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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第80話:クルージング(後編)不審船

「クジラ出ないね」

「まあ、こればっかりは運ですから」


 何もないベタ凪の海を見ながら呟くと、ガイドの女性の人が苦笑いしながら答えてくれる。

 かれこれ1時間半。

 船の上で食事をしながら、ひたすらクジラの登場を待つのは僕とヘンリーとディーンだけ。


 セリシオも船の縁にへばりついてるが、彼の場合は意味合いが違う。

 言葉で表現できない声を出しつつ、絶賛王家の威厳を落とし続けている。

 そんなセリシオの背中を撫でているクリスも顔色が悪い。


 もらい……


 まあ、いいや。

 何も考えずに、朝食でハッスルしたセリシオが100%悪い訳だし。


 ちなみにソフィアも、操舵室の下にある部屋でソファに横になっている。

 エマが滅多に訪れない親友の介抱という立場を楽しんでいるのが、ガラス越しに丸わかり。


 その反対側ではジョシュアが横になっている。

 家の人と一緒に夜の街に繰り出していたらしい。

 

 といってもお姉ちゃんとお酒を引っ搔けるためではなく、純粋に情報収集の為だとか。

 そして、クジラが出たら起こしてと言ってそそくさと寝てしまった。


「はぁ……」


 肝心のエマが傍にいない事で、若干ヘンリーが気落ちしているが。

 

「なかなか素晴らしい景色だった」

「ベントレー様は泳ぎが達者でらっしゃいますね。見ていて安心感があります」

「あっ、ベントレー」


 船尾に取り付けられた梯子を上って来たのはベントレー。

 その梯子にロープを結んで自分の身体にくくりつけて、ダイビングを楽しんで来たらしい。

 船員さんと、ファーマさんと一緒に。


 船には最低限の護衛しか乗せられなかったので、ビスマルクさんとファーマさん、それからジェンダーさんという騎士の人。

 他には、エマの護衛のアリーが乗っていた。


 今回、何故か砂漠の民っぽいファーマさんが泳げるということで、船員さんと一緒にベントレーの護衛をして海の中を楽しんで来たようだ。


「マルコ様も是非ご一緒されれば良かったのに」

「あはは……」


 やだよ着替えも無いのに。

 それに……チラリとセリシオの方に顔を向ける。

 ばっちいし。

 

「私もここが湖とかなら、御一緒したのですが残念です」


 そう言って、全然残念では無さそうな顔をしてのたまっているディーン。

 たぶん、ここが湖でも彼は泳がなかったと思う。


「殿下も一緒に泳げば、船酔いなど関係なくなるのに」

「そう言うな……余は威厳を保つのに精いっぱいなのだ」


 全然保ててないけどね。

 そもそも、彼そんなに泳げないし。


 それから船上でバーベキュー。

 ヘンリーが満を持して企画したイベント。


 それぞれの手には釣り竿。

 とはいえ持っているのは、僕とヘンリー、ベントレー、ディーン、エマだけだけど。

 ソフィアの看護にはアリーさんが付いている。


「一応食材は用意しているけど、自分で釣った魚も食べたいでしょ?」

「別に?」

「いや、じゃあ、先にそっちの食材を食べましょうか」

「ええ?」


 正直、ここに来るたびにお父様とガンバトールさんに釣りに連れて行ってもらっているので今更感満載だ。

 気分の悪い人も居るし、何よりセリシオのあれがあれ的な海で釣った魚は口にしたくない。


 ディーンも同じ考えらしい。

 ロッドフォルダーに竿を置いて、いそいそとバーベキューコンロの前に向かっている。

 ガイドの人とファーマさんが火ばさみのようなもので、貝や魚を網の上に置いている。

 ファーマさん?

