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第8話:忍び寄る影

「酷い目にあった」


 祖父であるスレイズに、致死級の一撃を喰らったマルコだったが無事に生還を果たした。

 ベルモント家の大人たちが、子供に容赦ないのは遺伝だろうか?


 もう一泊した祖父に、徹底的にしごかれた。

 祖母であるエリーゼと、母マリアの無言の圧力によりスレイズが剣を握る事は無かったが、その代わり素振りや基礎訓練を徹底的に叩き込まれた。

 あとは、反復を繰り返すだけだと言い残して、嵐のように去っていたスレイズ夫妻。


 マルコにとって、トラウマが増えただけの3日間だった。

 確かに、素振りをしながら数えきれないほどの、細かい指摘を受けたのは有り難かった。

 自身が最前線で武功を重ね、王族に指導するほどの人物からマンツーマンで習ったのだ。

 

 マリアが雇ってくれた先生も確かに優秀ではあった。

 優秀だったが、あくまで騎士の剣。

 そして、貴族の剣の先生だ。


 無駄な動作が多いのもまた事実。

 優雅に剣を振る、剣舞のような動き。

 いちいち動作が派手で、実直で素直な剣。

 決闘などによる、対個人向けの武技。

 

 それに引き換え冒険者ギルドで学んでいたのは、魔物や野盗を相手にすることを想定した実戦向きな、無駄のない武術。

 剣だけでなく、槍や、斧、メイス等のこん棒術、はたは弓や鎖分銅など得物は多岐に渡り、またチームでの動きを想定したものも多い。

 

 そして祖父の剣は必殺の剣。

 戦場で、軍を相手取り確実に生き残るためのもの。

 敵を殺す事にのみ特化していた。

 究極に無駄の無い剣だと言える。


 相手の柔らかいところかつ、立ち上がることを許さない急所を狙う一撃。

 強引に相手の兜を叩き割り、絶命に至らせるための一撃を生み出す訓練法。

 

「この剣嫌いだな……物騒すぎる」


 祖父たちを見送ったあと、倒れ込むように眠ったマルコが起きて呟いた一言だ。


「次に会った時に、ちゃんと練習していたか確認するからのう? 精々精進しておくように」


 帰り際の祖父のセリフに、深く溜息を吐く。

 取りあえず、祖父の書き残したメニューも新たな日課となった。


 勿論、それだけではない。

 剣術馬鹿になっても困ると、それ以外の勉強においても家庭教師を付けるという話が、ベルモンド家で進んでいる。

 これは祖母、エリザベートの進言だ。

 ある意味で祖父よりも怖く、この家の実権を握っているともいえる最強の人だ。

 

 母マリアも、エリザベートを尊敬しているようで、目を輝かせながら同意していた。

 貴族というのも大変だな。


 他人事のように空の上からマルコを眺めつつ、管理者の空間で実験に勤しむ。


――――――

 それから2ヶ月ほど過ぎ、ようやくマルコに外出許可が下りた。

 というのがアシュリーとの約束である、服を買いにいくという予定があったからだ。


 そのためにマルコが屋敷の中で一生懸命お手伝い(アルバイト)に励んでいたことを知っているマリアも、さすがに無下にはできなかった様子。

 護衛はトーマスのほかに、ヒューイも付いている。

 警備隊長が屋敷の警護よりも、子供のデートに付き合うというのはいかがなものだろう。


 実際にマルコもそう思ったのか、トーマスさんだけでいいと言っていたのだが、マリアが頑なに首を縦に振らなかったため致し方ない。


 そのヒューイさんは、横を見て溜息を吐いている。


「なんで、坊っちゃんがデートなのに俺の横には野郎が歩いてんだろうな?」

「酷いですよ隊長! それ言ったら、自分も同じ境遇ですからね?」


 後ろでそんなやり取りが聞こえてくるが、前を歩くマルコの足取りは軽やかなものである。

 余所行きの一張羅を身に纏い、ルンルン気分で歩いている。

 それは良いがマルコ、これから古着屋(・・・)に彼女候補の服を買いにいくのに、お前はオーダーメイドで仕立ててもらった服を着てていいのか?

