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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第57話:アシュリー

「早いですね」


 お父様との訓練の為に、起きて準備をしていたらディーンも目を覚ましたらしい。

 寝起きのちょっとまどろんだ表情がなんとも言えず男前で、ちょっとイラッとする。

 

「朝の訓練の時間だから」

「そうですか。見学してもいいですか?」

「見ても面白くないと思うけど……」


 庭に行って準備運動をしていたら、庭に通じる勝手口が開く音が聞こえてくる。


「おはよう」

「おはようち……ち……あれ? エクト様?」

「おはようございます父上。マイケル様は?」


 振り返ってみれば、屋敷の勝手口から出て来たのはエクト様だった。

 そう、ディーンの父である。


「マイケルならまだ寝てるよ。昨日は遅くまで酒に付き合わされたからね」


 付き合わされた側が起きてて、付き合わせた方が寝てるのね。

 それも、僕との訓練に来られないくらいに飲んだと。


「毎朝、マルコ君の訓練をしているのは聞いていたからね。今日は、私が見てあげよう。マイケルを止められなかった責任もあるし」


 なんて良い人なんだエクト様。

 

「ついでに、息子も居るみたいだし2人で訓練すると良い」

「えっ?」


 エクト様の言葉に、ディーンが素っ頓狂な声をあげている。


「ちょっと、外の空気を吸いに「ディーン?」

「はい……」


 さしものディーンも、父親には形無しのようだ。


 エクト様の訓練はとても分かり易く型に合わせた素振りを行い、その素振りを見て色々と改善点を教えてくれる。

 筋肉の弱い部分や、そこの鍛え方など。

 また、実際に筋トレの方法も教えて貰ったけど、この人宮廷魔術師だよね?


「学校に通う6年間、私もマイケルとウィードに付き合わされてスレイズ様に師事していたからね」


 なるほど、聞けばエクト様は国内で一番接近戦が得意な魔術師らしい。

 そのロッド捌きは、現役の騎士が舌を巻くとか。

 魔術師NO.2がそれで良いのか?

 

 今日は訓練の為かローブを羽織っているが、肩幅が広い事だけは分かる。


「ローブで筋肉を隠してしまえば、相手もまさか私が肉弾戦が得意とは思わないだろうからね」

「魔術師だからって死に物狂いで距離を詰めてとったと思ったら、ロッドでボコボコにされるとか剣を持つ身としては悪夢ですよ」


 軽く手合わせしてもらったけど足元まですっぽり覆うローブでうまいこと身体を隠しているから、ロッドを警戒しつつ近付いた瞬間に全く意識してなかった足で蹴り飛ばされた。

 ロッドすら使って無いし。


「マイケルなら、簡単に脛受けで止められますよ?」

「お父様と一緒にしないでください」

 

 まあ蹴り飛ばされたというより、足で引っ掛けられて飛ばされたから打撃による痛みは無いけど。

 魔術師に蹴り飛ばされるとか、かなり屈辱的……いや、エクト様はおじいさまに習っていたんだから、そんな常識的な事は当てはまらないのは分かるけど。

 

 もう1人の僕ならこんなときどうするだろう?

 ジッと考える。


 魔法やスキルが使えないとして、相手は魔法も接近戦も得意。

 うん、たぶん最初から戦わない。

 でも、どうしても戦わなければならないとすれば。


 ローブが邪魔だ。

 先の攻撃で、相手が変則的な行動をとる事は分かった。

 どこから攻撃が来ても良いように、決めてかからずに視野を全体に広げて。

 あとは、感覚でいくしかないかな?


「もう一度お願いします」

「おや、流石マスターのお孫様。なかなかに、根性がありますね。どうぞ!」

「では!」


 先と同じように一気に距離を詰める。

 そして剣を振るう。


 視界の左下隅に、エクト様の攻撃の予兆を捉える。

 真っ正面から受けるのは愚策。

 

 即座に右に飛んで攻撃が到達するまでの時間を引き延ばし、エクト様の攻撃を見定める。

 今度は右手でロッドを振るって来たのが分かる。


 身を低くかがめ、左手に持ち替えた剣をエクト様の足に振るう。

 同時に左側頭部をロッドがかすめ、髪が舞い上がる。

 が、直撃は免れた。

 あとは、この振り切った剣がっ!


