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初投稿です。楽しめればと思います。



『クソッこの手を離せ!お前だけでも逃げろ!俺は大丈夫だからっ』


『兄ちゃん!』






 目が覚めると、もはや慣れてしまった硬く冷たい寝床に俺は横になっていた。


 最後に弟と別れた、あれからどれだけ経ったのだろう。天井近くに見える、小さな窓からは毎日薄曇りの空しか見えない。ちらちらと入る雪から、また季節が一つ巡ったことに気づく。


 この地の冬は過酷だ。去年は寒さで何度も死にかけた。

 無事に生き残れるだろうか、と冷たい息が白く曇る様を眺めながらぼんやり思う。


 弟は無事だろうか。

 何度も思い返す最後の瞬間。

 

 自分よりも細い体が、きらきらと輝く海に投げ出される姿が目に焼き付いて離れずにいた。

 自分の寒さに震える小さい拳を握りしめる。あの時どうして助けてやれなかったのだろう。あいつを守れたのは俺しかいなかったのに。普通よりも小柄な自分の弱さや無力さを、歯茎が血がにじむほど噛みしめる。くやしさに歪む視界と長く伸びてがたがたの爪が手の平に食い込み、痛みがするほどの手の中を見つめては再度白い息を吐く。

 

 弟の無事を確認するまでは、絶対にまだ死なない、強く心に誓う。


 俺は知ることの出来ない弟の無事を、毎日変わらず小さく狭い牢のような部屋から祈った。


 






 俺たちは小さな港町で育った。


 弟は体が弱く、年の半分は病院に入院しているようなやつだった。詳しい病気の名前を俺は知らない。

 兄の俺は逆に健康優良児で、弟の健康を俺がすべて奪ってしまったんじゃないかと思っていた。周囲からも、影で似たようなことを言われているのは知っていた。

 両親は弟の治療費を稼ぐため毎日共働きで忙しい。俺はいつだって暇だったから、いろんなところから悪意ある言葉を拾ってきては弟に対する罪悪感と、何も言い返せない悔しさと、どこにもぶつけられない苛立ちを抱え、それを紛らわせるように小さな港町を走り回っていた。


 そんな俺だけど、弟と仲はよかった。

 悔しさも虚しさも押し隠して、弟の前ではいつだって最高の兄ちゃんであるように見せていた。

 だって俺は兄貴なのだ。ベッドの上で、いつだって苦しそうで、寂しそうにしている弟の相手は俺にしか許されない、ただ一つの仕事だった。

 けど体を動かしたくて仕方がない俺は、弟のいる病室で過ごすのが嫌だった。


 最初は何でも病室に持ち込んだ。

 見たことのない変な虫や綺麗な石を探し、足が痛くなるまで走り回ってたくさん見つけてきた。弟を驚かせようと病室に持ち込み、看護婦さんに見つかっては怒られ、だんだん病室にはあまり持ち込めなくなった。そこで俺は弟に話して聞かせる面白い話や楽しい話をするために、あっちこっちに探検し、時にはいたずらしては叱られてつつもやり遂げた武勇譚を弟に話して聞かせた。弟は目を輝かせて俺の話に聞き入り、心底うらやましがられた。俺は夢中になって話していたが、叱られていることを知ると悲しそうな顔を弟がするようになってからは、いたずらだけは少しやめた。


 漫画にも飽きて、玩具にも飽きて、ボードゲームにも飽きたとき、弟を勝手に病院から連れ出して外へ遊びに行った。ちゃんと注射や検査が終わったのを確認したし、看護婦さんが出て行ったのを確認したからバレないはずだ。

 ついてくる弟は不安そうな顔をしてはいたが、窮屈な病室で常に退屈そうにしており、不安そうなことを口にしてはいたが俺の後については来るし、目はワクワクした輝きを見せていた。

 勝手な外出はもちろん何度も叱られたし、禁止されていた。

 既にお小遣いやおやつまで止められてたけど、翌日にはケロリと忘れて、しぶる弟を連れては人口の少ない港を、鍵のかかっていないママチャリを見つけては二人乗りして走り回った。



 あの日、暑い夏の日。


 まぶしい海と心地のいい風を楽しみたくて、見晴らしのいい岬へ二人で向かった。

 子供だけで岬に近づくことを禁止されていたのに、俺は言いつけを破って弟を連れて行っていった。

 やめろと言われれば言われるだけ面白く、例えバレて叱られていても相手にされるのが楽しくて逆にわくわくしていた。たとえ後で叱られると分かっていても、弟の楽しそうな顔を見れるのがとてつもなく嬉しかった。

 滅多に海に近づくことさえ出来ない弟に、広い海を間近で見せてやれるのが嬉しくて、俺は浮かれていた。

 

 両親に言われた通り絶対海には入らない、岬から海眺めるだけのつもりだった。



 あの日、岬に行こうとなんてしなければよかった。

 

 どれだけ悔やんでも、もうあの日は戻ってこないことは分かっていた。






 俺たちは人のいないはずの岬の端で、知らない大きな大人たちに襲われた。



 最初は、弟が知らない大人に腕を掴まれて声をあげた。振り返り一目で悪いやつらだと思い、目的が弟だと気づいて俺の頭はカッと燃え上がった。

 俺の弟に手を出すなって、俺は駆け出し突進して男の急所に頭突きをかましてやった。


 いたずら常習犯の俺は、近所の住人や親父から追い掛け回され慣れている。

 弟よりも健康だが、発育が悪い俺は、その年の同学年の中で最も背が低かった。

 小さい体ですばしっこさを生かし、唯一の武器であるどれだけ殴られても、拳骨を食らっても割れない石頭が俺のリーサルウェポンだった。

 性悪な上級生に泣かされるたび、絶対に相手に届かない短く力のない手足では敵わないと身に染みて理解している。ここぞという仕返しに覚えた技が急所突きだ。


 弟を抑える男は、手足は長いが小柄で動きの早い俺を捕まえることができず、また急所は上級生より狙い安く当てやすかった。

 一人の男のくぐもった声がして、股間を庇うようにして弟から手が離れる。すばしこく立ち回り、弟から注意を離すまで男たちに立ち向かった。一人は股間を押さえ力が入らないようだが、巨体の男たちに子供が敵うはずもなく、俺はすぐに捕まり簡単に押さえつけられてしまう。


