第50話:ベルモント……マイホームタウン!
ベルモントに着いたのは、時間にして大体3時くらい。
陽はまだ高く昇っているが、今日は一日家でゆっくりと馬車旅の疲れを癒そう。
部屋に荷物を置いて、リビングダイニングに向かおうと考え一度自室に戻る。
お父様やテトラ、マリーに王都での生活の話を聞かせるためだ。
出て行ったときとあまり様変わりしていない部屋だが、綺麗に掃除が行き届いている。
普段から、定期的に掃除をしてくれていたのだろう。
テトラにどんな話をしようと、ワクワクしながら荷ほどきをする。
といっても、衣類を箪笥に詰めるのとお土産を分けるだけだけど。
お母様とずっと一緒だったから、彼女にお土産を渡すのは正直うーんって感じだけど。
取りあえず、テトラの為に買った手押し棒のついた木馬を出す。
棒を持って押すと、馬が右や左を向いたり尻尾が上下に動く細工が施してある。
可愛らしいデフォルメされた馬が、その単調ながらコミカルな動きとマッチして絶妙に愛嬌がある。
お父様には、王都で買った帽子とおじいさまに持たされたお酒だ。
壺の入った木箱を鞄から出す。
割れて無いようで、ホッとする。
他にもマリーやメイドさん、警備の人達、執事や料理人、庭師の人にも用意してある。
皆が喜んでくれる姿を想像して、渡すのが今からとても楽しみだ。
ワクワクした様子で、お土産を仕分けする。
早く渡したいと、気が焦る。
ちょっと汗ばみつつも、一生懸命荷物の仕分けに集中する。
だというのに……
『何をやっているんだマルコ! 早くお土産を持ってアシュリーに会いにいかないと』
もう一人の僕が五月蠅い。
「ええ、アシュリーは別に明日でも良くない?」
『お前は、またそう言って! 明日書こう、明日書こうといってとうとうアシュリーにも家にも手紙を出さなかったのは誰だ!』
そう、テトラに手紙を出そうと固く思ったはずなのに、結局誰にも手紙を書いていない。
意外と紙を前にしたら、何を書こうか迷ってしまい気が付いたら放ったらかしにしてしまった。
決して、王都の生活が楽しくて忘れてしまった訳じゃない。
書くつもりはあったんだよ?
『書かなければ結局一緒だ! つもりなんてのは誰にも伝わらないし、口にしても言い訳としか思われないぞ』
いつになく、今日のマサキは大人ぶって口うるさい。
そんなに気になるなら、自分で書けば良いのに。
『家にはお前が寝た後に、俺が書いて送っただろう! 返事も来ただろうが』
はい、その節はありがとうございました。
いきなりお母様から手紙が来たから、ワクワクして開けたら季節の挨拶のあとに、お手紙有難うと書いてあって思わずキョトンとなってしまった。
マサキが手紙を出してくれていたのを知ったのは、その時だ。
だったら、アシュリーにも書いてくれても良かったのに。
『それはお前が書かないと、意味が無いだろう……家には、日常の報告だけで済むが、アシュリーには伝えないといけない思いとかもあるだろうし』
まあ可愛い幼馴染相手に、いくら同一人物だとしても自分の預かり知らぬところでラブレターを送られるのはちょっと。
彼の思考からして、ストレートな恋文を書きそうだし。
『大体、何が悲しくて8歳の女の子にラブレターなんか書かないといけないんだ』
彼の精神年齢からしたら、それ以上にキツイものがあったみたいだけど。
でも、将来の僕の事を考えたら君にとっても……はい、すいません。
誰にも書いてない僕が言えた義理じゃないですね。
あと、家への手紙は本当に感謝してます。
自分で自分に感謝するというのも、おかしな話だけど。
『でだ……今日、帰ってすぐにアシュリーに会いに行くのと、行かないのでは後々の関係に大きな差が出るぞ?』
「お……脅さないでよ」
直接対峙しなくても、分かるくらいに真剣な様子で言っているのが伝わってくる。
将来の自分が可愛いのか、僕を心配しているのかは分からないけど。
『いや、お前がもうアシュリーより他の女の子が良いって言うなら、俺は何も言わんが……個人的にはソフィアなんて良いと思うぞ? 性格も、素材も』
「ソフィアとはそんな関係じゃないし」
『クルリとか、うまくいけば尽くしてくれる良いお嫁さんになってくれそうだな。 家もそこまで裕福じゃなさそうだから、上手に付き合っていけば経済観念もしっかりしてそうだし』
「うーん、クルリは絶対に僕と一緒になりたくないって思うと思うよ?」
他の女の子を引き合いにだされても、アシュリーもソフィアもクルリも好きだけどそれぞれ違う好きというか。
アシュリーとは小さい頃から、頻繁に会ってたからか安心感というものもあるし、彼女が他の男の子に取られるのは絶対嫌だ。
アシュリーはきっと僕の事が、好きなはずだし僕もそうだ。
ソフィアは、単純に友達として好きというか。
優しいし気が利くし、凄く良い子だってのは分かる。
でも、良い子だなーっていう人として好意的に受け止められるって部分が大きいかな。
クルリは問題外。
彼女は可愛い!
