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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第53話:ウッドネイバーの集落

 ハベレストの森の奥地に位置する、開けた場所。

 そこに、200人程度の人達が身を寄せ合って過ごしている集落がある。

 

 この場所を切り開いたのはどんな人だったのだろうか?

 300年前からひっそりと、暮らしているのは何故なのか。


 いまとなっては、それを知る人間はこの集落にも居ない。


 当初40人程でこの場所を切り開いた先人達は、この場所を森の隣人(ウッドネイバー)と名付けた。

 それだけが、昔を今を繋ぐ唯一の言葉。


 純粋に自然を愛した故の行動なのか、はたまたなんらかの理由で街を追い出されたのか。

 もしかしたら、国にとって不都合のある人達だったのかもしれない。

 敵国の脱走した、捕虜だったかもしれない。

 

 シビリディアの学者達は、初めてこの場所を発見したとき色々な憶測を元に仮定を立てたが、どれもしっくりくる事は無かった。


 300年の歴史というのも、代々集落の長が継いできた名を持つクレバーウッドという1人の老人の証言でしかない。


 そして、このような奥地に来てまで彼等について調べる程の情熱を持ち合わせた学者は、幸か不幸かその時には居なかった。

 結果学者の興味を失った彼等は、徐々に人々から忘れ去られていった。


 マルコ達がゴブリンを撃退した日から、時は1週間ほど遡る。


 ウッドネイバーの集落の奥にある、大きな小屋に屈強な体つきの男達が集まって1人の老人を囲んでいる。

 なにも、いたいけな老人を苛めようという訳ではない。


 彼等では、判断がつかない事態が起こっていたため、この里で一番の賢者であるクレバーウッドに相談に集まっていたのだ。


「明らかに獲物の数が減って来てます」

「木の実や、野草なども根こそぎ取られたような形跡が見られる場所がいくつも」


 彼等にとって森の恵みというのは、それこそ命を繋ぐための大事な資源である。

 その資源が何者かによって、荒らされていたのだ。


「ふむ……人が入ったような形跡は無かったか?」

「人ですか……」

「例えば焚火の後があったり、身を削ぎ落された獣の骨があったり……あとは、そうだな。糞尿の類か?」

「いや、この近辺でそのような形跡は無かった」


 クレバーウッドの問いかけに答えたのは、この里一番の戦士であるドラゴンファング。

 弟のドラゴンクロウも首を傾げる。


「お前の目にも何も映らぬか?」

「ええ、木の上からも確認しましたが、原因は不明です」


 クレバーウッドの問いかけに答えたのは鷹の目(ホークアイ)

 この里で、一番遠くを見渡せる目をもっている。

 その彼を持ってしても、原因を解明できるような手掛かりは発見できなかった。


「馬の蹄の跡……」

「狼の足跡は見られましたが、その姿までは捉えられなかった」


 クレバーウッドの独り言ともとれる呟きに答えたのは、夜の蛇(ナイトスネーク)

 音も立てずに獲物に忍び寄り、悲鳴もあげさせずに狩るのを得意としている。


「狼か……狼がこの付近まで来るとは考えられんな。地竜が縄張りとしている、竜の巣箱を越えてくるとは考えられん」


 この付近にはいくつもの洞穴があり、そこを塒にしている地竜は少なくはない。

 ただ、この里の戦士からすれば、大事な獲物でもある。

 稀に里の人間が襲われ、獲物となる場合もあるが。

 

「一度詳しく調べてみる必要があるか……」


 クレバーウッドは長く伸びた顎鬚をさすりながら、思案する。

 何か良からぬ事が起こっているのかもしれないと不安が頭を過るが、目の前の屈強な男達を見てその思いを振り払うかのように頭を振る。

 

 次の日村の戦士達が狩を行いながら、異変の痕跡となりそうなものを探したが見つからなかった。

 翌日にはさらに範囲を拡大して、調査するべきか。

 クレバーウッドの寝屋では、そのような議論が行われていた。


 だが、事態は急変する。

 木の上で獲物を探していた、ホークアイがおかしな集団を見つける。

 何かに跨って、こちらに疾走してくる人型の集団。


 その高さから、乗っているのは馬ではないことが分かる。


「これは……赤いゴブリン? フォレストウルフに乗っているのか?」


 スルスルと木から降りると、この集団のリーダーであるファングに報告をする。


「ゴブリンの異常繁殖か? にしても、赤いゴブリンなんて聞いた事無いぞ?」

「ハイゴブリン……昔長が言っていただろう。緑のゴブリンを見たら驚かせ、赤いゴブリンを見たら逃げろと」

「ああ、子供の頃にそういえばそんな事を言われた気が」

 

