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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編

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第78話:魔王とマサキの邂逅『マサキやりすぎて焦る』

あー……

「そうか、まだお主でも見えぬか」


 わしの目の前で、若い魔族の男が頭を下げる。

 バルログ・フォン・タール

 魔力を見る魔眼を持つ男だ。

 

 まだ250歳と魔王城の中では若造だが、魔力、能力、そしてそのユニークスキル含めて大変優秀な男だ。

 それに心根が優しく、いつもわしの事を気遣ってくれる。


 わしの名は、カイザー・イービル・フォン・サタン。

 魔国の王、人からは魔王と呼ばれている。

 

 最近のわしの悩みは、あそこでニヤニヤとこちらを見ている四角い枠の中に入った男。

 いまも、バルログの報告を聞いてプッと吹き出しおった。

 本当に忌々しい。


 黒髪に黒い瞳、そして平べったい顔。

 あまりここでは見ない種族だが、恐らく人間だろう。

 

 正直もうわしにしか見えないなら、それでもいい。

 こんな事のために部下達に心痛を掛ける事こそ、奴の思惑かもしれぬし。


「余にしか見えぬということは……余にとってのみ、害ある存在かもしれぬ。もうお主らは、そこまで気を回さんでもよい」

「……魔王様に害成すものならば、粉骨砕身、この身を砕いてでもお守りせねば! そのためにはまず、あ奴めの姿を捉えることですね。もう少し頑張ってみます」

「あっ、待て! もう、良い! あっ!」


 わしの止める声すら聞かずに、部屋から飛び出していった。

 

 最近部下達の様子が変わって来た。

 前は、わしの言う事を全て肯定し、白い物も黒というくらいに従順だった。


 そして、わしの命令には絶対服従しておったというのに……


 あやつが現れてから、こうやってちょくちょく命令を無視される。

 ただ、余の為に自ら動こう、考えようとする意志が取れるため正面切って叱咤することも出来ず、戸惑ってしまう。

 しまう……が、嬉しくもある。


 何も考えずわしの命令に従うだけなど、この杖と同じ道具でしかない。

 ようやく生き物らしく、知恵ある魔族らしく、わしの為、この国の為に自分で考えて動くようになったという事が、皮肉にもあやつのお陰というのはいささか複雑ではあるが。


 しかし、あの男……本当に性格が悪い。

 わしの城があるこの地方では野菜の育ちも悪く、また人間の街に行って買う事もあまりできぬため、どうしても食べる物が偏ってしまう。


 この城よりさらに北にある氷海岸から、魚や熊、アザラシなどの肉は得ることができるが。

 野菜は貴重なのだ。

 

 それに牛や豚もなかなか手に入らない。

 もちろん、似た魔物の肉を食べているが、奴らは身体を鍛えすぎだ。

 基本、固い筋肉ばかり。


 そんなわしの晩餐を覗きにきた、あやつときたら……


「今日は、珍しく野菜が手に入ったので、サラダを作って参りました」


 そう言って、料理をする牛の魔族……正確にはベヒモスが皿を持ってくる。

 ちなみに、わしの両脇を守る近衛はミノタウロスだ。

 目の前の料理長は、この2人よりも遥かに強いが……何分、心優しすぎる。

 戦う事を好まぬゆえに、好きな料理をさせておる。


「そうかエドガー……だが、それは人を襲って得たのでは?」

「滅相も無い、サキュバスが人化して、村に忍び込んで交渉して得た物です」

「そうか……もしや、身体を「いえ、私の作ったオークのベーコンを持って行っての交換ですが……足元を見られて僅かばかりの、収穫から日の経った野菜と交換してきたものです」


