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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第58話:決意

 ディーンの言葉は、マルコにかなりの衝撃を与えたようだ。

 ディーンはそそくさと両親にあてがわれた部屋に、戻るつもりらしい。


「今日は、1人にしてあげますよ。色々と考えてみてください……ただ、私はマルコが本当に一生懸命考えたなら、どのような答えを出しても味方になりますから」

「うん、有難う」


 正直9歳児とは思えないような言葉を残して、ディーンがマルコの部屋を出て言った。

 1人残されたマルコが、よろめきながら後ろに下がってストンと椅子に座る。


「僕はアシュリーの事、好きなのかな?」


 自問するように呟くマルコに対して、答えることはしない。

 この答えは、彼に出してもらいたい。


 思わば色々と手助けをしてきたが、ことここに到ってマルコがこんなに子供だとは思わなかった。

 いや、気付けば色々と分かる事はある。


 成長するマルコの精神。

 それに対して、マルコに残した僅かな人格は肉体に合わせて幼くなっていっていた。

 9年掛かってようやくこの2つの距離がすぐそこに近づいてきたのだろう。


 マルコは完全に生まれ変わった俺となりつつある。

 いくばくかの前世の知識の使い方も、だいぶ下手くそになってきているのは感じていた。


 だが、俺はそれを悪い事とは思えなかった。


「マサキ様、お茶が入った……入りました」

「トトか。ありがとう……大顎は?」

「今日は、眷族の方と打ち合わせだです」


 どうやら大顎は、今日は傍にいないらしい。

 そういえば、朝から見て無かったな。

 トトの頭を撫でてやる。


「もう、また子供扱いして」

「ふふ、トトは子供だよ」


 口ではそんなことを言っているが、トトが嫌がる素振りはない。

 むしろ、尻尾をブンブン振って喜んでいる。


 可愛い。


「ああ、おねえズルい!」


 そこにクコも飛び込んでくる。


「クコ、まだ起きてたの?」

「ははは、早く寝ないとな」


 すでに辺りは真っ暗だ。

 子供が起きてていい時間じゃない。

 それに引き換え、マコは毎日ちゃんと鍛錬をしているからか、ご飯を食べてお風呂に入ったらすぐに眠りにつく。

 なかなか、健康的な生活で羨ましい。


 この子達は、将来どんな大人になるんだろうな……

 マコは立派な戦士になりそうだし、トトは……まあ、いつまでもお姉さんをやってそうだな。

 クコは、このまま可愛いまんまで居て欲しい。

 早く育てよとも思うが、大きくなって欲しくないなという思いもある。


 マルコにも同様に、一歩一歩大きく育って欲しい。

 途中でマルコの様子がおかしくなっていき、目を虚ろにして消えてしまいたいとか考えだした時は思わず怒鳴ってしまった。


 思えばこっちに転生して、怒りが沸いたのは初めてではないだろうか……

 その後に、急激に悲しくなって……自分なのに何をやっても上手くいかないマルコを憐れに思ったり。

 それでも焦れる事は無かったし、頑張れとしか思わなかった。

 

 そもそもこんな、なんでも無い問題で悩むことすらも俺からすればバカバカしい。

 ただ普段なら、一言二言手助けをするのに、なんで今回に限って見守ろうなんて。


 自分の言動に僅かばかりの違和感を感じる。


 普段だったら、そんなの「僕はベルモントだからって、笑い飛ばしてやればいいだろう」くらいの事は言ってやったと思う。

 王国貴族を見るに、彼等はマルコの挨拶にかなりの驚きを表していた。

 すなわち、彼等はベルモントの一族に貴族たらんとした態度を期待していなかったという事だ。


 そのあたりは、くそじじいが色々とやらかしたせいもあるだろうが。

 

 領民の子とはいえ、好きな女が自分の事を呼び捨てにして周囲が怪訝な顔をしても


「俺の女だ? 文句あるか?」


 の一言で、まかり通ってしまうような血筋と思われていてもおかしくない。


「文句があるやつは、剣で黙らせてやる」

 

