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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編

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第60話: I Will Always Love You

「ディーン?」

「ふふ、随分と男前になりましたね。もう、大丈夫ですか?」

「?」

「まあ、良いか。頑張って下さい」


 武器屋喫茶の手前でディーンを見つけると、彼は笑いながら声を掛けてくる。

 彼、いまアシュリーのお店から出て来たよね?


 首を傾げていると、肩を軽く叩かれる。

 それからクックと笑いながら、僕の横を通り抜けていった。

 

「どうしたんだろう」

 

 そんな事を考えつつも、いまはアシュリーに一秒でも早く会いたい。

 あって、この気持ちを伝えないと。


 武器屋喫茶の扉の前で、深呼吸する。


「マルコ様……」

「頑張ってください」

「……」


 ローズが心配そうに声を掛けてくれば、ファーマさんがエールを送ってくれる。

 そして、トーマスが退屈そうだ。

 その荷物、落とさないでね。


 ゆっくりと、ドアを開ける。

 いつもは子気味よいカランコロンという、来店を告げる鐘の音が妙に響いて聞こえて心臓の音が高まる。

 

「いらっ「また来たの?」


 マスターの歓迎する言葉を遮るように、アシュリーが声を掛けてくる。

 マスターがおやっとした表情を浮かべた後に、この間の喧嘩がまだ尾を引いているのかと軽く笑みを浮かべて、手元の作業の続きに入る。

 手網で豆を焙煎しているらしい。


「うん、マスター! アシュリー借りて良い?」

「フッ」


 こっちにチラリと目線を向けたマスターは、笑みを浮かべたまますぐに視線を手網に戻す。

 そして軽く頷いて、左手でどうぞとジェスチャーしてくれる。


「ちょっとマルコ! 私、まだ仕事があるんだけど!」

「良いから!」


 そう言って、アシュリーを連れていま来た道を戻る。

 本当はここで話をしようと思ったけど、アシュリーの顔を見てもっと踏み込まないといけないと感じた。

 ごめんトーマス、その荷物持ってきてもらった意味無かったわ。


――――――

「ここって……」


 目の前の立派な門を前にして、アシュリーが後ずさりする。


「知ってるよね? 僕の家だよ」

「う……うん」


 遠巻きに見る事はあっても、領民達が用も無いのにむやみに近付くことはない。

 門には、話せば気のいい担当の警備の人が、凛とした表情で立っていた。


「これは、お早いお帰りですね」

「お帰りなさいませ、おぼっちゃま」


 2人がその双眸を崩して、小さな主を出迎える。


「そちらの少女は?」

「僕の大切な人さ!」


 臆面もなくそう言ってのける僕に、アシュリーが目を見開く。

 それから、あからさまに挙動不審になる。


 眼をせわしなく動かして、どこか逃げ場を探すように。

 それから、比較的よく会うトーマスを見つけて、縋るような視線を送るとトーマスににっこりと微笑み返される。


 流石に館の中にいきなり通す訳にもいかないので、いつも訓練に使う中庭に移動する。

 

「す……凄い」

「ふふ、庭師の人達が頑張ってくれているからね」

「人達?」

「こんだけ広い庭を、一人で手入れ出来る訳無いじゃん」


 お店に入ったばかりの時はかなり不機嫌そうだったけど、今は純粋に驚いているようだ。

 

「ローズ、キャロに茶……いや、冷たい水を持って来るよう伝えてもらえるかな? 軽くレモン汁を入れておいて……あっ、あとクーラーに頼んで氷の2つか3つでも浮かべておいて貰えると良いかな」