 正当とは言えぬが、それはこちらが損をした形。

 まあ、目を瞑ろう。


 昔は人とも交易があって、それなりに野菜や魚、肉も入って来ていた。

 こちらから提供するのは人材や、魔物の肉、もしくは魔物の討伐だった。


 人と比べて遥かに魔力も、力も強い魔族。

 人にとってはこのうえ無い、心強い護衛であっただろう。


 じゃが……一つの事件がきっかけでこの関係は脆くも崩れ去る。


 それは8代前の魔王の時に起こった。

 傲慢な貴族の護衛をしておった魔族が、娘を貴族に無理矢理襲われそうになりその貴族を叩き切ってしまった。

 そして、慌てて襲い掛かって来た人間の兵士を全て切り伏せ、さらに街の衛兵達も全員殺してしまったのだ。


 その後、魔国に迷惑を掛けたと言って、当時の魔王の前で自ら首を切り落としたが。

 娘の泣き叫ぶ声を聞いて、頭が真っ白になり……気が付いたら、辺り一面血の海だったとか。


 その事自体は、幸い普通の執事やメイド、貴族の家族に手を出して居なかったため、一方的に悪じゃない事は証明されると思っておったが……

 奴等は自分の身可愛さに、嘘をでっちあげた。

 そして、その事が大々的に広まって、一気に魔族の立場は悪くなった。


 その後の取り調べで、その貴族の家族の嘘は暴かれたのが……

 魔族の脅威を目の当たりにした奴等は、色々な国が手を組んで魔国を襲い……北の大陸全域を収めておった魔族を、北の大陸の北半分に押し込むことに忌々しくも成功した。


 が……力ある魔族がこの国に集まったため、それ以上の追撃は諦めた代わりに通商は破棄され、周囲との国交は途絶えた。


 わしが生まれて500年、人間の国に訪れたことは数える程しかないが……魔族とバレなければ普通に話も出来るし、悪い奴も居れば良い奴も居ることは分かった。


 ここ100年、どうやって国交を復活させるか考えてきたが……交渉の糸口すら見えぬ。

 使者を殺されかけてから、完全に手詰まりだ。


 もし殺されておったら、その国を滅ぼしてしまうところだった……

 魔族は仲間意識が非常に強い。

 家族ともなれば、なおさら。


 部下が殺されそうになっただけでも、滅ぼしてしまおうと考えてしまった自分の激情に落ち着いた後で驚愕する。

 あの時の問題の護衛を務めた魔族も、このような気持ちだったのだろうか?

 落ち着いた後で、自分のしでかしたことの重大さに気付いたのだろう。


 何も殺さずとも良いものを……

 そう思ったが、考え直す。

 人が……弱すぎるのだ。


 勿論強い人間も居る。


 だが、魔法すら詠唱を使わねば発動できぬものが殆ど。

 膂力においても、現役の兵士が魔族の子供や老人に劣る。

 本気で殴れば、枯れ枝のように折れる骨。

 スライムのように柔らかい肉。


 何故、あんなにも弱いのか……


 ただ、魔族にはあまり効果が無いが、奴らは強化を魔法で施すことができる。

 その強化でも、上級や最上級の強化を施してやっと魔族の土俵に立つような脆弱な生き物。


 その癖、立場あるくせに傲慢な者も多く、元々貴族と魔族の傭兵の間には揉め事が多かった。

 そんな中でも戦争になる前に、護衛に雇っていた魔族をこっそりと返すような心優しい権力者も居るから本当に面倒くさい生き物だ。


 全員が全員、善人か悪人であったなら対処もまだ楽だったろうに。

 当時の魔王の気持ちを考えて、溜息を吐く。

 

 おっと、話が大きく脱線した。

 今話していたのは、わしの中で最も忌々しい人間だった。


 わしが、そのしなびた野菜を味わって食べていると、目の前にわざわざ近寄って来たあやつはシャキシャキと歯切れのよさそうなレタスをドロッとした液体につけて食べる。


 その様をまざまざと見せつけてくる。


「味が、お気に召しませんでしたか?」


 思わず手に持ったフォークを投げていたので、わしの様子を伺っていたエドガーの額に突き刺さっていた。

 そしてオドオドとして、心配そうにこっちを見てくる。


「すまん! そこに例の人間がおって、わしを小ばかにしてきたものじゃから」

「本当ですか? 本当に、味に不満がある訳ではないですか?」


 いつの間にか額に刺さったフォークを抜いていて、それは横に置くと、新しいフォークを用意してくれる。

 そして屈んでこちらを見上げてくる。

 エドガーは直立すると3m近くあるからな。


 それも仮の姿で、その力を解放すると8mくらいになる。

 中々に迫力がある。


 そうではない。

 いまは、あのクズみたいな人間の事だ。


「うむ、皆の想いが詰まった大変美味しい野菜だ! まるで取れたてのそれのようだ」

「魔王様!」


 エドガーが感動で目をウルウルさせている。

 嘘は言ってない、皆の想いが詰まったこの野菜。

 何物にも勝る、御馳走である。


 パキリ。

 むしゃむしゃ。

 バシュ。

 むしゃむしゃ。


 イラッ!

