第84話:依頼人
「クソッ!」
森を抜けて、馬に乗って北へ駈ける黒い服を着た集団。
その中心を一際立派な馬に乗って駆けっている男が、思わず吐き捨てる。
周囲を見る。
200人近く居たはずが、今となっては20人にも満たない。
その中には臨時で雇った他の組織のものも居た。
が半数近くは、苦楽を共にした仲間達。
シビリア王国第一王子と、貴族の子供達を運ぶ馬車を襲撃して子供達を攫って来るだけの簡単とは言い難いが、可能だと判断した依頼。
普段であれば難色を示すところだが、今回は騎士小隊の隊長も務めるジェンダーというそれなりの地位の騎士の手引きもあるという事で、まず失敗は無いと踏んだ。
依頼者の情報では注意すべきは、近衛騎士副団長のビスマルクのみという話だった。
自分の右腕として副団長を任せた男も、ここには居ない。
隠れて状況を見させていた男の話ではビスマルクに両腕を切り飛ばされて、部位欠損した状態で止血と治療をポーションで行われたらしい。
奴が腕を取り戻すのは、ほぼ不可能になっただろう。
とはいえ、どうせ殺されるだろうから今更腕なんか必要無いだろうが。
無事じゃすまないだろうが、ビスマルクを殺して生きて戻ってくると思っていた。
倍以上のそれなりの腕の立つものを用意してやったのに。
後ろで指示を出すに留めていれば良かったのに。
色気でも出して、自ら手柄でも取りにいったか?
そう考えていた。
が事実は違った。
ビスマルクが想定以上に強すぎた。
左手の槍と右手の剣で一度に2人ずつ切り捨てていく様は、まさに剣鬼を彷彿させる動きだった。
が、それ以上にファーマという男が出鱈目だった。
曲刀を操り、打ち合う事すら許さずに仲間達が切り捨てられていくのを見て、戦意を奪われた者が多く出たらしく、半刻も持たずに総崩れになったと報告を受けた時は、依頼者を恨んだ。
何がビスマルクさえ打ち取ればだ。
それにもう1人、ルドルフという男も曲者だ。
奴の振るった大剣は、短剣などものともせず剣ごと仲間達の頭を砕いていった。
その剣は刃が殆ど潰れていて、まさに叩き潰す為のものという印象を受けた。
いい加減な仕事をした貴族に、どう落とし前を付けさせるか考えつつ目的の村へ向かう。
まずは食料を補給して、一日英気を養ったあとでこのまま国境付近まで進み、隣の国に逃げ込む。
この国での最後の略奪になるかもしれない。
思う存分暴れてやる。
「どうした?」
急に前の連中の速度が落ちたのを、訝し気に男が問いかける。
「いえ、あそこに妙な恰好をした子供が……」
「こんな夜中にか? まあ、良い。今更子供の1人や2人がどうしたっていうんだ? 無視して行けばいいだろう」
報告に来た部下を避けさせて、子供が居るという場所に目をやる。
思わず息を飲む。
狐の仮面を被った、黒いローブに身を包んだ子供。
深夜という時間と相まって、酷く不気味なものに感じられる。
「おじさん達、そんなに急いでどこに行くの?」
目の前で、女の子のような可愛らしい高い声で問いかけてくる子供を見て、あまりの異様さに思わず顔を顰める。
「嬢ちゃんこそこんな夜更けにどうした? 親は居ないのか?」
「僕、男の子なんだけどね……お父様と、お母様ならたぶん寝てるよ」
男の子の言葉に、男が思わず頬を緩める。
もしかしたら、旅行中のそれなりに良いところの子供だろうか?
だったら、親が近くに居るのだろう。
馬車で車中泊でもしてるのかもしれない。
襲えば、路銀の足しになるかと思い、優しく声を掛ける。
「それじゃあ、ご両親のところまで送ってやろうか? この辺りは物騒だからな」
「そうだね……物騒だから、おじさん達も気を付けた方が良いよ? 何が出るか分からないから」
男の子がそう言ってクスクスと笑うと、周囲から虫の羽音が聞こえる。
妙にデカい。
そう思った直後……
「がっ!」
「刺された!」
「なんだ?」
周囲で部下達が悲鳴をあげて、馬から落ちる音が聞こえる。
何が起こった?
