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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第36話:クルリの受難

 上級科の子供達にトイレに閉じ込められたりと、色々な事があった次の日。

 私は上機嫌で学校に向かっていた。

 寮から学校までは徒歩で5分くらいなのだが、いつもより景色が明るく見える。

  

「いつもご苦労様です」

「はい、おはよう! 有難うね」


 守衛さんに元気に挨拶をして、校舎へと向かう。


 昨日は大好きな野営の授業にも出られなかったし、トイレに閉じ込められて水を掛けられたりと散々な目にあったけど良い事もあった。

 あのマルコ君が、思ったよりもずっと優しかったことだ。


 マルコ・フォン・ベルモント。

 剣鬼スレイズ様のお孫さまであり、笑鬼マイケル様のご子息だ。

 きっと、とっても乱暴で粗野で怖い子なんだと思っていた。


 初めてあったときも、ディーン君に暴力を振るういじめっ子だと思った。

 ディーン君はちょっと意地悪なところがあったけど、なんとなく受け入れてくれているのは分かった。


 ディーン君ってのはマクベス家の御子息で、セリシオ殿下のご学友でもある。

 将来の宰相候補の1人だ。

 実家の爵位は侯爵。

 ベルモント家が子爵だから、2つも階級が上の人だ。

 しかも2大侯爵家の片割れ。


 そんな凄い人にも、平気で暴力を振るうマルコ君はとても怖い人だと思った。

 彼は私が同じ班に加わることを、本心から喜んでくれているような満面の笑みで出迎えてくれた。

 一瞬ホッとしかけて、すぐに戦慄が走った。

 

 この笑顔……おかしい。

 貴族の子で、しかも乱暴者の代名詞でもあるマルコ君が素直に私を受け入れてくれる訳……

 そうか! 

 彼等の班はディーン君とマルコ君のみ。

 野営が出来るような子は居ない。

 というか、そういうのって家来の人達にやらせるよね?


 彼等はきっと自分が野営を学びに来たんじゃなくて、私達みたいないかにも下っ端な人種に効率よく指示を出すことを学びに来たんだ。

 そこに、いかにも気弱そうな女の子……

 メイド……いや、奴隷ポジション確定だ!


 きっと彼等は椅子に座って優雅に紅茶とかって飲み物を口にしながら……


「クルリ、火はまだか?」

「クルリ、テントの準備は?」

「クルリ、水だ」

「クルリ、食事は?」

「クルリ、寝るから見張っていろ!」


 って感じで、全て私にやらせるつもりなのだろう。

 流石にそれは……

 マルコ君の笑顔を見ていたら、断れる気がしない。

 きっとあのニコニコと人懐っこい笑顔が、鬼の産まれ代わりのような表情に変わったらちびる自信がある。


 私の今年の課題が決まった。

 マルコ君を1年中笑顔でいさせることだ。

 ディーン様は流石に、想像もつかない立場のような家の人だけのことはある。

 適度に私に警告を入れる事で、色々と線引きをしてくれている。


 おそらく本心では怒っていないけど、貴族にとって失礼なこととかを教えてくれているんだろう。

 たしかに家来の躾は、主の質が見える材料の一つだからね。


 部下が粗相をしたときに恥を掻くのは上司だからかな?

 そういえば父さんもおじいちゃんも部下には厳しかったけど、部下が何かをやらかしたときには真っ先に前に立って庇ってたもんね。

 

 自分達の教育不足だということを前面に出して、その責任を全て負うほどに。

 だから、厳しくても部下の人達は皆付いて来てくれてたし、父さんやおじいちゃんに迷惑を掛けないように一生懸命になってたっけ?


 開拓現場の集落の皆を思い出したら、少しホームシックになった。

 頑張らないと。


 ディーン君の意地悪な言動には、きっと私が取り返しのつかない事を起こさないようにという教育が含まれているはず! 

 じゃないと、同じ班になるのが嫌だったのがバレた時点でたぶん消されてる。

 学校からも、戸籍からも、歴史からも。

 だって、2大侯爵家の子だもん。

 そんなの簡単だよね?


 それに引き換えマルコ君は……

 私を全力で庇ってくれているように見えるけど……

 もしかしたら、私が失敗しないように動いているディーン君に不満でもあるのかな?


 はっ! 

 もしかして、私に粗相を働かせて弱みを握るつもりじゃ!

 あり得る……かな?

 武力一辺倒のベルモントって聞いたけど。

 あっ、でもマルコ君ってかなり成績良かったはず……

 マイケル様と違って。


 だったら、そういった悪知恵が働いてもおかしくない。


「ほらっ! クルリもがら空きのお腹に一発!」


 出来る訳がない。

 きっとここで、マルコ君の言う事を聞いて殴ったりでもしたら、不敬罪で1発退場だ。

 人生から……


 と思ったら、率先して火起こしを始めた。


「これって、見た目と違ってかなり根気がいる作業なんだよね? 簡単に着くと良いな……体力がある内に全力で行くか」


 まるで火起こしを体験したことがあるかのような言動。

 あれっ?

 私の思い違いだったかな?