 目の前の男がこれ見よがしに、キュウリを咥えていい音をさせて折る。

 弾けるような音と、微かに水滴を放ってポッキリとキュウリが中ほどで折れる。

 それから、トマトに齧りつく。

 ツヤツヤとした赤い実に歯を立てると、これまた弾けるような弾力が見ているだけで伝わってくる。


 そして、口の端を垂れるトマトの汁を手で拭う男……


 そうか、そんなに瑞々しいか……


 こいつ……

 いつか、殺す。

 絶対、殺す。


 何がなんでも殺す。


「魔王様、目が怖いです」

「うっ、いや、この野菜を手に入れるために、いかほどの苦労をお主らに課すことになったかと考えると、歯がゆくてのう」

「勿体ないお言葉です……お気に病まずに、素直に美味しく味わっていただくことが何よりものご褒美になりますから、是非、そのような事は考えずに食事をお楽しみください」


 うむうむ……

 エドガーはこんなに良い奴なのに、それでも魔族というだけで人間は毛嫌いするのだからな。

 本当に、愚かな生き物だ。


 とはいえ、人間の国を滅ぼしたところで、我らは世界を治める程の人数がおらぬ。

 この世界の5分の1程の土地さえあれば、満足なのに。


 そして、あの男の態度があまりに腹立たしいので、しばらく書庫に籠って新たな魔法の開発に勤しんだ。

 そもそも、この地が畑に適さないのは、まず土壌の栄養分が少ない事。

 そして、年中寒い事が原因だ。

 一年の半分以上、雪が降っている。


 なので魔法でドームを作り出して、適温に保てるようにする。

 それから、土壌に関しては色々な本を読んだ結果、魚の骨や野菜の食べられない部分、魔物の骨を砕いたものなどが栄養になるらしい。

 あとは糞尿……流石に、それは使う気にならないが。


 そして、始まった家庭菜園計画。

 今はまだ、そこまで大きくないがそれでも、この先新鮮な野菜が食べられるかと思うと心が躍る。


 ふと横を見ると、例の男が何やってんだ? って表情を浮かべている。

 ふんっ、勝手にしておるが良い。

 お前が食っている野菜なんかより、遥かに上等なものを作ってやる。


 そう思っていたが、中々最初は上手くいかなかった。

 水のやりすぎで根腐れしたり、陽の光だけに気をつけていたら虫が付いたりと。

 植物を育てるのがこんなに大変だったとは。


 だが、畑を耕したり、芽が出る様子は色々と気持ちに良い影響を与えてくれる。

 手伝ってくれる皆の者の表情も、どこか晴れ晴れとしている。


 この畑で野菜が取れたら、なるべく多くの民に配ってやろう。

 野菜なんて、食べた事すらない魔族も居るだろうし。


 そう思っていたら、男の背景が変わる。

 顔半分見切れた男に、その背後に広がる広大な農地。

 そのどれもが綺麗に四角く区分けされ、野菜が整然と並んでいる。

 男の顔がどこか、誇らしげだ。

 明らかに自慢しているような男の様子に、思わずイラッとする。


 ふんっ、どうせ人にやらせた畑だろう。

 そんなものより、自分の力で耕した畑こそが良いのだ。


 チラッとそっちを見て、すぐに畑作業に戻る。

 うん、良い汗をかいた。


 最近は、椅子に座ってひたすら魔力を練っている日が多かったが、こうやって外で身体を動かすようになって身体が軽くなった気がする。


 そんな日々を送っていると、ふと畑に人の気配を感じる。

 誰だ?


 そう思って畑に向かうと、頭まですっぽりと覆うローブを被った小柄な人間が。

 童か?


「こんなところで、童が何をしておる?」

「……」


 わしの問いかけに、反応を示さない童。

 迷子だろうか?

 魔族の国に入った事に気付かずに、ここまで来てわしを見てビビっているのだろうか?

