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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第82話:強引な襲撃

 ベルモントと同じように、皆に見送られながらラーハットを後にする。

 城門まで見送りに来てくれたヘンリーが、相当寂しそうな様子だったけど。

 仕方ない。


 結局エマとの距離は縮まる事は無かった。

 代わりに……


「ファーマさんは、いつからベルモントに仕えているのですか?」

「3年目になりますね」

「あの、いまおいくつなんですか?」

「19でベルモントに仕えたので、22ですね……」

「13歳差かあ……」


 何故かエマが、馬を休める休憩の度にこっちに来てファーマさんと楽しそうに話している。

 てかファーマさんが思ったよりも若かった。

 

 確かにイケメンではあるけど。

 小麦色の肌に、白い髪。

 スラッと背の高い、やせマッチョの理想形をした引き締まった体躯。

 

 それでいて、実力も確か。


 そんな人に、かっこよく助けられたら……仕方ないか。


 それから馬車は平野部を抜けて、森に入る。

 といっても、そこまで大きくない森なのですぐに抜けられるだろうし。

 魔物もそんなにいない。

 リスクよりもメリットの方が大きいために、行きもここを通ったし。


「主、この先の開けた場所に不審な集団が近付いております」

「またあ?」

「どうやら、ベルモントとラーハットで多くの者が捕らえられてしまったので、指示していたものもなりふり構っていられなくなったようです」


 いまいち、目的が分からないけど。

 十中八九、セリシオの身柄だろうな。


 面倒くさい。


 これだけ放った者が捕まったら、どこからか必ず正体も割れるだろうし。

 自棄を起こしたか……


 王族に刃を向けたら、間違いなく家族も連座させられるだろうし。

 だったら、自身の身の安全の為の交渉材料になにがなんでも、セリシオは捕まえておきたいだろう。

 それとエマとクリス、ディーン辺りも。


 とはいえ、こっちは周囲に不自然なくらいに行商人や、旅人がいる。

 行商人の乗っている馬車の中身も、武装した兵隊さんだ。


 露骨すぎるわ。


 全員、間違いなくセリシオの護衛だろうけど。


 もう帰るだけだから、そこまで自然なフリをする必要もなくなったわけだ。


「何人くらい?」

「150人ですね。貴族の私兵にしては多すぎますし、さらに裏に何かあるかと……それと弓を持った者が20人、暗殺者の集団も10人程森の中に身を潜めています」

「無力化は……」

「メインの道を塞いでますので、証拠の隠滅が間に合わないでしょう」


 蜂から聞いた情報だと、待ち伏せされている場所まで10分程で到着するらしい。

 避けようはない。


「150人程の武装集団に待ち伏せされています」

「そうか……迂回するか?」


 そう思っていたら、正面から商人の恰好をした人が馬を飛ばして寄って来ると、ジェンダーさんに例の待ち伏せ集団の事を報告していた。


 もはや、隠す気は全くないらしい。


「整列して、こちらを迎え撃つつもりのようです。恐らく殿下が目的かと」

「どこの者か分かるか?」

「いま、他の連中に調べさせています」

「ふむ……何人集められる? 馬車が着くまでに対処できるか?」

「難しいですね」


 ジェンダーさんの言葉に、商人っぽい人が困ったような表情を浮かべている。

 それから、ビスマルクさんの方にジェンダーさんが報告に行く。

 

「皆さん、この先に怪しい集団が居るようです。私は、これからちょっと掃除に行ってきます」


 ジェンダーさんの報告を受けたビスマルクさんが、全員に聞こえるように伝える。

 