 通常のゴブリンであれば当時から魔法の才を見せつけ、それなりの力を見せていた彼等であれば、問題無いだろうと判断されたのだろう。

 だが、赤いゴブリン。

 いわゆるハイゴブリン相手となると、その立場は逆転する。


 ハイゴブリンは、通常のゴブリンよりも力が強く、知恵も回る。

 そして、残虐な存在とされていた。


 ただ、それはあくまでも子供の頃の話。

 今の彼等であれば、ゴブリンに毛が生えた程度の魔物など、取るに足らなかった。


 即座に反応したのは、ナイトスネークと、シルバーウルフ。

 正面から槍を持って、シルバーウルフが道を塞ぐ。

 まだだいぶ距離はあるが、ゴブリンの群れは速度を落とすことなく突っ込んでくる。

 そこに茂みから、数本のナイフが投擲される。

 シルバーウルフが注意を引いた隙に、ナイトスネークが脇に隠れ攻撃を仕掛けたのだ。


 向かって来たゴブリンは12匹。

 ナイトスネークの初撃で、3匹のゴブリンが眉間にナイフを生やして狼の背から崩れ落ちる。

 繰り手を失った狼は、即座にその場から離れて逃亡を図る。


「グギャッ?」

「ギャッ!」


 正面の獲物を捉えて、一気にその命を刈り取ろうとイヤらしい笑みを浮かべて突っ込んで来た彼等に、困惑の表情が見て取れる。

 その隙を見逃す戦士はここには居ない。


「【土壁(アースウォール)】!」

 

 木の上から立て続けに矢が放たれると、いつの間にかシルバーウルフの前に立っていたファングが土の魔法で、地面に障害を作る。


 急に目の前に現れた壁に、先頭を走っていたゴブリンの乗った狼が突っ込みもんどりうつ。

 そして、地面に放り出されたゴブリンをさらに矢が襲う。


「【石礫(ストーンショット)】」


 この時点で、残りは7匹。

 土壁を大きく飛び越えたクロウが、上空から石の礫を飛ばすと呪文の詠唱に気付いて上を見上げたゴブリン達の頭が弾ける。


 残った2匹は慌てた様子で、踵を返し走り去っていくがそのうちの1匹の背中に矢が突き立つ。

 縦2列で走っていたため、もう1匹には逃げられてしまったが。


「これだけ脅せば、もう近づくことはあるまい」

「そうだな。ゴブリンは亜人に近いとはいえ、所詮は魔物。臆病だからな」


 ゴブリン……小鬼族と呼ばれる彼等は、魔物では無く亜人とする説は、一部の魔物学者の間で今でも唱えられている。

 だが、その性質と行動から世間一般では魔物という括りで落ち着いている。


 故に、自分より強い相手には決して、無駄に挑む事は無い。

 逃げて、別の獲物を探した方がよっぽど生産的だということが、分かる程度の脳みそはあるらしい。


――――――

「正体は、ハイゴブリンでした」

「そうか……それで、数は?」

「12匹ほどがこちらに向かってきていたが、俺達で撃退した。1匹を残して、他は残らず殺した」

「なるほど、まあ12匹のうち11匹も殺されれば、もうここには近づくまい。ご苦労であった」

「いえ、里のためだ」


 報告に来ていたファングに、労いの言葉を書けるとクレバーウッド満足そうに頷く。

 その晩は、戦士達に酒が振る舞われた。


 そして次の日。

 ありえない事が起こる。

 昨日撃退したはずの赤いゴブリンが、その数を増やして襲い掛かって来た。

 当然すぐに木の上に居たホークアイに捕捉され、村の戦士が数人集まってそれを撃退する。


 まさか、一度手酷くやられたゴブリンの群れが、数を増して襲って来るなどとは。

 