とにかく可愛い!
テトラみたいで、見た目も仕草も可愛い。
愛でたいけど、付き合いたいって感じじゃない。
ちょっと離れたところで眺めて、彼女にとって嬉しい事があったとき、悲しい事があったときに頭を撫でてあげたい。
そんな感じかな。
『お前、怖いんだろ』
「何がさ!」
『お出迎えにも来てもらえなかったし』
「……」
アシュリー怒ってるんだろうな。
実はそれが先延ばしにする、一番の理由だったりもする。
いや、彼女の事だからきっと笑って許してくれる……かも?
かもだ。
あくまで、許してくれるかもなのだ。
怖い……
『ベントレーなんてヘンリーにあれだけのことをしたのに、正面からきちんと謝りに来たのに。今のマルコよりもよっぽど悪い立場で、不安も比にならないほど怖かっただろうな』
「ヘンリーとアシュリーは違うよ! これがヘンリーならすぐに謝るけど……」
ここでベントレーを引き合いにだすのは、ズルい!
平気でこういうことをするのが僕だってのは分かっていたけど、改めてやられると本当にズルい!
ズルい! ズルい!
ズルいよ! でも、それしか反論が出来ないのが悲しい。
こうやって考えると、あの時のベントレーは本当に立派だと思う。
見習わないと……でも、ヘンリーならともかくアシュリー……怖い。
『ふーん……やっぱりアシュリーが怖いんだ』
「平気だよ! だから、明日堂々と会いに行くんだ」
『お前なー……帰って来たその足で会いに行くから意味があるんだぞ?』
「……なんなのさ! 少しくらい心の準備させてくれても良いじゃん!」
逆切れだ。
我ながら子供っぽいと思わなくも無いけど、これはマサキがしつこいのが悪いんだ。
『よしっ、今の俺の心境を分かり易く伝えてやろう。いま、ここはフラグが立つかどうかの瀬戸際だ』
「なにさ、突然」
マサキがいきなり変な事を言い始める。
『例えばだ、映画で……映画の記憶はあるか?』
「普通にあるし……」
『よしっ、例えば夜の海でカップルの男が泳いでいてだな、何か怪しい気配を感じる。彼女が危ないから早く戻ろうよと言っているのに、男の方は大丈夫! 大丈夫! なんとも無いからお前も来いよとかって言ってるだろ?』
「うん」
『女は本当に不気味な気がして上がってよと懇願してるのに、男はヘラヘラとビビってるの? 俺が居るから平気だよ! ハハハ!とかって笑ってるんだ』
「……」
『さて、このあと男はどうなるでしょう?』
「鮫に食べられちゃうか、怪物に海に引きずり込まれる」
『そうだ! そして、今の俺はその彼女の心境と同じだし、シチュエーションも一緒だと思わないか?』
マサキの心境は分かる。
たぶんカップルの男の方を当事者である僕と見立てている。
で、第三者の視点として見ている彼女をマサキと。
当事者の僕は帰って来たことでテンションが上がって、広く視野が持ててないと思ってるのかな?
で、第三者の視点で見て客観的な意見を述べてるマサキが正しいと言いたいの?
『強がってる部分も一緒だな』
「……いきなり考えを共有するなんて、ズルい!」
僕の感情を読み取られると同時に、彼の心境も入って来る。
彼の立ち位置は彼女の役割だったが、彼の心境は液晶を通してみている視聴者に近かった。
早く逃げろよ馬鹿!
彼女が言ってる事が、正しいんだから。
てか、散々色んな映画で繰り返された単調なフラグなのに、お前は何故回避出来ない?
この登場人物は映画の登場人物の癖に、一度も映画を見た事が無い設定なのか?
絶対死ぬから!
お前絶対死ぬから!
テンプレだけど、この流れ毎回残された方が不憫なんだから良い加減学習しろよ!
といった、ヤキモキとした気持ちだった。
「……行く」
『良かった、これでフラグ回避成功だな』
鞄から香水の入った陶器の瓶と、花柄のカチューシャ、キャンディの詰め合わせ、あとマスター用のエプロンとお酒の入った箱を取り出す。
『逝って来い!』
「……言葉が不穏だ」
猛烈に不満を露わにするお母様をどうにか躱して、武器屋喫茶に向かう。
着いたばかりで申し訳ないので、トーマスさんじゃなくて警備隊長のヒューイさんが付いて来てくれた。
お母様?
