第63話:Aランク冒険者
「さてと……、僕この先に用があるんだけど?」
目の前の御仁は、先に進む道を背にこちらに通せんぼしている。
正直いって、時間に限りのある俺はこんなところで足踏みしている訳にはいかない。
仕方ない、剣で押し通るか……
なんてことはしない。
ベルモントじゃないんだから。
「どうしても、駄目ですか?」
必殺、【無邪気なる眼差し】!
身長差を利用した、下から見上げるキラキラとした瞳による攻撃。
これにより、自分の意見を押し通しすくなる。
「駄目だな」
あっさり、レジストされた。
「親御さんは何をしておる? 恰好からして、そこらの浮浪児ってわけでもあるまいし」
老戦士は剣を抜くわけでもなく、腕組みして難しい顔で頷いている。
60代から70代に差し掛かる手前くらいかな?
フサフサの白髪交じりの髪の毛は濃い茶色をしており、中々にダンディだ。
綺麗に揃えられた口髭をさすりながら、首を傾げる。
「家で、スヤスヤ眠ってるんじゃないかな?」
「朝からか?」
「まあ、まだ寝てる時間だし」
俺の言葉に、老戦士が目を細めて睨み付けてくる。
「まあ、他に冒険者も居ないみたいだし、正直言うと……俺、かなり強いよ?」
「なっ!」
「!」
格好つけて強いよと被せて、ラダマンティスの威圧を発動させたら間髪入れずに斬撃が飛んできた。
あまりの速さに全く反応が出来なかった。
幸い斬撃は、俺の頭上を通り抜けていったが。
心臓がバクバクいってるが、仮面のお陰で表情は分からないはず。
「ふふ、いきなりご挨拶だね?」
「あっ、いやすまん」
努めて平常を装う。
反応出来なかったんじゃ無くて、当たらない攻撃など反応するまでもないというスタンス。
流石にいきなり斬りつけたのはまずいと感じたのか、老戦士が素直に頭を下げる。
鼓動よ落ち着け!
いまだ激しく脈打つ心臓を、必死に抑え込む。
「見た目は子供だというのに、とんでもなく恐ろしいプレッシャーを放つもんじゃからつい」
「普通の子供だけど、強いっていうのは信じて貰えたかな? じゃあ、通して貰える?」
「駄目じゃ!」
くそじじい!
こうなったら、転移でやり過ごすか。
どうせ見た限り、30階層くらいまでは問題無さそうだし。
黒騎士の部屋は50階層か?
無駄に高い塔だけど、これって1階層を蟻にガジガジやらせたら簡単に倒れそうだよね?
中に冒険者が入り込んでなかったら、確実に4つの塔全部それで攻略するのに。
!!!
それだ!
『いや、待て! お主、心配になって覗いておったが、とんでもないことを思いつかなんだか?』
突如邪神様から、メッセージが飛んでくる。
どうやら、また俺が何かやらかさないか見張っていたらしい。
いやいや、やるのは北の塔だけだから。
ここまできたら、とことん黒騎士をいじめ……いや、黒騎士を早く攻略しないと、世界の危機にあいつは重要なキーマンになる気がするし。
『言い直しても駄目じゃ!』
「どうかしたのか?」
邪神様の声に耳を傾けていたら、目の前の老紳士に訝し気にされた。
邪神様、ちょっと待っててください。
「いや、上からの指示が出てね……この塔を破壊しようと思ったけど、まったが掛かったんだ」
「?」
「この塔って、かなり高いからさ……一階層を片側だけ破壊すれば、簡単に倒れると思ってさ?」
「なんとも恐ろしいよ迷い事を……この塔の壁はかなり硬質で、簡単に破壊できるようなもんじゃないぞ?」
そうなの?