 それならば、声をあげるなりなんなりするだろうが……


 そう思っていると、ようやく実のなったトマトをおもむろにちぎる。

 魔法で成長を促進しているから、すでに食べられる野菜があるのはある。

 が、この方法だと味が著しく落ち、また栄養価も殆ど無い。

 無いが……まずは野菜の味を、領民に知ってもらおうと一生懸命、魔法の本を読み漁って試行錯誤して作り出した魔法。

 その成果だ……


 三日三晩書庫に籠って、部下を心配させてまで行った実験の成果。

 その成果をなんの気負いもなく摘み取る目の前の童に、少し腹が立った。

 が、童にそのような理屈は通用せぬか……


「食べてみるか?」

「ふっ……」


 なるべく優しい声色で話しかけたのだが、目の前の童は鼻で笑うとそのトマトを左手で思いっきり握りつぶした。

 えっ?

 何が起こった?

 収穫して、皆で食べるのを楽しみにしていた野菜。

 その第一号。

 形は不格好だが、どうにか食べられる水準に達した野菜。

 その味を想像し、わしも部下達も心待ちにしていた。

 ……そのトマトが。

 見るも無残に、左手で握りつぶされた。

 それも完全に手の中に納まるくらいに、力いっぱいに……


 あー、頭が真っ白になる。

 落ち着け……

 よしっ、落ち着いた……さて、殺すか。


 いや、いかん、いかん。

 全然落ち着いて無かった。


 相手は、ただの童……

 こんな事で、怒っては……

 でも、食べ物を粗末にするのは許せんな?

 怒ってはいかんが、叱らねば。


「怒ったの? ムッとした? 物凄く顔怖いよ?」

「クソガキが! 食べ物を粗末にするとは、親はどんな教育を!」

「なーんちゃって」


 声からして男の子か?

 童が悪戯が成功したみたいに、嬉しそうに呟くと右手から無傷のトマトが出てくる。 

 さっき、このクゾガキ……この童が先程摘み取ったそれと、形が一緒のように見える。

 形が不揃いだから、こういう時は見分けがついて便利だ。


「これこれ、悪戯も度が過ぎると、本気で怒るぞ?」

「よっぽど、この畑が大事みたいだね?」


 男の子が不穏な事を口にする。

 そして、フードから辛うじて見える口が三日月に歪む。


「うむ、皆で一生懸命育てた野菜じゃからのう。みんな、収穫を楽しみにしておる」

「ふーん……あっそ。じゃあ、こんな事しちゃったら……どうするかな?」


 そう言って、童がマントの前を開くと一斉に小さな影が飛び出してくる。

 えっ?

 なに、虫?


 蛞蝓や蟻、百足に、バッタ、イナゴ、蜘蛛。

 様々な虫が、家庭菜園の野菜に向かって行く。


「お主何を! やめろ! あいつらを止めろ!」


 童が虫を操る姿に、一瞬キョトンとしたが……

 どう考えても、この子がこの虫の主。

 使い魔……ではなく、普通の虫達。

 

 凄い勢いで野菜が刈り取られていく。


「やめろ! 止めてくれ! 頼む! あれらには、皆の希望が! わしらの明日が詰まっておるのだ!」


 魔法で虫を殺そうと思ったが、きっと畑も消し飛ぶ。

 童を殺そうかとも思ったが、童を殺したところで虫が止まるとも思えん。

 下手したら統率を失った虫達が、好き勝手に野菜を食い散らかすかもしれん。


「ええ? 本気?」

「本気とはなんだ! この地で野菜を育てるのに、どれほどの苦労をしたと思っておるのだ!」

「いや、こんな子供に頭下げるとか……魔王なのに?」

「っ!……知っておったのか?」


 童の言葉に、思わず言葉に詰まってしまった。

 だが、この童の目的がさっぱり分からん。

 わしが魔王と知って、このような事をして死にたいのだろうか。


 人間の国の回し者か?

 もしかしたら、死と引き換えに虫を放つために連れてこられたのか?

 なんと、残酷な事を……


「関係無い! わしのことだけならまだしも、収穫を皆が楽しみにしておるのだ! 頼むから止めてくれ!」

「うっ……ごめんなさい。やり過ぎた」


 わしの必死な様子を見た童の口の端がひくつく。

 笑っているわけでは無さそうだ。


 どうやら、わしが真剣に頼み込んだことで、これが悪いことだと認識してくれたらしい。

 まだ、素直さがはっきりと残るほどに幼いのだろうか?

