に逃げられたかなって。私、力を使いすぎちゃって気を失っちゃったから。二人がここにいるって院長様に聞いて、すぐに会いたいって強く願ったの。そしたらここにいたわ。』


 事も無げに語るホワイティに、俺たちは茫然としていた。

 以前と異なり、俺が言葉が分かるようになったから、ホワイティが何を言っているのか少し早口ではあるが聞き取れるようになっていた。

 スヴェトは以前にもホワイティの念話で会話はしていたそうだ。

 脱出の日も、ホワイティと何度となく連絡を取っていたらしい。

 しかし、幽体離脱のような現状の姿を見るのは初めてだったそうだ。ホワイティ自身もこんなことが出来ると知らなかったらしい。


 ホワイティは元々、特別な力を持つ少女として研究所に入れられた。力の代償か、痛みを伴う病に対してスヴェトは研究にあたっていた。

 能力を研究、解明しようとあらゆる実験がされたらしい。

 衰弱していく体に比例するように、能力はどんどん強力になっていったそうだ。

 今では分かっているだけで念動力、念話、幽体離脱までは自由に行えるらしい。

 代わりに肉体は動かず、話すことも動くことも感じることも出来なくなってしまったらしい。

 今も肉体は、ここから数百キロ離れた孤児院で眠っているそうだ。もう人の世話にならなければ一人で食事をとることも、排泄することもできないという。


 スヴェトは俺の隣で静かに泣いていた。ホワイティがきっとこうなることを知っていたのだろう。だからこそ危険を冒してまでホワイティを救おうとしたのだから。

 スヴェトの様子に気づいたホワイティは、触れられない手でスヴェトに抱きついていた。


『スヴェト、泣かないで。あなたはこんな体になってまで私を救おうとしてくれたじゃない。私すごくうれしかったの。今、生きて会いに来れたのはスヴェトラーナのおかげなのよ。そんな悲しい顔見せないで。』


 スヴェトは嗚咽を止められないようで、眉間に拳を当てて泣いていた。

 初めて見る大人の泣く姿に俺はうろたえ、オロオロしまくり、慌ててタオルや毛布を引っ張ってきてスヴェトに握らせていた。


『ダンもね、声がまだ特定の人にしか届けられなくて、あれこれ調節してたときに見つけたの。あそこにいた子供たちの声ってすごく小さくて弱くてか細くて。なのに、君の声はすごくすごく力強く届いたの。でも何言ってるのか全然分からなかったし、何言っても伝わらなかったけど、あの日本当にダンがいてくれて心強くて、本当によかった。』


 俺に声が届いたのは部屋を近くに移されたからだと思うが言わないでおく。

 俺はホワイティを初めて見たときのことを思い出す。ガリガリでやせ細り、何も目に映らないような白い人形のようなベッドに横たわる少女。

 ずっと頭に響いていた軽快な声とは裏腹な姿に、ひどくショックを覚えたのを思い出す。

 その時は幽霊を見たことがかなりショックで忘れていたが、今彼女の本当の肉体はあの時の姿のままで横たわっているのだ。


 それを思うと大人になれないことで悩むなど、すごく小さなことだと感じた。


『ダンって大人になりたいの?ごめんね、考えてること割と駄々洩れだから、あんまり気にしないで。ダン

って小さくてかわいいわよ。別にそのままでいいじゃない。』


 俺の怒号が小屋に響き、その時初めて聞いたスヴェトの笑う声とホワイティの焦る声が小さな山小屋に響き渡った。




 俺とスヴェトは、ホワイティが預けられている施設へ遊びに行くことを約束し、泣き疲れてしまったらしいスヴェトと、一晩だけストーブの前で二人で眠った。


 



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