第66話:ようこそベルモントへ
時刻はまだ昼前。
僕とお父様はベルモントの街の目抜き通りに立って、セリシオ達の到着を待っていた。
街を守る外壁の門から、徐々に歓声やざわめきの声が近付いてくるのが分かる。
お忍びということもあり、領民には特にお触れは出していなかったのだけど……
まず最初に門を抜けて来たのは、マックィーン家の紋章を付けた豪華な馬車。
ごてごてとした、金色主体の装飾が光を反射して見る者の目を眩ませる。
通りに居た人達が足を止めて、その馬車を見て溜息を吐いている。
その馬車に乗っているのは、マックィーン家の三男のジョシュア。
相席しているのは、クーデル伯爵家長男のベントレー
御者台には、護衛のマーカスが乗っている。
馬車の左右を固めるように弟のルーカスと、ベントレーの護衛のルドルフが完全武装で歩いている。
その後ろに続くのは、エメリア伯爵家の紋章を付けたシンプルながらも気品溢れる馬車。
御者台に乗っているのは、何故かトリスタ辺境伯の娘であるエマの護衛のアリー。
周囲の視線を浴びて少し恥ずかしそうにしていた。
勿論乗っているのは、エマとソフィアだ。
他にも世話係と思われる、執事服を着た白髪の男性とメイドが2人同席していた。
そして最後尾が我がシビリア王国、王国家の紋章を付けた馬車。
全然お忍びじゃないことに、ここで気付いた。
僕の横に立っていたお父様が、深く長い溜息を吐く。
護衛は親衛隊副隊長ビスマルクを筆頭に、7人の騎士。
そのうちの2人はエメリア家の馬車を守っている。
どうやら女性を乗せた馬車を守るように、この馬車の並びは決められたのだろう。
実際に、最強の護衛を持つ馬車が最後尾というのは、分からなくもない……
が、仮にもこの国の最重要人物である王子を最後尾という危険な場所に置かなくても。
そう思って、馬車を守る護衛の1人が妙に目立つのでそっちを見て固まる。
明らかに小さなその騎士は、フルフェイスのヘルムのマスクを開けてこっちに視線を送って来る。
何をやってるんだ、セリシオ……
ちなみに僕とお父様は通りの真ん中で彼等を出迎える形だ。
護衛にファーマさんとヒューイさん、それからローズに……おまけのトーマスだ。
そして護衛の1人が、殿下その人であることに気付いたお父様が……
顔を赤くしている。
青くするなら分かるが、赤くするって……
というかセリシオがそこに居るってことは、馬車には誰が?
……ああ、クリスが1人で乗っているのか。
うわぁ……自分の家の馬車じゃなくて王家の馬車に1人とか。
しかも、6頭立ての物凄く大きな馬車。
中に居る人の気配は……かなり居るな。
さすがに王族ともなると……あれ?
いま馬車の中から、ウィードさんが顔を覗かせたような。
小さな騎士もとい、セリシオが馬を少し急がせて僕たちの前に来るとヒラリと馬から飛び降りる。
「出迎えご苦労! どうだ、マルコ! 驚いただろう?」
「はは、殿下に置かれまして、大変健やかな事が分かりました。分かりましたが……少しお話を聞かせて貰いたいですな」
「ちょっ、マイケル殿……何故、拳を握っておられるのかな?」
あっ、お父様の声のトーンが1オクターブ低い。
ちょっと、怒ってる?
「いや、むしろそこの馬車で高見の見物を決め込んでいる旧友に、エクトと共に話をした方が良いかな?」
「殿下……なんで、そんな危険な事を?」
「ムッ……今回はお忍びで友のところに来てるんだ。ここは公の場では無いぞ?」
「民衆の目がある、公の通りで何を馬鹿な事を……」
僕が殿下と呼んだことで、セリシオがちょっと不機嫌になる。
が、天下の大通りが公の場じゃ無ければ何の場所だと言いたい。
「取りあえずさ……それ被ってて」
殿下のヘルムのマスクを勝手に下げる。
「何をする!」
「知ってると思うけど、君結構重要人物だからね? 狙われても知らないよ?」
「そんな事は知っておる! が、これだけの人数を相手に馬鹿な事を考える連中などおらんだろう」
まあ、そこはセリシオの言う通りだけどね。
おかしなことを企てている、怪しい人達が最近領内に入り込んでいることは虫達から聞いている。
が……それ以上に、旅人や商人、冒険者に扮した王国の兵士が忍び込んでいる事も聞いて居る。
流石に一国の王子の護衛が7人は少なすぎると思った。
さらに言うと、そのうちの1人が王子本人とは。
本当に、この国は大丈夫だろうか?