 うん、ベルモントらしい最適解だ。

 おそらく、周囲も呆れたような表情になるが、じじいの孫ならそれも仕方がないかで済みそうだし、エマもディーンも苦笑いで通してくれただろう。

 ベルモントだからという、伝家の宝刀。

 ベルモントだから仕方がないという、風潮。

 好きな女も守れるし、周囲もアシュリーに同情的になるだろう。

 もしかしたらエマ辺りは、アシュリーとソフィアの両方にあいつだけはやめとけなんて言い出しそうだし。


「マサキ様?」

「マサキにい?」


 物思いにふけっていたら、横に立って心配そうにこっちを見つめる、2人の獣人の子が目に入る。

 なんとなく、俺の行動にいちいち感情が左右されがちな彼女たちを見て、子供を心配させるなんて駄目な大人だななどと考え、フッと溜息を吐きかけて戸惑う。


「俺も変わっているのか?」


 自分の中に生まれた小さな疑問。

 そもそも、トトは11歳とはいえそれなりの美少女だ。

 まだ体は発達していないが、獣人という可愛さを後押しする属性まで持っている。


 そんな彼女をお風呂に誘う?

 その時の自分には、何一つやましい気持ちなんて無かった。

 純粋に子供を風呂に入れて、身体を洗ってあげて湯船で遊んだりお話をしよう。

 その程度の感覚だった……


 前世で子供と殆ど接触したことのない俺がだ……

 当然子供の扱いなんて、全くといって良いほど経験が無い。

 精々小学校6年生の頃、低学年の子供達相手に兄貴風を吹かせてみたくらいか?

 もともと姉しか居なかった俺には、ちょっとしたことで憧れの視線を向ける彼等に対して、勝手に優越感を感じ悦に浸っていたくらいだ。

 早く生まれたんだから身体も早く成長しているし、出来る事も多いのは当たり前なのに。

 そんな俺が、いま彼女たちを見て何を思った?


 嫌な汗がブワッと噴き出てくる。

 自分はこの世界では完成された精神だと思っていた。

 何故なら、前世で生を終えた時の人格をそのまま切り取っているのだから。

 成長することはないし、変わる事もないだろうと……


 そういえば、マルコと統合して意識の擦り合わせをあまり行わなくなったのは、いつからだろうか……

 知識や経験の共有も、気がつけば一部だけに制限してた。

 無意識に?


 いや、無意識だけど、それを行っていたのは意図的にだ。


 何故だ?


 よくよく考えれば、その事に不都合は何もない。

 現にマルコの身体を借りる事は、問題無く行えるわけだし。


 この管理者の空間に限定すれば、俺という存在は物質的な器を持って確かに存在している。


 マルコとの統合も問題なく行えることも分かる。


 ただ、明らかに俺の意識が変わりつつある。

 マルコと同等の、元の俺の一部だったはずなのに。

 いつの間にか、マルコの保護者のように振る舞っている。


「確かにマルコの事は0歳の頃から見て来たが……最初は現世担当の俺くらいの認識だったはずだ」


 いつの間にか、それがマルコを子供として見守る保護者のそれに変わっていた。

 ははは、気が付けば俺はマルコの父親や兄貴にでもなったつもりだったのか。


 マルコの俺が年相応に落ち着きつつあるのに対して、こっちの俺は随分と老け込んだもんだ。

 まるで、その反動を受けるように。


 善神……いや、邪神様の考えが、俺に変化を働きかけているのか?