「惜しい! というか、恐ろしい子供ですね」


 剣を足で踏み付けられたが、すぐに手を離してその場から離脱する。


「ほうっ!」

「参りました」


 避けたロッドが軌道を変えて振り下ろされていた。

 あれが当たったらかなり痛かっただろうけど、避けられたのは大きな進歩だと思う。

 ただ、手に獲物がなくなったからこれ以上戦えないけど。


「いやいや、私の攻撃を避け切っただけでも素晴らしい」

「ですが、魔法を得意とする方をお相手に、素手ではちょっと流石に無理ですね。この時点で、私の負けです」

「その潔さもまた良い! これは、本当にマスターを越えるかもしれないな」


 ディーンが顎が外れたように、口を大きく開けてこの手合わせを見ていた。

 彼にとっても、エクト様の攻撃を避け切ったのは予想外だったらしい。

 初めてディーンの予想を超えたのは、本当に良い気味だと思った……が。


「これは、まだまだ速度を上げても大丈夫そうだな。もう一度やろうか」


 なんかおじいさまや、お父様みたいなことを言い出した。

 魔法職があれだけの攻撃を繰り出しておいて、本気じゃないだと?

 おじいさまの弟子は一体どうなってんだ!


 流石にエクト様は、おじいさまやお父様みたいにうっかり僕に致命打を与えることは無かったが、散々寸止めで急所を撃たれ、心に致命的なダメージを負った。


「まだまだ精進します」

「いえいえ、あそこまで戦えるとは思わなかったよ。是非、こんどうちの課に、デモンストレーションに来てもらいたいくらいだね」

「はあ……」


 ニコニコと機嫌良さそうにのたまうエクト様を尻目に、ディーンの訓練を眺める。

 ディーンの訓練は魔力操作だった。

 一生懸命魔力を手に込めて、綺麗な風の球を作る訓練だとか。

 おいおい、魔法の訓練って子供にしちゃ駄目なやつじゃん。


 ちなみに、訓練内容はその最中にかなりゆっくりエクト様がロッドで頭や肩に攻撃を仕掛けるというものだけど。


「いたっ!」

「この程度で魔力操作に乱れが出るようなら、相手に近づかれたら死ぬぞ!」

「はいっ!」


 いや、まず魔術師が敵の接近を許しちゃ駄目でしょ?

 何を想定しているのやら……


「マスターやウィードクラスの人間は、0距離で魔法を当てないとなんのダメージにもならないぞ?」

「はいっ!」


 いや、前提の仮想敵がおかしいから。

 本当に、何と戦うつもりなんだ。


 ただ、ディーンが怒られるのは気持ち良い。

 2時間ほど交互に修行を付けて貰い、屋敷に戻って朝食を頂く。

 それから、ディーンと武器屋喫茶に向かう。

 どうしても連れてけと五月蠅いし。

 

―――――――

「その手荷物は?」

「ああ、王都で買った彼女へのサプライズプレゼントかな? 渡すかどうかはまだ決めかねているけど」

「目の前でのろけるつもりですか?」


 そんな事言われても知らない。

 ディーンが寝たあと、もう1人の僕に渡された。


『本当にアシュリーを友達に紹介するんだな?』

「約束だし」

『お前、それがどれだけ酷な事か分かってるか?』

「なんで? 友達に友達を紹介するだけだよ?」


 マサキが何を心配しているのか、良く分からない。

 

「どういうこと?」

『いや、貴族の友達に庶民の友達……しかも女の子同士を顔合わせさせるんだろ?』

「アシュリーも乗り気だったよ?」


 僕の言葉に、あっちで大きく溜息を吐いているのが分かる。


『悪い事は言わないから、断れ』

「もう約束したし」

『お前は馬……まあ、子供の感覚だとそんなもんか。女心を理解しろってのっが土台無理だったな』


 なんか馬鹿にされたみたいで、腹が立つ。

 というか、眠いんだけど?