突然騒がしくなった周囲の様子に、男が警戒するように周りを見渡す。
それから子供の方に視線を戻す。
いつの間にか子供が手にしたそれが、月の光を反射して輝く。
「おいおい、危ないもん持ってるじゃないか」
「そう? おじさん達を、ちょっといじめてあげようと思って用意したんだ」
「はっ?」
男の子がそう言って、手に持った剣を構えた瞬間に目の前から掻き消える。
「がああああっ!」
いきなり背後から太ももを刺されて、馬から転がり落ちる。
地面に激しく打ち付けられ、少し転がると馬の上から見下ろしてくる狐のお面が見えた。
「覚悟は良いかな?」
「覚悟? なんの覚悟だっていうんだ!」
またも子供が目の前から消えたかと思うと、首筋を浅く切られる。
大した傷じゃない。
大した傷じゃないが、全く姿が見えない事に恐怖する。
いくら、速いといっても限度がある。
全く視認できない動きなど、あるはずが……
――――――
集団の頭領と思われる男以外は、蜂達に無力化させた。
この男だけは、自分の手で痛めつけてやろうと思ったからだ。
僕たちの思い出を汚したことを、徹底的に後悔させるために。
セリシオやソフィア、ベントレー、ジョシュアの辛そうな顔が脳裏を過る。
「ぐうううう!」
最初に転移で背後に移動して、突き刺した太ももを足で思いっきり踏みつけてグリグリと抉る。
男が苦痛に声を漏らすが、知ったこっちゃない。
「なんでセリシオ達を襲ったの?」
「はっ?」
男が意味が分からないといった表情を浮かべている。
思わずムカッとしたので、足にさらに力を込める。
「ぐあっ!」
「早く答えてよ……別に、あんたじゃなくても良いんだから。ただ一番詳しそうだから、生かしてるだけなんだけど」
「ひっ!」
軽く威圧を込めて、再度問い詰めると男が怯えた目でこっちを見上げてくる。
意外と小ぎれいに整えられた髭とか、それなりに整った顔に余計に腹が立ってくる。
「あ……あんた、もしかして王家の暗部か?」
王家の暗部?
そんなのがあるの?
知らないけど。
まあ、あってもおかしくないけど……
「噂で聞いた事がある。王の下に秘密裏に組織された、恐ろしく強く冷徹な部隊が居るって」
「質問してるの、こっちなんだけど?」
噂か……
話半分で聞いとこう。
とっとと、答えろよ!
「ひいっ……頼まれたんだ! いえ、とある貴族から、頼まれただけなんです」
「そんな事知ってるし……誰に、なんの目的で頼まれたか聞いてるんだけど?」
「クロウニ……クロウニ男爵です!」
偉く簡単に白状したけど、暗部ってそんなに怖い噂が流れてるのかな?
聞いた事無いけど。
もしかしたら、こういった連中への抑止力として噂だけ流してるとか。
そんな事、する訳ないか。
それにしてもクロウニって、どこかで聞いた気が。
「クロウニ・フォン・ベニスです。クルリを苛めていたパドラの父親です」
ああ、あの人か。
聞いた話だと、領民思いで娘思いの良い父親だったと思うけど。
「なあ、正直に話したんだから、許してくださいよ」
「なんで?」
「えっ?」
許してくれという男に、心底冷めた声で質問する。
なんで、許して貰えると思ったんだろうねこの人は。
「エマとソフィアが離してって言っても、離さなかったよね? 何も悪い事してないのに」
「いや、あれは依頼で……」
「依頼ってことは、正当な対価も受け取っているんでしょ? それにしても、最近景気が悪いようなのに、思い切ったことをするもんだね。クロウニ男爵も」
そもそもクロウニ男爵がこんなことをする、動機が見えてこない。
娘に恥を掻かせた仕返しというなら、僕に直接何かしてくるだろうし。
そもそも、そんな事をするような人物とは思わなかった。
けど、あれだけ娘に甘いんだから、娘に何かあったら豹変する可能性はあるかもしれないけど。
「どうも、ヤバい連中からお金を借りているらしくて……」
「良いよ、もう直接本人から聞くから。あと、お前は許さない」
「えっ?」
取りあえずそれだけ分かれば、十分。
黒幕の黒幕がいそうだけど、まあ直接指示を出した人間が分かればあとはどうにでもなるし。
どっちにしろ、王直轄の騎士隊に捕まった連中が居るわけだから、いずれ王家にバレるのは時間の問題だし。
あっちで、マサキがちょっとガッカリした雰囲気になっているけど。
どうせお人好しな彼のことだから、ベニス領の事についても考えていたのかもしれない。
もう、手遅れっぽいけど。
王家の人間に手を出した以上、打ち首は免れないだろうし。
「何を!」
左手を翳してみるけど、吸収出来なかった。
思わず笑みが漏れる。
腕を掴んで引っ張り上げると、思いっきり腹を蹴りつける。
「ぐはっ……」
「ベントレーがお前の部下に蹴られたからさ……仕返しだよ」
それから、蜂達に2mくらいの高さまで持ち上げさせると、転移でその上に移動して蹴り落とす。
「ぐううっ……ゴホッ、ゴホッ……」
「ジョシュアの分ね」
背中を強打して、声にならない悲鳴をあげている。
それから咳き込んでいるところに、ゆっくりと近づいて行くと腕を絡めて筋力強化を使って思いっきり捻りあげる。
ゴキンという音がして、肩がブラリと垂れ下がる。
「うっぐっ……」
その腕を思いっきり引っ張りあげる。
「痛いでしょ? 脱臼した状態で神経を刺激されると。ソフィアもさぞや、痛かっただろうなぁ……」
「か……勘弁してください……」
何を言ってるんだろう?
