第47話:アンジェリカ・フォン・マーキュリー
「おはようございます!」
「あら、マルコいらっしゃい」
「おはよう」
目が覚めたので、食堂に向かう。
昨日は居なかったアンジェリカが、すでに椅子に座ってこっちに手を振っている。
その向かいには、ちょっと不機嫌なお母様。
一緒に寝なかったことで、拗ねているらしい。
ちなみにタクトは朝が弱いので、まだ夢の中だ。
「アンジェお姉さまは昨夜はどちらに?」
「うん? 友達の家で過ごしてたわ」
アンジェ・フォン・マーキュリー。
僕の従姉で16歳だ。
「女の子?」
「当たり前じゃない! 心配した?」
「いや、別に……というか、いっつも夜出歩いてるの?」
「その子の家に行った時だけ。彼女の家、宿屋だからさ! 部屋だけはいっぱいあるし」
「その子が誰か分からないけどね」
あはは、と笑いながら手に持った木のカップでミルクを飲むアンジェ。
「マルコも男の子に家に、たまに泊まりにいってるでしょ? ベントレー君だっけ?」
「そうだね。おばあさまに聞いたの?」
お母様が会話に割って入って来る。
どうやらスレイズベルモントで、色々と僕の話を聞いてきたらしい、
子供の事をちゃんと知っているわよというアピールだろう。
別に、そんな事で流石お母様とはならないけど。
「私は貴方の事は、なんでもお見通しよ」
「ふーん」
「マリアお姉さまも、お母さんしてるんだ」
「当たり前じゃない」
それから2人で僕の話で盛り上がり始める。
ところどころ、ある事無い事入ってるけど。
あと、若干話が大きくなってたり。
「マルコはセリシオ殿下と、とぉっても仲が良いのよね?」
「いや、普通だよ」
「殿下ともお知り合いなんだ! 今度紹介してよ」
「あはは……やだけど」
「なんでよ」
セリシオを身内に紹介するとか……
家族ぐるみとかなったら、絶対に調子乗る。
「それでマリアお姉さまは、いつ立たれるの?」
「明日の朝には、マーキュリーの街を出るつもりよ」
「それなら、今日は一日空いてるのよね? じゃあ、久しぶりにマーキュリーの街を案内してあげる」
「ふふ、私の庭みたいなものなんだけどね」
「マルコも当然来るよね?」
「えっ?」
今日は、明日からの長旅に備えてゆっくりするつもりだったんだけど?
「取りあえず、タクトを起こしてくる」
そう言って、止めるのも聞かずに飛び出すアンジェ。
前会った時と、全然変わって無い。
「おや、いま走り去っていったのはアンジェか?」
「帰って来てたようですね」
そこにエドガーおじいさまと、メリッサおばあさまが入れ違いで入って来る。
2人が奥の椅子に腰かける。
すぐに執事のオッドが飲み物を運んでくる。
「ありがとう」
「それで、マルコは今日はなにか予定はあるの?」
「いえ、何も予定は入って無いですよ」
「えっ?」
メリッサおばあさまの質問に対する答えに、マリアが思わず聞き返す。
いや、アンジェお姉さまのお誘いに、まだ何も答えてないし。
てか、あっちが勝手に決めて出て行っただけだしね。
「なんですかマリア、急に変な声を出したりして」
「いや、アンジェが私とマルコを街に案内したいと言っていたので」
「僕は返事してないよ」
そこにパタパタと足音が近づいてくるのが聞こえる。
「ほら、タクト! 早く早く!」
「まだ、僕眠いよー」
そんな会話が聞こえる。
どうやら、アンジェに無理やり叩き起こされたらしい。
「なんですかアンジェ! 落ち着きが無い!」
「げっ!」
「げっって……それが、おばあさまに対する態度なの?」
「ごめんなさいー」
部屋に入った途端に、メリッサおばあさまに怒られて肩をすくめるアンジェ。
この人は、全然成長してないなと思いつつもおじいさまに視線を送る。
静かにコーヒーを飲んでいた。
「おはようございます」
「おはようございます」
そこに、ジャクソン伯父様とケリー伯母さまも入ってくる。
ようやく全員揃ったところで、皆で朝食を取る。
「マルコったら、殿下とお友達なんだって」
「ああ、わしもその話を聞いて鼻が高いぞ」
「いや、ただの同級生です」
「あらあ、誕生会でもとっても仲良しだったじゃない」
お母様の言葉に、おじいさまが嬉しそうに目を細めて頷く。
あまり期待されても困るので、一応謙遜しておくが、お母様が余計な事を言ってしまった。
「おお! マルコの誕生日にわざわざ殿下が! それは素晴らしい」
「流石ベルモントね。マイケル君に感謝しないと」
「そうだな! 嫁の貰い手があるか心配だったマリアを娶ってくれたことも含めて」
「お父様?」
皆和やかな雰囲気で朝食を取っていると、そこに執事のオッドが入って来る。
「旦那様、本日の御予定ですが」
「すべてキャンセルだ! 今日はアンジェと一緒にマルコとマリアを街に連れていく」
「はい、そうおっしゃると思いまして、先ほど全てキャンセル致しました」
「うむ、流石だ」
どうやら優秀な執事のようだ。
僕の知っている執事は武闘派が多く、平気で主に苦言を呈する人達ばかりなので少し驚く。
いや、これが普通なのかもしれない。
―――――
街に出ると、取り敢えず色々なお店が立ち並ぶ区画に案内される。
「ここが、うちの街の商業区だ! 色々な商店があるからきっと気に入ったものが見つかると思うぞ」
「うん、取りあえず私服が見たい!」
「アンジェ、お前はいつでも来られるんだから、今日はマルコの行きたいところから回るぞ」
「マルコは何が見たいの?」
タクトに問いかけられて、少し答えに困る。
今日は本当にのんびりと、家でおじいさまとオセロでもして過ごそうと思っていたから何も思いつかない。
「うーん、適当に歩いて気になるお店があったら覗いてみようと思ったんだけど?」
「そっか……」
「じゃあ、服屋さんでも良いんじゃない?」
それは、あまり行きたくないかな?
