第42話:誕生会
トト達と出会って、2週間。
5月末。
トト達には週末に会いに行っていた。
僕のお気に入りはマコ。
男の子だけあって、棒を持って剣術の訓練をマサキとやっているらしい。
「いつかマルコ様の護衛になるんだ!」
と目を輝かせながら言うマコに、ほっこり。
クコは土蜘蛛が大のお気に入りらしい。
毎日土蜘蛛と日本のキッチンでお料理の勉強をしているらしい。
5本指の手を持つクコは、土蜘蛛にとっても良い助手らしい。
料理のレパートリーが広がったとか。
というか、地味に土蜘蛛が人に人気がある。
大人しくて大きすぎる蜘蛛は、毛も生えてるし親しみやすい……ことはないか。
突き刺して毒を注入するための牙は凶悪だ。
しかも、顎も立派なものをお持ちで。
正直、森で出会ったら死を覚悟する……
でも、実際に土蜘蛛と馴染むとちょっと多いけどクリッとした目が可愛く思えてくるから不思議。
あと、毛は確かに気持ちいい。
まあ、マコもだけど男の子としてはカブトムシや蟷螂がカッコいいと感じる。
マコはマサキだけじゃなく、ラダマンティスとも組手をしているらしい。
傍からみると、ラダマンティスがチャンバラ遊びに付き合ってるみたいだけど。
まあ、それはおいといて何が言いたいかというと。
今日は僕の誕生日。
ということで、誕生日会を開いてもらえるらしい。
「いやいや、誕生会ってこんなの?」
「ああ、9歳の誕生日おめでとうマルコ」
「にいたま! おめでとう」
お父様とお母さまも、テトラを連れてきてくれた。
それは良い。
それは良いとして、この来客数は……
「本日はおめでとう、マルコ君。こちらは陛下からの書状です」
そう言って、手紙を差し出してきたのはファビリオ・フォン・ゲルト侯爵。
そう、この国の宰相だ。
他にも……
「マルコ、おめでとう」
「おめでとう、マルコ君。孫と良くしてもらってるんだって?」
「息子を頼むよ」
メルト・フォン・マクベス、エクト・フォン・マクベス親子。
2大侯爵家の片割れで、ディーンの祖父と父。
「おめでとう……」
「こらっ、はは、息子がすまないな」
「マルコ殿も大きくなられたな」
そう言って力強く握手してきたのは、ウィード・フォン・ビーチェと、ブラッド・フォン・ビーチェ。
第一騎士大隊長にして、クリスの父であるウィードと、クリスの祖父の前騎士団長のブラッドだ。
「はっはっは、マルコ! おめでとう! 親友として、祝いに来てやったぞ」
そう言って、大きな声で話しかけて来たのはセリシオ。
一応……王子。
そして、付いて来ているのはビスマルク。
「父も来たがったのだがな、執務が立て込んでおって」
「というか立場上、一貴族の家になんて来られないでしょ」
「これは手厳しい」
そう言って肩を組もうとしてきたセリシオの手を、パッと払いのける。
「マルコ?」
これに焦ったのは母マリア。
まさか、天使のように可愛かった我が子が王子の手を、軽く睨んで払うなんて。
私の可愛い坊やはどこに? といった心境だろう。
「ああマリア様安心してください……殿下が色々とやらかし過ぎて、殿下の評価がマルコ様の中で著しく落ちているは周知の事実らしいですよ?」
「そ……そうなの? 色々?」
「それは、是非私も聞きたいな」
「マイケル殿も、勿論です」
そう言って、マイケルとマリアと親し気に話すビスマルク。
知り合いだったのかな?