普通の石材に見えるけど。
まあ、この老戦士に力を見せつけるために、デモンストレーションも必要か。
魔法で岩石を作り出して、壁に向かって【岩石弾】を無詠唱で放つ。
「なっ! 無詠唱だと!」
「おお、確かに硬い!」
俺の放った岩石は、簡単に壁に弾かれて粉々に砕け散る。
「そうそう、魔法が得意なんだ」
「このような子供に魔法を教えるなど、お主の親は頭のネジが抜けておるのではないか? だから、増長して1人でこんなところまで来てしまったのだな?」
おおう、マイケルとマリアのせいにされた。
それどころか、老戦士にいらぬ警戒心を持たせてしまったらしい。
「名前を聞かせて貰おうか?」
「人に名を訪ねる時は、まず自分から! これは古今東西、常識だよ?」
「うぐっ……分かった、わしはセド・ゲイドリック。 ここ、北の塔の街、ダーカストの冒険者ギルドに所属するA級冒険者じゃ」
「ふーん、そっか……A級か」
なるほど、これがA級冒険者。
そう思ったとたんに、ちょっと警戒心を緩める。
いや、かなり強そうだったけど、流石にこの手の話にありがちな世界に数人の幻のS級冒険者との邂逅とはいかなかったか。
「さて、こちらは名乗ったぞ? お主の名は?」
「なんで? 別に名前教えるって言って無いし」
「……なかなかに、食えんガキじゃのう」
かなりイラついたらしい。
一瞬顔がすげー怖い事になってて、チビるかと思った。
流石そこは大人、子供相手にムキになるのは大人げないと思ったのか、すぐに冷静になったみたいだけど。
準備完了。
セドさんには悪いけど、ちょっとだけ腕試しさせてもらおう。
「取りあえず、面倒くさいから力づくでいかせてもらうね?」
「わしも嘗められたものじゃのう」
腰にさげた短剣を抜いて、正面から斬りかかる。
それに対してセドは、ゆっくりと剣を抜いて迎え撃つようだ。
嘗めすぎ!
「っ! あぶなっ!」
「チッ!」
じじいの訓練を見取りで獲得した、軌道変化によるフェイントをあっさり避けられる。
右袈裟切りの途中で手首を返して、左顎に向けて下から斬り上げる攻撃。
どうにか獲得した数少ない、必殺の剣。
「まさかその歳で、お主いくつじゃ?」
「31歳?」
「嘘つけ!」
嘘じゃ無いんだけどね。
いや、こっちで9年生きてるから40歳?
まあ良いけどさ。
「そのくらいなら教えてあげるよ! 9歳になったばっかりだけどね」
「恐ろしい小僧じゃ。まさか、剣鬼ベルモント流を齧っているは、それもかなりの練度で」
「知ってたんだ……」
「当然じゃ!」
あらじじい、意外と有名人。
他の大陸でも名前が通じてるとは。
まあいいや、かなり強いのは分かった。
「しかし、いきなり斬りかかってくるとは、どういう教育を……いや、そこも含めてベルモントの生徒か」
「いやいや、セドさんだっていきなり斬りかかってきたじゃん?」
「……」
痛いところを突かれたって顔してる。
凄い気まずそうな表情で、目がキョロキョロしてるし。
「しかも、いたいけな9歳児に、A級冒険者が当たったら死ぬような攻撃を」
「それは本当にすまなんだ」
あっ、かなり自分でもアレな行動だと思ってたんだ。
眼に見えて、落ち込んでいる。
これ以上、このネタで弄るのは可哀想か。
さてと、もう先を急ごう。
「どうしたの? 今度はそっちから掛かっておいでよ」
「小僧がほざきおる……が、少し調子に乗っておるようじゃから、ここらで痛い目にあって反省するのも大事じゃな」
「やっぱり、A級冒険者なのに9歳児に暴力振るうんだ」
「……お主、クソガキじゃな!」
怒ってるけど、その声に力は無い。
子供相手に舐められた自身の感情と、大人としての倫理観の狭間で揺れ動いているって感じだな。
あっ、剣を鞘にしまった。
言い過ぎて、落ち着いちゃったかな?
剣の柄をしっかりと鞘に結んでる。
で、鞘ごと剣を抜くと。
なるほど、抜き身じゃなければオッケーって妥協案に行きついたわけだ。
とっとと、くればいいのに。
こっちは朝の訓練までに、マルコに身体を返さないといけないのに。
流石に子供相手に、プライドが許さないかな?
まあ、もう試合は終わってるんだけどね。
「すこしお灸を据えさせてもらおおおおおおう? うわっ!」
一気に地面を蹴って距離を詰めようとしたセドが、左足を何かに引っ張られて後ろに吹っ飛んで背中から倒れる。
予定と違った……
本当は前にビターンって倒れるはずだったのに。
「油断しすぎ、それじゃあね? おじいちゃん!」
「待て! 待たぬか! なんじゃこれは、斬れん! ちょっ、外れんし……これは、なんじゃ!」
「バイバーイ!」
馬鹿にするようにセドの上を飛び越えて、一気に次の階層まであがると大顎に乗って、全力で進んでもらう。
実は、話しながら土蜘蛛の粘糸で輪っかを作って、セドの足にはめていた。
バレないように足に直接触れさせない幅で、輪っかの端だけを爪先に引っ掛けて。
その反対側は、背後の扉の横の壁に引っ付けて。
割と固めの糸だったのに、セドの力が強すぎて目の前まで届くくらいに伸び切ってたけど。
すぐに収縮の力で、反対側に引っ張られてった。
これセドが少し手加減してくれたようだから良かったけど、全力だったら剣だけでも届いていたかもしれない。
残り時間は5時間くらいかな?
