第54話:ゴブリンの王対蟲の王前編
ゴブリンの群れを撃退したあと、マルコは一旦管理者の空間に戻って来た。
「マルコにいすごい!」
「兄って、やっぱりすげーな」
俺の傍でタブレットを覗き込んでいた、幼い兄妹がマルコに駆け寄っていく。
ちょっと、嫉妬する。
マコはやっぱり男の子だけあって、剣と魔法でかっこよく戦うマルコに憧れを抱いていた。
クコは、単純にマルコにい強い、凄いって感じだけど。
トトは少し心配していたらしく、無事に帰って来たマルコをほっとした表情で出迎える。
3兄弟の長女の彼女からすれば、2つ年下のマルコも弟と同じようなものと思っているのかもしれない。
どちらかというと、時折俺に向ける目に何やらもの言いたげな様子が伺えるが。
ここに来た当初は、時折頬を染めつつも不安げな表情を浮かべたり、触れようとするとビクッと身体を震わせることもあった。
その理由はすぐに分かったが。
暫くすると、向こうから話題を振って来た。
「てっきり伽の相手をさせられると思ってたです。普通に働けて幸せです」
トトの言葉に盛大な溜息を吐く。
正直言って、トトはまだ11歳。
普通に守備範囲外だし、そもそもこの先もそういった展開は望まない。
マルコの身体であれば、姉さん女房として許容範囲内だが。
肝心のトト自身がマルコに興味が無い様子。
「お前、伽の意味分かって言ってるのか?」
「夜、裸で一緒に寝るです。恥ずかしいです。言わせんなです」
頬を染めて、なんとも言い難い微妙な答えが返って来た。
とても中途半端な知識だ。
が、流石に他人の子供におしべとめしべの話をする気も無かったので、代わりに頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「10年早い」
「むう……伽が無いのはホッとしたけど、その言い方はなんかショックです」
「そういうのは好きな人とするもんだ」
「私はマサキ様好きだですよ? 勿論、マコとクコも」
「ははは、有難うな! でも好きにも色々とあってな、その好きは違う好きだ」
「よくわからんです」
「自然と伽をしたくなるような相手が、いつか見つかるさ……そして、それは俺でもマルコでも無いと思うぞ?」
「マルコ様も、嫌いじゃないですよ?」
所詮はまだまだ11歳の子供だし、親が居ないから尚更知識が偏っているのかもしれない。
それでも幼い弟妹が居るからか、少し大人びた事を言ってみたい年頃なんだろう。
俺としては、素直に子供らしく甘えて欲しいが。
前世では姉しか居なかったから、弟や妹ってのにかなり憧れを持っていたし。
つっても、親子……は言い過ぎか?
そうでも無いか。
この世界なら親子でも通用するほど離れてるし。
そういったやり取りをして数日後……
伽の相手をしなくて良いと知ったトトと、かなり距離が近くなった気がする。
どうやら、その事が不安でちょっと距離を取っていたのかもしれない。
色々な事を話してくれるようになったし、頭を撫でられるのもそんなに嫌がらなくなった。
流石に中途半端な知識とはいえ、思春期に片足突っ込みかけた少女にお風呂を誘うのも問題あると自覚したので、あれから誘ってないが。
クコは俺と入ったり、トトと入ったりしている、
マコは男の子だからか、単純に姉と入るのが恥ずかしいのか俺としか入らないが。
完全に兄というより、親戚の叔父さんっぽくなってきた。
「お父さん、部屋の掃除終わったよ」
そんなときに、不意にトトがそんな言葉を口にした。
言った瞬間に本人は固まっていたが。
どうやら、彼女は途中から俺と父親を重ねていたらしい。