「おお、マイケルじゃないか! でかくなったな」
「もう10年くらい毎年言ってませんかそれ? メルト様」
「あはは、エクトやウィードと悪戯ばかりしておったころのお主が一番印象深くてのう」
「あれは、ウィードが!」
「俺のせいにするのかエクト!」
「いや、殆どお前のとばっちりじゃないか」
どうやらディーンやクリスの保護者とも仲が良かったらしい。
まあ、おじいさまの子供だしね。
「大体俺は魔法職なのに、なんでお前らに付き合ってスレイズ様の特訓に……お陰で、俺は一時期撲殺魔術師とかって呼ばれてたんだからな」
「いやいや、お前のロッド捌き割と凶悪だからな? 突き刺して魔法、叩いて魔法、吹き飛ばして魔法……基本先手が杖だもんな」
「まあ、そっちの方が早いし……」
「ほう、面白そうな話をしておるな?」
「マ……マスター……」
幼馴染達が昔話に花を咲かせていたら、エインズワース公爵と話をしていたおじいさまも近付いてきた。
その横には、物凄く威厳のある逞しい老人が……
「マルコは覚えてないかな? まだこんなに小さい頃に会ったのだが」
そう言って、頭を撫でてくれる。
大きくて力強い手は、温かく気持ち良い。
「ダライアス・グランドフォールン・フォン・シビリア……まあ、ただの隠居したじじいだな」
「えっ? あっ、今日はわざわざこのような場所に有難うございます」
前国王陛下だった。
どうりで偉そうな訳だ。
「まあ、今じゃただのじじいじゃからな。そう畏まらんでもいい。それに、スレイズの孫ならわしにとっても孫みたいなもんじゃしのう」
「ダライアス陛下、今日は愚息の為にありがとうございます」
前国王陛下に気付いたマイケルが、挨拶をするために戻ってくる。
「愚息? このような立派な子に使う言葉じゃなかろう……愚息というのはお前のようなものを言うのじゃ。折角目を掛けてやったのに、王城よりも田舎の森の領地運営なんか選びおって」
「ははは、私に近衛隊長はちょっと荷が重すぎまして……精々、あのこじんまりとした領地で草木と戯れている方がお似合いですから」
「うそぶきおって」
近衛隊長?
誰が?
このメタボなおっさんが?
嘘でしょ?
「やっぱり、ベルモントか……」
「親子揃って規格外だもんな」
「今日の主役のマルコ君が常識的な子で、本当に良かった」
「3世代ベルモントらしいベルモントとか、完全に無法地帯ならぬ無法一家だわ」
「それは言い過ぎだろ?」
「じゃあ、ベルモント親子を捕まえようと思ったら、お主なら何人用意する?」
「ははは……もし、万が一そんな命令が来たら、亡命しますよ」
うんうん……館内に忍ばせてる虫達が、遠く離れた貴族達の会話を伝えてくれるが、苦笑いしか出ない。
ベルモントって……
神様、もっと普通の家庭で良かったのですが?
なんか小さな商売やってる家の次男坊とか。
まあ、幸せだから良いけどさ。
ようやく年寄りおっさん連中から解放されて僕は、テトラを連れて級友達のところに向かう。
ヘンリーは久しぶりにガンバトール殿と会えて嬉しそうだったし、ジョシュアは自分を差し置いて必死に売り込んでくるドルア伯爵に辟易してた。
「おめでとうマルコ!」
「マルコ、おめでとう」
子供達だけのグループが出来上がっていて、他の貴族に捕まっているセリシオが恨めしそうにこちらを見ていた。
側仕えのクリスは律義に斜め後ろに立っていたが、ディーンは早々と避難してきてたみたいだし。
「あーあ、本当にあの人たちは、今日の主役が誰だか分かってないのですかね」
「大丈夫だよ、あそこに居る人たちはたぶんセリシオに嫌われるから」
ディーンが溜息混じりに漏らした言葉に、軽口で応える。
現に僕がこっちに参加した途端に、セリシオがイライラし始めたのが目に見えて分かる。
あとうちの家人達が何やらメモを取っているところを見ると、彼等の名前を記録しているのだろう。
たぶん、おじいさまが何かするつもりだろう。
そして、二度とうちには呼ばれないと思う。
それにしても挨拶に次ぐ挨拶で、さっきから何も食べてないからお腹もペコペコだ。
「おじいさまが立派だと大変だね」
「ははは、本当にそう思う。もっとこじんまりとしたパーティで良かったんだけどね」
ヘンリーが同情した様子で声を掛けてくるので、苦笑いで応える。
そういうヘンリーは、肩を出したドレスを着てストールを羽織っているエマをチラチラ見ているし。
この子も、主役が誰か分かってるかな?
