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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第85話:マホッド商会

 ここ数年続く干ばつで領内が疲弊していくのを、クロウニ男爵もただ指を咥えて見ていただけでは無かった。


 最初は自身の蓄えも放出し、財を投げ打って炊き出しなども行ったらしい。

 保存の利く食料を買い込んで、配ったりもしたとのこと。


 今年さえ、乗り切れば。

 初年度はそうして、どうにか乗り切った。

 だが環境とは残酷なもので、その年の冬と翌年の春に少量の雨が降ったきり、また夏は日照り続きの日々となったらしい。


 王城に対して天災による不作を訴え、減税と補助金の申請も出したらしい。

 減税はまかり通ったが、補助金はわずかばかり。

 どうにかクロウニ男爵自身が、今までと同程度の暮らしが出来る程度の補助だったらしい。


 これでは、領民までは救えない。

 かといって配るには少なすぎる補助金と、実らぬ作物に頭を抱えていたらしい。


 そんな時に声を掛けてきたものが居た。

 それが、マホッド商会の商会長であるロナウド・マホッド。

 

 ベニス領を含めた周辺の幅広い領地に手を広げた、この辺りでもトップの商会だった。


 俗に普段は不通でも、困っている時にスッと現れて手助けしてくれるのが本当の友だという話があるが、実際に弱っている男爵家に近づくのは下心があるものだろう。

 

 クロウニ男爵も警戒はしつつも年率0.2%という低金利の誘惑に負けて、その融資を受けてしまった。

 それでも融資は必要最低限にとどめて、それを元手に立て直しを図った。

 

 しかし自領で取れるやせ細った作物の買取金額は底値を割ったものとなり、逆に仕入れに関してはありえない値上がりが発生した。

 食品市場の操作がマホッド商会の手で行われたことは、明らかだった。


 とはいえそんな事は言っていられない状況。

 

 現状マホッド商会に借りがある状態で、その事を糾弾できるわけもなくさらには娘のパドラの進学も控えていたこともあり翌年も頼ることになった。


 そして4年目の今年、娘の生活費のこともありやはりマホッド商会に融資の相談に行ったときに、最低でも先に貸したお金の利息分だけでも返して貰わないと、これ以上の融資は出来ないと言われてしまった。


 娘の学校生活の存続。

 疲弊した領地。

 餓死も発生し兼ねない、致命的な食料不足。


 いくら低金利とはいえ、領地を維持するほどの借金。

 分母が大きすぎる。


 対して得られた収入はわずかばかりの税と、自身の生活費程度の補助金。

 王城に危機を訴えても、満足のいく答えは返って来なかった。


 もし彼が娘の入学式の日にでも、直接王城に訴え出れば結果は違ったかもしれない。

 だが、実際に行ったやり取りは手紙での訴状のみ。

 貴族の中でも最底辺に近い位置にいるクロウニ男爵が、国王陛下に直訴するなど恐れ多いと尻込みしてしまった部分はある。

 それに実際に支援は受けていたわけなので、唇を噛んで耐えていた。

 

