第40話:自己満ですか? いいえ、煩悩です
突然切り替わった景色に、4人それぞれが違った感想を抱いているようだ。
クコとマコは純粋に感動しているっぽい。
ルドルフさんも、感心して景色を眺めている。
そしてトトだけが警戒心を露わにして、周囲を目を細めて観察している。
「おねえ! でっかい蜘蛛さんだよ!」
「見えてる……私から離れるんじゃないぞ」
トトが主に警戒しているのは土蜘蛛よりも、テーブルで歪な笑みを浮かべた大人の僕。
前世の姿だから、同一人物とは思えなかったのだろう。
僕の説明を全く信じていない様子だ。
「取り敢えず、あそこに居るのは悪魔じゃないのかですか?」
何故か連れて来た僕では無く、ベントレーに質問するトト。
その視線の先は、大人の僕ではなくてその斜め後ろに立つマハトールだ。
「俺にも敬語はいらないよ。それに変だから……取りあえず、あれは悪魔だねー」
「うわぁ……」
悪魔と聞いて思い切り顔をしかめるトト。
「大丈夫、マルコが配下にしたらしいから人は襲わないよ」
「その……マルコが信用して良いものやら」
失礼な。
僕自身、何も後ろ暗いところなど無いのに。
「レッサーデーモンか、単体ならそこまでの脅威じゃないが……子供がどうこう出来る相手でも無いけどな」
ルドルフさんも、少しベントレーの言葉を疑っているようだ。
「もしかして精神支配とか受けてないですか?」
「いや、受けてたら正直に答えないでしょ! というか、もう少し僕のこと信用してくれないかな?」
「まあ、坊っちゃんが心酔してる子ですからそう思いたいのですが、悪魔が出て来たとなると2人揃って……」
「それは無いですよ……正直、この場所で私は本当に底辺の存在ですから。虫以下ですから」
僕とルドルフのやり取りに助け舟を出してくれたのは、ほかならぬマハトール自身だった。
いかにこの場所の虫が規格外なのかを、懇切丁寧に教えてくれる。
何を思い出したのか、若干声も身体も震えているのが気になる。
涙目だし。
「ふっ、プライドの高い悪魔にここまで言わせるということは、本当の事ですね」
「ルドルフ、失礼だぞ? マルコは本当に化け物みたいに強いんだからな?」
「ベントレーも十分失礼だよ! 僕は普通の子供だし」
友達に化け物呼ばわりされた。
流石に傷付く。
そんな化け物じみた事は、してないと思うのに。
「そこまでですか。是非一度手合わせしてみたいものですね」
何故、この国の人達は知り合いや友達を殴りたがるのだろうか……
いや、ルドルフさんはこの国の人じゃ無かった。
ということは、この世界の武闘派の人達が頭がおかしいのだろうか?
「いつまでそこに居るんだ? こっちに来て食事にしないか?」
そんな事を考えていたら、食卓に座っている僕が皆に呼びかける。
早く獣人の子達と仲良くしたいらしい。
ワクワクしてるのが、遠目にも分かる。
流石に体裁を気にしたのか、案内してくれるのは蝶たちだった。
1人につき1匹ずつ付いて、席に案内してくれる。
「うわあ、可愛い」
「可愛い……か。流石にいくら蝶でもあのサイズを可愛いと言えるのかな?」
「でも、綺麗だよ?」
前回来たときには見かけなかった、透き通るような緑色の羽をした30cmくらいの蝶だ。
また僕の知らないところで、改造をしていたらしい。
「聖光羽揚羽蝶だ。ハイポーションと聖水を合成素材にして回復能力をさらに特化させた蝶だ。部位欠損も、傷を負った直後なら治せるくらいには成長しているぞ」
「そ……それは凄いですね」
「ああ、自慢の配下の一族だ」
そう言って案内が終わった事を報告に来た蝶の触角を優しく撫でる。
その僕の説明に、感心したように答えるのはルドルフさんだ。
部位欠損が治せると聞いて、純粋に驚いたらしい。
目を大きく見開いて、緑色の蝶を見ている。
「というか、貴方もマルコなんですよね?」
「そうだな、こいつの精神の一部とでも思って貰ったらいい。ほぼ、同一人物なのだが」
「それがちょっと信じられないんですけどね。姿形も全然違いますし」
「どっちかっていうと、あっちの僕の方がオリジナルに近い見た目かも……」
「そうなのか?」
説明が凄く難しい。
前世の記憶というか、生まれ変わりの異世界人という説明は流石にベントレーにもしていない。
神様のお手伝いという事は、話してあるけど。
「まあ、マルコだしな……」
酷い偏見を見た。