まあ、こういったパーティだとドレスで着飾った女の子がどうしても目立つよね。
「あの……マルコ君、その小さな子は?」
「ああ、テトラ挨拶して」
ソフィアが遠慮がちに、声を掛けてきた。
僕の背中に隠れて、タキシードの裾をちょこんと摘んでいたテトラが恥ずかしそうに僕の前に出てお辞儀をする。
「あの、テトラ・フォン・ベルモントです。いつもおにいたまがおせわになってまつ」
「可愛い!」
「なになに? この子マルコの弟なの?」
「小さなマルコだな」
テトラの可愛い自己紹介にソフィアとエマが、声をあげてはしゃぐ。
そうだろう、そうだろう。
僕もそう思う。
この子になら、主役を奪われても気にならない。
僕にとっても、目に入れても痛く無い可愛い弟だからね。
ベントレー?
テトラが、そんなに僕に似てる?
もっと言っていいんだよ?
当のテトラは、ソフィアとエマの大きな声にびっくりして、すぐに僕の後ろに隠れてしまったが。
「ははは、皆僕の友達だから安心して良いんだよ」
「私はエマ・フォン・トリスタ。エマって呼んで」
「エマおねえたま?」
「やだ、何この子! 頂戴?」
「駄目だよ」
テトラに名前を呼ばれたエマが、凄い速さで僕の後ろから顔だけ出したテトラを奪って抱きしめている。
コラッ、ヘンリー!
2歳児に嫉妬しない。
「わ……私はソフィア・フォン・エメリアです。マルコ君とは仲良くさせてもらってます」
「ソフィアおねえたま!」
「おねえさま……駄目……」
ソフィアまでメロメロだ。
「僕はベントレー・フォン・クーデルだ」
「ベントレーおにいたま!」
「ディーン・フォン・マクベスです」
「ディーンおにいたま!」
「ヘンリー・フォン・ラーハット」
「しってるよ! あえてうれしいでつ! ヘンリーおにいたま、後でまたあそんでくれますか?」
そう言って、ヘンリーの元に駆け寄って手を引っ張ってブラブラと揺らすテトラに皆ほっこり。
いや、女性陣からは面白く無さそうな視線が。
「ヘンリー君……ずるいです」
「こういうとき、昔から馴染みがある家って良いよね?」
「ははは……」
女性陣からの非難に、ヘンリーは何も悪く無いのにたじろいでいた。
けど、テトラに懐かれていることに優越感があるのか、先ほどまでエマの事でテトラに嫉妬していたことなんて無かったかのように、テトラを優しく撫でている。
「盛り上がってるね」
「ジョシュアも、お疲れ様」
「本当にね……今日は、おめでとうマルコ。父がごめんね」
他の貴族たちに挨拶に連れまわされていたジョシュアがようやく、参加出来た。
「まったく、行く先々でうちの子はマルコと仲良しなんだってアピールされてさ……いや、嘘は吐いてないだけに余計に性質が悪いというか。大きくなったら、あの家は出るよ……王都で職を探すか、商売でも始めるかな」
「ははは、お疲れ様。僕以上に大変だったね」
うちの執事が持ってきたジュースを、礼を言って受け取ったジョシュアが一気に飲み干す。
そして、ヘンリーの手を握っているテトラに目を向ける。
「おや、ここにもマルコが? こっちのマルコは可愛いね」
「えへへ、おにいたまに似てますか?」
「弟さんかい? お兄さんにそっくりで、カッコよくなりそうだ」
「ありがとうございまつ! テトラ・フォン・ベルモントでつ」
「おお、挨拶まで立派に出来るんだ! 偉い偉い、僕はジョシュア・フォン・マックィーン。君のお兄さんとは、一緒に勉強をしてるお友達だよ」
「あにがおせわになってまつ」
「……ベルモントは兄弟揃って、良い子に恵まれたね」
ちゃんとした挨拶をしたテトラに、笑顔で頷いてそんな事を言う。
何故この国の人は、ベルモントの子供が普通の挨拶をしただけで驚くのだろう。
ベルモント……何をした?
