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 アーロンはその後、ブルドック顔のセミアンと共同オーナーという形でパートナーになり、人狼コミュニティに入った。そして、アーロンに呼ばれる形でスヴェトもコミュニティに参加した。


 このコミュニティというのは元々は、暴力的な資質を持つ人狼のリーダーが集めたギャング的集団だったが、経済力を持ちマフィア化していった。

 しかし仲間が増えると同時にその暴力性に飲まれて人間に戻れなくなるメンバーが急増した。犯罪や警察、またメンバー自身の家族から守るためにやがて地下に閉じこもるようになり、理性を保っていたメンバーが仲間を守るためのコミュニティに変化していった。

 多くは暴走し、射殺されたり、逃げ出したり、仲間に殺されたりして数を減らしていったが、人狼の特性上ただの人間でも噛まれれば人狼化したため、一定数から減らなかった。

 あちこちの機関に手を出し、人狼制御用の薬を手に入れようとしていたが、それも完全なものではなく鎮静剤程度の薬効しか持たなかった。

 彼らは人格と理性、人間性を取り戻すための方法を、喉から手が出るほど欲していた。



「まさか、あれほど巨大で強力な人狼が、女だったとは。」


 人の姿に戻ったスヴェトは長身、大柄とはいえ女性で、その職種は研究員だ。人狼などとは程遠い人種だろう。40代後半の姿となったスヴェトだが、本来は30代半ばなのだ。変異する度に老化が進んでおり、恐らく巨大な狼へと変異する負荷が肉体に深い影響を与えているようだった。

 スヴェトの姿をまじまじと見るセミアンだったが、スヴェトが一睨みすると不躾な態度を改めた。


 今スヴェトがセミアンに案内されているのは、アーロンが用意した個人研究所だった。


 アーロンは今は去ったボスとの取引で、地下にある研究所と資金を手に入れていた。

 そこをスヴェトに提供したのだ。


 支援者はコミュニティ全体。

 完全な狼化した者たちは、先日のスヴェトの働きかけで大半が人間に戻ることが出来た。しかし人狼に噛まれたことを隠し、隠れ暮らしている者は多い。そういった者たちが各地に隠れながらも、沸き起こる暴力性から救いを求めて作り上げたのがこの地のコミュニティだった。そのメンバーは国内だけでもかなりの人数に上る。

 そういった人々のために人狼制御の薬をモグリではあるが自作すること、完成すれば提供することを条件に支援を勝ち取った。アーロンが渋っていたのは、スヴェトに何も伝えておらず、了承を得ていなかったからだった。先に条件を整えてから、スヴェトに相談しこの研究所に迎えるつもりだったそうだ。あれほどの騒ぎになったのは結局のところ、全部アーロンが何も言わないのが悪い、ということで説教をした。


 スヴェトは仕事柄、そういったコミュニティが存在することは知っていた。しかし彼らを研究していた研究者としての立場から、所属することは出来ないと思っていた。


 しかし、あれからアーロンに切々と頼みこまれ、一人になりたがるスヴェトを心配したダンからもコミュニティへの参加を勧められ、断れず、また人狼化に苦しむ人の声を聞き断れなくなってしまった。

 もう、なぜあれほど人から離れようとしていたのかも分からなくなり、本当に研究所を用意出来たならいいと、アーロンの言い分にうなづくことにしたのだ。これがアーロンの狙いだったのかもしれないと思うと首を閉めたくなる。それが自分の首なのか、アーロンの首なのかは自分でも分からないが。


 アーロンは今もスヴェトのそばにいる。以前は小屋へ立ち寄るだけだったのが、スヴェトが生活する部屋のそばにちゃっかりと部屋を借りていた。これからはセミアンとともに前ボスの仕事を引き継ぎ、スヴェトの研究のサポートをする気でいるらしい。


 ダンは既にスヴェトの元を去っていた。少しだけ小屋で過ごしたのち、ホワイティの療養しているホテルに行き、そのままカインの経営している孤児院へと向かうことになったのだ。

 最後に一晩だけ、森の小屋で二人で過ごした。寝るだけだったが、ひどく穏やかな時間を過ごせたとスヴェトは思っている。

 これからは定期的に会う約束もした。連絡を取る方法も教えたので、何かあっても話すことは出来るだろう。今はあの子がいなくてさみしい反面、生きるための強い心の支えになっている。必ずあの子を元の体質に戻し、普通に成長させてあげたい。大人になったダンの姿が見てみたいと純粋に思えた。