「マルコ久しぶり!」
「今日からお世話になります、マイケル様」
「あっ! ご無沙汰しております、マイケル様! 宜しくお願いします」
折角エメリア伯爵家の人が昇降台を用意してるのに、エマが馬車から飛び降りてこっちに駆けって来た。
少し遅れて、ソフィアも。
エマが僕を見つけて、嬉しそうに話しかけてくる。
しっかりもののソフィアは、ベルモントの領主であるお父様から先に挨拶してたけど。
エマがいっけないと舌をペロリと出して、お父様に挨拶する。
小さな女の子2人に対して、お父様が相好を崩して深く頭を下げる。
「お久しぶりですね、エマ様、ソフィア様。お二人のご両親やおじいさまには大変お世話になってます。今日は、少しでも恩返しが出来るように精一杯のおもてなしをさせていただく所存です」
「まあ、それは楽しみです!」
「マイケル様のご武勇は、私も色んな人から聞いております。是非、そういったお話も聞かせて頂けると嬉しいです」
お父様の余所行きの挨拶に、2人が嬉しそうに応えてくれる。
そして、ソフィアの視線がさっきからこっちをチラチラと見ているのが気になる。
「あぁ……流石に大騒ぎになると思ったから、危険だしテトラは家だよ」
「そうですか」
よほど、テトラに早く会いたいらしい。
僕の言葉に対して、あからさまにガッカリされた。
「おはようございますマイケル様。マルコ。お二人におかれましては、特におかわりもなく、健康そうで私も大変嬉しく思います。この3日間、御迷惑とは思いますが、夏休みの思い出の1ページとして、素晴らしい日々が過ごせるかと期待に胸を膨らませて、心待ちにしておりました。どうか、宜しくお願いします」
そして、遠慮がちに近づいてきたのはジョシュア。
凄く無難な挨拶だ。
いや、立派だ。
確かジョシュアは、この夏休みで9歳になったんだったっけ?
ジョシュアの誕生日は、こっちに帰って来てたので祝えなかったけど、代わりにこっちで何かプレゼントしようと考えていた。
流石にお手製のアクセサリーは無いが。
「おはようございます、マイケル様、マルコ。これから3日間、どんな出会いがあるかととても楽しみにしてきた。きっと、マルコの事だから面白い友人とか居るだろうし……それと、マイケル様の二つ名の空飛ぶ箪笥の由来がこの3日間で明らかになると、嬉しいですね」
「ははは、ジョシュア君と、ベントレー君だっけ? うちのマルコがお世話になっているようで、私からもお礼を言わせてもらうよ」
うん、ぶっちゃけて言うと、ジョシュアの父には迷惑掛けられたんだよね。
殺されかけたし。
ベントレーに至っては本人に、迷惑掛けられたけど。
ヘンリーはまだ来ていない。
まさか、殿下より到着が遅いとは……
何かあったんじゃなければいいけど。
クリスとウィードさんは、未だ降りてこない。
何か察するものでもあったのだろうか?
「なんで、殿下が護衛の真似事なんて?」
「えっ? だって堅物のクリスと一緒に馬車に居ても退屈だろ?」
酷い……
それは、余りにも酷い言い様だと思う。
まあ、その気持ち分からなくも無いけど。
無いけど、他に言い方ってものがあったんじゃない?
クリスとの挨拶の応酬は……まあ、お察しだね。
「久しぶり」
「うん、元気?」
「ああ……今日から世話になる」
「うん……折角の旅行なんだし、もっと楽しそうにしたら?」
「俺は陛下の護衛で来ている。遊びに来た訳じゃない」
「そっか……大変だね」
「大変なものか! これほど栄誉ある役割など他にはない」
「……そうだね」
そこで会話が終わった。
相変わらず、真面目だ。
少しは楽しんだら良いのに。
ちなみにセリシオ達は、取りあえず宿に荷物を置きに行った。
そう、エクトさんが改装した、例の宿だ。
どうやら元々そのつもりで、かなりのお金をバラまいて改装したらしい。
昨夜、うちで夕食を食べていたエクトさんが言っていた。
「確かにお前のとこの屋敷も狭くは無いが、客室もあの人数を満足には泊められんだろう?」
「ん? 子供達なんて、男女に分けて同じ部屋に入れておけばいいだろう。その方が、楽しいだろうし。なあ、マルコ?」
ここで、僕に振るかな?
エクトさんが、若干眉を上げて不機嫌そうにしてるの、見えてたよね?