『取り敢えずこれを持っていけ。渡すか渡さないかはお前次第だ。これを渡したらソフィアルートは無くなるかもしれないが、渡さなければ確実にアシュリーとは疎遠になるぞ』


 恐ろしい事を言う。

 ただの子供同士の顔合わせなのに。

 そう言って、右手から取り出したのは長方形の木箱だった。

 かなり軽い。

 中を開けると恐らく土蜘蛛と蚕が作ったであろう服が入っていた。


『これ以上ヒントを出す気はない、自分で良く考えろ』

「大袈裟だよ」


 そして勝手に向こうから意識の接続を切られた。

 かなり気になったので、こっちから呼びかけたけど一言『自分で考えて、気付く事も重要だ』と言われて、それ以降無視された。

 意味分かんないし。

 というか渡したらソフィアルートが無くなるってどういう意味?

 そもそもソフィアルートって、ソフィアと恋仲に発展するってこと?

 まだ、そこまでの関係じゃ無いし。

 そんな事を考えながら歩いていたら、すぐに武器屋喫茶に着いた。


「いらっしゃい」


 出迎えてくれたのはマスター。

 その横でアシュリーはお皿を拭いていた。


「マルコ! ……と、どなた?」

「初めまして。マルコの友達でディーン・フォン・マクベスです」

「ディーン様? フォン・マクベスってことは貴族の方?」

「マクベス? 侯爵様のご子息ですか?」


 アシュリーの方はピンと来てなかったようだけど、マスターはすぐに分かったらしい。


「ええ、そうですよ」

「今度殿下も来るから、前乗りして色々と手伝ってくれてるんだ」


 そう言ってさも当然のようにカウンター席に腰かける。

 ファーマさんも、武器屋喫茶にはロマンを感じているらしく、陳列棚に並べられた武器についてマスターとよく武器談義をしている。

 ローズも冒険者なだけあって、マスターとは気が合うらしく、いっつも僕をほったらかしにするので必然とアシュリーとの時間が増えてくる。

 今回は、横にお邪魔人が居るけど。

 お邪魔虫?

 僕には邪魔な虫なんて居ないし。


「侯爵のお坊ちゃんか、私はアシュリーです。マルコと小さい頃から仲良くしてます」

「マルコ?……うんうん、お話は聞いてますよ。私とも是非仲良くしてくださいね」

「おいっ!」


 アシュリーは僕の友達だから、別にディーンと仲良くなる必要なんて無いし。

 アシュリーが皿を拭く手を止めて、カウンターから横に来る。

 そしてディーンを見て固まる。

 

 まさか!


「素敵な服だね」

「ああ、有難うございます。普段着ですけどね」

「普段着……」


 ディーンの服を褒めているが、続くディーンの言葉にアシュリーが少し固まる。


「流石貴族様ともなると、普段着も素敵なもの着てるね」

「うーん、今日は外を歩き回るから、持ってる中でも汚れても良い物にしてきたんですけど、どうも」

「で……ですよね? ははは、そうだお飲み物何にする?」

「オレンジジュース2つ!」

「ディーン様もそれで、良い?」

「良いよ!」

「なんで、マルコが答えるの?」

「……ふーん。まあ良いか……じゃあ、僕もオレンジジュースで」


 アシュリーがディーンにばっかり気を遣うから面白く無かったけど、なんかディーンの様子がおかしい。

 ちょっと不機嫌な感じがする。


「すぐにご用意しますね」


 そう言ってカウンターの裏に戻るアシュリーを、ディーンが厳しい目つきで見ている。

 