 研究所となる地下では、届いた機材を恐る恐る運ぶアーロンがいた。

 しかし、どこに何を配置していいか分からず、右往左往しているようだった。


「ったく、あんた使えないっすね。それはこっち、あれは水場に置くんすよ!」


 一人若い青年がテキパキと指示を飛ばす。セミアンが用意した化学方面に明るいという助手だった。スヴェト専属のコミュニティとの連絡係でもあるそうだ。


「あ!あんたがロバーチ博士っすね!俺っちエイデンていうっす。これまでなにかとヤク作りとかばっかさせられてたんすけど、兄貴たちのための制御薬研究に携われるってことになったんでこっちに来たっす。よろしくっす。」


 屈託のない笑顔をする青年だった。少し歯並びが悪いが、そばかすのある愛嬌のある様は好きになれそうだった。余計なことを言ったらしくセミアンに頭を叩かれていた。セミアンは口も態度も悪いが、手下には慕われているように見えた。


「よろしく。私はスヴェトラーナ・ロバーチだ。スヴェトでいい。もう博士じゃないんだ。好きに呼んでくれ、エイデン。」


 エイデンの手を握るスヴェトを、エイデンは感激したように頬を紅潮させた。


「わぁ、スヴェトさん、めっちゃいい人っすね。元研究者が来るって聞いてめっちゃ偉そうな人が来ると思ってたんす。スヴェトさんみたいな人で俺ラッキー!あだっ。」


 再びセミアンに叩かれていたが、それもうれしそうだった。

 気づくと指示通りに物を動かし終えたアーロンが、スヴェトのそばに寄ってきた。ダンがいなくなってからアーロンはスヴェトのそばをあまり離れようとはしない。


「スヴェト、研究所内を見て回ったら食事をしよう。」


 などといって誘ってくるようにもなった。悪い気はしないが、この年で少し照れくさい。しかし見た目だけはアーロンとそう変わらないようになってしまった。

 苦笑をもらし、後でな、と短く返すと少しだけ嬉しそうな気配をにじませて作業に戻っていった。


「アーロンさんって、スヴェトさんの恋人なんすね!」


 エイデンは納得したようにいい、アーロンの指示をしに戻っていった。


「夫婦じゃなかったのか。」


 振り返るとセミアンまでそんなことを言っていた。


「恋人でも夫婦でもないよ。」


 じゃあなんだ?と聞かれると少し困るが、ダンが分かれる時最後に言っていた言葉が近い気がする。


「さぁ、家族、かな。」


 狼は群れを大きな家族とみなすという。自分の遺伝子の中にどれだけ狼の資質が紛れ込んだのか定かではないが、これから調べていけばいい。

 スヴェトは新しい職場へと足を踏み入れていった。







「なぁ、ちょっと。俺確かにあんたらについていくとはいったけどさ。まさか空の旅になるなんて思ってもみなかったんだけど。」


 俺が乗せられたのは、行先不明のプライベートジェットだった。


「しかし、ホワイティの体調が心配でしたし、あまり長旅はさせたくはありませんので致し方ありません。酔いは大丈夫ですか?ダン。」


 平気、と返しながら俺は甲斐甲斐しくホワイティを世話をする紳士を眺める。スヴェトの協力者でカインと名乗っていたが、実際の名前ではないらしい。じゃあ本名を教えてくれというと、カインのままでいい、という。ますます怪しく、信じてついてきてしまってよかったのか悩み始める。


「それほど不安に思わずとも大丈夫ですよ。ガーデンには子供たちも楽しく暮らしております。すぐにお友達も出来ますよ。」


 こんなプライベートジェットに、ぽいっと子供を乗せて移動する孤児院の関係者なんて知らないっていいたかったのだが、それは伝わらなかったらしい。


 俺は俺の意思で選んで行動しているはずなのに、ひどく流されている気がしてならない。しかも故郷からどんどん離れて行っている気がする。

 俺は初めて見る空からの眺めに若干心動かされながらも、眠るホワイティの横でため息をつくしかなかった。




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