 クロウニ男爵の訴状に対して数名の査察官が来て、生活費を置いて帰っていくだけの対応。

 所詮、男爵家程度の訴えなど形だけの対応でも、恩の字かと諦めていた部分もある。


 曾祖父の代から続き、父から受け継いだ領地を自身の力で立て直したいというプライドもあった。


 そして雁字搦めになった状態で、外された梯子。


 彼の正常な判断能力を奪うには、十分な環境が整ってしまった。


 そこで持ち掛けられた取引。


 セリシオ殿下含めた、有力貴族の子供達を攫う事で利息どころか元金もチャラにしてあげますよという甘い言葉。

 それどころか、今年はもっと多くの融資を無利息で行いましょうと耳元で囁かれた彼は、憤怒の表情でロナウドを怒鳴りつけながらも心は揺れていた。

 それでもその時のやり取りは、そんな彼の心の内を見透かしたように涼やかな表情で、クロウニ男爵の言葉を受け流すロナウドにどこか空恐ろしい雰囲気を感じるだけだった。


「いざという時に助けてくれない王家に忠義を立てても無駄ですよ……それに、いま貴方が私の事を訴えても借金まみれの状態で誰が信じますか?」

「きっ……きさま! 最初から」

「あと、私達がこの地から完全に手を引いてしまったら、領民の生活が立ちいかないことくらい分かりますよね?」


 イヤらしい笑みを浮かべて、そんな事をのたまうロナウド・マホッドを睨むだけが唯一許された抵抗。

 この男の言っていることは、全てが事実だ。


 本当の目的はセリシオ殿下の誘拐などではなく、ベニス男爵家の断絶。

 そう思い至った時に、最初に融資を受けた時点で己が負けた事を悟った。


 ベニス家が途絶えたあとで、彼の商会がどのような旨味を手に入れることになるかは想像できない。

 だが、そんな事は関係無かった。

 彼の言う事を聞くしかないのだから。


 そんなクロウニ男爵が、最後にこの領地の為に行った事。

 それが、周辺でも悪名高い犯罪組織や盗賊を巻き込んで、少しでも治安の向上に貢献することだった。


 狡猾で、必ず成功をするような仕事にしか手を染めず、それでいて少なくない被害を出す悪党ども。

 それらを言葉巧みにたぶらかしマホッド商会から手渡された準備金を見せ金に、多くの凶悪な組織の登用に成功した。

 元から失敗する計画……

 万が一に成功したとしても、借金がチャラになる。

 失敗しても、自身の身と引き換えに多くの犯罪者を捕らえる事になる。

 どっちにしても、ベニス領に良い影響を与えられる。

 

 そう考えて、ロナウド・マホッドの誘いに乗った。


 ただ一つ、クロウニ男爵が気付いていなかった事がある。

 それは、彼が送った訴状についてだ。


 訴状を持たせたものが、ロナウド・マホッドの息の掛かったものとも知らず。

 お金を置いて行った文官が、マホッド商会の従業員が扮した偽物とも気付かず。


 彼は良いように、ロナウド・マホッドの言いなりになってしまった。

 全てが、あの男の手によるものと分かったら、彼はどのような表情を浮かべるだろうか……


「という訳で、全部ロナウドって奴が行った事だから」

「……あの男、絶対に許さん! 八つ裂きにしてくれる!」


 次の日の夜に、色々と詳細を蜂や蜘蛛、ダニに調べさせて分かった事をクロウニさんに伝えたら、顔を真っ赤にして怒っていた。


 結局、あの日マルコはクロウニ男爵を突き出さなかった。

 最後の判断を俺に、聞いてくるだけの理性は保っていたらしい。

 

 まずは詳しい話を聞いてみることにした。

 話を聞いたら、その怒りは和らいで満足に仕返し出来ないかもしれないぞ?

 と聞いたけど、一応あんなことをされても知り合いの父親という事と、聞こえて来た噂からは想像もつかなかったため、事情聴取となった。

 

 完全に抵抗の意思を無くしていたため、同意を取り付けて管理者の空間に。

 とはいえやせ細った状態で、満足に力も無いクロウニ男爵は簡単に吸収出来たけど。


 一応形だけは配下。

 でもって、話を聞いたら正直に全部話してくれた。

 で、あれ? って思う部分があったから虫達に裏を取らせたら、全てマホッド商会の差し金という事が判明。


「正直庇いようも無いし、死刑は免れないぞ?」

「マサキでも無理なの?」


 残酷だけど事実をクロウニ男爵に伝えると、一日寝て多少は怒りが収まったマルコが不安そうにこっちを見てくる。

 ただ、今も燻っている怒りはマホッド商会に全て向けられているといった状況。


「分かってます……元より覚悟の上ですから。ただ心残りは、全ての元凶がマホッド商会ということと、娘のパドラの事だけですね」

「でもマホッド商会が手を引くと、領民が困るんだろ?」


 調べればマホッド商会はかなりの献金と言う名の賄賂を、あちこちの貴族に送っていて叙爵の推薦を取り付けていた。


 ただ分配される領地が無い。

 だったら、自身が主に活動をしている場所で、便利の良いベニス領が欲しいという思惑もあったのかもしれない。


 もっと、裏に何かありそうだが……

 

 あった……


 詳しく調べると、もっととんでもない情報が。


 なんと、ロナウドは隣国クエール王国の出身。

 しかも、未だにその国と繋がりがある。


 そんな彼の父親はクエール王国の子爵だったりして……


 なんとこいつ、誘拐を成功させるつもりだった。

 セリシオ達の身柄をクエール王国に送りつつクロウニ男爵を失脚させ、クエール王国の侵攻の足掛かりの土地としてベニス領を奪うつもりだった。


 思った以上に根深く、危険な状況。

 

 マルコを見る。

 やる気満々だ。


 ここ十数年国を跨いでの戦争など無かった。

 クエール王国にどんな事情があるのだろうか。

 

