第5話:マルコ6歳、事件です
「テトラは本当に可愛いわね」
「そうだな、まるでマルコの産まれた時のようだ」
両親の寝室で、マリアが赤子を抱っこしてニコニコしている。
プクプクした頬っぺたが、真っ赤っかだ。
髪の毛が薄く、皺くちゃな顔はマルコから見ればまるで猿だ。
そんな猿と一緒にされて複雑な気分に陥りつつも、えてして赤子はみんな猿であると思い自分を納得させる。
そう、ようやくマルコに弟が生まれたのだ。
テトラの真っ赤なほっぺを指でツンツンとつつく。
彼はちょっと、嫌そうに顔を顰める。
それから、マイケルの方に視線を送る。
そのテトラの視線に合わせて、マルコも父親を見る。
「寒いんじゃないの?」
「いや、赤ちゃんは皆こうだぞ? ほっぺが赤いから赤ちゃんなんだぞ!」
父親が何やらアホな事を言っている。
いや、間違ってはないけど皮膚が薄いから全体が赤いということで、ほっぺだけを指した事じゃないんだけどな。
まあ、そんな事を6歳児のマルコが指摘したところでなんにもならない。
精々が、あら、マルコはよく知ってるわねーとマリアあたりに褒められて終わりだ。
これ以上ここに居ても、可愛いわー
可愛いなー。
という、まったくもて語彙が貧相な両親の弟自慢を聞かされ続けるだけだと思い、マルコがそそくさと部屋を後にしようとする。
マリアの視線が、少し痛い。
「とりあえず、出かけてくるね」
「もう! 少しはマルコもテトラに構ってあげてちょうだい」
「そうだぞ、マルコ! お前の弟なんだから」
確かに弟は弟で可愛いのだがマリアが全く手放す気も無ければ、6歳児が抱かせてもらうわけもないのでここに居ても正直暇なのだ。
それに、マルコもマルコで色々とやることがある。
「その弟を守れる兄になりたいので、外で訓練でもしてきます」
「むう、そうか?」
「まあ、マルコは立派なお兄ちゃんなのね! 頑張ってね! でも、マルコは私が守るからあんまり強くなっちゃ駄目よ?」
相変わらず両親がチョロい。
普通だったら、子供が毎日親の目の届かないところに出かけてたら、何か思いそうなものだが。
まっ、いっか。
「トーマス、暇?」
「いっつも、私だけが暇みたいに思ってませんか?」
まあ、特に大きな事件が起きるわけでもないので衛兵の全員が暇ではあるのだろうが、その中でも一番従順なトーマスが自然と俺のお出かけのお供になるのは仕方ないだろう。
お決まりのルートで、街の中を適当にブラブラする。
勿論アシュリーとのお茶は忘れていない。
それから武器喫茶を出てギルドに向かってゆっくりと歩き始めたのだが、うん……めっちゃ怪しい男達が後ろを付けてるな。
現在俯瞰の視点でマルコ達を見ているので、街の上空からカメラで見ているような状況でもある。
っていうか、オプションで普通に自分を確認するだけの機能だったのに、よくよく考えたら360度周囲の状況が見れて、尾行や不意打ち、伏兵まで見られるってこれだけでもチートじゃないか?
たぶん、これは完全に邪神も善神も想定外のおまけだと思う。
ズルして見てるから、マルコの後をつけている連中がプロなのかどうかも分からない。
マルコもトーマスも気付いていないみたいだし……
まあ、トーマスはずっと事件が起きていないために、平和ボケしているっぽいしな。
つけているのは4人組と……少し離れたところにもう2人か。
この2人は4人組とグルなのか、4人組をつけているのかは分からないけど。
とりあえず、先をいく4人組はぱっと見でろくな奴じゃないことだけはわかる。
何故かって?