「えっ?」

「なんで?」


 エマとソフィアが緊張したように、身体を寄せ合ってアリーの陰に隠れる。

 ジョシュアは……意外と慣れているのか、少し表情が固いくらいで、それ以外は特に気にした様子はないが。

 ベントレーは……ふむと頷いただけ。


 セリシオとクリス、ディーンも、落ち着いたものだ。


「こっちはかき集めても50人、相手は150人らしいですから少し時間が掛かると思います。皆さんには、平野部まで一旦戻ってもらいます」

「50人?」


 ビスマルクさんの言葉にソフィアが首を傾げているが、ビスマルクさんが手を叩くとあちらこちらから商人や旅人の恰好をした人達が集まって来る。

 それから、商人の馬車の中からは完全武装した騎士が予備の装備を手に、一般人に扮した騎士達に渡している。


「ええ? この人達、皆騎士だったの?」

「まあ、殿下の旅行にしては護衛が少ないなと思っていましたよ」


 エマが驚いていたが、ジョシュアはなんとなく察していたらしい。

 取りあえず馬車の台数を減らすために、ベントレーとジョシュアはソフィアの馬車に、僕はセリシオの馬車に移ることになった。


 元々セリシオの馬車に居た使用人ぽい人達も腕が立つらしく、軽装備をして元々護衛だった人たちに馬を譲ってもらっていた。


「なんで僕だけ……」

「マルコは護衛要員だよ」

「俺が居ます!」


 不満そうに漏らすと、セリシオが鼻で笑う。

 そして、クリスが大声で自分の存在をアピールしている。


 メイドの人も座っているが、野郎4人組なんて暑苦しくて仕方ない。

 あっちが、良かったな。


「ビスマルクさん! 森の中に他にも潜んでたりしない?」

「勿論、居るでしょうね……まあ、大丈夫ですよ」

 

 馬車の中から顔を出して、ビスマルクさんに声を掛けると笑顔でサムズアップしてきた。

 まあ、そこまで考えが及ばない訳はないか。

 

 こっちの護衛はジェンダーさんと、アリー、それからローズに、追加で加わった騎士の中から6人とジョシュアのところの護衛のカス兄弟だ。


 アリーとローズがやたらと張り切っているけど、それ以上にカス兄弟の士気が高い。

 何やら使命感に燃えた表情を浮かべている。


「絶対にマルコ様には指一本触れさせません!」

「安全に、送り届けます」

「君たちの護衛対象はあっちなんだけどね」


 わざわざ、傍にまで来て意気込みを伝えてくる2人に苦笑いして、ジョシュアの馬車を指さす。

 彼等は分かってるのだか、分かって無いのだかって表情で神妙に頷いていたけど。


 ファーマさんとルドルフさんは冒険者経験もあり、森での動きや臨時PTの合わせも出来るのでビスマルクさん率いる掃討組に加わっていたが。


 こっちの馬車が森の入り口に向かったのを見て、ビスマルクさんが掛け声をあげて突っ込んでいく。

 その後ろを騎士達が、槍を掲げて追いかけていく。

 なかなかに、迫力がある。


 集団が去った後を、馬車の窓から頭を覗かせて眺める。

 そこかしこに放置された荷馬車や、旅人の服とかを見てこれだけ見たら、いきなり人が消えたみたいでホラーだなと思ったのは秘密。


 後で回収に来るだろうし。


「退路にも回り込まれてますよ」

「ゲッ……」


 的中率100%の虫の知らせに、思わず声を出して面倒臭そうな顔をしてしまった。

 蜂が言い辛そうに報告してきた。

 この虫の知らせは、必ず当たる。


「20人程の手練れですね」

「こっちは、護衛の人達は11人……まあ、こっちもプロだからなんとかなりそう?」

「守る者がなければ」


 あまり楽観的な状況でも無いらしい。

 馬車を守りながら、倍の人数を相手取るのは城の精鋭でも厳しそうだ。


「適当に間引いて貰って良い?」

「宜しいのですか?」


 ベルモントの領地じゃないことを心配しているようだ。

 まあ、見つからなければ問題無いでしょ。

 ここでも守り虫騒動が起こったところで、問題は無いだろうけど。

 その現場にベルモントの息子である僕が居るというのは、面倒なことになりそうだし。


「バレないように、こっそりね。追い付いたら、もう放置で良いから」

「はい」


 僕の声を聞いて蜂が、森の中に向かって行った。


「どうした? 変な声を出したと思ったらボーっとして」


 やりとりは、脳内で行っていたけど、呻き声は漏れていたらしい。


「トイレか?」

「違うし、なんか森の中から不穏な空気を感じたからさ」

「やめろ、マルコが言うと、シャレにならん気がする」

「大丈夫ですよ」


 セリシオがくだらないことを聞いてきたので、ちょっと脅そうとわざと深刻な表情で状況をぼかして伝えると、違う意味で嫌そうな顔をしていた。


 そして、クリスが剣の柄を叩いて、自信満々に胸を張っていた。


 すると先ほどの蜂が慌てた様子で戻って来た。


「先頭の男の様子がおかしいです……何か、周りを気にしているようで」

「気付いたのかな?」

「いや、そういった様子では無さそうですが」

「ちなみに何人くらい間引けたの?」

「3人が精一杯でした」

「すごっ」

 