 人も惨いことをする、

 このような童を、死地に送り込むとは。

 どこの国の差し金か知らぬが、腹立たしい!


 童が素直に頭を下げて、それから指を鳴らす。

 野菜を刈り取っていた虫達が、一斉に動きを止める。

 

「魔王って……人間を滅ぼすんじゃないの?」


 虫達がいそいそと主に供物を捧げるように、野菜を童の前にドサドサと積んている。

 意外と丁寧に茎や根本から刈り取ってあって、少し驚いたが。


「今は、まだ人との共存の道を模索しておる……が、それは何よりも難しい事は分かっておるからのう……余の代で無理だと感じたら、せめて武力でこの北の大陸くらいは取り戻すつもりじゃが……それは最後の手段だ」

「そうなると……全面戦争か……何か、魔王の心境を変えさせる出来事が数十年から百年後にでも起こるのかな?」

「何を言っておる?」


 童が首を傾げて、何やらブツブツと呟いている。


「もしくは魔王自体が変わるって事も考えられるな。融和派の長に不満を抱くような、血気盛んな魔族も多そうだし。もしかしたらクーデターでも起こって、長が入れ替わって……人の地に侵攻を始めるとかか?」

「何やら、不穏な言葉ばかり聞こえてくるが、そのまあ、あれだ。止めてくれて助かった」

「ああ、ごめんごめん。そんな風に感謝されたら居た堪れないからさ……野菜は返すよ。収穫の楽しみ取ってごめんね……少し借りてくけど」


 そう言って、目の前の少年が消える。

 ドッサリと積まれた野菜の何個かも一緒に消えた。


「魔王様!」

「何か、あったのですか?」


 それから、部下の牛たちがこっちに向かって来る。


「あー! 魔王様抜け駆けですか!」

「一緒に、採ろうとおっしゃったのに」

「すまんすまん、こっそりと採って、お主らに余が取った野菜を送りたかったのでな」

「まったくモー……でも、嬉しいですけど……」

「魔王様手ずから収穫した野菜なんて、恐れ多いですよ」


 部下達がこんな風にわしに対して、砕けた言葉で話しかけてくる日が来るなんて思いもよらなかった。

 が……何故か小気味良い。

 それから、野菜を皆に手渡して1人自室に戻る。

 

「誰じゃ!」


 部屋の中に人の気配を感じる。


「僕だよ」


 そう言って出て来たのは、先ほどの童。

 その手には一緒に消えた野菜が……


「ふふ、繁殖力と品質を向上して、寒さにも強くしたからさ……今度はこれを育てると良いよ」

「ん?」


 そう言って置かれた野菜を見る。

 なるほど、先ほどの物より色つやが良くなっている気がする。

 それに、力強さも感じる。


「味は……きちんと愛情込めて育てたら、ちゃんと応えてくれるよ」

「ふむ……あっ」


 それだけ言うと、目の前の童が消える。

 不思議な童じゃのう。

 あれは、本当に人の子なのじゃろうか?


 そんな事を考えていたら、エドガーに食事の用意が出来たと声を掛けられる。

 そして、食堂へ。


 目の前には幹部の面々が。

 取れた野菜を振る舞う為だ。

 四天王は……

 黒騎士以外、なんだかんだと理由を付けて断られたが。

 

 そして、目の前を見て固まる。


 例の黒髪の男が、四角い枠の中で手にトマトを持ってこっちを見ている。

 あれは……先の童が持って行ったトマト?


 そして、そのトマトを齧るとちょと微妙な表情を浮かべたあと、明らかに作り笑いと分かる表情でこっちに親指を立てて来た。


「やったぞ!」

「魔王様?」

「どうなされたのですか?」

「いや、例の男が実在する証拠を見つけたのじゃ! といっても、お主らには見えぬだろうが……」


 わしが急に叫んだことで、バルログや牛たちが慌てている。

 いよいよ、頭がとか思われてるかもしれんが。

 じゃが、あの男がわしの妄想や幻覚じゃない事が分かったのだ。

 これほど、目出度い日は無かろう!


 そうして、満を持して食べた野菜は……


「お……美味しいですよ?」

「こ……これが、新鮮な野菜……凄くあっさりとしてて、口触りが優しいですね」

「あ……まい?」


 魔法でズルをしたからか、味が物凄く薄かった……


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