着ているものと顔だな。
見た目で判断するわけじゃないが、どう考えても悪人面だ。
それにナイフを隠し持っているのも分かる。
あんまり慣れていないのか、しきりにふところを確認したりしてるから画面をピンチして寄せてみたら、ナイフを取り出して何回も確認してた。
後ろの2人は、まあまあ良い服装だからこいつらの上の人間か……それとも、他に目的があるのか。
いつもなら、ギルドに向かうのにそこの人気のない路地を通るんだけど……
ああ、そこにも3人ほど待ち伏せさせてるのか。
捕まえて目的を聞き出したいところだけど、一緒に居るのがトーマスだしな。
仕方ない。
マルコの中に戻ると、足を止めて振り返る。
「っと、そうだ! トーマスさん! さっきから後ろを滅茶苦茶怪しい人達が付いてきてるけど、知り合い?」
「えっ?」
「「「はっ?」」」
あえて裏の路地に入る前のまだ人がたくさん往来しているメイン通りで、大声を出して後ろの4人組を指さす。
トーマスが俺の指さした方を向くと、慌てた様子で4人組が人ごみの中に分け入ってくのが見える。
下手くそか。
「あっ? 領主様んとこの坊っちゃんをつけてた奴が居たのか!」
「あの4人組だってさ!」
「衛兵呼べ! 衛兵!」
「おらっ、待てやこらー!」
バラバラに逃げればいいものを、揃って同じ方向に駆けだしたために町の人達の声でどこに行ったかすぐに分かる。
肉体派の通行人や、冒険者の人達があとを追って駆け出す。
「懐に、ナイフ隠し持ってるから気を付けてね!」
「おうっ! 必ず捕まえてやるから待っててくださいよ!」
「怪しい連中は?」
「あっ、衛兵さん! いま、あっちに向かいました! 冒険者の人達が追いかけてます!」
「はっ、ご協力ありがとうございます!」
そして駆け付けてきた衛兵さんも、冒険者と怪しい人達が向かった方に走っていく。
「すいません、私が気付けなくて」
「良いよ、僕が気付いたのもたまたまだし」
ちなみに、4人の後ろを付いてきていた2人は、他人のふりをしつつ遠くからこっちを伺い見ているのが分かる。
精神を一つに戻すと、俯瞰の視点が使えないのが不便だけど……
他の方法があるしね。
そっと右手で蜂と蝶を数匹呼び出して、2人組に付ける。
「とりあえず、冒険者ギルドに行くねー!」
「わかりやしたー! 先に行った連中に伝えときます」
大声で叫ぶと、遠くから声が聞こえてきた。
これで大丈夫だろう。
「今日は、大通りを通っていこうか」
「そうですね」
あえて危険な橋を渡る必要はない。
言っても、マルコはまだ6歳。
大人相手に、何ができるというわけでもない。
いくら熟練の冒険者たちに訓練を付けてもらっているとはいえ、身体も年相応。
技術は、同年代の子達より頭ひとつ分くらい抜きんでたくらいだ。
再度精神を二つに割って、マルコの周囲を警戒する。
2人組の身なりの良い男達は、裏路地で待ち伏せをしていた3人に何やら話をしていた。
その表情は苦々しいところを見ると、やはりマルコになんらかしらの危害を加えるつもりだったのだろう。
とりあえず、蜂に全員の瞼の上を刺しておいてもらう。
しばらく、腫れ上がった瞼で過ごせばいい。
――――――
どうやら、ただの人さらいだったらしい。
逃げた4人組のうち、2人を捕まえた衛兵さんの話だ。
領主の息子である俺を攫って、両親から金を巻き上げるつもりだったと自白したらしい。
うちの街の衛兵さんってば、割と優秀。
まあ、これで少しは大人しくしてくれるだろうとの事。
うん、普通だったらそう思うところだけどね。
金を持ってそうな2人組が居なければ。
さらに、マルコの行動をしっかりと下調べして人気のない所に、伏兵まで用意していたのだ。
ただの人さらいとは思えない。
「しばらく、外出を禁止します」
そして事件。
俺が人さらいに狙われたことが、マリアにバレた。
無事で良かったと、泣きながら抱きしめられた時はちょっとびっくりした。
だって、事前に気付いてたし。
一切の被害を受ける前に、防ぐことができたのに。
息子を目の前にして、話を聞いただけでこの取り乱しっぷり。