 まさか目立たないように、3匹で向かわせたのに1匹1殺して戻ってくるとは。


 その時、ピーッという甲高い笛の音がすぐそばから聞こえて来た。

 そして、風を切る音を立てて矢が飛んでくる。


「えっ?」

「ジェンダーさん!」


 音の出所は先頭を馬で走るジェンダーさん。

 そして、笛を鳴らしてすぐに、並走する騎士を切り飛ばすと方向転換してこっちに剣を構える。

 そして、その背後からぞろぞろとお客さんが。


 他にも騎士の2人が裏切った模様。

 周りの騎士に襲い掛かり、こっちは受け止められていた。


「うわぁ……きっつー」

「どうした!」

「何があった!」

「不味いですね」

「出たら駄目です!」


 急に始まった剣戟の音に、セリシオが馬車の扉を開いて叫ぶ。

 それからすぐに外に出ようとしたクリスを、メイドの女性が押しとどめる。

 彼女、意外に力が……いや、流石に鍛えているとはいえ9歳児相手なら、大人の女性なら止められるか。


「危険です! この馬車は外からは簡単に破壊できません」

「だが、あっちの馬車は!」


 確かに王族を乗せる馬車だ。

 それなりに、外からの攻撃に対しても頑丈に作ってあるだろう。

 

 が、後ろのソフィアの家の馬車は、そんな様子は見られない。


「きゃあっ!」

「なにっ!」

「うわぁ!」

「落ち着け!」


 後ろの馬車から、ソフィアとエマの悲鳴、そしてジョシュアの戸惑っている声が聞こえてくる。

 そして、それを落ち着かせようとするベントレーの声も。


「マルコ様! 襲撃です!」

「いや、分かるし! 相手は何人?」

「その正確な人数までは、ただ王家のジェンダーとその部下っぽい2人が裏切って、護衛の騎士が2人ほどやられました。こっちは王家の騎士2人と、私達4人だけですが、その倍以上は居そうです」


 ローズが絶望的な状況を遠慮がちに伝えてくる。

 これは大失態だぞ、セリシオ。

 まさか、王家の護衛が裏切って他の重鎮の子供達まで危険に晒すとか。


 セリシオが顔を青ざめさせているから、彼も現状を正しく把握しているのだろう。


「本当にジェンダーが?」

「間違いありません、襲撃者への合図を行ったのも彼です」

「くそっ!」


 セリシオが再度確認するように静かな声でローズに確認すると、彼女が遠慮がちに答えたのを聞いて叫ぶ。

 ていうか、非常に不味いことになったのが分かる。


「僕も出るよ」

「駄目です!」

「なら、俺が!」

「やめろ! 相手は大人でプロだ! 2人とも死ぬぞ!」


 僕が仕方なく剣を腰に下げて外に出ようとしたら、ローズに押しとどめられた。

 同じように出ようとしたクリスも。


「クリスとディーンは、そこのメイドさんとセリシオを守ってなよ。僕なら平気さ……ベルモントだから」

「いや、確かにベルモントだが、まだ子供じゃないか」


 こういう時に限ってベルモント扱いしてくれないセリシオに、ちょっと微妙な表情を浮かべる。


「きゃー!」

「ソフィア!」


 なんか不味い雰囲気だ。

 すぐに行かないと!