取りあえず、人が居ないところまでダッシュ!
20階層を越えたところで、完全に人が視界から消える。
この階層にも何人か冒険者が入り込んでいるみたいだけど、まあ蜂の先導に任せておけば出会う事は無いだろう。
大顎から降りると、彼には管理者の空間に戻ってもらう。
ようやく、落ち着いて塔の内部を探索できる。
「魔物か魔族はどのくらい居る?」
「多いところで、この階層自体には40体程の魔物しかいませんね。一番危ないところでも、1部屋に3匹程度ラージタイガーがいる程度です。魔族は居ません」
「そっか……そのラージタイガーって強いの?」
名前からして、巨大な虎っぽいな。
「文字通り4m級の大きな虎です。普通の虎と同程度にずる賢いですが、地竜程では無いです」
「なんだ、雑魚か」
どうやらここでも、大した敵ではないらしい。
1階層がかなり広く、全部屋くまなく探索しようと思ったらここだけで、1時間くらい掛かりそうだ。
取りあえず、実力的に危うくなるまでは適当に魔物を狩りながら自分の力を確かめよう。
「この階層は全部で30部屋ほどあり、上への階段は3カ所です」
うん、そうだよね。
こんだけ広いのに階段が1つとか、住んでる人達からすれば不便だしね。
とはいえ、1部屋が10畳から20畳くらいあるっていうから、相当にデカい。
いや、一番広い部屋は30畳らしいけど、そこに4m級の虎が3匹か……
狭くね?
まあ、スペースの問題だろうね。
「取りあえず虎が居る部屋まで案内してもらおうか?」
「わざわざ戦うのですか?」
「うーん……戦ってみて決める」
「それって戦ってますよね?」
なかなかに的確な突っ込みが蜂から入る。
良いから、良いから。
素材も欲しいし。
「面倒になったら、任せるわ」
「まあ、私達でもどうにか出来なくはないですが、時間が掛かりますよ? 体力も耐性もかなりのものですから」
そして案内してもらう。
建物は全体的に、白やベージュの石材っぽいものを使用している。
天井全体が淡い光を放って周囲を照らしているのは、魔法の力かそういう素材なのか。
うん、ちょっと持って帰って調べてみよう。
蟻を呼び出して、天井を齧らせる。
念の為に、30cm級の地竜の牙を食わせた大型の初期の蟻。
「……有難う」
普通に壁を登って行くと、天井に顎を突き立てて簡単にボリボリとかみ砕いて削りとってしまった。
セドがかなり硬いって言ってなかったっけ?
蟻から献上された石材を手に取ってみる。
削り取られた石材は、光っていない。
ということは、この塔に掛けられた魔法ってことかな?
何か、そういう魔道具があるのかもしれない。
「その魔道具、欲しいな」
「そしたら、この塔全体が真っ暗になりますよ?」
「それは困るな……だから、帰りに貰って帰ろう」
「……」
蟻が、心底可哀想な物を見る目で上を見上げる。
おそらく、ミスリル騎士に向けたものだろう。
あっ、あと帰り際にこの塔の受付に居た人に、ここの黒騎士がミスリル騎士にジョブチェンジしたのも伝えないと。
そして、ここはミスリル騎士の塔に変わるね? って言ってあげよ。
蟻と蜂達が何か言いたげな表情を浮かべているが、笑顔で応えて先に進む。
壁に特に装飾が施されているわけでもなく、通路も同じ幅で作られているからマッピングちゃんとしないと、迷子になりそうだな。
しかも意地が悪い事に、部屋も扉が2個から3個平気であるから、間違えたら同じところをグルグル回るようになりそうだ。
うん、この壁削れる事に気付いたから、扉の横に記号を入れよう。
この通路をA通路として、ここにある扉は全部A-1からA-2といった感じで手前から削ってもらおう。
で、部屋の中にもA-1とかって入れていけば、どこの通路に通じてるかすぐに分かるし。
たぶん住んでる魔物や魔族も迷いそうだから、きっと喜んでもらえるに違いない。
1匹じゃ大変だろうから、蟻を30匹程呼び出して作業に当たらせる。
30匹の蟻達が揃って不憫なものを見るような視線を天井に向けていたが、気にするな。
彼等の為にもなるんだから。
そんな作業をやらせているのに、俺はサクサクと最短距離を進んでいく。
虎3匹?
あまりに弱すぎたから3行で。
部屋に入る。
入り口から部屋全体に、【電撃】を1分放射。
虎の丸焼けが3つ転がってた。
以上。
いや、どうせ他に人も居ないんだったら部屋全体に入り口入った瞬間に魔法を放てばよくね?
