第74話:ラーハット
「申し訳ございません、魔王様」
「面目次第もございません……」
「ふふ、気にするな。大丈夫か?」
魔王がベッドに横になる牛頭2頭の横で、心配そうに声を掛けている。
牛たちは、少し気だるそうにしつつも上半身を起こす。
「よいよい、寝ておれ」
「でも……」
「お前達には最近、無理をさせておったしのう」
顎鬚をさすりながら、優しい眼差しを向ける魔王に俺は思わず苦笑いする。
黙って玉座に座って、無駄に時間を過ごしていたあの頃がなつかしい。
最近休みなしで、魔王様のリハビ……リハビリか。
他の言葉を考えようとしたけど、どうしようもなくリハビリだ。
リハビリに付き合ってきて疲れがたったのだろう。
嘘だ……
俺がやった……
意外と効果があって、ビックリ。
「聞けば、バルログ様も倒れられたとか」
「あやつも、根を詰めておったからのう。余が不甲斐ないばかりに、悪いことをした」
バルログさんも、一生懸命魔眼の訓練を寝る間も惜しんでやっていたからね。
眼を開きっぱなしで、集中して……しかも睡眠時間まで削って。
そりゃ倒れるわ……
嘘だ……
俺がやった……
これ、いけるんじゃね? とは思ったけど。
「いえ、魔王様は何も……」
「私達は大丈夫ですから、バルログ様の方に行かれてください」
「そうか? まあ、余がおったらゆっくりと休めんか」
「そっ! そのようなこと!」
「魔王様の御尊顔を拝見出来ただけで、身体に力が漲って参ります」
「そうか? そう言って貰えると嬉しいのう」
魔王様が嬉しそうに顎鬚をさすっている。
うん……誰だよ、この人の良さそうなじいじは。
じじいというより、じいじだ……
うちのクソじじいと交換したいくらいに、穏やかだ。
「おいっ、これを剥いて食わせてやれ」
「はいー」
魔王様が一緒に連れて来たサキュバスに、林檎らしきものを渡す。
色が真黒。
ちょっとそれは、頂けない。
美味しく無さそう。
でも、気になる。
「それは黒林檎の実」
「魔王様!」
「構わぬ、構わぬ。余の庭に沢山生えておるで」
黒林檎って……
見たまんまの名前だった。
いや、こっちに該当するものが無かったから、翻訳が雑になったのか?
ベッドの横に自然に腰かけて、林檎を手早く剥くサキュバス……シュッと伸ばした爪で。
いやいや……不衛生極まりないから!
爪と指の間って結構雑菌が……
まあ……ちょっと羨まし……いことは無いな。
うん、全然無い。
できれば、あのしなやかな指で林檎を優しく握って、ナイフで皮を剥いて貰いたい。
それにしても魔族の家って、初めて見たけど割と普通だ。
木で作られた、ログハウスっぽい家。
でも、普通に板張りの家も見たから、この牛どもの趣味かな?
中は意外と整理されている。
てっきり、屋根だけで寝藁を敷いて寝ていると思った。
日当たりもよく、明り取りの窓も大きくて部屋全体が明るい。
てっきりそこらへんに、牛糞が落ちてるかと思ったのに……
ラグマットまで敷かれてて……生意気だ。
こいつら兄弟らしく、一緒に住んでいた。
兄弟だからって、同じ部屋にベッドを2つ並べるのはどうなんだ?
まあ、身体がでかいからそこまで部屋数を用意できないのは分かるが。
そして、独身。
どうでも良い。
「くれぐれも、病人の精気を吸おうなどと思うなよ」
「あらあら、魔王様ったら。いくら私達でも、その程度の見境はありますわよ……でも、出来れば今日あたり御寵愛頂けたらと」
「こらこら、病人の前で何を言っておる。やはり、見境など無いではないか」
「ふふふ、失礼致しました」
なんぞ、これ……
なんで、あんな爺がもてる?
魔王の力か?
立場か?
権力か?