愛されてるという実感を感じるとともに、行き過ぎた親の愛に少しばかりそら寒いものを感じる。
でも、それもこの世界では仕方が無いことだった。
まず、医療が魔法任せな部分があるため、未知の病気等で死ぬ子供がかなり多い。
お金持ちの貴族の子供ですら、病気に罹って死ぬ。
さらに、対外的に狙われることも多い。
いくら、国王の下につく貴族といっても派閥はある。
優秀な子供は対抗勢力や、他の派閥の貴族から狙われることもある。
それだけならともかく、同じ派閥の貴族からも狙われるような事態もあったらしい。
とある男爵家に優秀過ぎる子供が生まれた。
その聡明な子供の受けこたえに、同じ派閥の上位に位置する侯爵が大層気に入り養子の話を持ち掛けた。
それだけだ。
たったそれだけの事で、同じ派閥の子爵にその子は命を狙われたらしい。
そんな世界だ。
子供が大人になるまで、親は気が抜けないのだ。
とはいえ……危険を未然に防いだのに外出禁止はあんまりだ。
過保護な親のせいで、伸び盛りの幼少期を無駄に過ごすわけにはいかない。
かといって、ギルドでの訓練は受けられそうにない。
ということで……
「父上、私に剣を教えてください」
「ほうっ……マルコはもう剣に興味を持つ年頃か」
いま俺はマルコの中に戻っている。
ここに居るのは完全なる俺。
そして、父親が俺の言葉に嬉しそうに頷く。
年相応なマルコの精神と違って、俺からしたらマイケルは育ての親。
マルコは実父として慕っているが、俺はせいぜい保護者くらいにしか思っていない。
何が言いたいかと言うと。
「なっ!」
「流石父上です! 私の剣を容易く防ぐなんて! これでも、素振りは結構繰り返してきたんですけど」
カブトの持つ身体強化を借りて、全力で一度打ち込んだだけだ。
そこは大人と子供。
それに、マイケルも騎士として訓練を受けてきただけのことはある。
俺の剣を、容易く受け止める。
だが、受け止めただけだ。
手に残る痺れの感触を確かめるかのように、自分の手をジッと見つめ開いたり閉じたししている。
そうだ。
俺の持つ能力を使って、剣の才能を認めさせ外から優秀な教師を雇ってもらえるよう取り計らう事にした。
そのために、マイケルには負けてもらわないと困る。
マルコだけなら、まず勝てる事は無い。
従属した虫たちの能力を、十全に使いこなせるだけの思慮は無い。
なんせ、俺が離れてしまえばただの6歳児相当の子供なのだ。
だが、俺が手伝えば配下の虫たちの能力を有効的に使うことができる。
それを使って、父親をどうにか打ち負かせないか考えていた。
結論……
所詮子供の身体。
そして、相手は元騎士。
いくら俺が高等教育遊民とはいえ、武術に関してはギルドで学んだ程度。
勝てる道理は無かった。
無かったが……これは酷い。
「あなた! なんてことをするんですか!」
「す……すまん!」
おでこを真っ赤に腫らして、地面に横たわる子供。
そう俺だ。
ビクンビクンと痙攣している。
非常に危険な状態だ。
まさか、刺客より先に父親に殺されかけるとは。
「だが……手加減などできる余裕が「そんなわけないでしょう! マルコはまだ6歳ですよ!」
マイケルの言い訳より先に、マリアの怒号が響き渡る。
「もう、貴方には任せられません! ちゃんとした先生を雇いましょう!」
結果オーライ。
だが……こんなノホホンとした、でっぷりと太ったおっさんがこんなに強いとは。
普通に最初から素直に、マイケルに師事しておけば良かった。
愛するマリアに本気で怒られ、意気消沈のマイケル。
「しかし……うちの子は天才かもしれん」
「あなた!」
「本気で手加減ができないくらいに、筋が良すぎたのだ。これは将来……いや、あと3年もすれば俺を超えられるかもしれない」
そんな事無かった。
予想外の実力を見せたがために、親ばか全開だった。
「神童とは、この子の事かも」
「いい加減にしてください! 早くお医者を!」
「これは、来年には王国騎士団の入団試験を受けさせるべきか?」
マリアの叱咤が耳に入らないレベルで。
いや、無理だろう。
そもそも、入団資格が14歳からだし……