 なるほど……ベニス領とそう遠くないクエール王国も、干ばつの被害を受けていると。

 食料不足に、満足のいかない国の対応に国民感情が爆発寸前。

 その目線を逸らす為の戦争。


 若い人材を徴兵して、村や町の者達の謀反に対する力を削ぐ目的。

 それと、分かり易い敵を作ることで、彼等の不満による力をそちらにぶつける為と。

 

 ただそこに踏み切るには、何かもう一つ材料が欲しい。

 国力が落ちている状態で戦争をしても、良い事にはならないだろうし。


 ただ隣国について調べるよりも、マホッド商会を潰した方が手っ取り早いのは確か。


 ……国王の傍に怪しい人物?


 魔族と似た雰囲気を感じる?


 わざわざ調べてくれたの?

 一晩で?


 スピード特化の蜂達が、昼夜を問わずに飛び交って情報伝達をして持ち帰ってくれた情報。

 

 うん、有難う……

 皆戻ってきたら、ゆっくり休んでいいから。


 でも、取りあえずマホッド商会とやらを潰したら、時間は稼げるよね?


 えっ?

 俺がついでに隣国に転移で行って、そこに眷族を全て召喚してくれたら二度とそんな気は起こさせない?

 いや、まあまだこの国の全てを知ってるわけじゃないし。

 そんな状態で、他の国まで……


 他の国に行くときに役に立つ下地を用意しましょう?


 うん……蜂達のモチベーションの高さが……


 おいたわしやマルコ様?

 関係の無い国のせいで心を痛めることになってしまって?


 そんな事言われても……


 取り敢えず蜂達を宥めすかして、矛先をマホッド商会に向ける。

 憐れロナウド……

 蜂達が普段使わない針を研ぎ始めた模様。


 ただじゃ済まなさそうだ。


――――――

「畏まりました。私財を全て投げ打って、ベニス領の支援に努めます」


 俺の目の前で土下座する男。

 ピエールと呼びたくなるような、クルンとした髭が特徴的なオールバックのスーツを着た優男。


「その後は首でも吊ったら宜しいでしょうか?」

「うーん……」


 対応に困る。


 結局、その後マルコがマホッド商会に殴り込みに行った。


「こんばんわー!」

「なんだ、こんな時間に? ガキが、何の用だ?」

「邪魔!」


 狐の仮面の奥に眼が全く笑ってない笑みを顔に張り付けたマルコが、鍵のかかったロナウドの屋敷の扉を蹴り破って明るく挨拶をする。

 入り口に居た、いかにも護衛のいかつい男が立ち上がってマルコに近づいた瞬間に、腹を蹴り飛ばされる。

 強化、筋力強化、敏捷強化に加えて、インパクトの瞬間に空気を爆ぜさせていた。

 足で魔法を放つとは、中々に器用な使い方をする。


 手で空気の圧を足と、護衛のお腹の間に差し込んだらしい。

 ただ、この技は自爆の効果もあったらしく、マルコの足も弾かれてかなり痛そう。

 同時に蝶が回復をしていたし、虫の超回復(セルフ・ヒール)も借りているのでパッと見影響は無さそうだけど。


 その後も扉を破壊しつつ、ロナウドを探すマルコ。

 蜂に教えて貰って場所が分かってるくせに、わざと遠い部屋から順に派手に扉をぶち壊している。


 うん、行儀が悪いから普通にノックして、手で扉を……


 笑顔で睨まれた。

 反抗期かな?


 その度に集まってくる、強面の男達。


 剣を持った男に対して、柄を蹴り飛ばす。

 剣が宙に浮いた瞬間に左手で剣を吸収して、そのまま右手で射出。

 

「ぐあっ!」


 太ももに突き刺さった剣の柄を、さらに足の裏で深く突き刺す。

 男が痛みを堪えつつ、片膝をついて剣を抜こうとした瞬間に顎を蹴り飛ばすとか。

 酷い奴だ。


 また、マルコに睨まれた。

 

 黙って見とこう。


 何故か片手で気を失っている男の1人の頭を掴んで、次の部屋に移動するマルコ。

 そして扉を蹴破った瞬間に、手に掴んだ男を部屋に放り込む。


「グフッ」

「カンドレさん!」


 直後、無数のナイフが男の身体に突き刺さる。

 どうやら、かなり頑丈な男を選んだらしい。

 ハリネズミとはいかないけど、4~5本ナイフが突き刺さっているのに、致命傷では無さそうだ。


 そんな可哀想な男の名は、カンドレと。

 ナイフを投げただろう人物が、叫んでいた。

 女性の声だ。

 そしてどうでも良い情報を有難う。


「ここにも居ないんだ」


 知ってるくせに。

 はいはい、黙ってますって。


 マルコが次に入ったのは、調理場っぽい部屋。

 居る訳無いだろうと思いながらも、中を見渡す。


 中に居たのは、2人の女性の使用人だった。

 それなりに腕が立つ模様。

 凄く別嬪さんだ。

 マルコ、代わってくれないかな? 