 その時、男たちの戸惑う様子が伝わり、知らない言葉を交わした二人は俺を男たちが乗ってきただろうワゴン車に乗せようにした。

 

 車に乗ったが俺の最後だと弟も思ったようだ。


 逃がしたはずの弟は、病的で細い体で戻ってきて男たちにしがみつき、俺を解放するよう迫った。

 必死に俺は弟を逃げるように訴えては噛みついてみたが、男たちは弟の細い体を無情にも蹴り飛ばした。


 弟の、海へと放り出される姿が目に焼き付いて離れない。

 病気だったのに。

 小さい俺より細い、体力のない体だったのに。

 

 悔しい、あまりにも悔しい。


 罵詈雑言、叫び、吠え、がむしゃらに暴れ、無慈悲な男たちに死に物狂いで噛みついた。口に広がる鉄錆の香りとゴリっという顎にまで響く硬い感触を感じた。

 汚い悲鳴と罵声を浴びたところで激しく叩きつけられ、殴られ、蹴られ、絶対に食いついたこの肉を離さない、と歯を突き立てたままの俺はあっさり意識を手放してしまった。





 俺はあれ以来、弟の姿を見てはいない。

 

 それどころか、故郷の港町から遠く離れた、恐らく北国まで連れていかれた。


 俺は攫われたのだ。



 俺が目を覚ました時、真っ暗な鉄の箱の中だった。

 水と、わずかな食糧と、バケツが入った小さなコンテナらしい箱の中。

 何時間、何日いたのかすら分からない。

 脱水と空腹、疲労で動けなくなった俺は、箱から出されるころには自力で立ち上がれなくなるほど弱り切ってしまっていた。


 俺が運ばれた先は、暗く深い森の奥だった。故郷の港町では嗅いだことのない深い緑の香りに不安になり、時々視界に入る窓の外は葉のついていない刺々しい木々に囲まれていた。


 見たことのない土地、知らない山奥、絵本の物語にしか見たことのない背の高い森、海沿いの町では感じたことのない、底冷えする大気。


 そして、そのすべての奥にひっそりと建てられた恐ろし気な外観の建築物の中に、動くことも出来ず、意識も曖昧な俺は動物のように運ばれていった。


 建物の中は弟のいた病院に似ていたが、カビ臭く、汚く、狭く、そして寒かった。

 俺は運ばれている間ずっと、弟を病院から連れ出したことへの罰だと思っていた。


 いつまでも、海へ投げ出された弟の細い体が瞼の裏から離れなかった。


 俺は小さな部屋に入れられ、簡素なベッドとマットレス、布切れのような毛布、天井近くの小さな窓しかない部屋で、わずかに出される食事に縋り付いて生き延びた。


 ここに入れられているのは、俺だけではなかった。そして、ここが日本ではないことに気づいた。

 もとより俺を攫った男たちが外人だったから予想していた。でもどこの国の人間なのか判別することなど、俺には出来なかった。

 俺以外にも食事を配る姿を、小さな隙間から必死に観察した。

 男たちは俺に命令するための片言の日本語を話してはいたが、常に聞き覚えのない言葉を話していた。

 俺は必死でここはどこなのか、男たちの目的はなんなのか、何を話しているのか読み取ろうと、わずかに手に入る情報から逃げ出す方法を必死で考えていた。


 なんのためにここへ連れてこられたのか、ここで何をされるのか、俺はこの時まったく分かっていなかった。隙を見ては逃げ出し、弟が無事かどうか確認するために故郷に帰ることばかり考えていた。


 食事をとると、頭に霞がかったようになる。


 眠いわけでもないのに、動き回ることが億劫になった。


 そうなると白衣のやつらに促されて部屋から出され、廊下にはぞろぞろとした小さな陰が並び列ができ、その後について歩きだす。

 みな俺より背が高いが、大人ではないその大きさから自分以外に子供がいるんだとすぐ分かる。

 その列は病院の診察室のような部屋へと通される。

 順番に血を抜かれ何かを注射される。

 その行為が大嫌いなはずの俺の体は、なんの恐怖を感じずに男たちに素直に従っていて、何の抵抗もしなかった。いつもなら針を見るだけで逃げ出し、母親に抑え込まれるまで怖がって暴れ倒していたはずなのに、その時の俺は疑問すら浮かべなかった。


 そんなことが何度も続き、やがて体にさまざまな機械を付けられるようになった。

 耳障りな駆動音、赤く点滅するいくつものライト、大きな機械、小さな機械、子供が寝ているベッド、まぶしいライト、白衣を着た大人、大人、大人。そして、俺と同じく機械をつけられている子どもたち。

 

 どれほど異常なことが目の前で起きていると分かっても、その時の俺には何も考えられず、何も感じられなかった。


 しばらくは、夢の中の出来事のように感じていた。




 恐怖は薄れ、何も感じず、俺は夢の中をさまようように何年もそこで過ごしていた。







稚拙な文章ですが、気が向けばお付き合いください。

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