第72話:管理者の一日(前編)
どうやら、黒狐はセリシオ達がベルモントに向かう事を知っていたらしい。
情報の出元は不明だが、セリシオ達の護衛の倍の人数を用意していたことから割と詳しい情報を持っていたのは間違いない。
ベルモントの詰所で尋問を受ける様子を見ていたが、目的は分かったがそれ以上の情報は引き出せそうになかった。
色々ときな臭い事は分かったが。
まあ、ある程度のヤマを張って、虫達に怪しい奴等は見張らせておくか。
黒狐の目的も、ただの身代金目的の誘拐だとか。
爵位の低い子供の身体の一部を切り取って送れば、簡単に身代金を出させると思ったらしい。
解放するのは1人ずつ。
完全に金銭をせしめとったあとは、他の国に渡って引退を決め込むところまで計画をしていたと。
黒狐の副リーダーがある程度の計画を話してくれたが、受け渡しから逃亡までを手引きする奴も用意していたと。
おそらく貴族筋で間違い無いだろう。
ベルモントからラーハットの間で誘拐を行う事で、責任をこの2つの領地に押し付けたい連中。
心当たりが無い。
無いが、どっちも最近頭角を現してきているから、面白くないと思っている連中は多そうだ。
難しいか?
その辺りは、王都の蜂達がある程度調べてくれるようだ。
マルコの周りの子供達の親については多少は調べていたらしいので、それ以外の連中だと思われる。
そっちまで警戒していなかったことを謝られたが、別にそこまで求めていない。
気にすることはない。
そう伝えたのに、蜂達は俄然やる気だった。
溜息を吐いて、管理者の神殿から出て土蜘蛛を従えて草原に向かう。
まばらに木の生えた、だだっ広い平原。
そこで、カブトとラダマンティスが組手をしている。
本気じゃなく、軽く流す感じ。
俺が到着すると、2匹がこちらに気付いて近づいて来ると頭を下げる。
「さてと、始めようか」
俺の右手には木の棒。
今日は、槍というか棒術の訓練。
相手は、カブトとラダマンティス。
こっちは、土蜘蛛と2人。
「ほいっ!」
戦闘開始の合図は俺から行う。
先に攻撃を仕掛けるなんてとんでもないと、2匹がいうから。
左手で当たってもダメージが無い程度の火の球を放つ。
当然あっさりと躱される。
2匹が二手に分かれると、まずはラダマンティスが鋭さは無いが速度のある風の刃を放ってくる。
それも同時に5発。
その隙間を縫うように、飛び込む。
胸を狙ったものをしゃがんで躱し、低い軌道のものを飛んで躱す。
そこに飛んできた風の刃を、空中で身体を捻って躱しながら反撃とばかりに、軽石を作り出して飛ばす。
不意に上空から影が差す。
「土蜘蛛!」
「はいっ!」
凄い勢いで身体が引っ張られる。
そこに振って来る、黒い巨体。
空中からカブトが突っ込んで来た。
だがそれよりも早く、糸で回収された俺は土蜘蛛の前に一気に引き寄せられ土蜘蛛の頭に足をついて勢いを殺す。
それから自身が起こした土煙で視界を失っているカブトに向かって、右手で風の球を放つ。
すぐにカブトの背を飛び越えるように跳んだラダマンティスに、風の刃で相殺されるが想定済み。
すでにラダマンティスの動きを気配察知で読んでいたため、土蜘蛛の頭を蹴って上空にて迎え撃つ。
槍を素早く突くが、蟷螂にだって羽はある。
羽を広げて急ブレーキをかけたラダマンティスには少し届かない。
ホッとした表情を浮かべているラダマンティスの顔の横を、俺の投げた棍が通り過ぎていく。
「なっ!」
武器を手放す形になったが、俺が手を引くと空中で制御を失った棍がその場で数回回転してすぐに戻ってくる。
その棍を掴みつつ、空中を走ってラダマンティスに駆け寄るが、地面から光る槍が向かって来るのが視線の端に映る。
なかなかに、カブトの立ち直りが早い。
相当な勢いで突っ込んで来たはずなのに。
落ち着いて宙を蹴ってそれを躱し上空から、体勢を整えようとしているカブトに電撃を落とす。
槍を放った直後だったため、カブトの反応が遅れるがそれでも【王の盾】に阻まれた。
その隙にラダマンティスが羽ばたいて突っ込んこようとして……俺が槍を手前に引くと羽をもつれさせて落下する。
「土蜘蛛!」
「はいっ」
地面に着く直前で、土蜘蛛に引き寄せられたラダマンティスが抵抗しようとするが、その背中に風の球をぶつけて土蜘蛛の方に押し込むと一瞬ラダマンティスの気が削がれた。
カブトがこっちに槍を放とうとしたが、俺は左手を開いて閉じる。
次の瞬間、カブトの周りを電撃が走ってカブトに向かって行った。
槍を放とうとしていたため、全身を電撃が駆け抜けカブトの動きが止まる。
十分!