どうせ、行っても暇だし。
どこか良い所は無いかなと、通りに目を向ける。
昼前という事もあって、通りには多くの人が行き交っているが流石領主の家族に近づくものは居ない。
僕たちの周りには、自然とスペースが出来ている。
トーマスさんとファーマさん、ローズも付いて来ているから警護もバッチリだし。
ちょっと、トーマスさんの辺りが心配だけど。
マーキュリー家からも3人程護衛の人達が付いて来ている。
ちなみにジャクソン伯父様と、ケリー伯母様は家で留守番をしている。
伯父様は色々と執務が溜まっているらしく、誰も居ないうちに片してしまいたいらしい。
通りに立ち並ぶ店は、たくさんの種類があってどこに入ったら良いか分からない。
「取りあえず、魔法屋さんとか気になるかな?」
「おや、剣が主流のベルモントに生まれたのに魔法にも興味があるのか?」
「一応、全属性に適正があったんで、いまのうちに準備出来るものとかないかと思いまして」
「ほう、全属性か! なかなかマルコは優秀だな」
おじいさまが大きな手で、頭を撫でてくれる。
スレイズおじいさまと違って、優しく包み込んでくれるような温かい手だ。
スレイズおじいさまの手は力強く、守ってもらえそうな安心感があるけど毎朝その手に握られた木剣で叩かれてるからね。
「マルコは本当に凄いんだな」
タクトも感心したように漏らしている。
どこか、羨ましそうにも思えるけど、それでも純粋に僕の才能に喜んでくれているのが分かる。
「じゃあ、魔石を買ったらいかがかしら? 属性の魔石に魔力を通す練習だけでも、魔力のコントロールが伸びるって言いますし」
メリッサおばあさまの提案に、エドガーおじいさまも頷く。
「もう、折角街に来たのに」
「私もマルコの服を選びたかったですわ」
アンジェとお母様はどうやら不満らしい。
「だったら、2人で見て来たらどうだ?」
「そうね」
「おじいさま!」
エドガーおじいさまの提案に、メリッサおばあさまが同意を示したと思ったらアンジェが頬を膨らまして抗議する。
「私は、それでも良いわよ」
「本当? マリアお姉さまがそれで良いなら……」
ただお母様が同意を示すと、アンジェも満更では無いらしくちょっと嬉しそうに頷く。
アンジェはお母様が大好きなのだ。
護衛にはマーキュリー家の1人と、トーマスさんが付くらしい。
不安なので、蜂と蝶を付けておこう。
それからおばあさまのオススメの魔道具屋へと向かう。
中は綺麗に整理されていて、置いてあるものが一目でわかるような陳列がされている。
僕はその中で、ちょっと大きめの土の魔石と風の魔石を買う事にする。
これは是非ラダマンティスと土蜘蛛にあげよう。
あとはカブト用にと……
キョロキョロと棚に置かれた商品を物色していたら、ちょっと変わった魔石が目に入る。
黒い魔石……闇の魔石とか?
「闇属性の魔石が欲しいのか?」
「うん、光と闇の適性が特に大きかったから」
「そうか、じゃあそれも買おう」
「えっ? 結構高いけど、大丈夫?」
闇の魔石は他の魔石に比べて、かなり割高だったけどおじいさまにとっては大した金額では無かったらしい。
その後も、適当にブラブラと街を見て歩いて、食事を取ってから屋敷に戻る。
なんだかんだで、楽しめたから良かった。
途中の通りで、色々な芸を披露している人とかも居たし。
今度は、この街を目的地に旅行しても良いかも。
流石に実質1日で回れるような規模でも無かったし。
そんな事を思いながらも、ガッチリと組まれた腕を振りほどこうとして断念する。
今日はお母様から逃げることに、失敗してしまった。
明日にはベルモント領に向かって旅立つから、今日はおじいさまと寝ようと思っていたのに。
「フフフ……マルコもテトラも可愛いですよ! とくにその頭にかぶった尖がり帽子がお似合いです」
どんな夢を見ているのだろう。
取りあえず幸せそうなので、放っておこう。
体力の限界なので、取り敢えず投稿します。
明日、加筆するかもしれません。
次は、ベルモントへ向かいますが…… ベルモントに着いてすぐくらいに、取り敢えずハベレストの森で蟲の王が……再臨?
評価、ブクマ頂けると嬉しいです。