いや、ベルモントだしなと言われなかっただけ、マシなのだろうか。
「で、貴方はなんとお呼びすれば?」
「うわあ、良い匂い! おねえ、これ食べても良いの?」
「こらっ! いまベントレー様がマルコ? 自称マルコとお話してるから待ってな!」
ベントレー?が僕に呼び名を聞いた瞬間に、クコが目の前の料理の匂いにたまらなくなったのか、本人にとっては声を潜めたつもりなのだろうが、小さくない声でトトに聞いて怒られた。
「はははっ、どうぞ召し上がれ」
「やったー!」
「僕もこれ見たらお腹が空いて空いてたまらなかったんだよね」
「あんたたち!」
主の許しを得た事で、クコとマコがすぐ目の前の肉の塊を手づかみで口に運ぶ。
その様子を見てトトが頭を抱える。
「そこにフォークがあるだろう……せめて、手はやめて」
「ふぁーい」
「ふぁふぁっは!」
口いっぱいに肉を詰め込んだ2人が、言葉になってない返事でトトに応えると手元のフォークを掴む。
すでに手が油まみれだったからか、クコの手からツルリとフォークが抜け落ちる。
「あっ!」
が地面に着く直前に、影が素早く横切ってそのフォークを拾いあげる。
周囲に待機していた蜂の仕業だ。
そのままホバリングして、フォークを持っている。
そこに大顎がぬっとあらわれると、沢山ある手で器用にフォークとクコの手を濡れた布巾で拭いてあげている。
「ふぇっ」
いきなり現れた大きな百足にクコが怯えているが、当の大顎は気にした様子もなくフォークをクコに握らせる。
その様子を見ていたマコが慌てて自分の手とフォークを綺麗に拭いているのには、ちょっとほっこり。
「大丈夫そいつは大顎っていって、いま執事ポジションを狙って色々と勉強中の百足だから」
「執事……百足が? なにここ……もうやだ」
取り敢えず、トトを落ち着かせつつベントレーとの会話に戻る。
もう1人の僕の呼び名についてだ。
どちらもマルコだから、ややこしいのは確かだ。
「小マルコと大マルコとかどうだ?」
何それ?
小ヤコブと大ヤコブという使徒はいたけど、あれも酷い呼び名だと思う。
兄弟ですらないし。
大ヤコブさんの弟は福音書で有名なヨハネさんだっけ?
逆に小ヤコブさんの兄弟はマタイさんだったっけ?
あんまり詳しくないから知らないけど。
知ってるのは小ヤコブさんが風呂に入らない人って事くらいか?
あとキリストのそっくりさんだったから、イエス捕縛の際に間違えないようにとユダがイエスに口付けしたんだっけ?
どうでも良い、浅い知識しか出てこないけどその呼ばれ方はいやだ。
「無いな」
「ありえないよ」
ベントレーの提案を2人同時にばっさりと切り捨てる。
「ああ、じゃあこっちの僕の事は大マルコって呼んで、僕はマルコって呼んでくれたら良いよ」
「おいっ!」
取りあえずもう1人の僕を生贄に捧げたら、思いっきり睨まれた。
そんなに嫌か。
僕は嫌だ。
「あー、じゃあ取りあえずマサキにでもしとく?」
「いや……その名前はちょっと」
前世の名前でもある正輝と書いてマサキ。
これならどっちも僕の名前だし、問題無い気がする。
確かにこの世界で日本名で呼ばれるのは、違和感があるが。
「なんで? なんでマサキ?」
「うーん、僕のもう1つの名前みたいなものだから?」
「良く分からないけどじゃあ、それで良いじゃん」
「美味しい!」
「百足さん有難う!」
もう1人の僕の呼び名がマサキになりそうな横で、クコとマコが大顎に料理をお皿に盛って貰っている。
どの料理もお気に召したようで、何よりだ。
「はあ……あんたたちは」
そんな2人の様子に、トトが頭を押さえている。
まあ、今日は3人を歓迎するために呼んだんだから良いけどね。
「まあ、当面はマサキで行くか。良い案が思い浮かんだら、そっちにしよう」
「このままマサキで定着しそうだけどね」
もう1人の僕改めマサキも他に妙案がないので、取りあえずは前世の名前を使う事に収まった。
ますます別人みたいになってきた。
まあ、いずれは彼も僕の身体に戻ってくるつもりみたいだし、小さい頃だけの措置としよう。
どちらかというと、この世界に慣れない僕のサポーターというか、2人でこの世界に馴染めるように成長している感じだしね。
僕の方はこの世界の出身者として、完全に馴染んでいるけどね。
あっちの世界の感覚をこちらに合わせるために、マサキが居るような感じかな?