土蜘蛛の方に目をやると、ラダマンティスが土蜘蛛の網に囚われてもがいている。
狙うならカブトだ!
カブトの周囲に石筍を発生させ、身動きを完全に封じると背中に石を軽く10発ほどぶつける。
どうにか盾の展開が間に合ったようだ。
カブトが降って来る俺を見て、角を合わせるように突き出す。
が、それは俺の目の前でピタリと止まる。
というより、俺が空中で制止。
少しタイミングをずらして、カブトの上に降りると頭にコツンと棍をぶつける。
「参りました」
「流石です」
カブトが深く頭を下げ、ラダマンティスが網の隙間からキラキラとした目を向けてくる。
そして、土蜘蛛は満足そうに頷く。
先ほどラダマンティスが羽をもつれさせたところだが、その前に投げた棍はぶつける気など無かった。
棍には土蜘蛛の糸がすでに巻き付けてあり、俺の手と繋がっていた。
ラダマンティスの後ろに投げて、引き戻す際に彼の羽に糸を巻き付けておいたのだ。
さらに土蜘蛛とチラホラと生えている木の間にも、見えない細く強力な糸が繋がれていた。
空中を走ったり、跳ねたりした種明かしはこれ。
ラダマンティスの羽ばたきを封じたのも土蜘蛛の糸。
カブトの間合いをずらしたのも、土蜘蛛の糸。
殆ど土蜘蛛任せだが、おおよその戦いの組み立ては俺が考えた。
まあ身体の硬さは考慮せず、また攻撃に手心も加えてもらっているからあっさりと2匹を組み伏せたが、本気の殴り合いなら勝負の結果は……まあ、土蜘蛛も全力参戦したら五分五分か、魔法の種類の差もあるし。
なにより、他の虫のスキルも使えるし。
その後、相手を変えて組手を続ける。
カブトと組んだ時は、カブトの盾に護られながらラダマンティスを封じつつ、土蜘蛛に対応。
カブトが本気を出すと、土蜘蛛の糸を引きちぎれるくらいには優秀だったし、驚いたのはカブトが盾を複数展開して土蜘蛛を抑えつけて角で組み伏せたのは初めて見た。
どうやら、虫達との訓練の間に盾の複数展開を身に着けたらしい。
なんで俺の時に使わなかったのか聞いたら、この盾は俺を守るためにあるんだってさ。
嬉しくなって、カブトの頭を撫でる。
ラダマンティスと組んで、カブト、土蜘蛛を相手にしたときは2人揃って糸でぐるぐる巻きにされて木に吊るされた。
ラダマンティスと土蜘蛛の相性が悪すぎて、カブトに足止めされた一瞬で鎌を外側から糸でグルグル巻きに。
風の刃で糸を切る時間を稼ぐために、俺が突っ込ん行ったがカブトの盾に弾かれ、土蜘蛛の糸を浴びる。
すぐに俺も風の刃で対応したが、うち漏らした一部が足に巻き付く。
即座に糸に電撃を走らせたが、直前で切り離され無防備に突き出した左手を糸で巻き取られ、ようやく自由を取り戻したラダマンティスにぶつけられた。
ラダマンティスが風を操って勢いを殺しつつ、鎌の刃を消して俺を抱き留め……2人仲良くグルグル巻きに。
ラダマンティスが滅茶苦茶凹んでいたので、こんど2人で秘密の特訓をしようと提案したら大はしゃぎしてた。
鎌を上げて、上半身を起こして4本脚で不思議な舞を踊るラダマンティス。
それを見てカブトと土蜘蛛から猛抗議が入るが、聞こえないフリをしてラダマンティスに耳打ちする。
そして2人でニヤリとした表情を浮かべて、土蜘蛛とカブトを見る。
あっ……やり過ぎた。
カブトが大木の洞に戻って行って、頭を突っ込んでいじけた。
土蜘蛛は、木の上の小屋に入って入り口を糸で塞いでしまった。
まあ、この2匹とは結構一緒にいるから、今回は2匹は暫く放置してラダマンティスと一緒に過ごすか。
チラチラと後ろを見るカブトの気配……心を敢えて鬼にして無視する。
糸の隙間をブラインドのように前足の爪で少し開いて、こっちを覗き見する土蜘蛛。
も無視する。
構って欲しいオーラ全開の様子をふざけてアピールするところを見ると、まだまだ余裕がありそうだ。
それに2匹とも、ラダマンティスより俺と一緒に過ごす時間が長い自覚はあるのだろう。
嫌だけど、今回だけは仕方ないですねといった空気が伝わってくる。
うん、マルコ達よりもよっぽど大人だ。
ラダマンティスの背中に乗って、空間内の視察。
まずはお花畑で蜂達の様子を……ん?