こっちが謝っても、絶対に許してくれなかっただろう癖に。
「それは、ちょっと調子が良いんじゃない? でも、周りも終わったみたいだし……そろそろ終わりにしてあげるよ」
「えっ?」
周囲が静かになったことで、男の顔色が一気に悪くなる。
まあ麻痺毒を流し込んで、意識も奪っただけなんだけどね。
殺されたと思ったかもしれない。
その勘違いは正さないけど。
思う存分怯えて欲しい。
「ーーーーーーーーー!」
アリーの両腕が斬りつけられた仕返しに、両腕を切り落とす。
特に親しくは無いけど、一応顔見知りだし。
しっかりと、仕返しはしておかないとね。
傷口を押さえることもできず、蹲って醜い悲鳴をあげる男を冷めた目で見下ろす。
そのまま髪を掴んで、左手で吸収する。
それから転移で、管理者の空間に移動する。
他の連中は、その場に放置しておいた。
運が悪ければ魔物に襲われるかもしれないが、どうせこれから近くの村に略奪に向かうところだったみたいだし。
狙われた村が運が悪いというのなら、魔物に狙われても運が悪いで済ませてもらおう。
半日で意識は戻るだろうけど……
それから管理者の空間に戻ると、マサキに地図でベニス領を出してもらう。
それから、治療もしないまま男を連れて転移で、クロウニ男爵の寝室に向かう。
幸い夫婦別室だったらしく、ベッドには貴族にしては細身の男性が横になっていた。
とくに目立った特徴も無い、平凡な顔の男性。
「起きてもらえるかな、クロウニ男爵」
「ん?」
取り敢えず、声を掛けたらすぐに目を覚ました。
眠りが浅いのかな?
灯りを点けると、目の下にうっすらと隈が出来た疲れ切った男性が。
見るからに、苦労人っぽい。
「なにも「大きな声、出さないでくれる?」
すぐそばにあった台から剣を取って、叫ぼうとしたので喉元に短剣の切っ先を突きつけて留める。
それから両腕を失って血を流したままの男を召喚して、クロウニ男爵の前に転がす。
取りあえず、抵抗するな、喋るなと命令してある。
両腕から血を流した状態で転がされたのに、悲鳴すらあげないのはちょっと違うと思ったけど。
そこで、アドリブを挟む余裕もあるわけないか。
クロウニ男爵が血まみれの男を見て小さく悲鳴をあげて、目を大きく見開く。
それから男の顔を確認して、深く溜息を吐く。
「そうか……失敗したか」
そうこぼしたクロウニ男爵の表情は、どこかホッとした様子だった。
とはいえ、すぐに厳しい物になったけど。
「ベニス家ももうこれで終わりだな……せめて娘だけでも、なんとかしてやりたいものだが……」
それから、物悲し気に枕元に置かれた肖像画に手を伸ばして、そこに描かれていたパドラ似の少女の顔を指で撫でる。
「殿下や他の子供達、パドラには本当に申し訳ないと思うが……飢饉でも大して手を差し伸べてくださらなかった陛下に謝る気は無い……このまま、この身を連れて行って貰って結構だ」
少なからず王家に不満もあったわけだ。
それ以上に、のっぴきならない事情もあったのだろうけど。