羨ましくなんて……羨ましくなんて……
嫌がらせを仕掛けたつもりが、軽くダメージをおったのでタブレットを消す。
「おわっ!」
タブレットを消すと、目の前に仮面をつけた角の生えた、悪魔と呼ぶのも憚れるような強大なオーラを放つ人物が。
魔王様よりも、魔王様っぽい……
というか、ラスボス後の裏ダンのボスだ。
それも、鬼畜系の裏ダン。
「お主、それはいかんと言ったよな?」
「えっ? えへへ……」
そうです、私の雇い主の1人邪神様でした。
相変わらず、ボイスチェンジャーを使ったような機械的な声だが……少し、怒っているのが分かる。
「で……でも、救われた人も居るわけで」
「いくらなんでも、それは人倫にもとる行為だとは思わぬか?」
「まぁ……まさか、自分もここまで効くとは思わなくて」
「はぁ……」
今回、俺がやったのはタブレットで流行り病に困っている村を探すこと。
村は結構、時間が掛かったけど見つかった。
それからラーハットに行く途中で寄った宿場町で、マルコに少し身体を借りて病人から病原菌を全て回収。
ネズミを媒介(ネズミを介して広がるので媒体はネズミ。なので媒体にしてか媒介してが正しい)して運ばれる、ちょっと厄介な病原菌。
空気感染もするやつ。
そして、その病原菌を魔王城内にバラまいた。
城内の通路や台所で人気の無い時間を選んで、一瞬だけ転移して右手で召喚してすぐに撤退。
意外と皆さん抵抗力がお強いようで、でも獣系魔族は結構掛かってくれた。
かなり無理をしていて免疫力が落ちていたバルログさんも。
ちなみに彼の部屋には、重症患者10人分の菌をまいてきた。
彼がお手洗いに行ってる隙に。
魔王様の寝室にはその倍をバラまいたが、全然効かなかった。
流石魔王様。
リビングアーマーは……言うまでも無し。
そして逆に村の人達は、一晩で全員の病が治った事を感謝していた。
一応、村の中心に邪神参上と書いてポイント稼ぎもしておいた。
その文字に平伏する村人たち。
きっと、邪神様のイメージアップに繋がったはず。
喜んでもらえるかな?
後から邪神様が文句を言いに来ると思ったので。
少しでも、心象を良くしようと。
案の定来た。
「確かに好きにしろとは言ったが、ここまでの事をしでかすとは……」
「ほんの、出来心で」
「出来心でか……酷い出来心もあったもんじゃ。というか、まさかわしらの与えた能力をここまで斜め上に使いこなすとは」
大魔王様……間違えた、邪神様がジトっとした目を仮面の奥から向けてくる。
怖い。
「日本人なら、誰でも思いつくかなと……」
「恐ろしい国民よのう。まあ、魔族には風邪程度の症状しか発症しないから良いが。これ以上、あまりな事をするなよ?」
ギロリと聞こえてきそうな音とともに、釘を刺された。
「でも、魔族を倒すには手っ取り早い……」
「わしは、倒せとは言うておらんが」
そうですね。
倒せと言ったのは、善神様ですもんね。
そういう事を行っているわけじゃ。
「世界のバランスと秩序の為には、悪意を引き受ける存在も必要なのじゃよ。いずれ滅びるとはいえ、少しでもこの星には長く繁栄してもらいたいしの」
「魔族ってのは難儀な存在ですね。人間の敵として生まれたって事ですか?」
「そうではないが、人と同じ存在であったが、繁殖力が弱く縄張り争いに敗れた結果……まあ、それなりに迫害されたりもしたから、お互いの恨みは根が深いぞ? そして今の魔王は規格外に強い……それこそ世界を滅ぼす程に」
そうは見えないけどね。
いや、かなりのポテンシャルを秘めている事は、分かるけど。
それと、繁殖力とか、縄張りとか……神様からしたら人間も魔族も動物かよ。
そうだよね。
「お互い? なんか、魔族が一方的に抱いてそうだけど」
「そこはあれじゃ、魔族も多くの人族を殺したからのう。それに、見た目も怖いし……」
「それは、神様方のデザインの問題だと思いますが?」
「……話を逸らすな! お主の所業の話をしておったのじゃ」
あっ、今の流れって邪神様が都合悪くなったから話を逸らしたというか、戻したように思えるんだけど?
「人間だけの世界になろうとも魔族だけの世界になろうとも、星の滅びが早まるだけだからな?」
「結局、神様方は何がしたいんですか?」
「分かっておるくせに、意地悪な事を聞くのう。こんな時だけ、阿呆のフリをするな」
「はいはい、分かりましたよ」
神様は俺を真の魔王にでもしたいのだろうか?