っていう、単純な作戦だ。
別に部屋の扉を開いた状態で、廊下から部屋全体に水魔法を放って凍らせても良いけど、進むのに氷削らないといけないし。
全体に火の魔法を放ちまくってもいいけど、部屋の温度下がるまで待たないといけないし。
じゃあ電撃でってなったけど、次の廊下に続く扉のドアノブ触ったら帯電してて、軽く感電した……
一斉に目を反らして見なかった事にしてくれた蟻や蜂達に感謝。
取りあえず虎の死体を回収。
毛皮が焦げてしまったのは失敗。
まあ、いつでも狩れるから良いけどね。
さてと時間が押し迫ってきているが、まだまだ先は長い。
残り1時間切ったら、黒騎士のところに転移してちょっとお話して戻ろう。
っていうか、レベルとかっていうのが無いから無駄に魔物を倒す事も無いし。
地球好きならレベルとか用意して欲しかったけど、殺し合いで生物が強くなるシステムというのはなかなかに複雑らしい。
魔力操作が上手になればなるほど、強化のスキルが強化されるらしい。
強化のスキルが強化って字面が馬鹿っぽいけど。
真面目な話だ。
50階層くらいから、魔族が居ると……
魔族とは一度戦ってみたいな。
残り時間は4時間。
よしっ、2時間ほど普通の探索者気分で進んで、1時間ほど魔族と戦う時間を用意しよう。
そして、ラスト1時間で黒騎士をおちょ……黒騎士の話を聞こう。
21階層に進む、蟻達は半分残してある。
例の扉に番号を割り振る仕事があるからだ。
小さい蟻でも、ちょっと削るくらいなら出来るらしいから、次の階層から30匹ずつ呼び出そう。
数千匹単位で居るし。
で、白い蟻も2匹くらい用意して。
適当な部屋の魔物を蟻達に追い出させて、結界を張らせるためだ。
出来れば外壁よりで。
あとで、外と繋げて階段……まあ、どうせ1階層をいつか壊してみる予定だから、そんなしっかりした作りじゃ無くていいぞ?
階段が頑丈すぎて、その階段が支えになって塔が倒れなかったら困るし。
21階層のカースト最上位も虎か……
てか、室内で虎とか飼うなよ。
そんな事を考えていたら、目の前に顔の高さでホバリングする蜂が一匹。
何やら言いたそうに、こっちを見ている。
「どうした?」
「マスター……戦闘をしている者達が居ます。マスターには関係の無い人ですし、些事かと思いましたが、一応マスターと同じ人間なので報告しました。それとかなり劣勢ですが、どうしますか?」
一応ってどういう事だろうね?
俺がギリギリ人なのか、戦ってる人がギリギリ人なのか。
まあ、どうでも良いか。
その冒険者のランクはどのくらいなのだろう?
もし分かれば、ここの適正ランクとかも調べられるな。
「へえ、ここまで来て殺されるのも可哀想だし、ちょっと他の冒険者がどんなもんか気になるな」
「寄ってみますか?」
俺の言葉に蜂が嬉しそうにしているところを見ると、どうやら助けてもらいたいらしい。
素直じゃない。
いや、俺の手を煩わせることに遠慮しているだけか。
「うん、こっそり覗いてみて危なそうだったら、助けようか」
「はっ」
蜂の先導で、その冒険者が戦っている部屋に向かう。
うん……これは劣勢というより詰んでるよね?
扉をちょっと開いてみたら、腹を裂かれてドクドク血を流している鎧を着た戦士の前に、白いローブを纏った女性が一生懸命防御結界っぽいのを張って、虎の攻撃を防いでいた。
戦士の方は……野郎か。
ってことは、カップルかこいつら?
助けなくてよくね?
もしくは野郎が死んだあとで、助け……分かった。
分かったから、そんな目で見るな。
女性は結界を維持するのに一生懸命で、回復にまで手が回らないらしい。
顔は真っ青で、魔力が尽きかけているのが目に見えて分かる。
虎は2匹。
交代に軽く爪で結界を引っ搔いている。
女性の魔力が尽きるのが時間の問題としって、いたぶって遊んでいるんだろう。
あの防御結界がどれほどのものか分からない。
よほど優れているなら、部屋の入り口から部屋全体に魔法を放つ作戦が使えるのに。
まあ、ちょっと真面目に腕試しするのも悪くないか。
女性に集中している虎に気付かれないように、扉をゆっくりと開けてスッと中に入り込む。
「あっ!」
イラッ!
せっかく虎がこっちに背を向けていて気付かなかったのに、虎を見ていた女性が俺に気付いて声をあげやがった。
馬鹿野郎!
そして、こっちに振り向くラージタイガー。
急激にやる気が削がれた。