「大体子供達が寝る為だけにどれだけの金を使ったんだ? お前は少しは倹約というものを覚えた方が……なんだ? エクト怒っているのか?」
見えて無かったらしい。
エクトさんが、溜息を吐いてお父様を睨んで初めて気づいた。
我が父ながら、どうなのだろうか。
「お前は! 今回ここに来るのはただの子供じゃ無くて、この国の王位継承権第一位のセリシオ殿下だというのに、本当に何も考えて無かったのか?」
「ええ? だって、子供達だって夜寝るまで同じ部屋で騒ぐのも、楽しみに「お前らベルモントは! なんでもかんでも自分を基準に考えるんじゃない!」
「そんな怒鳴らなくても……思い出してみろよ? 俺達だって、ウィードと3人でよく同じ部屋で朝まで語り明かしていただろ?」
「それは、王都での話だろう! 長旅で疲れている殿下や、エマ嬢の事を少しは考えろ」
「ははは、大丈夫! 子供の体力なんて無尽蔵だ! お前だって、ディーン君と一緒に遊んでたら分かるだろ?」
「うちの子をベルモントの子と一緒にするな! 普通に1日遊んだら、疲れて夜はご飯を食べながら寝るくらいには子供らしい」
なんか、とばっちりで軽くディスられた気がしなくもない。
ないけど、これはお父様が悪いと思う。
思うけど、当の本人は何故エクトさんが怒っているのかが分かっていないから、性質が悪い。
親の顔が見てみたいとよく言うが……親がスレイズおじいさまなら仕方がないとも思える。
その血を引く僕が、エクトさんにどう思われているか良く分かった。
誤解だよ?
普通の子だよ?
ちなみにヘンリーは昼過ぎにのんびりとやってきて、殿下達が先に着いている事をしって焦っていた。
さらに、わざわざ殿下の為にマクベス家が出資して宿をまるっと1つ改装したと聞いてさらに焦っていたのは面白かった。
どうやらガンバトールさんも、自宅にセリシオ達を泊めるつもりだったらしい。
いや、僕は全然それで構わないと思うんだけどね。
「あのホテル完成したんでしょ? 海が見える部屋を売りにした高級ホテル」
「うん……でも、全然客足が伸びなくて」
「そこにさ……殿下が泊まったとか、これ以上の宣伝効果は無いと思うんだけど?」
「!」
ラーハット領には、最高のオーシャンビューを兼ね備えた高級ホテルがこの夏オープンしたばかりだ。
これも、僕の提案をガンバトール様が採用してくれたもの。
取れたての海の幸に、海と繋がった巨大プール、さらには様々なイベントを行う総合アミューズメント宿泊施設。
「海なんて、どこからでも見えるし」
「どこからでも見えるけど、ホテルの部屋から直接海が一望できるのって、凄く良いと思わない? 特に内陸の海を見た事ないような人達からすれば。勿論、一番海が綺麗に見える場所に建てないと意味が無いけど」
「そういうものかな?」
「そういうものだよ」
といってもテレビCMも、チラシも無いこの世界。
最も効果的な宣伝は口コミ。
それも、泊まってもらわないことには。
今回殿下達が泊まれば、たぶんステータスを大事にする貴族たちはこぞってそのホテルに泊まりにくるだろう。
――――――
「あの、マルコの考えたイケス輸送で、新鮮な魚を手土産に持って来たよ!」
ヘンリーが自信満々に、そう言って荷馬車を指さす。
うん……
うーん……
確かに生簀で運べば、まだ生きている状態の魚が運ばれてくる。
しかも綺麗な海水で泳がせていたら、お腹も良い感じに空っぽになって臭みやらも減るだろう。
減るだろうけど……
「うちで新鮮な魚食べさせて、ラーハットで何を食べさせるつもり?」
「えっ? あっ!」
純粋に皆が喜ぶだろうと気を使ってくれたのは、嬉しい。
嬉しいけど、皆の目的はラーハットで取れたての魚を食べる事だ。
うちで魚食って、ラーハットで魚食ってって……
飽きるでしょ、流石に。
「これは、うちの人達だけで頂くから……」
「そうして」
ガンバトール様肝入りで持ってこられた魚は、文字通りお蔵入りすることとなった。
ヘンリーが失敗続きで胃が痛そうだ。
しばらく、日常回ですね……
不穏な動きも見えますがw
ようやく6連勤初日が終了……
人手不足による変則シフト込みなので、明日はいつもより2時間早めに出勤。
うむ……寝不足確定w
故にちょっと、短めです(;^_^A
頑張れと思ってくださった方は、上下にあるブクマか、この下にある評価から評価頂けると嬉しいですm(__)m
明後日は通常勤務なので、じっくりと書き上げられると思いますm(__)m