そこまで安心してくれているのは嬉しいが、彼女の父親の経緯を知っている俺は、ちょっと微妙な表情を浮かべてしまった。
次第に瞳に涙を溜めていくトトを見て、不安になる。
なんだかんだで、前世日本では小学生5年生の女の子。
ちょっと背伸びしてみたい年頃とはいえ、まだまだ子供だ。
その心情を慮って、仕事以外でも色々とコミュニケーションを取っていたが。
その事で、彼女に父親を思い出させてしまった。
「ごめんなさいですマサキ様!」
そう言って駆け出そうとする彼女の手をとって、引き寄せると胸に優しく抱き寄せて優しく背中をトントンと叩く。
そして、頭を撫でながら声を掛ける。
「良いんだ……色々と頑張ってて偉いなトトは。マコやクコの立派なお姉さんやって……でも、トトもまだまだ子供なんだよ」
「子供なんかじゃ……」
そこまで言って、言葉に詰まって嗚咽を漏らし始めるトトを少しだけ強く抱きしめる。
「トトだってまだまだ世間じゃ子供だ。だから大人に甘えて良いんだよ。お父さんには到底及ばないかもしれないけど、ここに居る間は俺が親代わりだ。だから、もっと我儘言っても良いし、我慢することなんて何も無いんだ」
「うう……うっ……うっ」
色々な感情があふれ出したのか、言葉にも出来ずひたすら俺の胸で泣きじゃくるトトが落ち着くまでそのままの姿勢で過ごした。
暫くしてようやく落ち着いたトトを引き離すと、その口に丸い玉を放り込む。
「ん、甘い」
「俺の国の飴だよ。ドロップスって言うんだ」
「美味しい」
「ふふふ、飴で喜ぶなんてまだまだ子供だな」
「普通の子供は飴なんて、食べられないよ」
「そうか……この国じゃそうだったな」
ようやく元気を取り戻したトトに一安心しつつ、お馴染みの飴の入った缶を渡す。
地球産だからちょっとお高めだったけど、お菓子にしてはといった程度だ。
「こんなに貰えない」
「マコや、クコにも分けてあげな」
「……はい! 有難うございます」
少し逡巡したようだが、こんなに美味しいものを1人だけで食べるのは気が引けたのか、弟妹達の喜ぶ顔が見たかったのか割と素直に受け取ってくれた。
あの時から、完全にトトとの距離が無くなった気がする。
子供なんて持った事無かったけど、少なくとも保護者としての仮初の父性程度は芽生えていたようだ。
逆にトトの方は、俺を男として見る事は無くなった。
純粋に兄や父親のように慕ってくれているような気がする。
ちょっと、遠慮が無くなった気もするし。
さてと、マルコも疲れているだろうし今日のところはこれくらいにして、家に帰すか。
吸収したゴブリンウォーリアの武器や防具は、そこまで良い物では無さそうだったが、まあ実験には使えそうだ。
死体の方も、何か使い道があるかもしれないし。
それらの素材は蟻達が解体していっているが、1匹ほど完全な状態で保管することにした。
マルコはすぐには帰らず、一通り虫達と戯れてから帰っていったが。
――――――
その日の夜、管理者の空間で1人ボーっと過ごして居たら、ゴブリンナイトを追いかけさせた蜂から通信が入る。
「どうした?」
「今夜、再度襲撃が行われるようです」
「今からか? いまどこに居る?」
「先ほどの集落から10km程離れたところです。ゴブリンが集落というか……もはや村といっても良い規模の巣を作ってました。キングが居ます」
「……ゴブリンキングか?」
「はい」
蜂の言葉に、思わず溜息が漏れる。
ゴブリンキング……支配種か。
単体脅威度B+だったと思うが、群れを率いた場合その脅威度はAにまで登る。
Aランクといえば、小さな街が一つ壊滅においやられるレベルだったっけ?