 手早く横に控えていたローズに声を掛けて飲み物を用意させると、庭の一角にあるテーブルセットと日よけのある場所に向かう。

 まず自分から館を背負うように座ると、対面に座る様に促してアシュリーを腰かけさせる。

 せわしなく動いていたアシュリーの瞳が、机に向けられる。


「トーマスは自分の仕事に戻って良いよ、ファーマはまあ、少し休んでなよ」

「はっ」

「ひゃいっ!」


 急に主らしい口調で命令する僕に、ファーマさんが意味深に笑みを浮かべて一礼すると、トーマスさんは驚いたのか声を裏返らせたあと両手で口を塞いでいた。


「あっ、箱はマリーに渡しておいて」

「はいっ」


 僕の言葉に、トーマスが頷いて屋敷の方に戻ってくる。

 2人が立ち去ったのを確認して、アシュリーの方をジッと見つめる。


「あの、私帰る」

「なんで? まだ話もしてないのに」

「だって、こんな立派なお屋敷に、私なんかが……」


 いつも自信満々で、明るくて、天真爛漫な彼女の溌剌さが、完全に鳴りを潜めている。

 完全に委縮している。


 敢えて机の角を隔ててアシュリーの隣に座り直して、震える手に自分の手をそっと重ねる。

 彼女の不安を拭い去るように、


「ここが僕の住む家、ここが僕の住む世界だ」

「う……はい」


 言葉を選ぶように、返事を返すアシュリーに思わずこっちも強張る。

 やっぱり、彼女にとって貴族というのは想像を超えた人種なのだろう。

 館の建物を見た時点で、顔を青くさせていた。

 そして、自分と僕の違いを改めて感じたのだろう。


「お坊ちゃま、お飲み物です」


 そこにメイド服を着たキャロがローズと一緒に、お盆に水滴の付いたコップを2つ持ってくる。

 気を利かせたのか、銀のコップに注がれた氷を浮かべたレモン水は涼しさを演出してくれる。

 その銀の器が目の前に置かれるのを、どこか現実感の無いものを見るような眼で見つめるアシュリー。


「うん、それ置いたら、悪いけどちょっとここに居てくれないかな? 他にも頼みたい事が出るかもしれないし。ローズは館に戻ってて」

「はい、勿論ですとも」

「はいっ!」


 僕の命令で彼女はこの夏の強い日差しの中、日除けの下に立っていないといけなくなったというのに、嫌な表情一つ浮かべない。

 そのこともアシュリーを驚かせていた。

 それどころか、メイドのキャロは満面の笑みを浮かべて僕の斜め後ろに立つ。


 まあ、その笑みの正体は僕に対する敬意じゃなくて、僕と彼女の関係を間近で観察できることの楽しみ故ということはご愛敬だろう。


「どうしたの?」

「……」


 キャロが身に纏うそこそこ上等生地を使ったメイド服を見て、自分の服に目を落とす。

 表情がどんよりと暗くなるのが分かる。


「こんな汚い服……」

「汚いか……いや、でもそれが普通なんだよ。いや、普通の人よりはまだ多少はマシだと思う」

「でも……あちらの女性の服、とても綺麗」

「そうだね。ただ彼女の服が上等なのは当然かな? 侍女にもちゃんとした格好をさせないと恥を掻くのは、父上だからね」


 ちょっとイヤらしい言い方になってしまったけど、彼女に現実を突き詰めるのも重要だということはディーンの時に嫌というほど思い知らされた。

 恥ずかしそうにモジモジとする彼女を見て、ここかなと思いキャロに目配せする。


「彼女をマリーのところに案内して。それから、さっき渡した木箱を開けて良いからと伝えて貰えるかな」

「はいっ!」

「えっ?」

 

 キャロが元気よく返事すると、アシュリーを目の前から連れ去っていく。

 不安そうに何度もこちらに振り返るアシュリーを、敢えて無視するように目の前のレモン水を軽く口に含んで、唇を湿らす。


 ここからが本番だ。

 彼女を……彼女とこれから歩んでいけるかどうか。

 彼女の不安を全て拭い去れるかどうか。


 色々な事を考えていたら、喉がカラカラになってしまい目の前のレモン水を一気に飲み干してしまった。

 周囲に誰も居ないのを確認して、自分で氷と水を魔法でコップに補充する。


 2杯目も飲み干す。

 遅くない?

 一向にこっちに来ないキャロとアシュリーに、ちょっとずつイライラが募って来る。

 もしかして、マリーの気に触るような事でも……

 はたまた、お母さまに見つかってしまったとか?


 嫌な想像ばかりしてしまう。

 それから暫くして、ようやく待ち人が現れる。


「お待たせしました」

「あの、マルコ様……これ」


 キャロの横に立たされたアシュリーを見て、ハッと息をのむ。

 癖のあった彼女の髪が綺麗にセットされ、癖も上手に生かしてカールを巻いてもらっていた。

 それから、着ている服を見て先程飲んだ息が溜め息となって漏れ出る。

 

 薄手の淡い茶色のストールに、ベージュの絹のインナー。

 下は光を反射してようやく色が分かる程度の、淡いピンクのスカート。


 全体的に淡く、彼女の茶髪も相まってとても柔らかな印象に見える。

 それでいて、生地の良さが気品も演出している。


「か……可愛い」

「えっ?」


 軽く化粧も施して貰ったのか、いつもより大人びて見える。

 ただ残念なのは、やっぱり彼女が選んだのはマサキの服だったか。


「2着ほど用意したけど、そっちの方が気に入った?」

「いえ、マリー様が、外に出るのならばこちらの方がと……もう一つはパーティに使われるようなドレスだったし」


 なんだ、TPOにマリーが合わせてくれただけか。


「何か問題無かった?」

「言うなら、こんな身分不相応な服を着せられていることです」


 どうやら、家の人とは問題は無かったらしい。


「彼女は素材が良いので、何を着ても似合いそうですね。瞳も大きく、まだ若く肌もハリがあるので化粧は気持ち程度にしか施してないのに、ガラリと印象が変わって皆驚きました」

「みんな?」

「ええ、マリー様の他にも数名、居合わせた者が手伝いました」


 なんとなく、彼女の準備に時間が掛かった理由が分かった。

 けど、本当に何も無かったみたいで良かった。


「あの……」

「この服なら、皆の前に出ても大丈夫……凄く綺麗だ」

「うん……でも私なんかが、貴族様と話しても皆、退屈だと思う」


 折角可愛くしてもらったのに、俯いてしまったら台無しだ。

 