 そんな無粋な突っ込みはしないが。


 個人的には、アシュリーは女の子。

 守備範囲外である。

 どちらかというと、ギルドの受付のお姉さんやローズと仲良くしてもらいたい。

 が、マルコが大人になるころにはどちらもおばさんか。

 それでも28~29歳という、本来の俺個人としてはありな年齢だから複雑な気分だ。


「あっ! マルコ!」


 武器屋喫茶が近付いてくると、お店の前で通りをジッと眺めていたアシュリーがこっちに気付いて手を振ってくる。


「アシュリー!」


 マルコも、その姿に気付いて駆け寄っている。

 アシュリーは白のブラウスに、青い肩ひものついたスカートを履いていてお人形さんみたいに可愛い。

 頭には大きめの白いリボンを付けている。

 子供だから許される装飾品だな。

 大人の女性が付けていたら、思いっきりもぎ取って地面に叩きつけて踏み付けているところだろう。

 おっと、何があったってわけじゃないが、黒い俺が出てきてしまったようだ。

 決してそんな女性をたまたま近くで見かけた時に、そんな事をしたわけじゃない。

 してやりたいとは思ったけど……


「そのリボンも服も可愛いね!」


 さらりとそんなセリフが出てくるのは、素直な子供だからなのかそれとも……

 まあもう少し歳を重ねれば、天邪鬼になってしまうこともあるだろう。

 俺が前世の歳相応に擦れているだけに、マルコにはいつまで無邪気な子供の心を持ち続けてもらいたいものだ。


「マルコの服も、凄くカッコいいよ! 綺麗な生地だね」

「そう? いつもと同じだと思うけど……ありがとう」


 気付いているかマルコ?

 いま、アシュリーが欲しいと思う服のハードルが一気に上がったのを。


 何故、今日おろしたての服で来た?

 これで下手な古着を選んだら、ただの当てつけだぞ?

 かなり、嫌な奴認定されるぞ?


 まあ、それはそれで面白いけど。


「ボンも、今日のために服を新調したのに、よくもまあ白々しいことを……」

「お坊ちゃまは、いつもオシャレですよ?」


 ヒューイが何やらぼやいているが、聞かなかったことにしよう。

 マルコには聞こえてないが、俺には丸聞こえだからな。

 とはいえ、この事を告げ口しても誰も幸せにはならないし。


「取り敢えずおじさんに挨拶しないと」

「そうね。パパにマルコが来た事伝えないと」


 そう言って、アシュリーがパタパタとお店の中に入っていく。

 外人の子供って、本当に天使みたいだよね。

 満面の笑みでお店に消えていくアシュリーを見ながら、思わず頬が緩む。


 ただ一つ言えるのは、立派に育てよ! ということだけだろう。

 今は今で違った意味で可愛いから、この姿も目に焼き付けておこう。


「警備隊長さん、娘をよろしくお願いしますね」

「はいっ、任せてください! 大事なお嬢さんに万が一があっては大変ですからね」

「むう……」


 何故ヒューイによろしくするのだろう?

 今日のエスコート役は僕なのに。

 そんな不満がひしひしと伝わる表情だ。


「坊っちゃんも、今日はすみませんね。わざわざ娘のために」

「いつも、よくしてもらってますので。お気になさらずに」

「本当に坊っちゃんは、礼儀が正しくて立派ですね」


 そう言って大きな手で、マルコの頭を撫でるおやっさん。

 一応、マルコの不機嫌を感じ取ったようだ。

 内心では娘を取られる悔しい思いをしているだろうに。

 相手が領主の息子じゃ、文句も言えないだろうが。


「それじゃあパパ、行ってきます」

「おう、楽しんでこいよ! お坊ちゃんに迷惑かけるなよ!」

「分かってるって!」


 そして、お店を後にして古着屋に向かう。

 古着屋があるのは、この通りを5分ほど進んだところだ。

 様々なお店が立ち並ぶ、商店街の一角。


 一応お昼は、アシュリーの家でもある武器屋喫茶で取ると言ってある。

 子供だけで、あまり遅い時間まで出歩くのはさすがに非常識だと分かっているようだ。

 厳密に言えば、頼もしすぎる保護者が2名付いているが。


 その2名はというと。


「世の中理不尽っすね……」

「それは、ベルモント家に対する不満か?」

「滅相も無い」


 暗い表情で、前を楽しそうに歩く二人に対して妬み全開のトーマスに、ヒューイが睨みを利かせる。


「まあ、隊長は綺麗な嫁さんも居るから、俺みたいな独り者の気持ちなんて分かんないっすよ」

「阿呆、俺だって昔は独り身だ」


 独り身を経験した事のない人間など居るはずもない。

 だが今が幸せそうなら、そんな相手でも妬みの対象になりえる。

 トーマスだけが不満たらたらな様子だ。

 ヒューイは、微笑ましいものを見るような優しい表情を浮かべている。


「じゃあ、申し訳ないけどヒューイさんたちはここで待ってて」

「はいはい、楽しんできてくださいね」

「隊長さん、ありがとう!」


 目的のお店についたマルコが、ヒューイたちを店の前に残して中に入っていく。

 さすがに店の中で、領主のお坊ちゃんに不届きを働くような輩は居ないだろう。

 それに予め中を確認したが、店主しか居なかったので特に大きな問題は無いだろう。

 ヒューイも、気を遣って買い物の間だけは二人っきりにさせることに、異論は無かった。

 だが、この判断こそが最大の失敗だったとは、この時は露にも思わなかった。


――――――

「今日は、いつものおじさんじゃないの?」

「ん? お嬢ちゃんはいっつもお店の前で服を見てる子だね? ああ、兄貴はいま実家に呼び出されててね、弟のおじさんが3日間ほどお店を預かってるんだよ」

「そうなんだ」


 古着屋に来る事の無いマルコは知らなかったが、どうやら店番をしていた男性は店主ではないらしい。

 自ら弟と名乗っているから、ここでも特に警戒することは無かった。


「可愛い」


 アシュリーが、淡い緑色の花柄のワンピースを手にとってはしゃいでいる。

 