「皆さんもうそろそろ良いでしょう、私も友を祝いに行きますので」
部屋の中央から大きな声が聞こえる。
言葉は丁寧だが、声に覇気が含まれている。
とうとうセリシオがキレたか。
僕じゃ無くてテトラを見つめながら、速足でこちらに向かってくる。
きっとここで、テトラを逃がしたら凹むんだろうな。
面白そうだけど、流石にあれだけ他の貴族の相手を頑張っていたのだから、許してあげよう。
というよりも、面倒そうな貴族の相手を全て引き受けて貰えたと思ったら、少しは恩義を感じるし。
まあ、彼等が勝手にしたことだから感じるだけで、恩を返す気はないけどね。
「マルコ、おめでとう」
「セリシオも、わざわざ来てくれてありがとう」
セリシオがようやく一息つけることに安心したのか、凄く良い笑顔で祝ってくれる。
そして、すぐにその視線はテトラに向かう。
「君が弟のテトラ君かな?」
「はいっ! テトラ・フォン・ベルモントでつ! あの、しつれいですがあなたは?」
「俺はマルコの一の親友の、セリシオ・フォン・シビリアだ! そしてこの国の王子だ」
「セリシオでんか? それはしつれいちました」
「良いよ、初めましてだから分からなくて当然だからな!」
「ありがとうございます」
「……賢いな」
セリシオまで……
礼儀正しいベルモントが居ても良いじゃないか。
「ヘンリーおにいたまも、でんかといっしょ?」
「ああ、僕も殿下と同じクラスだよ」
「……待て、ヘンリーおにいたま?」
「えっ?」
「僕はディーンおにいたまって呼ばれたよ」
「エマは?」
「おねえたまだって! すっごく可愛いんだよ!」
「待て……テトラ? なんで俺は殿下なんだ?」
「でんかは、でんかです!」
「そ……そうだな」
テトラに力強く言い切られたセリシオが、怯んでいる。
面白い。
「お……俺も、兄と呼んでいいのだぞ?」
「おそれおおいでつ」
「そ……そうか」
「殿下、ああ、マルコおめでとう。この子は?」
「ああ、僕の弟」
「テトラ・フォン・ベルモントでつ!」
「おお、可愛いな……お前と違って。私はクリス・フォン・ビーチェ、マルコの……まあ、同級生かな?」
子供の前で意地張るなよ。
まあ、良いけどさ。
「クリスおにいたま!」
「……マルコ、本当にお前の弟か?」
「どういう意味?」
「いや、あまりにもその……」
珍しくクリスが僕に遠慮している。
テトラを連れて来て良かった。
その後、友人同士で会食を楽しんだ。
そして、解散したあとには空き部屋に運び込まれた大量のプレゼント。
正直、全部開けるのに何日掛かることやら。
侯爵相当という家の力をまざまざと思い知らされた。
実家に居た時は、子爵家主催だから近隣の貴族でも仲の良い人達しか呼ばなかったしね。
これが、本当の社交界デビューかな?
そして朝起きたら、一人で寝てたはずなのに左手にテトラ、右手に僕を抱きしめてる母がベッドの真ん中に陣取っていた。
いつの間に……