あとは、子供の間は自由に動けないから、マサキがあれこれと代わりに管理者として動いてる感じか。
「まあ、お前らはもう良いや。トト、クコ、マコ、しっかりと食べてるか?」
「うん! とっても美味しいよ」
「僕、こんなに美味しい物初めて食べた!」
「お前たち……私は色々な事に驚きすぎて飯が喉を通らないってのに」
無邪気に食事を楽しむクコとマコに、トトが呆れ顔だ。
だが、その眼差しはとても優しく、2人が喜んでいる姿をとても愛おしそうに眺めている。
色々と1人で苦労して来たんだろうなという事が、伺い知れる。
それでも徐々に場の空気に慣れていったのか、途中から食べる勢いが増していってたが。
「でだ、今日君たちを呼んだのは君たちの境遇を知ってね、仕事を斡旋しようかと思ってね」
「お仕事?」
「僕たちも出来るの?」
何故かクコとマコを膝に乗せたマサキが……なんか自分の事を違う名前で呼ぶのって凄く違和感が。
まあ、僕の本来の名前だからまだマシだけど。
それよりもいつの間に……
羨ましい。
そうそう、そのマサキが3人に向かってそんな事を言い出した。
「仕事……貰えるのか?」
「ああ、この空間の管理の仕事を手伝ってもらおうと思ってね。取りあえず送り迎えはマルコがするから、週に5日、平日のみでどうだ?」
「2日も休みが貰えるのか?」
「勿論! 取り急ぎ廃屋から出られるだけの契約金も渡しておこう」
そう言って、マサキが袋を取り出す。
中身は銀貨が30枚。
日本円で3万円相当か?
この世界基準でいったら、切り詰めれば1人身なら一ヶ月はなんとか食っていけるだろう金額か。
「これで、家を借りると良い」
そのお金はどこから?
ああ、ベルモント領でジャッカスに稼がせた金をピンハネした分と。
まあ、依頼の殆どを僕が手伝って訳だから手数料としては妥当な額か。
えっ?
金貨で貯蓄が10枚はあるの?
銀貨100枚で金貨1枚だから……
100万円じゃん!
意外と僕って金持ちだったんだ。
「子供にお金を持たせても、碌な使い方しないからマルコには渡さんぞ?」
「なんでだよ! マサキの物は僕のものでしょ?」
「間違って無いけど、その判断は俺がする」
まあ、どうせ僕が持っても使い道は無いし。
欲しいものは、ベルモントの家計からいくらでも出せるし。
純粋にお小遣いではなく資金ということか。
「そ……そんなに貰えないよ。それにそんな大金、どんな仕事をやらされるんだ?」
「えっ? 普通にクコとマコには俺の癒し要員としてっと、何するんだ!」
「いくら僕でも2人を独り占めはずるい!」
チッ、躱されたか。
割と本気で放った一撃だったのに。
「ふむ……」
あまり喋らなくなったルドルフさんが、何やら嬉しそうに頷いている。
そっちに興味をもったら、厄介な展開になりそうなので聞かなかったことにしよう。
「というのは冗談で、まあ主には土蜘蛛の手伝いとか、あとは空間内の整理かな?」
整理?
そんなものタブレットを使って配置すれば、簡単に出来るじゃん。
素材を棚に入れたあとでも、タブレットを使ってソートしたりとか出来るし。
初めて見た時は、転移魔法の無駄遣いとしか思えなかったけど。
まあ、表向きの仕事として用意したのかな?
「倉庫が割とちらかってるからそこの整理や、あとは居住区の落ち葉とかの掃除かな?」
「掃除だけなら、なおさら受け取れない」
「うんうん、そうだろうね。それと、ここで勉強やら武器を扱う訓練もしてもらう」
「尚更意味が分からない。それはお金を払って受けるものじゃないのか?」
「いや、将来のマルコの仲間候補としての先行投資だよ」
なるほど……
どうやら、この3人を鍛え上げて僕のサポーターに付ける気らしい。
なんの?
まさか、管理者としてのサポーター?