「マルコは彼女をエマ達にも、紹介するつもりかな?」

「うん、彼女も僕の友達に是非会ってみたいってさ!」

「中々に、残酷な人ですね」


 一瞬ディーンが敬語を忘れるくらいに、不快に思う事があったらしい。

 そして隠す事もせずに、不満気にそんな事を言って来る。

 何が言いたいのか、さっぱり分からない。


「何か気に入らない事でもあった?」

「まあ、貴方が気にしていないなら私が口を挟むことではありませんが……正直、考えが甘いとしか今は言えませんね」


 それからアシュリーがパタパタとジュースを運んできてくれる。


「お口に合うと、良いのだけれども」

「まあまあですね」

「おいっ!」

「ははは、ですよね」


 さっきからディーンの態度がどんどん悪くなっていってる。

 どういうつもりだコイツ。

 結局アシュリーも途中からあまり話しかけて来なくなった。


 そして帰り際に……


「やっぱり、今度マルコの家にお邪魔するのやめとこうかな?」

「そんな気にすること無いよ!」

「ええ、その方が良いと思いますよ」

「ちょっ、ディーン?」

「はは……また、別の機会にね?」

「アシュリー……」

「ごめん、今日はちょっと疲れたから……また、来てね」


 そう言って、挨拶もそこそこにアシュリーは店に引っ込んでしまった。

 折角マサキが持たせてくれたプレゼントも渡せずじまいだ。

 というか、そんな雰囲気にすらならなかった。

 ディーンのせいで。


 帰りながら、ふつふつとディーンに怒りが込み上げてくる。

 僕の怒りを察してから、ディーンも全く話しかけてこないし、ローズとファーマさんも無言だ。


「ちょっと、部屋でお話しましょうか?」

「ああ、僕もディーンに言いたい事がいっぱいある!」


 僕とディーンの険悪なムードを読み取ってか、家人の人達もお出迎えの挨拶をしたあとにおやっという表情を浮かべただけで、すぐに自分の仕事に戻っていった。


 部屋に入るなり、僕はディーンの胸倉を掴む。


「なんのつもりだよ! 僕の大事な友達にあんな態度を取って!」

「なんのつもり? それはこっちのセリフです」


 僕の怒りなんてなんのその、ディーンは冷ややかな視線を向けて来た。

 思わずその視線の冷たさにたじろぐ。


「はあ……マルコ。少しは貴族としての自覚を持ってください。誰とでも分け隔てなく付き合えるのは、貴方の良いところでもありますが……時と場合があるでしょう?」

「何が……」

「貴方は領主の息子ですよ? そして、彼女は領民で庶民です……そして私は侯爵家の息子です。そんな客人を前にして、領民が領主の息子を呼び捨てにするなんてあってならないことでしょう?」

「だって友達だし……」

「親しき仲にもです……そも、貴方のおばあ様や、お母様があまり知らない格上の他の貴族の前で、旦那であるスレイズ様やマイケル様を呼び捨てにしますか?」

「そ……それは。でも、彼女とは……」


 ディーンは庶民の子が、彼の前で僕を呼び捨てにしたのが気に食わなかったらしい。


「許嫁でも無いのに、あまつさえ私にさえも馴れ馴れしい態度を取るとか……正直、貴方の相手としては不足です。とてもじゃないですが、エマやソフィアに紹介できるような人じゃないですよ」

「アシュリーを馬鹿にしてるの?」


 ディーンの言葉にカッと頭に血が上る。

 例え友達でもアシュリーを馬鹿にするのは、我慢ならない。


「そうさせているのは、他ならない貴方自身だということを理解出来ないのですか?」

「えっ?」

「そもそも、私の普段着……それも、少々汚れても良い程度の服に、あそこまでの感想を抱く人にエマやソフィアを見せるのですか? ソフィアなんてきっと気合を入れて、持ってる中でも良い物を着てきますよ?」

「……」

「そんな中で、あんな粗末な服を着た子を紹介するとか……だから、残酷だと言ったのですよ。エプロンだけは分不相応なものを着ていましたが、あれを送ったのも貴方でしょう?」

「うん……」


 正確にはマサキだけど。


「彼女の着てる服が何百着も買えるようなエプロンを送って、正直着ているものとの差が大きすぎて思わずエプロンの価値を見誤るところでしたが、あれシルクですよね?」

「……うん」


 そこで初めてマサキが服を僕に持たせた意味を理解した。

 そして、添えられた言葉の意味も。

 その服すらも、渡せてないけど。


 途中でアシュリーの態度が暗くなったのも、ディーンを見て僕の友達のレベルが分かったからだろう。

 正直舞い上がっていた。

 僕が好きな子だから、皆無条件で受け入れてくれると。


「2人で仲良くするのに、別にマルコ、アシュリーと呼び捨てするのは構いませんけど……他領の貴族の前で、自分より身分が上の人間を立てられないようなら、正直私達にとって会う価値も無い人間ですよ? 逆に私からすれば、騎士侯であり陛下や殿下の剣の師匠であるスレイズ様のお孫様であり、次期近衛団長候補であったマイケル様のご子息を呼び捨てにする領民など、不快な存在でしかないですよ」