なんか黒い塊が。
カブトじゃないよな?
なんか波打ってるし。
……
「おいっ!」
ラダマンティスから飛び降りて、黒い塊に駆け寄る。
蟻が何かに群がっている。
仲間割れか?
俺が近付くと、一部の蟻が散って爬虫類の目がこっちをチラリと覗く。
それから顔が露わになる。
なんだ、地竜か……
ちなみに、名前はランドと名付けた。
ランドがチラチラと舌を出す。
何々?
鱗の隙間の老廃物を取ってもらっていた?
気持ち良いですよ?
紛らわしい。
紛らわしいが、上手く皆と仲良くやっているようで安心。
「おや、今日はラダマンティス様とですか?」
そこにマハトールが近付いて来る。
聖水入りの水筒を首から下げて。
何故か聖属性を習得せずに、聖属性耐性を得たマハトールは聖水を好んで飲むようになった。
のどをシュワシュワと刺激するのが、病みつきになったそう。
炭酸飲料的な感覚だろうか?
分かりたくないけど。
「聖属性は身に着ける事が出来たのか?」
「もう少しで、何か分かりそうな気がするのですが……」
最近は、無心になって聖属性の結界の中で座禅を組んでいるらしい。
白蟻達が教えてくれた。
最初は、数秒で身体がボロボロと崩れていたらしい。
それが数十秒、数分、数時間と耐えられるようになっていき今じゃ、普通に一日中結界内に居られるとか。
完全聖属性耐性までいってるな。
「この先に聖属性吸収がありそうな気がしまして……」
「そ……そうか。聖属性を吸収する悪魔とか、聖職者からしたら悪夢だな?」
「ナイトメアですか……まあ、悪魔族の亜種ではありますが、少し性癖が特殊ですし……このまままずは普通のデーモンを目指します……いずれは、ホーリーデーモンに……」
そういう意味じゃ無かったんだけどな。
それからホーリーデーモンってなんだ?
良いのやら悪いのやらって存在だな。
……
ラダマンティスに乗って、次の場所に移動。
クコと土蜘蛛に頼まれた、茸狩り。
というか、トリュフ捜し。
匂いなら任せてくださいとランドが着いてくる。
穴掘りは得意ですと、蟻達も。
そうか、じゃあお前らだけでと言いかけたら、あからさまにガッカリされたので仕方なく俺主導で行う。
そして森に着いた瞬間に、ミミズがやあ主とばかりに顔を出す。
トリュフを咥えた状態で。
そしてニョキニョキと周囲に、複数のミミズが生えてくる。
トリュフを咥えて。
こんなのどっかで見た事あるな。
あれだ、水族館だ。
チンアナゴ?
ドサドサドサと目の前に落とされるトリュフ。
しゅーりょー!
はいっ! トリュフ狩り終了です!
ランドと蟻達から、大ブーイングが。
そんな事いっても、もう目的は達成しちゃったしな。
ミミズも困り顔だ。
気にするな、お前達は悪くない。
むしろ有難う。
よしっ、それじゃあトリュフを持って。
おいおい、喧嘩するな。
目の前に積まれたトリュフを俺が運ぶとばかりに、蟻達が取り合うのを制止する。
トリュフの数は20個。
蟻達は300匹……
さてと……良い方法は。
あっ!
そのうちの1個をチュン太郎が咥えて行った。
森を抜けて上空に飛び上がった瞬間に、森の木々から一斉に蜂や蛾、蝶達が飛び出してチュン太郎を追いかける。
馬鹿にしたようにアクロバット飛行を繰り返して、それらの追撃を躱すチュン太郎。
あいつ、身体はずんぐりむっくりしてるのに、飛ぶのだけはやったら上手くなってるよな。
怪我させるなよ!
飛ぶ虫達に、そう声を掛ける。
そして俺は聞き逃していない。
チュン太郎が突然身をよじらせて、バランスを崩す。
うん、ダニの一匹が少しお灸を据えますって、チュン太郎の羽毛の中から言っていたのを……
体勢を整えて飛び上がろうとするたびに、身体をよじらせてバランスを崩すチュン太郎が捕まるのは時間の問題だろう。
さて……どうしよう。
目の前にはトリュフを前に、にらみ合う蟻達。
と思ったら、ランドが全部ベロで拾って背中に積み上げた。
蟻達が猛抗議しているが、ランドは素知らぬ顔で神殿に向かって歩き出す。
結局蟻達はランドの背中に一緒に乗ることで、渋々落ち着いたらしい。
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後編は明日の朝7時に投稿します