残念ながら、俺は人間よりだから。
お互い殺し合いを始めたら、人間に与するけどね。
「魔族は力を信じる。正攻法で、従えて貰いたいのう」
「そこは上司らしく、命令してはどうですか?」
「うまくやれ!」
なんと雑な命令。
職場で、社長からの仕事の指示がうまくやれだけだったら、イラッとする自信がある。
魔王に世界を滅ぼさせるな、でも魔族も滅ぼしてほしくないと……
まあ、邪神様は魔族よりっぽいし。
詳細な指示は……うまくやれとか……
それだけ言って、邪神様は帰っていった。
思ったより怒られなくて、ホッとする。
――――――
途中の宿場町では、町全体をあげての歓待を受けた。
町長から食事会を開いて貰ったり、最高級の宿を貸し切りにしてもらったり。
先ぶれを出したから、当然っちゃ当然か。
周辺の街からも、衛兵さんが応援に駆けつけてたし。
ちなみに、クリスとディーンの親はベルモントに残っている。
しばらくお父様とベルモントを満喫して、マクベスの馬車で王都に帰るつもりらしい。
ラーハットに関しては、ガンバトールなら大丈夫だろうとエクト様が言っていた。
お父様が面白く無さそうな表情を浮かべていたけど。
ウィード様は笑っていた。
「お前も、マイケルと大差ないからな? というか、同類だぞ?」
とエクト様に言われて、ウィード様は黙り込んでしまったけど。
そして、お父様が爆笑する。
やっぱり、この2人は同類だ。
息子同士はあまり仲良く無いけど。
クリスの壁が厚すぎて。
そして……
「青い海!」
「白い雲!」
「雲無いよ?」
本日は快晴。
雲一つない、素敵な天気。
間で一泊して、ようやくラーハットに到着。
波の音が近づいて来るにしたがって、皆テンションが上がって来たのが分かる。
ラーハットの街に入る前に、海岸が見えてついお決まりのセリフとヘンリーとジョシュアが言って、エマに突っ込まれていた
とはいえ、潮風が吹いていて気持ち良い。
思わず馬車の窓を全開にしてしまうほど。
徐々に見えてくる真新しい外壁。
去年改修したばかりの、立派な外壁だ。
門は解放されていて、沢山の馬車の出入りが見える。
徒歩で訪れている人たちも結構いる。
経済状況も良くなり、最近観光整備にも力を入れ始めたラーハットはリゾートと呼べるくらいに人気が上がってきている。
それに伴って、商人達も商機を求めて多く訪れている。
近隣の貴族はそうでもないが、海の無い土地の貴族の人達もお忍びでよく来るとか。
馬車でゆっくりと近づいて行く。
入場手続きをしている人の列が、大分鮮明に見えて来た。
並んでいる人達がこっちを見て二度見したり。
慌てて横に避けて、顔を伏せたり。
かといえば、キラキラとした視線を向けてくる人達もいる。
「お帰りなさいませヘンリー様。そして、お待ちしておりました、皆様はこちらへ」
立派な鎧に身を包んだ騎士の人が、馬にのって近づいて来ると先導してくれる。
徒歩の人達も馬車の人達も、門の横に建てられた小屋で入場手続きを取っているようだ。
僕たちは、そのまま素通りさせてもらったけど。
まあ、当然か。
必要だったら、後でラーハットの屋敷でも出来るし。
それか、事前にラーハットの家人の人が手続きしてくれていたのかも。
正確な人数や、護衛の人数は既に伝えてあったし。
街に入ると、ワッと歓声が上がる。
そしてメインストリートには、ようこそセリシオ殿下御一行様と書かれた横断幕が掲げてある。
ちなみに今回はちゃんとセリシオもクリスとディーンと一緒に馬車に乗っている。
最初はこっちに乗りたがっていたけど、ディーンに何か耳打ちされたあとで連れられて行った。
何を言われたのか気になるけど、まああまり良い事では無さそう。
セリシオが楽しそうだったから。
ろくでもない事だろう。
門を潜ると、馬車の両脇をラーハットの衛兵の人達が挟むようにして歩く。
かなり大きな目抜き通りは、馬車がすれ違ってもまだ人が歩けるくらいには余裕がある。
その道が、狭く感じる程の民衆。
見れば観光に来た人たちも、多く見られる。
着てるものを見れば地元の人かどうかは、大体わかるし。
手に、お土産屋さんの袋を持っている人なんて論外。
そもそも、この街の住人は日焼けした人が多いから。
「ようこそ、お越しくださいました殿下」
「うむ、世話になる」
無理矢理ついてきたくせに、偉そうに。
そもそも、今回のメインはベントレーだし。
セリシオはおまけだし。
「ん? なんか言いたそうだなマルコ?」
そんな僕の表情を見て、意地悪そうに問いかけてくるセリシオにちょっとムッとした。
「今回の目的は、ベントレーにラーハットの素晴らしさを伝えるためのものですからね? あまりでしゃばらないでくださいよ……殿下?」
「むっ……友の家だから、呼び捨てでもよくないか?」
軽く仕返しをすると、セリシオがあからさまに不満を顕わにする。
その後ろで、クリスが睨み付けて来て、ディーンが口を押えて笑いを我慢している。
「まだ、屋敷の門を越えてないので公の通りです! 天下の公道です!」