 考えても答えなど出ない。


 だが、それが取るに足らない問題だとすぐに気付く。

 悪い事になる予感は、あまりしない。

 取り敢えず、流れに身を任せてみるのも良いか。


『そっちに行ってもいい?』

「なんだ?」

『ちょっと、土蜘蛛と蚕達に相談』

「そっか……」


 今からマルコがこっちに来るらしい。

 正直、今はあまり会いたくないのだが、俺に会いにくるのじゃないなら問題無いか。

 それに、声に張りが戻っているとこを見ると、どうやらなにかしらの答えが出たらしい。


――――――

 正直、僕に対してソフィアが好意を抱いているのじゃないかなってことは、考え無かった事は無い。

 ただ、あんなに可愛いうえに伯爵家の子が僕みたいなやつを好きになるなんてと、考える度にすぐに打ち消していた。


 でも本当はそうじゃない。

 アシュリーの事があるから。

 アシュリーに悪いと思うから、意図的に他の女の子との距離をある程度取っていた。


 ベルモントでアシュリーが待っている。

 僕はアシュリーが好きだから。

 アシュリーもきっと僕が好きだから。


 そう考えて他の女の子を好きになっちゃいけないんだと、自分で自分に枷をかけていた。


 ディーンにアシュリーの事を考えて無いと言われて、改めて自分の感情を振り返る。


 アシュリーとは小さい頃から仲が良かったから。

 アシュリーの事、好きになったから。

 アシュリーが僕を待っているから。


 王都に居る間、半ば義務的にそんな考えが頭の中を占めていた。

 僕はアシュリーと結ばれて当然。

 アシュリーは僕と結ばれて当然。


 だから、彼女に対して特別に何かをしようと思わなかった?

 そもそも、彼女に対して面と向かって好きだと言った事は無い。


 ディーンに対して僕の好きな人だと紹介したが、はたしてそれは正しいのかな?

 僕が好きであるべき人という、おかしな思い込みが混じっていたことに気付く。


 改めて、アシュリーの事を考える。


 別に大して生きてもない癖に、思えば偉く達観した恋愛感情を抱いたものだ。

 出会った時のようなドキドキとした感覚は、ここに戻ってアシュリーに会った時感じなかった。


 でも彼女が僕に対して手紙を送らなかったことを怒っていると思った時は、違う意味でドキドキしたし本当に申し訳ないと思った。

 お土産を渡した時の彼女の華やいだ笑みを見て、僕は心から良かったと思った。

 僕が最初訪れた時に、彼女が不在だったことを申し訳なさそうにしている彼女を見て、笑い飛ばして安心させてあげたかった。


 彼女の笑顔を見ると、僕も笑顔になる。

 彼女の悲しい表情を見ると、僕も悲しくなる。


 これは恋なのかな?

 でも、もし彼女が他の男の子と仲良くなったりしたら?

 胸がズキリと痛む。


 彼女は僕のものだ……醜い独占欲だとは理解している。

 だから、僕も彼女だけのものになる。


 彼女を他の男に渡したくないのは、何よりも彼女が大事だからだと思い込もうとしているのは分かる。

 手紙も出さない、身分も弁えず庶民の彼女を貴族の友達に紹介させて惨めな思いをさせる。

 そんな阿呆が、ディーンにはなにを身勝手なと思われるかもしれない。


 それは……僕が、彼女を真剣に見る覚悟が無かったからだ。

 前にマサキが言ってた。

 好きなところがいくつもあっても1つでも不満がある女より、好きな所が1つしかなくても不満が1つも無い女の方が続いていたと。

 アシュリーの好きなところは一杯ある。

 そして不満は何もない……こともない。

 おじさんが時々怖い。

 でも、それは彼女には関係ない問題だ。

 ただ、それでも今は……という言葉が付いて回る。

 9歳児に、将来彼女がどうなるかなんて分からない。


 でも9歳児なんだ。

 今を大事にして、何が悪い。

 

 改めて見て、アシュリーが素敵な女の子だと言う事は分かる。

 離れていてもすぐに慣れてしまったが、戻って来て彼女と会ったときホッとした。

 それで十分じゃないか。

 

 僕に足りなかったのは、彼女と一生を共にする覚悟。

 9歳のガキの色恋にそんな覚悟が要るのかと言われれば、要らないと思う。

 けど、庶民の子と付き合うっていうのは、そういう事だ。

 

 僕が彼女を好きになった時点で、他の子達は彼女から手を引く。

 そして、万が一僕と彼女が別れでもすれば、他の連中は彼女をどう扱うか。

 その事に対する、責任というものを負う覚悟が無かっただけだ。


 覚悟は決めた。

 彼女を変える事はしない。

 僕が守る!