「マルコ様!」

「邪魔だ!」


 入り口で通せんぼするローズのお腹を蹴りで押して、後ろに下がったところを彼女の肩に手を置いて馬車から飛び出す。

 視線を声がした方に向けると、ソフィアの乗った馬車が倒されて黒ずくめの男達が取り囲んでいるところだった。


 アリーさんは、何をしてるんだよ。


「お前ら、何者だ!」


 その集団に、大きな声で声を掛ける。

 こっちの問いかけに、チラリと視線を向けただけで無言を貫く男達。

 まあ、答えてくれる訳ないか。

 そして、2人が僕を取り押さえようと向かって来る。


 距離を詰める間に、戦況を把握。

 ジェンダーはルーカスが押さえていた。

 そのルーカスの背後を守るようにマーカスが、近寄ってくる黒ずくめの男達を相手する。


 アリーは馬車の前にたって、取り囲んでいる集団に対応していた。

 セリシオの護衛の騎士2人は、王家の馬車の守りと。

 ただ、打って出られないために防戦一方でなかなかに苦しそうだ。


 それでも、地面に黒ずくめの男が3人くらい血を流して倒れているのを見ると、流石としか言えない。


「待ってください!」

「そんな暇はない!」


 強化と敏捷強化、筋力強化を施して一気にソフィアの馬車に向かう。

 ベントレーも馬車から脱出して、剣を持ってアリーの横に飛び降りていた。


「ベントレー無茶するな! 下がれ!」

「1人で突っ込んできているマルコがそれを言うか?」


 ベントレーに下がるよう指示を出すと、反論された。

 面倒臭い!

 護衛対象にバラけられると、こっちが大変なのに。


 取りあえず、俺を子供と侮って無手で捕まえようと手を伸ばしてきた、先を走る黒ずくめの男を身を低くしてやり過ごす。


「ぐあっ!」


 すれ違い様に、脇腹を切り付ける。

 

 その状況を見て、後を追っていた男がナイフを抜こうとする。

 判断が遅い。


 それよりも先に距離を縮めてナイフを握った手を蹴りで押し返して、首に思いっきり剣の側面をぶつける。

 躊躇してる場合じゃないのは分かっているけど、殺すのは気が引けた。

 まあ、それでも致命傷になるかもしれないけど、その場合は事故って事にしておこう。


「ヒュッ!」


 喉に思いっきり剣を叩きつけられて、体内の空気を一気に吐き出したような声が男から漏れる。

 ダメージが回復しても抵抗できないように、即座に男の腕を切り落とす。

 殺さない範囲なら多少は平気。


「凄い……」

「マルコ様、そこで止まってください! こっちは危険です!」


 僕の動きを見たベントレーが溜息を吐いていたが、横のアリーさんはそれでもこっちを心配しているようだ。

 自分の身を護る事に専念するように、叫んでくる。

 いや、それよりもアリーさんには馬車を守る事に集中してほしい。


「ローズ! ルーカスを狙う奴等を先にやれ! それから、マーカス! ローズがそっちに行ったら、ルーカスと2人掛かりでジェンダーを無力化しろ! 両手を切り飛ばしておいたら動けんだろう!」


 取りあえず、命令を聞いてくれそうなローズと、ルーカス、マーカスに指示を飛ばす。

 咄嗟に口から出た言葉だったけど、上手にスラスラと指示出し出来てびっくり。

 

 なんかいまの虫に指示だすマサキっぽい!


「でも、私はマルコ様の護衛」

「大丈夫! 任せて」


 それからさらに速度を上げて、ソフィアの馬車に突っ込む。

 馬車の方から、またも黒ずくめの男が2人。


「くっ!」

「まずい! ベントレー様!」

 

 ベントレーが黒ずくめの男の1人に吹き飛ばされ、そっちに向かったアリーの隙を狙うように別の者達が攻撃を仕掛ける。


「ちっ!」


 2人掛かりで連撃を浴びせアリーの動きを封じ、その間に残された男達が横倒しの馬車に上って、中に入っていくのが視界に入る。

 気持ちが焦る。

 僕とルーカスの方を交互に見て迷った様子で動かないローズに、段々とイライラしてきた。


「ローズ! 急げ!」

「はいいいっ!」


 やり取りすら面倒臭く感じたのでローズを苛立ち紛れに怒鳴りつけると、彼女は肩を跳ねさせてルーカスの方に走っていった。


 その様子をチラリと横目で見て、正面に視線を戻す。

 目の前の2人組は、左右に広がるようにこちらに向かって来る。

 挟み込むつもりかもしれないけど、直前で急加速を掛けたら真ん中が余裕で抜けられそうだ。


 足に力を込める。


「主、剣を振って下さい」

「えっ? うん!」


 不意に聞こえて来た蜂の指示に従って、手に持った剣を真っすぐ振り上げると軽い手応えとプチンという音が聞こえる。


「なっ!」

「なぜ、見破った!」


 どうやら2人の間には細いワイヤーのようなものが張られていたらしい。

 蜂の警告が無ければ、思いっきり突っ込んで大怪我するところだった。

 2人が驚愕の表情を浮かべているが、正直僕もかなりびっくり。


「きゃあ!」

「ソフィア!」

「おいっ! 待て!」


 馬車からソフィアが引っ張りあげられる。

 時間を掛けすぎた。

 腕を掴まれ、そのまま持ち上げられたソフィアの表情が痛みと恐怖で歪んでいる。

 目からは涙も零れ落ちている。


 あいつらっ!