 素直に授業を楽しみに来てる?


 そう思ったのも束の間、板が真っ二つに割れた。

 そんな細い棒でどうやって?


 ディーン君が笑いを堪えきれずに吹き出してた。

 危ない危ない。

 私も便乗して笑ったりしたら、きっとそれをネタに。


 でも全然大丈夫。

 笑うとかよりも、細い木の棒でしかも密着させた状態で板を割れる子供が、普通じゃない事くらい私でも分かる。

 軽く背中を悪寒が走るくらいには。

 

 ちょっと小突かれただけで、私の骨もあの板と同じように真っ二つになるはず……


 ディーン君が新しい板を貰って来て私に渡してくれる。

 スムーズな動作で私に作業をさせる辺り、人の使い方を熟知している感じがする。


 でもここはディーン君の期待に応えないと。

 私を守れるのは彼だけだだし……ベルモントから。

 そう思って軽く板に火付け棒を押し付けた瞬間に割れた。


「たぶん、さっきのマルコの馬鹿力で本当に罅が入っていたんだと思うから、気にしなくていいですよ」

「そ……そうですね」


 ディーン君が庇ってくれたので、それに便乗する。

 マルコ君がわざとらしくショックを受けたような表情をしている。


 いや、きっと私がミスをしたことをネタに何か無理難題を吹っ掛ける気だもん。

 絶対そうだもん……


 いや、今の会話の流れって……

 私、マルコ君に失礼な事を?


 もしかして、ここまでの流れを読み切って?

 いや、そんなはずは。


 これはコウ・メイの罠だ!

 きっと、そうやって疑心暗鬼にさせて、正常な判断力を奪う気だ。

 すでに、私は何が正解か分からなくなっている。


 昔に存在したという知将コウ・メイ。

 彼は、ぱっと見では絶対に分からない落とし穴を作る名人だったらしい。


 あまりに落とし穴が巧妙すぎてコウ・メイと戦う相手は、もしかしたらこの先は落とし穴?

 この橋に落とし穴が?

 戦場は穴だらけ?

 と疑心暗鬼になってしまい、何も無い場所でも進軍速度が落ちていたそうだ。


 そう考える事自体がすでに、コウ・メイの罠だとも知らずに。

 いま私は、マルコ君にその罠に掛けられているところだったのか……


 危なかった。

 それが彼との出会いだった。


 ずる賢く、力も強く怖い印象しかもっていなかったマルコ君。

 実はとっても優しい子だったのだ。


 私がトイレに閉じ込められているのをどこで知ったのか、颯爽と助けに来てくれた。

 しかも濡れてしまった制服を一瞬で乾かすような、不思議な魔法まで使って。


 魔法を使えることは秘密にしておきたいらしくて、そんな秘密を私に教えてまで助けてくれたマルコ君。

 勘違いしていて、ごめんなさい。


 もっと素直に彼の事を見るべきだった。

 今日会えるかな?

 野営の授業は無いけど廊下に居たら、もしかしたらすれ違うかも。

 階段の方が良いかな?


 そんなふうにウキウキで校舎に入って教室に向かう。

 そう思っていたら前方に貴族の子達が居た。

 3人で横に広がって、ゆっくりとおしゃべりしながら歩いている。

 邪魔だなーと思いながらも、その後を距離を空けて付いて行く。


 最近貴族の子や、商家の子から意地悪をされるからちょっと怖いし。

 気付かれたら、なんかされるのかな?

 そんな事を考えていたのが良く無かったのか、3人のうちの1人が振り返る。

 そしてギョッとした表情を浮かべる。


 なんだろう?

 私どこか変かな?

 それとも後ろに誰か居るのかな?


 そう思って振り返るが誰も居ない。

 首を傾げて前を向き直ると、3人組が壁にピタリとくっつくように立って俯いている。

 どうしたんだろう?


 そこに立たれてると、通り辛いんだけど。

 もしかして、前を通り過ぎる時に何かを仕掛けるつもりじゃ。


 でも、私まで立ち止まるのもおかしいよね。

 困ったけど、ここは頑張って行くしかない。


 意を決して前を通り過ぎたけど、何もされなかった。

 良かった。


 良く無かった……


 それからも廊下で貴族の子が見えると道を譲ってあげてるのに、何故か彼等は壁にピタリとくっついてしまう。

 酷い子なんか壁側に向かって立って、壁に話かけたりし始める。

 まるで私に関りたくないような……


「一生クルリの前で、笑えなくするくらいだから」


 マルコ君が優しさを見せてくれた日に、ボソリと呟いた言葉を急に思い出した。

 試しに貴族の子の前を通り過ぎる時に、マルコ君と呟いてみた。


 分かり易いくらいにビクッと肩を跳ね上げさせて、ガタガタと震えていた。


「ぼ……僕は、何もしてない……僕は、何もしてない……僕は、何もしてない……」


 そんな事を小声で繰り返す男の子に、恐怖を感じる。

 何をしたら、こんなことになるのだろうか……


 やっぱりマルコ君はヤバい奴だった。


 

 


  

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