 

 どうやらバーベキューに自信があるらしい。

 まさかのバーベキュー奉行の登場に、ちょっと期待。

 ガイドさんが、若干面倒臭そうな顔をしているけど。


 でも、ファーマさんがこんなに表情豊かに張り切っているのを見たこと無いので、本当に楽しみだ。


 チラリとヘンリーの方を見る。

 なんで釣りをする気が無くなったかの、一番の原因。

 大体船尾で、馬鹿でかいロッドを立てて椅子にベルトで身体を括りつけているヘンリーのガチ具合に若干引いてしまった。

 下手に変な魚を釣り上げるより、最初からリタイアした方が事故も少ないと思って竿を放置。


「私は、釣りって初めてだから楽しみだよ」

「俺も、是非大物を釣り上げて、マルコに分けてやろう」

 

 無邪気だなー。

 あっ、ベントレー別に分けてくれなくて良いから。


 エマとベントレーが顔を輝かせているのを見て、ヘンリーがホッと安堵の溜息を漏らしていた。


「もし魚が集まってきたら、クジラもくるかもしれないし」

「クジラは、わざわざ魚を追いかけてまで食べないよ?」

「……」


 余計なことを言ってしまった。

 そして、あれだ。


 やる気のある人って、あんまり釣れないんだよね。

 しゃくりも習って頑張っている2人と、地元のアドバンテージを活かしたヘンリーを横目に、ロッドホルダーの竿が大きくしなる。

 しかも、自分とディーンの両方の竿。


「エマ、魚が掛かったようですので、譲ってあげましょう」

「ベントレー、巻き上げて」

「うん!」

「分かった!」


 ディーンがエマに、僕がベントレーに竿を任せる。

 そして、焼き上がったホタテっぽいものに、魚醤を掛けて食べる。

 悪くない。


 ディーンは……ファーマさんにお願いして取ってもらった牡蠣にバターを乗せて食べてた。 

 バターの香ばしい匂いが食欲をそそる、次はそっちにしよう。


「これ、重い!」

「なかなかの大物」


 結構でかいのが掛かったらしい。

 ヘンリー!

 チャンス到来だぞ!


「ほお、お嬢様が掛けたのですか? 私が支えますのでしっかりと竿を立ててください」

「エマ、凄い!」


 どうやら、ソフィアが快復したらしい。

 アリーと一緒にデッキに戻って来た。

 そして、エマが必死に竿と格闘しているのを見て、アリーがすぐに補助に入る。


「有難う! でも、これディーンの竿なんだよね」

「関係無いですよ。釣果は釣り上げた人のものです」

「チョウカ?」

「釣りの成果の事ですよ」

「じゃあ、釣ったら私の?」

「当然!」


 アリーの言葉に、俄然やる気が出たのかエマが一生懸命糸を巻き上げている。

 

「あっ、急に軽くなった。逃げられたのか?」

「バレたみたいですね」


 急に竿に手ごたえが無くなったベントレーが前のめりになるのを、船員さんの1人が慌てて後ろからお腹に手を回して支える。

 どうやら、僕の竿に掛かった魚は逃げてしまったらしい。


「残念だ。すまん、マルコ」

「良いよ別に、船員さん! また餌付けて放り込んどいて」

「はい、分かりました」


 申し訳なさそうに謝ってくるベントレーに、手をヒラヒラとさせて気にしていないアピールをする。

 それよりも、今は目の前の海鮮バーベキュー。

 他の人が参戦する前に、色々と味わっとかないと。


 あっ、そのシマアジっぽい魚、僕がファーマさんに頼んで育ててたのに。


「これは、美味しいですね」


 丁度いい焦げ目がついたところで、ディーンに取られてしまった。

 まあ、良いけどさ。


「ヘンリーもこっち来たら良いのに」

「大物釣ったら、そっちに行くよ」


 折角声を掛けてやったのに、こちらをチラリと見てすぐに海に向き直るヘンリー。

 戦う相手が違うんじゃないかい?

 まあ、大物を釣り上げてエマに褒めてもらいたいんだろうけど。

 その間も、エマはソフィアやアリーと楽しそうに釣りをしているよ?