 思わず、怒りが湧いて来る。


「離せ!」

「暴れるな!」


 次いでエマも捕らえられる。

 こちらはしっかりと、抱きかかえられた様子で。

 エマが爪で男の顔を引っ搔いている。

 その拍子にローブのフードが捲られて顔が露わになったが、鬱陶しそうな表情を浮かべるとすぐにローブを被り直していた。


「待って! 2人を離して!」

「どけっ!」

「うわっ! うう……」


 必死に馬車の入り口まで追って来たジョシュアが、エマを担いだ男に後ろも見ずに車内に蹴り返されて呻き声を浴びている。

 結構強めに蹴られた上に、馬車の内壁に叩きつけられる音が聞こえて来て心配になる。


「エマ様! 邪魔だお前ら!」

「ふんっ!」

「もう少し、ここで大人しくしてもらおうか」


 慌てて剣を振るアリーさんだったが、その剣は当たることなく躱される。

 冷静さを失ったせいか、男達が難なく対処出来ているところを見ると、アリーさんは間に合いそうにない。


 その間にエマとソフィアを担いだ男達は、森に駆け出し止めておいた馬に飛び乗って森の奥に向かって行く。

 その姿を見たアリーの目が、カッと見開かれる。


「うおおおお!」


 女とは思えないような雄たけびをあげて、アリーが手に持った剣をエマを担いだ男の乗った馬に向かって投げる。

 目いっぱい力を込めたのが分かるほど腕の筋肉は膨張し、腕全体が軽く光を放っているところをみると【強化(ブースト)】でも使ったのだろうか。


 その剣は一直線に、障害物となる木の枝をものともせず馬の尻に突き刺さり、馬が横倒しになる。


「きゃっ!」

「ちいっ!」

「エマ様!」


 そして放り出されたエマを、すんでのところでキャッチする。

 全員の視線が馬に向かっている間に、転移で距離を一気に縮めていたのでどうにか間に合った。


「マルコ様! くっ!」


 僕がエマをどうにかキャッチしたのを見て、アリーがホッとした様子で溜息を吐く。

 その後すぐに無手の状態で、2人に同時に斬りかかられて両腕に傷を負ってしまった。


 森に視線を送ると、ソフィアを乗せた男の馬はもう点のように小さくなっている。


「くそっ!」


 取りあえずエマの救出はなったが、ソフィアが……

 

「ガキが! そいつを寄越せ!」


 目の前で、黒ずくめの男が脇を押さえながらも、剣を手に持ってにじり寄って来る。

 その声を聞いて、スッと気持ちが落ち着くのを感じる。

 いや、落ち着くというよりは何も思わない。

 全ての感情がリセットされてしまったような。 


 折角の楽しい、夏の思い出だったのに……

 全部台無しだ。

 

 それよりも、すぐにソフィアの救出に向かわないと。

 殺される事は無いだろうけど、きっと怖い思いもしてるはずだし……


「ビビってるのか?」

「……するな」

「はっ?」

「邪魔をするな……」

「聞こえんな、とっととガキを寄越しやがれ」


 僕の声を聞こえているくせに、男が下卑た声で聞き返してくる。 


 先ほど完全に消えた色々な感情が、全て怒りと代わって沸き上がって来る。

 まるで、津波のように感情の波が引いて、怒りの波となって体全体から沸き上がってきたような。


「邪魔をするなぁぁぁぁぁっ!」

「ひっ!」


 威圧を込めて怒鳴りつけると、男が後ろに飛び退いてしりもちをつく。

 そんな男を、上から見下ろすように睨み付ける。

 

 【女王の冷笑(クイーンデリジョン)】……

 威圧の上位互換でもあり、眷族や、性別が男であるものに対して絶大な効果を放つジョウオウのユニークスキル。


 睨み付けられた男が、目から光を失ってその場で固まる。

 生きることを諦めたかのような、呆然とした表情。

 