「うん、アシュリーの金色の髪にぴったりだと思うよ」


 女性が気に入った服を、さらりと褒めるくらいの処世術はもっているようだ。

 生粋のタラシか。

 我が精神ながら末恐ろしいものを感じつつ、2人の様子を眺める。

 生前女性の買い物に付き合うのは割と苦痛だったが、こっちの俺はそうでもないらしい。

 

「良かったら試着してみるかい?」

「いいの?」


 店主の申し出に、アシュリーが表情を明るくさせる。

 そして、手に持ったワンピースを胸に抱くと、マルコの方を窺うように見る。

 本来なら自分も手に取って値段を確認したいところだが、一応予算は割と多めに持っている。

 たぶん大丈夫だろうと思ったのだろう、笑顔で頷く。


「ちょっと待っててね」


 アシュリーがワンピース片手に試着室に入ったので、マルコは店内を適当に物色する。

 似たような服の値段を見て、一応金額の予想を立てるためだろう。

 よくできた子だと我ながら感心した。

 が……店の奥に進んだ時に、不意に違和感を覚える。


 店主がさりげなく、マルコの傍を離れ試着室に近づいている。

 まさかと思うが、ロリコンって事は無いよな?

 少し不安になり、店主の動きに注目する。

 先ほどから、何かを気にするように忙しなく視線が動いているのが気になる。

 いよいよもって本当に危ないか?

 

 そして、店主をしばらく見張っていると不意にカウンターの方から物音が聞こえる。

 マルコも気になったのか音のする方を注視する。


 まずい!

 すぐにマルコの身体に戻ろうとしたが、カウンターから飛び出した影の方が少し早かった。

 一瞬でマルコに接近すると、カウンターを飛び出してきた男にマルコが羽交い絞めにされる。

 マルコの身体に戻ったが、男の飛びつきを躱すには間に合わずそのまま口を塞がれて抱きかかえられる。

 

 さらに、シャッという音が聞こえたのでそちらに目をやるとアシュリーが店主に捕まっている。

 まさか……お店の中に刺客が潜んでいるとは。

 

「おいっ! 表に見張りが二人居るからすぐに裏から逃げるぞ!」

「ああ!」


 必死の抵抗を試みるが、いかんせん6歳児に大の大人の男をどうこうできるはずもない。

 完全に油断した。


 ワンピースを着たアシュリーも、顔を青くしている。

 どうやら人攫いだと思い至ったのだろう。

 怪しい男に捕まったマルコを見て、その表情が絶望に染まる。


 くそっ、こうなったら……いや、これはある意味でチャンスか?

 見上げた先の男の顔は、例の裏路地に潜んでいた奴に似ている。

 よく見れば、先ほどまで人の良さそうな顔をしていた店主も、今じゃ怪しい笑みを浮かべる人攫いにしか見えない。

 

 おそらく目的はマルコ。 

 だったら、アシュリーを巻き込むわけにはいかない。

 いや、すでに半分巻き込んではいるが……


 先にカウンターの裏の出口から居住区に入ろうとした男の隙をついて、蜂を呼び出す。

 出口に目を向けている男からは、俺が蜂を呼び出した事など気付ける由もない。

 ブーンという、店内には似つかわしくない音に途端に男が警戒する。


 まあ、お前には向かわせないさ……

 俺は蜂たちに、アシュリーの救出を指示する。

 

 すぐに大量の蜂が、アシュリーを捕らえた男に向かっていく。

 突如現れた蜂に、店主を騙った男だけでなくアシュリーまで焦って暴れているが。


「なっ、なんでこんなところに蜂が!」

「いいから、お前は先に行け!」


 店主だった男に指示されて、俺を抱えた男が後ろを振り返りつつも居住区から裏路地に駆け込む。

 暫くして一匹の蜂が飛んできて、俺の前で弧を描く。

 ○というメッセージだ。


 すなわちアシュリーの救出は成ったと。

 だったら、あとはこっちの番だ。

 とりあえずアジトに向かっているようだし、裏に控えた連中を確認するとしよう。

 潰せるようなら、潰す。

 無理なら、管理者の空間に本体ごと逃げ込めばいいだけだ。

 こうやって捕まっている今ですら、逃げようと思えば簡単に逃げられるわけだし。

 何も問題は無い。


 俺の外出を阻んだ連中だ。

 恨みは十分にある。

 もう二度と変な気は起こさないように、徹底的に叩いてやろう。



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[気になる点] 人格を平行に分けてる設定だが完全に別人格にしか見えないし 強くなりたい将来冒険者になるために剣術を鍛えてるはずのなのに 一番実践的な祖父の技を嫌ったり意味不明 手のなかの異空間は前世…
[一言] 人攫いを叩くだけで許すのかよ‥
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