第38話:トト
昨日は夕食を食べたあとで、すぐに部屋に戻った。
あっちの僕が五月蠅かったからだ。
(何をお前1人が良い物食ってんだ! 今も世界中では恵まれない子供たちがー!)
とかなんとか。
そんな事急に言われても知らないよ。
そう答えたら、それでもお前は俺かー! とかって訳の分からない切れ方された。
解せぬ。
「今日は疲れたので、もう休みます」
「うん、マルコにも友達が出来たようで嬉しいわ。また、ゆっくり今日の続きを聞かせてね」
「はい! おばあさま! おやすみなさい」
「ゆっくり休むのよ」
おじいさまは、お城で偉い人達とご飯を食べるらしくおばあさまと2人だったが、落ち着いて食事を食べられた。
僕が友達とお出かけした話を、ニコニコと聞いてくれた。
どうやらおじいさまが最近も色々とやらかしているらしく、学校で苛められていないか心配だったらしい。
取りあえずは、安心してもらえたので良しとしよう。
それよりも、先ほどからギャースカ五月蠅い自分をなんとかしたい。
「一体、なんなのさ!」
(マルコ、今すぐ管理者の空間に来なさい)
と言うが早いか、強制連行された。
そして、目の前の光景に唖然とする。
机の上に、所狭しと並べられた料理の数々。
「もう、お腹いっぱいなんだけど?」
「馬鹿チーン! 誰がお前のご飯だと言った!」
何があったか知らないが、テンションが変な方向に振り切れている。
これが自分だと思うと、正直恥ずかしい。
というか、どんなキャラだと言ってやりたい。
「これから、この料理をとある姉弟に届ける」
「とある姉弟? っていうか、どうしたのこれ?」
もう1人の僕に問いかけると、横で土蜘蛛が胸を張っていた。
えっ?
「土蜘蛛が作ったの?」
僕の言葉に頷く土蜘蛛。
「今日のお昼ごろに出会った獣人の子を覚えてますか?」
「う……うん」
急に土蜘蛛に話しかけれて、ちょっとびっくり。
いや、まあ会話が出来るようになって結構立つけど、土蜘蛛が喋るのに慣れない。
「あの子達がお腹を空かせているのを見て、マスターがこれをと」
「あの子達?」
「ああ、あの女の子には弟と妹が居るんだ」
「あれ、女の子だったの?」
余程暇だったのだろうか、昼間にスリを働こうとした女の子をずっと見張っていたらしい。
で分かったのが、彼女たちはスラムではなく街の外壁付近にある崩れかけの廃屋に暮らしているらしい。
走れば表通りまですぐに行けるため、スラムよりは多少は安全とのこと。
ただ、衛兵に見つかると追い出されるため転々としているらしい。
その廃屋も、ある程度放置されたら取り壊されていくため、決まった場所には住めないとか。
じゃあスラムにとも思ったが、スラムに住んだら他の孤児や浮浪者に収入も食料も全てはぎ取られるとか。
かといって、獣人の住むような場所に行けるわけもないと。
この街に来た経緯も、最初は親と一緒だったらしい。
親が出稼ぎに来たのに着いてきたらしいが、その仕事というのが獣人の優れた身体能力にものを言わせた冒険者の荷物持ち。
特に戦闘技術を学んだ訳でもないため、戦闘には参加しなくて良いという条件だったらしい。
最初は順調に稼いでいたらしいが、不幸は突然訪れる。
ダンジョン探索中に、パーティの主力の前衛2人が罠に掛かって死亡。
慌てた残りのメンバーは彼等の父親を置いて、逃げ出したらしい。
重い荷物を持たされて、1人置き去りにされた一般人の末路など想像も容易い。
遺体は見つかっていないが、生きて居るとは到底思えない状況だ。
荷物を捨てて一緒に逃げれば、まだ可能性はあったかもしれないが。
獣人と言うのは責任感がとても強い種族らしく、一度請け負った仕事はよほどのことが無い限り全うするよう尽力するらしい。
いや、置いていかれた時点でもう仕事の義務は放棄しても良くないか?