 その僕の声に、アリーを襲っていた2人の男達の手も止まる。

 目の前の男に向けた威圧の余波で、身体が硬直したのだろう。


 そっちの方に目を向ける。

 目が合った2人がピクリと、身体を跳ねさせる。

 そんな2人に向かって一度目をゆっりと瞑ると、全力で睨み付けて土蜘蛛の威圧を飛ばす。


「殺すぞ……」


 焦点の定まらない2人の刺客に対して、底冷えするような冷たい声で呟く。

 この距離では間違いなく届かないだろう。

 だが、彼等にははっきりと聞こえたはずだ。 


「ひっ」

「ひゃあっ」


 2人が剣を放り出して、しりもちをついて後ずさると後ろを向いて頭を押さえてガタガタと震える。

 そんな2人にゴミでも見るような視線を送る。

 

 ゆっくりと息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。


「いまのうちに回復を、僕はすぐにソフィアを追う」

「つっ、危険です!」

「大丈夫だよ……」


 エマをアリーの元に届けると、彼女の腰に付けられた皮のポーチをまさぐってポーションを取り出す。

 そしてそれをアリーに手渡すと、無事な馬に乗ってソフィアを担いだ男が向かった方向に走らせる。


「ローズ! マルコ様が!」

「えっ?」


 ルーカスとマーカスの補助に入っていたローズに、アリーが叫ぶ。

 その声に振り返ったローズが見たのは、小さな背中が馬に乗って物凄い速さで森に突っ込んでいる状況だった。


「ソフィア様が攫われた! マルコ様が1人で救出に!」

「マルコ様が!」

「ふざけんな!」

「どけや、雑魚が!」

「げっ」

「ぎゃあっ」


 アリーの言葉にローズが一瞬固まったが、ルーカス、マーカスは即座に状況を理解して、驚くべきスピードで周りの男とジェンダーを切り伏せる。


 すぐにアリーと2人が馬に乗ってマルコを追おうとしたが、彼等の耳元にマルコから声が届けられる。


『取り敢えずセリシオを助けて。こっちは大丈夫だから』


 いきなりそんな事を言われてもと、困った様子で躊躇した3人に対して、怪我の治療を終えたアリーが早くいかないのか? と訝し気な視線を送っている。

 色々と考えて、ようやく落ち着いたのかルーカスが溜息を吐く。


「私は、殿下の方のサポートに回るようにと、先ほどマルコ様に言われました」

「俺達も……殿下を先に助けるように言われたし」

「それで良いのか?」


 困った様子で、でもそこまで焦った様子が無い3人にローズが、イラついた声でさらに問い詰める。


「良くないけど……マルコ様、怒ると怖いから」

「なんでマックィーンの従者がマルコに従順なのか知らんけど、ローズ! ベルモントの護衛がそんなので良いのか?」


 マーカスの言葉に、アリーが不思議そうに首を傾げたあとローズに向き合う。

 アリーの目の前では、ローズが苦虫を噛み潰したような苦しそうな表情を浮かべ俯いていた。


「正直……本気のマルコ様は、私達3人より強い。1人で大丈夫」

「はあっ?」


 そして、ポツリと漏らしたローズの言葉に、アリーが信じられないといった表情で胸倉を掴む。


「冗談でも酷いぞ! 主を命に代えても守るのが護衛の……本当なのか?」


 ローズを前後にゆすりながら怒鳴りつけるアリーが、自分に向けられるルーカスとマーカスの可哀想なものを見る目を見て、その手を放して力なく呟く。


 3人が無言で頷いたのを見て、アリーは顔に手を当てて空を仰ぐ。


「てことは、お前ら2人もマルコ様の強さを知ってるってことだな? それで、そんなに……くそっ、ベルモントってのは子供でも化物じみてるっての」

「訂正して! あれは、神掛かってるっていうの!」

「そうですよ! マルコ様は神童です!」

「リアルになっ」

「うっ……そうか……」


 キラキラとした目で、マルコがいかに凄いかを伝えてくる3人に思わずアリーが後ずさる。

 それから、アリーはエマの護衛に、3人は王子の救出に向かった。


 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] マルコの中では友達の命より蟲を操ってるという秘密を守るほうが大事ってことなのかな・・・ 敵にその気があればソフィアはもう死んでるわけだし。 なんというかこの物語のマルコが全体的に自己中…
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