お父様に事情を説明して、全面的に協力してもらった。
過去の2人が付き合っているころの思い出話を持ち出して、こちらが赤面してしまうほどラブラブになったところで、手で今のうちにいけと合図してくれる父に頭を下げて飛び出す。
―――――――
カランコロンという懐かしい音を響かせて扉を開けると、ゆっくりと中に入る。
「おや、マルコ坊か! 久しぶりだな。今日帰って来たばかりじゃないのか?」
「うん、マスターアシュリー居る?」
「ああ、すまんな、アシュリーなら今日から学校主催の森林宿泊訓練で明日まで戻ってこないぞ?」
おじさんの言葉に、ガッカリ……
「昨日帰って来ると聞いてたからな、昨日はソワソワしてたようだが」
「そうなんだ……明日はいつ頃帰って来るの?」
「昼を取ってから戻ってくるから、この時間に学校で解散かな?」
「うん、分かった! 明日出直すよ」
「おう、今日来た事は伝えておくからな! 毎日手紙が来るのを楽しみにしてたから、先月くらいからイライラしはじめておったし」
「ゲッ!」
「わしも、八つ当たりされて、マルコ坊を少し恨んだぞ?」
「ごめんなさい」
どうやら、やっぱりアシュリー怒ってるみたい。
明日来るのが、ちょっと戸惑われる。
「学校に入ってからようやく文字を学び始めたが、先々週くらいから紙を買えと五月蠅くてな。それから書き始めて送っても入れ違いになるかもしれんし返事書いてもらってもマルコ様が戻る方が先だぞと、言い聞かせておいたが」
「本当にすいません」
深く頭を下げる。
当時、まだアシュリーは字が書けなかったが、学校に通い始めてようやく字が書けるようになったみたいだ。
早速手紙を送ろうとしてくれたのは嬉しいけど、催促の手紙になるのか。
「あっ、マスターこれ!」
取りあえずおじさんに、持ってきた荷物を渡す。
「お土産か? そういうのは直接本人に渡した方が」
「いえ、これはマスターの分! アシュリーのは明日また渡すから、今日は持って帰るよ」
「わしにもあるのか?」
取りあえずエプロンとお酒をマスターに渡す。
「……お酒は純粋に嬉しいが、このエプロン……」
「駄目でしたか?」
「ああ……エプロンにしちゃ駄目な生地だろう」
蚕と土蜘蛛の合作のエプロンだけど、どうやらエプロンに向かない生地だったらしい。
絹のエプロンって駄目なのかな?
「この手触りを服の上から見に着けるとか……しかも汚れること前提のエプロン」
「頑張って作ってもらったんだよ」
「オーダーメイドだとっ! 勿体ない! それならまだ枕カバーにしてもらった方が。いや、それほど良い生地という意味だから気を悪くしないでくれ……ただ、これ一つ作るのにわしは何年タダ働きしないといけないんだ?」
作ってもらったと言った瞬間に、おじさんの目が飛び出すんじゃないかというほど見開かれて、顔が真っ赤になったかと思うと、青白くなって、そして普通の顔色に戻ったあと大袈裟に溜息を吐いていた。
言いにくい……
「本当にごめん! それ……えっと、配……いや、家来の子達に作ってもらったからタダなんだ。だから、そんなに驚かれると、心苦しい」
「えっ? こんな素晴らしいものをタダで献上されるほど? スレイズ様の高名は耳に入っているが、それほどなのか? わしって無礼者?」
「いや、マスターがへりくだるとか、マスターじゃないから絶対ヤダ!」
「そ……そうか」
おじさんがホッとした表情を浮かべたところで、明日また来ることを告げてお暇する。
ジュースでもと言われたけど、明日ゆっくりと伝えて今日のところは帰る。
「居なかったじゃん」
『そんなの知ってるに決まってるだろう! だから良いんじゃないか』
「意味が分かんないし、明日でも十分良かったし」
『お前は、本当に分かって無いな。まあ、明日俺に感謝することになると思うぞ』
帰ってからマサキに文句を言ったら、何やらそんな事を言っていた。
どうやら、揶揄われただけか。
――――――
「お帰りマルコ」
「アシュリー! ただいま!」
次の日マサキに言われて、アシュリーが帰ってから少し時間を置いて武器屋喫茶に向かった。
連日で武器屋喫茶に女の子に会いに行くことで、お母様が拗ねていたが上手くお父様が外に連れ出してくれたので、その隙に家を出た。
護衛はローズとファーマさん。
「ごめんね、手紙書かなくて」
「本当よもう!」