「顔を上げて」

「えっ?」

「こんなに可愛い自慢の彼女を、僕は皆に見て貰いたい」

「彼女?」


 僕は居住まいを正して、彼女の目をジッと見つめる。

 それから意を決して、少し大きめの声ではっきりと告げる。


「アシュリー……好きだ!」

「マルコ……」

 

 突然の僕の告白に、アシュリーが目を丸くして固まる。


「アシュリーは僕の事、嫌い?」

「そんなこと……」

「何があっても、僕がアシュリーを守るから! 誰かがアシュリーに意地悪したら、そんなやつ僕がガツンと言ってやる」

「でも……王子様だって「王子? 関係無い! 相手がたとえ殿下だろうが、アシュリーに変な事言ったら、吹っ飛ばしてやるさ」

「マルコ……そんな事したら、家が……」

「大丈夫さ、そんときは王子と戦争だってしてやるさ! こう見えて、僕ってかなり強いから! 何が来たって全力で守ってやる! だから、僕と付き合ってくれないかな?」

「ははは……あははははは!」

「アシュリー?」

「王子と戦争? マルコったらおかしいんだ」


 そう言ってひとしきり笑うと、目の端の涙を拭うようにこっちをジッと見てくる。

 彼女の目からポロポロと涙があふれている。

 でも、その表情はどこか嬉しそうだ。


「嬉しい……」

「うん! 返事を聞かせて貰えるかな?」

「私なんかで良いの?」

「良いって言ってる。きちんと返事して!」

「よ……ろしく、お願いしまウェー―――ン」


 途中まで言いかけて、言葉が震えだしたかと思うと大声で泣きついてきた。

 そのアシュリーの頭を胸に抱いて、頭を優しく撫でてやる。

 キャロのニヤニヤとした笑みと目が合うが、こんな事で照れているようなら彼女を守るなんて到底無理だろう。

 照れ隠しで、彼女を不安にさせるなんて本末転倒だしね。


「キャロ分かったでしょ? 彼女は僕の大事な人だから、今後も丁重に扱うようにね」

「はいっ!」


 僕の言葉に彼女が、元気よく返事する。

 何故かキャロがとても嬉しそうで、気恥ずかしくなってしまったけど。


「あのっ、でも何か問題があったら教えてください! 宜しくお願いしますキャロさん」

「ふふ、今から未来の奥様に名前を憶えて貰えるなんて、私にも風が吹いてきましたね」


 アシュリーの言葉に、彼女の緊張をほぐす為かちょっとおどけて見せるキャロ。

 未来の奥様という言葉に、顔を真っ赤にして固まってしまった。

 逆効果だ。


「キャロ!」

「はい、お坊ちゃま! 皆の者にも伝えておきます」

 

 その後お母様というラスボスがスッ飛んできた。

 いきなりのラスボス戦に緊張したが、不機嫌な様子でこっちをジッと見てくる彼女を睨み返す。

 うう……怖い。

 いつもと違った雰囲気のお母様に、思わず怯みそうになった自分に喝を入れる。

 腹にグッと力を入れ、唇を真一文字に結んで絶対に引かないと態度で表す。

 かなり長い時間睨み合っていた気がする。

 実際にはそうでも無いのかもしれないけど。

 ツーッと頬を汗が垂れる

 その後彼女は深く溜息を吐くと、フッと笑みを浮かべて特に何も言わなかった……

 それからアシュリーに目を向ける。


 アシュリーの身体がビクッと跳ね上がったのが分かる。

 すぐにアシュリーが立ち上がって、「あのっ……」と声を掛けようとしたが、すぐにお母様に手で制される。


「アシュリーと言ったわね? いま、夏休みでしょ? 朝から実家を一生懸命手伝っているのは知ってるわ」

「えっ?」

「武器屋喫茶の娘さんでしょ?」

「はいっ……」

「きっと……この子は何を言っても、貴女を諦めそうに無いし……だったら、これしか方法は無いわね?」

「えっ?」

「夏休みの間、うちで働きなさい。色々と教えてあげるから」

「ええっ?」

「貴方の実家にはうちから事情も説明して、明日からお手伝いが出来る人を寄越すわ……勿論給金はうちが出すから」

「はいっ……」

「まあ、暇な時間にマルコと遊ぶくらいは許してあげるわ」

「マリア様……」

「お母様!」

「ただ、調子に乗らないように」


 お母様はキッとアシュリーを睨み付けたあと、彼女に見えないように僕にウィンクして館に戻っていった。


「明日は迎えを送るから、早起きして待ってなさい」

「はいっ」


 お母様を見送ったあと、アシュリーに向き合う。


「僕はアシュリーが好きだ! アシュリーは」

「わ……私もマルコが好きです」


 その瞬間、管理者の空間がワッと湧いたのを感じた。

 流石にちょっと、恥ずかしい。

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