 そんな実力ありそうな女性たちも、今のマルコの前では全くの無力だったけど。

 投げた先からナイフが全て、左手に吸い込まれていく。


 一本だけ、勢いそのままに俺の方に飛んできた。

 

『ごめん、失敗した』

「わざとだろ!」


 余計な事を考えたのがバレたのか、まあ当たる前に蜂が掴んでくれたけど。

 切っ先が、当たる直前だったのはモヤっとする。

 わざとだろ。

 前髪ちょっと切れたし。


「失礼な、油断してただけです」

「そうか……」


 こいつら俺に嘘吐くとき、目を合わさないの知らないんだろうな……

 いや、知っててわざとの可能性も。


 そもそも、嘘を吐くな。


 邪神様!

 最近虫達が俺に酷いんですけど、もう少し従順にしてくれませんか?


 女性たちが糸でぐるぐる巻きにされる。

 念入りに、分厚く。

 

 残念。

 

 そうこうしているうちに、2階へと続く階段の下でマルコが念願の人物とのご対面を果たす。

 ピエールが慌てた様子でガウンを羽織って、腕の立ちそうな男2人に庇われて、逃げようとするところだった。

 違った、ロナウドだ。

 

 黒い金属の鎧を着た大剣を背中に担いだ男と、特殊な皮っぽい鎧を着た腰にショートソードを下げた男。

 それなりに、腕が立ちそうだ。


 うん、仮面被らせといて良かった。

 マルコが物凄く歪な笑みを浮かべている。


 親の仇をこれからぶっ殺せるような、そんな感じ?


「あんたが、ロナウドさん?」

「なんだ? 襲撃だって言うから慌てて逃げようと思ったのに、どう見てもガキじゃ無いですか」

「ロナウドさん……護衛はもう少しちゃんとした人を選びましょうよ」

「こんなガキに良いようにやられて……いや、他にも大人が居るのかな?」


 ロナウドを庇うように前に出た男達が、鼻で笑っている。


「声は可愛らしいわねん。適当に痛めつけて、抵抗できないようにしてちょうだい! お顔を見てみたいですから」


 わねんって……

 そこはかとなく、変態な予感がしてくる。


「おやおや、商会長の悪い癖が出たぞ?」

「子供だったら、男も女もなんでもありってのは、性質が悪いですね」

「あんたたち? あまり無駄口叩いてると、お給金カットしますよ?」


 ただの、変態だった。


 そして、油断しすぎだ。


「えっ?」


 地面を蹴って、一瞬で右側に立つ黒い鎧を着た男の前に飛び込んだマルコが、腹に向かって剣を真一文字に振るう。


「ドンファン!」


 ドンファンさんね……

 どうも。


 背中に担いだ大剣に手を掛けた時には、すでに斬られた後。

 鎧は頑丈かもしれないが、鎧の継ぎ目を思いっきり掻き切られて血を流しながら前のめりになる。

 

 マルコが下がったドンファンの右肩を左手で掴んで、その背後に回転しながら背中に蹴りを浴びせつつ飛び越える。

 階段から転がり落ちていくドンファンを尻目に、その蹴りの反動を利用して革鎧の男に肉薄すると、斜めに体を捻って上から踵を振り下ろすようにして左足で浴びせ蹴りを放つ。


 咄嗟に右肘でその踵を受けたが、マルコはその身体の軽さを利用してその肘を足場に右足で男の左側頭部に思いっきり膝蹴りを放つ。

 

 うん……剣鬼の孫が蹴りばっかり使ってる。

 まあ、良いけどさ。


「ぐうっ」


 マルコが思わずよろめいた皮鎧の男に対して、頭を両手で押さえて今度は左の膝を顔面に叩き込んだあと、男の頭を支点に縦に一回転して両足で背中を蹴り飛ばして階下に叩き落とす。


「ぐあっ」


 そのまま階段数段分吹き飛ばされて宙を舞ったあと、下に居るドンファンの上に落ちる名前も知らない皮鎧の男。


 結局、名前は分からないままだったけど。


「メルドルモルオルフォルガッセルファー!」


 メルドルドル……ドル……ドルオル?