 だから、マサキが用意したプレゼントなんかに頼っちゃ駄目だ。

 自分で、彼女に似合うものを作ろう。


 周りに何も言わせない、上等なものを。

 

――――――

「何か、意地になってませんか?」


 いきなりディーンに冷や水を浴びせられた。


「そんな事無いし!」


 もう、誰にも文句は言わせない。

 彼女が足りないというのなら、僕がそれを補う!


「あー……」


 何やらディーンが困り顔だ。

 ちょっと、不安になる。


「いや、別に構わないんですけどね」


 それから投げ槍に……

 ちょっ、僕が真剣に考えたら味方になってくれると言ったよね?


「少しアシュリーと距離を取って、きちんと将来を考えたうえで結論を出すものと……いや、まあマルコらしいですね」

「……」

「アシュリーが本当に好きですか?」

「好き!」

「うわぁ……」


 酷いな!

 僕の一大決心に、そんな引いたような顔をするなんて。


「でも、まあ本気でアシュリーの事好きだっていうのは事実だよ。だから、彼女を僕が守るんだ」

「そうですね……そう、そこまでの覚悟なら疑いません。一緒に、最善を尽くしましょう」


 そして、意気揚々とアシュリーにプレゼントを渡しに行く。


「ごめんねマルコ。私も、ちょっと色々と考えてみたいし……少し、待ってもらえるかな?」


 プレゼントを渡すまでもなく、アシュリーに追い返された。


「これだけでも!」

「うん……気持ちは嬉しいけど、今は私も色々と悩んでるの」

「何を悩んでるの?」

「ちょっと、マルコ?」


 彼女の悩みを解決しようと問いかけてみたら、あっけにとられたディーンに止められた。


「それは……」

「僕が解決してあげ「マルコ! 少し、彼女にも時間をあげましょう! 幸い殿下が来られるまでまだ時間がありますし」

「で……殿下? って、王子様?」

「うん、僕のと……もだちかな?」

「なんで言い淀んだうえに、疑問形なんですか! 殿下が聞いたら泣きますよ?」

「王子様までいらっしゃるのね……私、やっぱりいけない」

「えっ?」

「ごめん、マルコ! 時間を頂戴!」

「……うん」


 意気込みもなんのその、肝心のアシュリーに追い返されてしまった。


「なんか、すみません」

「いや……このまま当日までセリシオが来ることを伝えなかったら、たぶんもっと酷い事になってたと思うし……」

「そうですね……流石の彼女も王族相手となると、かなり腰が引けてましたね」

「うん……ちょっと、明日もう一度「マルコ……しつこい男は嫌われますよ?」

「……」

「あとはアシュリーの判断に委ねしょう」

「……うん」

「ラーハットの魚楽しみですね」

「……うん」

「本当に、ごめんなさい」

「……うん」


 昨日とは打って変わって、ディーンに肩を抱かれ慰められながら屋敷に戻って来た次期当主に、家人達がうわぁという表情を浮かべて自分の仕事に逃げていった。


「マルコ様」

「マリー……」

「なるようになりますよ」

「……うん」


 なんかあっちでもマサキが、可哀想な視線を僕に送っているのを感じる。

 ただ、覚悟って決めるべき時に決めないと駄目なんだなというのは、身に染みて分かった。


 ディーンは悪くない……

 

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― 新着の感想 ―
[一言] そんなの当たり前だよね。全く別の第三者やスキルならともかく同一の存在が産まれたときから二つに別れてるんだから(笑)
2021/09/04 11:37 退会済み
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