 こっちの輪に入った方が、よっぽど良いと思うんだけど。


「あっ、軽くなった」

「お嬢様、まだです!」


 急に手ごたえが無くなった事で、逃げられたと思ったエマが残念そうな顔を浮かべる。

 が、アリーは糸の動きを見て、その先の針にまだ魚が掛かっているのを確信してエマが手放した竿を掴む。


「いや、これはこっちに向かっている?」

「まだ、逃げて無いの?」

「はいっ! 糸の動きが不自然でしょう?」


 エマが期待した様子でアリーに尋ねると、アリーが糸の動きを指さす。

 たわんだ糸の先が、不自然に蛇行しているのが分かる。


 そしてやや離れた場所で、水面が水しぶきを上げたかと思うと巨大なその姿を現す。

 飛び上がったかと思うと、凄い勢いでこっちに向かってくる。


「不味い、サーベルシャークだ!」

「船に、このまま突っ込まれたら穴が開くぞ! 竿を捨てて退避しろ!」


 船の横に居た魔法使いの人が焦った様子で叫ぶと、船長がすぐに指示を出す。

 

「旋回する間に追いつかれます」

「クソッ!」


 魔導士の焦った声に、船長が思わず声を上げる。

 

 3mは優に超える、鋭い口を持った鮫。

 その鼻から頬にかけてのラインは、サーベルのように薄く研ぎ澄まされている。

 

「エマッ!」

「危ない!」


 そして船に急接近したそれは、直前で飛び上がりエマに向かって突っ込んで来た。

 ソフィアとアリーの叫び声に、ヘンリーが慌てて振り返っている。

 けど、そこからは様子が良く見えなかったか、ちょっと悔しそうな表情を浮かべた後で決心したかのように海に向き直って、竿を握る手に力を入れていた。 


 アリーが慌ててエマの前に出ようとしているが、あのスピードだとアリーもエマも串刺しになる。


 僕は持っていた皿を放り投げて、2人の元に向かったが揺れる船の上だ。

 間に合わない。


 そう思っていたら、アリーの目の前でサーベルシャークの口がピタリと止まる。


「えっ?」

「あれっ?」

 

 もう駄目だとばかりに目を瞑っていたエマ。

 そして、両腕を交差して少しでも貫通しない可能性に賭けたアリーが、目の前で止まっているサーベルシャークを見て変な声を上げた。


「船長、こいつは食べられますか?」

「えっ? あっ、いやっ、はっ? ああ……そいつは魔物だからな。肉は固くて食えたもんじゃねー」

「そうですか……」


 間一髪、先ほどまで魚介類を網に乗せていた火ばさみで、サーベルシャークの口を挟んで捉えていたファーマさんが残念そうだ。


 というか、滅茶苦茶その鮫抵抗してるよ?

 ヒレをバシバシ船のデッキに叩きつけてるけど。

 凄い船も揺れてるし。


「うっ」

「殿下」


 セリシオがとても迷惑そうにしている。


「じゃあ、いりませんね」


 ファーマさんはそう言うと、火ばさみを軽くクイっとしゃくって鮫を海に向かって放り投げ……

 腰の曲刀を抜いて、一瞬で細切れにしていた。


 おお……ファーマさん強すぎ。

 っていうか、鮫を火ばさみで持ち上げるとか。

 どんだけ、力あるの。


「ファーマさん……」

「うそっ」


 そして、そんなファーマさんを潤んだ瞳で見つめるアリー。

 おいっ!

 お前は、トリスタ家のエマの護衛隊長に惚れてるんじゃなかったのか?

 どれだけ、惚れやすいんだ。


 そして、エマも頬を赤らめてポーっと、ファーマさんを見つめている。

 あれっ?


 えっ?

 駄目でしょ?


 そっと、ヘンリーの方に視線を向ける。

 こっちを振り返らないように、一生懸命我慢して釣りに集中しているのが分かる。

 たぶん、こっちが大物でも掛かって盛り上がってるとでも思ったのかもしれない。


 それで余計、意地になってもっと大物を釣り上げようとしてるんだろうね。

 この一瞬で、色々なものを失った事にも気付かずに。


 知らない方が幸せな事ってあるよね?