とも思えるが。
もし追い付いたときに、荷物を持っていなかったら彼等が困るのではという考え方をするらしい。
どんだけ、お人好しなのか。
勿論、気性の荒い種族も居るが、そういった獣人種はあまり人間での国での下働きに選ばれることは無いとの事。
そりゃそうか。
従順な方がどう考えても、扱いやすいもんね。
「お前が! あの子の仕事を邪魔したから、彼女たちは今頃お腹を空かせて泣いているんだ!」
「いや、仕事ってスリじゃん! 駄目じゃん! しかも獣人種って人間より飢餓に強いんじゃないの?」
「お前は、なんて冷たいんだ!」
正直言って、面倒くさい。
彼等を救う事がではない。
この、へんな方向に情熱を燃やしてしまった自分が面倒くさい。
ただ、一歩間違えば自分がこうなるという恐怖もある。
今回は彼が取り乱しているお陰で、僕が冷静で居られるけど。
「マスターに頼まれましたので、私が全て作りました」
「へえ、土蜘蛛って凄いんだね! ちょっと、これ食べてみて良い?」
「はい、私は味見が出来ませんので少し不安ですが」
鶏肉とマッシュルームを煮込んだであろう、赤色の煮物を一口食べてみる。
「ナニコレ……滅茶苦茶美味いんだけど?」
というかさ、これ調味料にケチャップ使ってるよね?
というか、調味料が殆ど地球産じゃね?
えっ?
こっちの僕、こんな料理食べてたの?
何それ、ズルい……
「いやあ、あっちの食材も仕入れられるようになったからさ……それより、これを持っていくんだ!」
「バッカじゃ無いの?」
「はっ?」
「こんな、上流階級でも食べられないような、異世界の料理食わせて彼等が今後何を食えっていうの? 馬鹿なの? ちょっと、落ち着いて」
「えっ?」
「大体、獣人なんだから火の通って無い肉を食べても、お腹は壊さないし……そもそも味覚が普通の人族より鋭く無いんだから、味よりも量でしょ?」
「だから、沢山用意したんだけど……」
「そうじゃなくて……調理はあっちにやらせて、こっちは材料だけもってけば良いじゃん」
取りあえず、僕のやりたいことは分かったのでこっちが主体となって動くことにする。
普段は頼もしい彼だが、今日の彼はどこかおかしい。
すでに日が落ちてしまったけど、虫を数匹連れて森へ転移。
わずか10分で、鳥を2羽と蛇の卵、さらに食べられる野草が数種類集まる。
「こんなものか……」
「あの、この料理は?」
「ああ、僕がちょっとずつ食べるから良いじゃん! どうせここにある限り腐らないんだから」
「そうだね……」
ちょっと落ち着いたのか、僕が素直に反応してくれる。
あのまま、面倒くさい状態だったらどうしようかと思った。
とはいえ、どうやって届けたものか。
いきなり見知らぬ子が、これを食べなよ! って持っていくのか?
怪しすぎるだろ?
その辺はどう考えていたのだろうか?
「お腹空いてるだろうから、ご飯あげたら仲良くなれるさ」
ノープランだった。
獣人というファンタジーらしい要素に、おかしくなってしまったらしい。
この件に関しては、彼が全くの役立たずということが良く分かった。
「どうせ、獣人とはいえ子供だから左手でエイッとやれば、全て解決」
「そうだね……しないけど」
「なんで? 耳も尻尾も触りたい放題だぞ?」
「少し黙ってよ」
「はい……」
そんな邪な考えで、この能力を使ってもきっと神様権限で従属なんて……
いや、そこまでこの世界に影響を与える訳じゃないから出来そうか。
でも、まああまり心を操るようなことはしたくないし。
――――――
「やあ!」
「お前は昼の!」
何も良い考えが浮かばなかったので、普通に持って行った。
「なんでここが!」
「僕のこと覚えてるの?」
「当たり前だ! よくも邪魔しやがって」
酷い言い方だ。
スリの邪魔をするのは、普通の感覚からしたら当たり前だろ。
「いやあ、彼女辺境伯の娘さんの護衛だからね? そんな相手からスリを働いたら、ただじゃ済まないよね?」
「へんきょーはくってなんだ?」
「貴族でも、物凄く偉い人だよ?」
「あれが? あんなに隙だらけだったのに?」
そうだよね……
護衛そっちのけで、行商さんの商品に集中する護衛なんて普通居ないよね?