「まさかと思うが昼間の行軍は威力偵察を行っていたってことか? どのくらいの規模だ?」
「正確な数字で?」
「大体で良い」
「群れの総数は800匹ほどで通常のゴブリンが半数の400匹をしめてますが、残りはハイゴブリンか職持ちですね。御三方の1人と女王と眷族をよこして頂ければ、キング以外のゴブリンは全て即座に滅ぼして見せますが」
心強過ぎる言葉を頂いた。
御三方とはカブト、ラダマンティス、土蜘蛛の事だ。
彼等のうち1体と群れが居れば、キング以外のゴブリンは殲滅できるらしい。
恐ろしい……事も無いか。
蜂の群れだけで、結構な数になるしな。
「キングはマルコに聞いてみる。あいつが戦いたいと言えば、マルコに任せよう」
「マルコ様にですか? 大変無礼を申しますが、キング相手となるとマルコ様では荷が重いかと」
「そっか……で、今夜の襲撃は?」
「キング直々に行くそうです。ゴブリンジェネラル2匹、ゴブリンナイトを30匹、ウォーリアを50匹、ゴブリンメイジも20匹ほどですね」
「うわぁ、あの里亡ぶんじゃね?」
「恐らく」
さらっと、恐ろしいことを言われた。
別にこれといった思い入れも無ければ、ちゃんとした知り合いがいる訳でもない。
助ける義理も理由も無いから、なんとも言えない。
が……敢えて理由をあげるとすれば、里が亡ぶのを知ったくらいか?
あとは、他人以上顔見知り以下が2人居るくらいか。
「どうされますか?」
「そうだな、マルコにちょっとやらせてみて、危なくなったら代わろうか」
「大丈夫ですか?」
「まあ、大丈夫だろう……たまには、危険な相手とやらせてみないと、少し気が緩んでる気もするし」
「そんなことありませんよ! 子供らしく、スクスクと自由に元気に育っておられます」
うちの子達は皆、マルコに甘い気がする。
俺が言えた義理じゃないが。
「襲撃はどのくらいで行われる?」
「今から出るようですので、里に着くのは……1時間後くらいですね」
「余裕があるのやら、無いのやらって時間だな」
「足止めしましょうか?」
「うーん、里に近づけて無駄に被害だすのも気が引けるし……出鼻を挫こう。3km地点に30分後って出来る?」
「やってみましょう」
取りあえず、初めて戦う強者相手にマルコがどこまで出来るか。
カブトの筋力強化以外のスキルをあまり使わないし。
魔法は大分、使いこなしてたけど。
「取りあえず、マルコを迎えに行こう」
――――――
『マルコ、ゴブリンキングだ』
「ええ……眠いし、パス」
こいつ。
とは言えないか。
日中を森を散々歩き回って、いまさっき寝付いたばっかだしな。
『普段ならそれで良いんだけど、これからゴブリンキングが森にあった集落を襲う。恐らく、皆殺しにされるぞ?』
「えっ、それを先に言って……え? そんなに強いの? っていうか、何が出たの?」
どうやら、寝ぼけてて俺の言葉をちゃんと聞いてなかったらしい。
絶対に聞き逃さないように、直接記憶を送り込む。
「ゴブリンキング……勝てるかな?」
『蜂の見立てじゃ、無理だって』
「えっ?」
「ちょっと、マスター何を言ってるんですか! もう少し、オブラートに」
嘘は吐いてないし。
ただ、あまりにストレートな物言いに、マルコもムッとしたらしい。
「分かった……倒す」
チョロい。
寝起きで頭が上手く働いていないだろうことを鑑みても、チョロい。
『頑張れよ』
「いつ行くの?」
『20分後に、ゴブリンの巣から3km程離れた場所だ。マリアさんもテトラとべったりだから、多分部屋にはこないだろうけど、1時間以内には片付けて戻ってきたいな……いや、マルコにはちょっと難しいか?』
「出来るし……てか、30分で片付けるし」
どうやら、大分やる気を出してくれたみたいだ。
まあ、落ち着いて考えたら、うちの優秀な蜂達が目算を見誤る事はないと気付きそうだが。
頭が完全に冴える前に、とっとと連れて行ってしまおう。