「これは、どういうことだファング?」


 剣呑な眼差しを向けてくるクレバーウッドに対して、ファングも負けじと睨み返す。


「昨日、確かに奴等の殆どを殺した。証拠に、今日の連中は1匹残らず皆殺しにしたではないか」


 その日襲って来たハイゴブリンは20匹。

 一度やられたゴブリンの再侵攻に、不気味なものを感じる。


「もしかすると、ハイゴブリンというのは普通のゴブリンよりも仲間意識が強いのかもしれんな」

「報復ということか?」

「うむ……今のところ、それ以外に思いつく事は無いからのう」


 次の日はまた来るかもと警戒をしていたが、結局その日はゴブリンの群れが姿を現す事はなく、無駄に一日を過ごす事となった。

 幸いなのは、連日のゴブリンの襲撃で狼の肉が手に入ったため、食料に関しては大きな問題とはならなかった。

 あまりうまくはない筋肉質の肉とはいえ、あると無いとでは大違いだ。

 特に、作物を育てるということを殆どしないこの集落においては。


「たまたまだったのかもしれんのう」

「それか、本当に諦めたか」


 だが、彼等の期待はあっさりと裏切られる。

 先日と同数のゴブリンによる襲撃、そしてそのさなかに別方向からも小さな群れが里を襲い掛かって来た。


 そちらの方は里に居た指導係の戦士と、若い戦士見習いに倒されていたが初めて怪我人が出た。

 若い見習いが、ハイゴブリンの放った矢を肩に受けたのだ。

 まさかゴブリンが群れを分けて、襲撃してくるなど思ってもみなかったため里の外でメインの部隊を撃退した戦士達にも動揺が走る。

 そして、それはクレバーウッドも同じだった。


「これは、ちょっと不味いかもしれんのう」

「というと?」

「こんな奴等、何体来たところで大した問題にはならんだろう」


 長の呟きに対して、表情硬く問いかける兄ファングとは対照的に、クロウはにやにやとした笑みを浮かべて強気な姿勢を表している。


「里の者に被害が出た時点で、問題だ……明日は警戒を強めてくれ」

「なんだ、長も歳か? あんな雑魚相手に臆病風に吹かれるなんて」

「口を慎め。長は、里全体の安全を考えているんだ。お前が襲われたところで誰も問題にせんが、里には女や子供も居るんだ」

「ちっ……じゃあ、俺が1人で全部ぶっ殺してやるよ」


 窘める兄に対して、不満を言葉にはしているがその表情は余裕が見られる。

 確かに弟は、兄弟という贔屓目を抜きにしてもファングも認める強者だ。

 この里で、自分の次に強いと思っている。


 が、どんな強者であっても必勝ということはありえないことをファングは知っていた。

 

 長の意向をくみ取って、ファングは流石にこれはまたあると踏んで警戒をする。

 斥候にホークアイを出し、同じく遠見に自信のあるファーサイト、スカイアイ、ウォッチャーの3人に別方向を警戒させる。


 そんな彼等を嘲笑うかのように、次の日の襲撃は無い。


「流石に、もうちょっかい出すの諦めたんじゃねーか?」


 その事で調子に乗るクロウとは裏腹に、クレバーウッドとファングの表情は険しいものとなる。

 このまま引き下がるとは、少し考えにくい。

 徐々に数を増やし、ゴブリンの癖に警戒の薄い里の側面に搦め手まで使って来たのだ。


「無駄にかしこすぎる。これは、しばらく警戒しておいた方が良い」

「おいおい、兄者にそんな事言われた不安になるだろうが……ちっ、わーったよ」

「頼んだぞ」


 クレバーウッドに、里の防衛の全権を託されたファングが人員を配置して、襲撃に備える。

 今日来てくれればいいが、これで日が空けばこいつらの士気も下がるだろうし。

 警戒が緩くなったところに、今まで以上の数で来られたら流石に怪我人が出るかもな。


 そんな不安を抱きつつも外を警戒していたら、笛の音がけたたましく鳴り響く。

 来た。

 不謹慎ながらも、前回同様1日開けただけで来てくれた事に安堵する。

 これなら、次が日が空いてもある程度の士気は維持できるだろう。


 確実に撃退できると踏んでいるファングは、すでに次の事を考えている。

 油断ではない。

 彼自身、まともにぶつかればゴブリン風情が何匹こようと、物の数では無いと確信していた。

 それほどまでに、力の差を感じていた。


「【石礫(ストーンショット)】」

「【風の刃(ウィンドカッター)】」


 兄弟の魔法を皮切りに、戦士たちの猛攻によって一瞬で勝負に片が付く。

 半ば作業だなと、肩をすくめて溜息を吐く。


「まだだ! 遠くに土煙が見える」

「なっ!」


 そこにホークアイから、叫び声があがる。


「なんだあれは! 黒い鎧?」

「今までのとは違うのか?」

「肌が黄色い」

「黄色い?」


 流石に、黄色いゴブリンの話までは聞いて居なかった。

 が、恐らくハイゴブリンより上の存在か?

 黒い鎧を纏っていることから、さらに上位種であると伺える。


「未知の敵ってのは厄介だな」

「新手だ!」

「くそっ!」


 さらにホークアイからの報告を受け、ファングが忌々し気にホークアイの視線の先を見つめる。

 彼の目で分かるのは、かろうじて何かが近付いているであろう程度だ。


「いや、虫? 角虫か?」

「角虫?」


 続くホークアイの言葉に、ファングの表情が不安げなものに変わる。

 もしこれが、以前助けて貰った蟲の王なら良いが、違ったら。

 勿論期待はしている。

 が、これ以上の敵が現れた可能性も捨てきれない。

 期待と不安がない交ぜになった状態で、ホークアイの報告を待つ。


「砂煙が遠ざかっていく……逃げたのか?」

「兄者」

「ああ、蟲の王かもしれんな」

「行くか?」

「勿論だ!」


 2人の兄弟は、新手のゴブリン達が逃げ去った場所に走って向かう。

 が、結局マルコと会う事は無かった。


 

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