「そ……それで、お前は俺を追いかけてきたのか? 殺されるのか?」
「おねえ、誰か来たの?」
「クコ出てくるな!」
目の前の少女の後ろから、不安そうに小さな女の子が声を掛けてきた。
うわあ……ちっちゃい獣人の子ってめっちゃ可愛い。
クリクリとした瞳に不安そうな色が浮かんでいる。
目の前の子に怒鳴られて、ちょっとビクッてしてる。
それも可愛い。
「お前……目が怖い」
「ああ、ごめんごめん。そうじゃなくて、君たちの境遇を知ったから差し入れをと思ってね」
「差し入れ?」
そう言って、手に持った鳥を見せると目の前の少女は訝し気な表情を浮かべる。
後ろの女の子は不安そうにしつつも、鳥に釘付けだけと。
「姉ちゃん?」
そして眠そうに目を擦って出てくる、小さな男の子。
この子も可愛い。
「取りあえずさ……危険な事はやめなよ」
「おねえ、やっぱり……」
「なんでもない! お前らはあっちに戻ってろ!」
どうやら小さな子はお姉ちゃんが何をしているか聞かされていないらしい。
目の前の子に、背中を押されて奥に押し戻される。
ああ……もうちょっと見ていたかったのに。
「お前……」
「ああ、ごめんごめん。でさ、これあげるけど……こんだけあったら何日は持つかな?」
「鳥が2羽……1週間は大丈夫」
意外と、長くてびっくり。
「食べられない日が多いから、少しずつでも平気」
「そっか……」
「でも、貰えない」
「なんで?」
と思ったら、断られた。
「貰う理由が無い」
「それもそうか……僕にもあげる理由は無いし」
まあ、当然の事だけどまさかそんな理由で断れるとは。
「対価はなんだ?」
どうやら施しは受けるつもりが無いらしい。
なんて無駄に気位の高い。
そんな事を気にしている状況じゃ無さそうなのに。
3人とも見るのも可哀想なくらいに、やせ細っているし。
「実はなんにも考えて無くてさ……君たちの事を知ったある人が面倒くさくて」
「ある人?」
「それはどうでも良いんだけど、助けろ! 助けろってうるさいんだよね」
「私にとっては、どうでも良くない」
うん、この子も面倒くさい。
見るからにお腹減ってるのが分かるし。
涎も垂れてるし。
「涎……」
「うるさい! 貰うなら、対価を払わないといけない! 対価はなんだ?」
「えっ……じゃあ、尻尾?」
「尻尾? 尻尾を切られるのは困る」
「じゃなくて、尻尾が触りたいなと……」
「お前! あの女の仲間か?」
なんか勘違いされた。
あの女って、誰だろう?
ああ、この子に迫ってた駄目オーラを放ってた女冒険者か。
もう1人の僕が、記憶を見せてくれた時に映ってたっけ。
「違うけど?」
「そうか……今日は変な奴が多い。俺の尻尾を触りたがるなんて……でも、尻尾を触られるのは恥ずかしい」
「そうなの?」
「お前はお尻を撫でられていい気がするのか?」
そういうものなのか。
それって、思いっきりセクハラじゃん。
「じゃあ、対価は後で考えるとして、いまはこれを受け取って貰えないかな?」
「そんな怖い事は出来ない」
流石に白紙の小切手を切るような真似はしないか。
といっても、本当に何も考えて無かったしな。
「もういいや……どうせこれ持って帰る訳にもいかないし、腐るともったいないからこれを貰ってくれることを対価にしよう」
「それは対価とは言わない」
「良いから良いから、貰われない方が困るのは事実だし。貰うことも人助けだと思って」
「お前……本当に変な奴だな」
「ふふ、今日は特別さ」
もう1人の僕の思いが移ったのかな?
どうやっても助けてあげたいと思ってしまうのは、何故だろう。
「俺はトトだ」
「ん?」
「名前」
「ああ僕はマルコ、宜しくね」
「……何か困った事があったら言え。出来る事なら手伝う」
照れくさそうにそっぽを向いてそんな事を言う彼女の横顔が、妙に可愛らしく見えた。
「有難う」
「ふふ、こちらこそ」