取りあえず、まず最初は謝っておけとマサキに言われたので謝る。
昨日のマサキの心境を思うに、たぶんマサキに従った方が良さそうな気がした。
言葉では怒っているようだけど、表情はそこまで険しいものじゃない。
「パパに聞いたよ! 昨日帰ってからすぐに会いに来てくれたんだって?」
「うん! ちょっと間が悪かったみたいだけど」
「こっちこそ、折角マルコが帰ってすぐ来てくれたのに、ごめんね」
「ううん。僕が早くアシュリーに会いたかっただけだから。何も言って無かったしね」
僕の言葉に、アシュリーの表情が明るくなる。
良かった……
機嫌は、大分良さそうだ。
「そうそう、これお土産! 気に入るかどうか分からないけど、受け取ってくれるかな?」
「わあ、嬉しい!」
まだ袋を開ける前から、アシュリーが喜んでくれる。
順番に中身を説明。
ちなみにマサキに言われて、ピンクのエプロンも追加した。
マサキが昨日のうちに、土蜘蛛と蚕に作らせたらしい。
「可愛い!」
彼女がまず手にとったのは、花柄のカチューシャだ。
早速頭に付けている。
「うんうん、良く似合ってるよ!」
「本当? 有難う!」
それからマスターとお揃いの色違いのエプロンを取り出して、その表面を優しく撫でている。
「着るのが勿体ない!」
「着て貰わないと、もっと勿体ないし」
「寝る時に頬ずりして寝たいくらい、スベスベしてる」
どうやら、アシュリーも枕カバーにしたいらしい。
似たもの親子だ。
「昨日パパが着てるの見て、触ったあとで思わず抱き着いて離れられなくなっちゃった」
どうやらエプロンを着たおじさんに抱き着いて、長い事過ごしていたらしい。
どうりで、マスターがご機嫌な訳だ。
「香水?」
「うん、といってもアシュリーにはまだ早いから、それは気に入った布や、部屋にちょっと振りまいて楽しむように買って来たんだ」
「確かに、私にはまだちょっと早いか……」
あからさまにムッとされた。
「だって、アシュリーって近付くとふわっと優しいお日様みたいな匂いがするし、僕そっちの方が落ち着くし好きだから」
「もう、匂いなんて嗅がないでよ! でも、有難う」
マサキのカンペというか、メッセージのお陰でどうにか切り抜けられた。
こんなことを言わせられる身にもなってもらいたいという内容だが。
彼は、僕が子供だからなんでも素直に言えると思ってる節がある。
「この香水は私が楽しむだけにするね」
「うん!」
「良い匂い」
アシュリーが瓶の栓を抜いて、手で扇いで匂いを楽しんでくれている。
それから、キャンディを一つ口に入れてにんまり。
「美味しい! 毎日1個ずつ……だとすぐ無くなっちゃいそうだから、何か頑張ったらご褒美で舐めよ」
「うん! 喜んでもらえてるみたいで嬉しい」
昨日帰ってすぐに訪れたのは、かなりポイントが高かったらしい。
しかもアシュリーが留守にしていたことで、彼女もちょっと悪いと思ったらしくて手紙を書かなかったこともすぐに許してくれた。
流石、僕だ!
何やらマサキが不満そうだけど、彼の物は僕の物。
良いじゃん。
感謝は物凄くしてるんだし。
「でさあ、今度友達が来るから紹介するよ!」
「男の子?」
「ううん、男の子の他に女の子も2人来るよ! 同い年だし、1人はとっても元気な子でアシュリーとも気が合うと思うよ!」
「ふーん」
あっ……
マサキから馬鹿って声が聞こえて来たし、それ以前に明らかに空気の変わったアシュリーに自分でも地雷を踏んだのが分かった。
カウンターに立っていたおじさんも、呆れたような表情。
今日話すべき話題じゃなかった……
その後、不機嫌になってしまったアシュリーを宥めすかすのに物凄く苦労した。
マサキも手伝ってくれなかったし。
取りあえずデートの約束をして、アシュリーをうちに招待することでどうにか少しだけ怒りが収まった。
僕の家に、彼女より先に他の女の子が来ることが、何よりも不味かったらしい。
彼女を先に家に招待することで、どうにか収まりがついてホッと一安心。
やれやれといった感じでマサキが、これだけはアドバイスしてくれたけど。
ただし……お父様だけの日を用意すること前提になってしまったけど。
お母様が居たら、きっと嫉妬で何かやらかすのは僕もマサキも同じ意見だったし。
明日は、久しぶりにギルドで汗でも掻いてスッキリしようかな?
 