 結局クジラも見れず、ヘンリーも巨大魚を釣る事も出来ずにクルージングは終わった。

 途中で、海賊船に襲われかけるというイベントもあったが、こちらに到着するかなり前にマサキがそれを発見して、蜂を送り込んで適当に指揮系統を奪って漂わせといたから問題ない。


 そして波止場に戻ると、何やら騒がしい。

 商人や、観光客っぽい人たちに強面の人間達が縛られて衛兵に突き出されていた。


 どうやら、セリシオの護衛が怪しい動きをする人達を捕まえたのだろう。


 いやあ、襲撃イベントあるかと思ったのに。

 それもそうか。


 跡取り王子が旅行に出てるんだから、相当数の人が送り込まれてるのは間違いない。

 だから、この街にも普通の人のフリをした、城の騎士達が多数居るんだから無茶な事は出来る訳がない。


 それにしても、海賊や町の中での暴挙といい、なりふり構わなくなってきた部分はあるけど。

 

 船から降りると、自然な距離に不自然な人の量が……

 どう見ても、シビリディアの騎士達です。

 ありがとうございます。


――――――

「ほうっ!」

「凄いですね」


 3日目の朝、ようやくマルコの身体を借りられた俺はガンバトールさんに訓練を付けて貰っている。

 どこを叩いても、確実に攻撃を捌かれるのは一周回って気持ちよくなってくる。


「えらく、積極的になったな」

「ええ、お互い守りに入ったら、戦闘にならないでしょう」

「なるほど、それで俺の守りは崩せそうか?」

「どうでしょうね?」


 剣を激しく打ち合いながらも、ガンバトールさんは話しかける余裕すらある。

 こっちは答えるだけで、精一杯だというのに。


 色々とフェイント織り交ぜてみるが、全く釣られることが無い。

 的確に攻撃のみを防ぐガンバトールさんに、自然と心躍る。

 とにかく、この人は目が良い。

 こちらの全体を捉えるような視線で、細かい動きまで把握してくるのだから堪ったもんじゃない。


 スキル無し、魔法無しで勝つのはほぼ無理なように見える。


「なっ!」

「隙あり!」


 ガンバトールさんがギリギリで躱した剣が、彼の予測を越えて伸びたので慌てて剣を弾こうと振るってきた。


「えっ?」

「ちっ!」


 その剣を手放したことで、ガンバトールさんが思ったより軽い手応えに思わず身体が泳いだ隙を狙って左の側頭部に蹴りを放ったのだが肘で防がれた。


 ただこっちは武器が無い。

 このまま、畳みかける。


 即座に右手だけで振り下ろされた剣を、振り切られる前に身体を捻って右の足の裏で柄に向かって外回し蹴りを放つ。

 蹴りは空を切ったが、ガンバトールさんの剣も俺の背中ギリギリを掠めただけ。


 右ひざを曲げて、振り下ろされた右手に絡ませ左足で側頭部にもう一発。

 交差した左手の掌であっさりと止められた。

 そして、そのまま足首を掴まれて、ガンバトールさんが結果交差した手をクルリと回して俺を吹き飛ばす。


 どうにか上手く着地したが、その隙を狙って一気に距離を詰めて来たガンバトールさんに両手をあげ、降参の意を示すと、額の直前で剣が寸止めされた。

 勝てなかったか。

 

 ただ、スキルと魔法ありなら、多分ガンバトールさんくらいなら、行ける気がした。


「マルコ君?」

「はい?」

「今日まで手を抜いていたのか?」


 珍しく冷や汗っぽいものをかいて、頬を牽くつかせながら声を掛けてくるガンバトールさんに首を傾げる。


「いえ、この3日間で対策を考えてみたのですが、届きませんでしたね」

「……いや、今回は体格差が結果に繋がったが。これ、大人のマルコ君にやられてたら、確実に一本取られてたと思うぞ」

「えっ? マルコ、凄すぎでしょ!」

「僕が大人だったらね。ただ、身体が大きくなったら機動力が落ちるかもしれないし」


 ヘンリーが物凄くキラキラとした視線を送ってくるが、俺は結果に大いに不満があった。

 出来れば、一撃喰らわせたかった。


「なんでそんなに不満そうなんだ? かなり、焦ったぞ?」

「でも、負けは負けです」

「……ベルモントだな」


 何故、そこでベルモントに繋がるのかが分からないけど。

 分かるけど……分からない。


 折角剣を短く握って、力強い攻撃で間合いを馴染ませた後で、剣の柄尻を握ってリーチを伸ばすという裏技まで使ったのに。

 その後の詰みまで考えた連撃も、全て防がれてしまっては負けを認めるしかないだろう。


 ああ……スキル使いてー……

 


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