「いや、マルコっていずれ冒険者もやってみる予定だからさ。だったら、その時にソロよりも信頼できる仲間が居た方がいいだろうし」
「そうだね……今から仲良くなっていけば、将来これほど心強いものは無いか」
「冒険者……」
マサキの言葉にトトが表情を曇らせる。
父親の事を思い出しただろう。
トトの父親は冒険者のサポーターをしていて、ダンジョンに置き去りにされて消息不明。
トトにとっては、あまり良い印象は無いかもしれない。
「はは、嫌な事を思い出させたね」
そう言ってトトの頭を自然な動きで撫でるマサキ。
大人だから、トトの頭を撫でてもなんの違和感も無い。
ズルい!
「でも、マルコは転移が使えるから、お父さんを連れて行った冒険者みたいにはならないよ。それに……出来ればお父さんが行ったダンジョンを探してみたくないか?」
「えっ?」
「もしかしたら生きてるかもしれないし、何か手掛かりや持ち物が見つかるかもしれないだろ? その辺は働きながら考えたらいい」
「……」
「メインの仕事は整理と清掃だから、勉強や訓練を受けたらからといって必ずしもマルコについて行く必要は無いし」
「そんな恩知らずな真似……もし同情でそんな事を言い出したなら、本当は飛びつきたいくらいの条件だけど、断らせてもらう」
「同情? ははは、違うよ……3人ともとっても可愛いから、傍で眺めてるだけでも癒されるからさ」
「やっぱり断る」
正直に答えたマサキに対して、クコとマコを奪い取るように引っ張りその身体で庇う。
よほど邪ものでも感じたのだろう。
正解だ。
僕もマサキと同じ気持ちだからね。
「お願いだよ! 蟲達も大事だけど、人型の住人も欲しいんだよ!」
「住人?」
「うん、住人候補だから……君たち」
「ここに住めるの?」
「ああ、住めるようになるよ」
「本当に?」
住人候補という言葉に、クコとマコが素早く反応してトトの手から抜け出してマサキをキラキラとした目で見つめている。
「いや、お前たちちょっと待て! この男はどこか信用出来ない」
「ある意味では、最も信用出来ると思うんだけどな-」
「おねえ、私ここで暮らしたい!」
「僕も!」
今からここに住んだら皆ずっと子供のままなんだけど?
まあ、その事は話してないけど。
「その辺は成長促進剤で誤魔化せるさ……コップ1杯で1日分歳をとる水が湧き出る水がめが手に入ったから。しかも1日1杯しか効果が無いらしい」
「なにそのご都合主義的なアイテム!」
「邪神様の差し入れ」
「ああ……」
あの常識的でお気遣いが出来る神様だ。
こんな事もあろうかと思って、用意しておいてくれたのだろう。
「うわあ!」
「ねえねえ、おねえ! ここで働こうよ!」
「綺麗だけど、働く理由にはならない……かな?」
食事を終えたことで、待機していた虫達が見世物を始める。
蟻と蜂の集団行動から、蝶のダンス、ラダマンティスの剣舞?
虫達のおりなす幻想的な景色にベントレーとルドルフまで魅入っている。
「なあ、マルコ?」
「駄目だよ」
ベントレーが期待した目でこっちを見て来たので、先に釘を刺して置く。
「まだ、何も言ってないぞ?」
「伯爵家の嫡男に下働きなんてさせられないよ」
「うっ……」
言いたいことは分かる。
彼もここに住みたいと思ったのだろう。
まあ、先ほどの料理もこちらの世界じゃお目に掛かれないものばかりだったし。
土蜘蛛凄いわ。
「じゃあ、俺は?」
「君は、ベントレーの護衛でしょ? それに僕が外出するための、大事な人材でもあるんだから」
ルドルフさんまで、この世界に魅せられてしまったらしい。
が、彼も僕の休日の自由行動には必要な人材なので、あちらで頑張ってもらおう。
「取りあえず、今日からでもここに住んでいいよ? 荷物あるなら、マルコに取りに行かせるから!」
「えっ!」
どうやら、あちらも話が纏まりつつありそうだった。
というか、僕を便利に使い過ぎだろ。
「嫌ならここで待ってていいぞ、俺が身体借りていくだけだから」
「そうしてちょうだい」
マサキの為に働くのが急激に嫌になったので、そのくらいは自分でやってもらう。
それから、本格的に3人が自己紹介してくれた。
なんとトトは11歳で、僕よりも3歳も年上だった。
クコとマコは4歳と、見た目通りで一安心。
これで彼等が同じ歳とかだったら、今後どう接したら良いか迷うところだった。
ちなみに、2人からは僕の呼び方が鳥のお兄さんからマルコおにいに昇格した。
可愛い……