「そこまで……」

「それが、貴族というものです。領民と距離が近いのは良いですが、行き過ぎは自身の格を落とすだけ。他の人達に舐められるのは貴方ですし、何かあった時に惨めになるのは彼女です」

「うっ……」

「とはいえ、マルコのことだからどうせそうじゃないかなと思って、今日無理にでも紹介して貰ったんですけどね」

「えっ?」

「彼女に釘を刺す意味でも」


 そう言って悪戯っぽく笑うディーンを思わず叩いてしまったのは、僕のせいじゃない。


「殿下が来るまでに、彼女に最低限の礼儀と分を弁えてもらえるなら、紹介して頂くのはやぶさかではないですし、殿下はそういった事には無頓着ですから」

「だったら……」

「ただエマは違いますよ? ソフィアが悪からず貴方を思っていることは気付いているでしょうし」

「そうなの?」

「しらじらしい……今の状況でアシュリーを彼女に紹介したら、友人の恋の為に全力でアシュリーを叩き潰しにかかるでしょうね。それはもう、貴方の視界に彼女が自ら入らないレベルで」

「うっ……」

「だから、貴方もそれを用意したのでしょう? そこまで貴方が考えなしじゃなかったことは、私も予想外でしたしホッとしてます」


 ディーンの目が、僕の横に所在無さげに置かれた木箱に向けられる。


「それ、ドレスでしょう?」

「……」

「ただ、いくら外見を繕おうとも、中身があれじゃエマを納得させられませんよ? どうするんですか? 正直私としては今日初めて会ったアシュリーより、前から付き合いのあるソフィアの方が大事なので現時点ではエマの味方です」

「……」


 そのドレスすらマサキの用意したものだ。

 正直、自分をぶん殴ってやりたくなる。

 ディーンにここまで言われるまで、自分の軽薄さに気付かなかった。

 全くディーンに言い返せない自分にも腹が立つ。


「まあ、そのソフィアよりもマルコとの縁の方が大事なので、貴方が本気だというのなら心を鬼にしてアシュリーを彼女たちの前に出せるくらいにはしてみせますが……貴方に対するそのアシュリーの態度も、今までとはガラリと変わるでしょうね?」

「どうするの?」

「まずは領主と領民という立場の差を徹底的に分からせるところからでしょうね?」

「それって……」

「今迄みたいに、気安く話してくれなくなると思いますよ」


 そんなの嫌だ!

 嫌だけど、そうしないと傷付くのはアシュリーだし。

 何よりエマの本気とか怖すぎる。


「もしくは、貴方がアシュリーをエマから守るだけの覚悟を決めるか。ただ、貴方に対する周りの目は厳しくなるでしょうね」


 まだ、そっちの方が……


「まあ、そうなるとベルモント家の不利益につながりますし、最終的に貴方もアシュリーも幸せになれませんよ? そうなる前に圧力が掛かって、マリア様が代わりの女性を用意しますよ! そして、今度はマリア様が全力でアシュリーを潰しにかかるでしょうね」

「うっ……」

「それでもアシュリーととなると、家を出るしかないですね。幸いテトラ君っていう跡取りの代わりは居ますし」

「……」

「まあ、マリア様が溺愛する貴方を手放せばですが」


 何一つ言い返せない。

 嫌だ……何もかもが嫌だ。

 なんで、そんな事を平気で言えるんだよ!