「はっはっは、久しぶりだなマルコ君」
「はいっ! ご無沙汰しております、ガンバトール様」
僕とセリシオのやり取りをみて、ガンバトール子爵が笑いながら声を掛けてくれた。
褐色の肌に、白い歯。
ヘンリーは割と白い方だけど、ガンバトールさんはいかにも海の男って感じだ。
髪も短く切りそろえられていて、貴族っぽい服を着ていても分かる分厚い胸板と、太い腕から相当鍛え込まれているのが見て取れる。
うちのお父様とは偉い違いだ。
「こちらが、ヘンリーのお父上か?」
「うん、そうだよ!」
それからベントレーがヘンリーと一緒に、前に出る。
「ん? 君もヘンリーの友達かい?」
「ええ……」
ガンバトールさんの言葉にベントレーが詰まっていると、ヘンリーがベントレーの腕を組んで笑いかける。
「そうですよ」
「ヘンリー……」
「そうか、うちの子と仲良くしてくれているようで、これからも宜しく頼むよ」
そう言って、ベントレーの肩をバシバシ叩くガンバトールさん。
……一応その子、伯爵家の子供なんだけど。
「お初にお目に掛かります、ベントレー・フォン・クーデルと申します。本日からお世話になります」
「クーデル伯爵家の子か。なかなかに立派な挨拶をする」
まあ、豪快なガンバトールさんっぽいけど。
「申し訳ございません!」
「ん?」
そして、突然直角にお辞儀をして、謝罪するベントレー。
それに対して、意味が分からないと首を傾げるガンバトールさん。
「私は、学園が始まった当初、貴殿の御子息を色々と害しておりました。それは、心無い言葉を投げかけたり、時には直接的に……」
「ほうっ?」
ベントレーの突然の告白に、ガンバトールさんの目が険しいものになる。
それから、本当か? といった様子でヘンリーの方を見る。
ヘンリーが慌てて、ベントレーの前に移動する。
「もう良いから! そのことは、学校できちんと謝ってもらったし」
「有難うヘンリー……だが、俺はラーハットの事まで悪く言ったのだ。今は深く反省しております。自分の愚かな行いでヘンリーを傷つけてしまったことは事実ですし、それも未熟故の一方的な嫉妬や狭量のせいで」
「うむ」
ガンバトールさんはベントレーをすぐに庇うように行動したヘンリーに一瞬目を見開いた後、ベントレーの言葉を腕を組んで目を閉じて黙って聞いている。
「その中で、ヘンリーからこの地がいかに素晴らしいかお聞きし、自分の目で見た後で本心からラーハットに対する考えを改めて欲しいと提案されました。ただ、それをするにはまず自分の行いをガンバトール様に知って頂き、そのうえで許可を得る事が道理だと思っております」
「……」
「不快に思われて当然です。帰れと言われたら、すぐに自分だけでも帰る覚悟はできております」
「ベントレー……」
「それでも、もし許されるなら……滞在を許可して頂きたい。本当に、申し訳ありませんでした」
ベントレーの言葉を黙って聞いていた、ガンバトールさんの口元が緩むのが見える。
頭を下げているベントレーは不安からか、僅かに震えているが。
それでもガンバトールさんの言葉を待っているのだろう。
頭を下げたまま動こうとしないベントレーに、ガンバトールさんはゆっくりと近づいて行って……
「良く言った!」
「ぐっ!」
ベントレーの両肩をバシンという音をさせながら、ガシッと掴んで声を掛けた。
あまりの勢いに、ベントレーが思わず呻き声をあげてしまったが。
「自分の行いをしっかりと反省し、しかも息子に許されてなお俺に正直に話して頭を下げるか! 見上げた根性だ! 立派だ!」
「えっ?」
「勿論、息子が苛められていたというのは初めて聞いたから、少しは思うところがあったが……でも、今は反省して息子の友達になってくれているのだろう?」
「はいっ!」
「息子の友達なら、大歓迎だ!」
うんうんと嬉しそうに頷いたガンバトールさんが、ベントレーの背中を叩いて門の内側に押し込む。
「君がうちの領地を見定めるのなら、俺は君を見定めよう……だが、先の姿勢だけで十分に息子の友達たらんと、いや是非これから、息子の良き友人になってもらいたいと感じているがな」
そう言って、白い歯を光らせるガンバトールさん。
カッコいいぜ。
ベントレーが無事許しを得たことで、ヘンリーもホッとした表情を浮かべている。
うんうん……この旅でエマとじゃなくて、ベントレーとの親密度が上がりそうだぞヘンリー?
頑張って。
あっけにとられて挨拶すら出来ていない、エマ、クリス、ディーン、ソフィア、ジョシュアがボーっとガンバトールさんとベントレーの背中を眺めていたが。
ゴホンという咳払いと、
「まだ、お客様との挨拶が済んでおりませんが旦那様?」
という低く渋みのある諫めるような声を掛けた執事の言葉に、ガンバトールさんが我に返って辺境伯と2大侯爵家の子供達、そして伯爵家の2人に逆に謝罪することになっていた。
取りあえず暑いから、早く中に入りたい。
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