 ……


 あの、名前が分からなかった人痛そうだな。


 皮鎧の男を見て、思わず手を合わせる。

 ドンファンが中途半端に抜いた大剣に顔面から突っ込んで一度、顔面倒立みたいになったあとそのまま背中から倒れて階段の角に思いっきり背中を強打しているのが見えたから。


 人生で一番痛い思いしたんじゃないかな?

 あの、名前も知らない人。


「色々と聞きたい事はあるけど、取りあえず」

「ひっ!」


 マルコが近付いて、わざと見えるように剣を振り上げる。

 誰だっけ?

 メルなんとかのインパクトが強すぎて、ターゲットの名前が吹っ飛んだ。


 あとピエールっぽいって思ったせいか、ピエールとしか名前が出てこない。


「ロナウド・マホッドです」

「ああ」


 土蜘蛛が、教えてくれた。

 

「腕が! あたしの腕が!」


 土蜘蛛の方を見た瞬間に、ロナウドが悲鳴をあげていた。

 見ると、左肩を押さえて喚いている。


 その後腹を刺されて、階段の下に突き落とされて、更に右腕まで切り落とされていた。


 その腕の切断面に、短いナイフを突き刺すのを見たところで俺がタオルを投げた。

 やりすぎだから……


 いや、怒りは分かるけど。


 そんな睨み付けなくても。


 殺しちゃ駄目だ。

 大事な、使い道があるから。


 物凄く不満そうに、頬を膨らましてこっちを睨み付けてくるマルコに苦笑い。

 どこか、俺が止めるのを期待してた部分もあったようだ。


 ちょっと止めるのが遅かったかもしれないけど。

 まあ、やらかしたことに対して、命があるだけ有難いと思って貰おう。


 そして、冒頭。

 私財を全て投げ打ってベニス領の支援と、パドラに最低限贅沢が出来ない程度の支援を約束させた。

 

 別に腕が立つわけでもないし、なんぼ商売上手でもやり方があれじゃ下につける気も無いし。

 じゃあ、死ぬとなった訳だが……


 死ねと言ったら、死ぬ人間のなんとズルい事か。

 元々殺されても悪くない事をしたくせに、俺が殺したみたいになるし。


 かといって許すという選択肢は無い。


 だから……


「死ぬ? そんな事は生ぬるい! お前は、これからクエール王国を裏切って二重スパイになってもらうんだから」

「はいっ」


 即答だった。

 担当は……


「マハトール、新しい部下だ。正しい生き様を導きつつ、俺に有益な人材に教育しろ」

「えっ? 私、悪魔なんですけど?」

「あっ? てめーも、一緒に善行を積むことを勉強しろってことだよ! そしたら、聖属性も扱えるようになるかもしれねーだろ?」

「……マサキ様は、私にだけ妙に冷たい」

「黙れ、悪魔が!」

「悪魔差別ですか?」

「当たり前だ!」


 マハトールがしょんぼりしつつ、ちょっと嬉しそうだ。

 苛めすぎたかもしれない。

 

 その扉は開けちゃだめだぞ?

 別の扉を開けろ?


 属性反転。

 割とゲームで聞く単語だから、不可は無いと思うし。


「先生」

「ちょっ、先生って!」

「教官?」

「違うから!」

「では、なんとお呼びすれば?」

「マサキさまー!」


 無視して、クロウニ男爵とマルコを見る。

 うん、クロウニ男爵どうしようね。


 確実に死刑まったなしだし。

 たぶん、パドラも退学確定っぽいし。


 不憫だ。


 そんな期待した目で見るなマルコ。

 お前も知ってると思うけど俺、前世普通の日本人だからな?

 どうにもならないことだってあるんだから。


 悪魔って、聖属性に目覚めたら何になるのかなー。

 善魔?

 聖魔?


 楽しみだな。


「はぁ……」


 現実逃避してみたけど、マルコの目がそれを許してくれない。

 クロウニ男爵の命はなんとかなるかもしれないけど……

 クロウニ男爵としては死んでもらうけど、この人の命だけならという意味で。


 ただ、パトラの方は無理じゃね?

 詰んでるよね?


 反逆者の娘とか……


 灰色の小さな脳細胞が欲しい……

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