 ……分かってる。

 いつもは面白がって、そういう人の嫌がる事を言うディーンだけど今の彼は本気だ。

 本気で僕を心配している。

 どうにか僕が納得できるような筋書きを考えている。

 いや、彼の中では答えは出ているのかもしれない。


「身分を越えた愛と言うのはとても憧れられるものですが……正直、ただ好き同士だからといって幸せになれるもんでもないですよ?」

「うん」

「本音を言えば……諦めるのが一番です。ほらっ、初恋って実らないって言うじゃないですか?」

「……嫌だ」

「嫌なのですか? 本当にそう思ってますか? 小さなころから傍にいた、器量の良い子を好きだと思い込もうとしてるだけじゃないですか?」

「そんな……そんな事無い」

「だって、マルコは全然アシュリーの事を考えて無いですよね?」

「えっ?」


 ディーンの言葉に、頭をぶん殴られたような衝撃が走る。


「もし考えてたら……絶対に私達に紹介しようなんて考えないですし、紹介するにしてもそれなりに注意すべきことは教えますよね?」

「もう、良いよ!」

「駄目です! 逃げちゃ駄目です!」

「なんでだよ! 好きなんだから良いだろう? 他の人が口出す事じゃ無いだろう!」

「……ガッカリですね。貴方は将来、この地の領民を背負って立つ人ですよ? 自分の感情を最優先してどうするんですか!」

「そんな事言われても、こ「子供だしは通じないですよ? その言葉を口にすることは、マイケル様やマリア様の教育が間違っていると公言するようなものですから」


 耳に痛い言葉ほど腹が立つとはこのことか。

 ただ初めてみせる、おふざけのない友人の言葉が、本気で僕の事を考えて心配してくれている事を分からせてくれる。

 それでも親友の諫言に、自分の感情がコントロールできなくなる。

 心の中はグチャグチャだ。


 マサキなら、こんなときでも上手く立ち回るんだろうけど。

 ただ、彼は恋愛ごとに関しては遠回りにしか手助け……いや、自分の事だ。

 自分の想いを、いくらもう1人の僕だからって任せちゃ駄目な事は分かっている。

 

 正直彼にとってガキの色恋沙汰なんて、どうでも良いのかもしれないけど。


 たぶん、彼ならあっさりとアシュリーを切り捨てることだってできるし。


 もう嫌だ……消えてしまいたい。

 そもそも、僕って要るのかな?

 大分彼も、この世界の事を理解しただろうし……

 きっと彼の方が、上手くやっていけるだろうし……


 統合すれば、僕の記憶も意識も感情も人格も全て彼と一緒になる。

 もともと2人で1人だし、まだ成熟途中の僕の人格なら前世の人格を色濃く持つ彼の部分が大半を占めることになるし。

 そっちの方が良い気がしてきた……


『逃げるな!』


 今まで何も言わずに見守っていただろう、マサキからも叱責が飛ぶ。

 でも、もう僕も分からないよ……

 失敗してばっかりだし……

 なんだかんだで、大事なところは全て彼に任せて来たし。


『成長の機会を自ら捨てるとか、馬鹿か! お前に求められているのは、こういったことも含めて成長することだろう!』


 たかが9つの子供に、何を求めてるんだ。

 自分は9歳の時に、こんな苦労を負って来たの?

 僕の気持ちなんて分からな……分かり過ぎてるか。


 僕なんだし。


『ガキだから、通る道理もあるだろう? 落ち着いて考えてみれば良いさ』


 急に優しい声で話しかけてくるマサキに、彼が怒って無いことが分かり少しだけホッとする自分が嫌だ。


「ちょっと言い過ぎましたか……」


 完全に無言になってしまった僕に、ディーンが苦笑いする。

 ごめんディーン。

 ごめんなさいマサキ。


「少しお互い頭を冷やしましょうか? ご飯を食べて、寝てすっきりすればお互い妙案も浮かぶかもしれませんしね」


 こんな時までまだ最善を探すつもりなのが、皮肉にも当事者の僕じゃ無くてディーンだということが、僕を打ちのめす。


「ラーハットの魚、楽しみですね? マルコは食べたことあるんでしょう? 羨ましい」

「うん……」


 しかも気遣ってまでくれる。

 友達が良い奴過ぎて、ますます惨めになる。


「ハハハ……まずい、本当に言い過ぎました」


 しかも、滅茶苦茶気まずそうだし。

 ディーンは何も悪く無いし。

 僕が悪いのも、僕が変わらないといけないのも分かってるし。

 

「ごめんね?」

「良い。ディーンは何も悪くない」


 しかも謝らせてしまった。

 気持ちを落ち着かせて、本気で考えよう。

 アシュリーの事も。

 自分の事も。

 ゴブリンキングの時の、強くなりたいなんていう限定的な決意じゃなく。

 マルコという人間に求められているもの、自分の立場、自分の進むべき道。

 

 9歳にはまだ早い決断だと思うけど、ここはそういう世界なんだ。

 ましてや、貴族の息子だし。

 せめて、ディーンにだけは応えたい。


『俺は?』


 



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ゴブリンの管理の仕事に出向する話

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