第33話:ワルコ……前編
クルリがトイレに閉じ込められた日の放課後。
総合上級科のクラスに訪れた。
建設的な話合いをするためだ。
総合上級科の生徒数は50名くらいだろうか?
主軸となるメンバーは子爵家の子達かな?
それに男爵家の子供達に、大店の子もここに入れる子が居る。
お金がどれだけ堆く積まれたのだろうか?
まあ、それは冗談としてもお金の力ってやっぱり偉大だよね?
ちょっとした大商会になってくると、貧乏貴族よりもよっぽど力を持ってくるし。
下手したら、爵位を金で買うような連中まで出てくるからね。
融資という名の借金を盾にとって娘を送り込み、その子供の代から後ろで操り始めるなんてのは常套手段だし。
怖い怖い。
うちは、幸い僕のお陰でそれなりに裕福だし、商人の人達も礼儀をもって接してくれてるけど。
一部を除いて。
さて、それよりも目的の人物だけど。
流石に貴族科の制服は目立つらしく、教室内がざわついている。
授業が終わって、ダッシュで来たからか割と多くの生徒が残っている。
が、すでに帰ってる子もいるわけで。
居なかったら、居なかったで家まで押し掛けるだけだけどね。
「おいっ、あれベルモントじゃないか?」
「あれが? 普通の子に見えるけど」
ベルモントの子が普通じゃダメなのかい?
「何ビビってんだよ! ただの子爵家の子だろ?」
「いや……ただの子爵家の子が貴族科に入れる訳無いじゃん」
「お前、早死にしそうだな」
「それは、流石に酷いぞ!」
そんなやり取りも聞こえてくる。
貴族の子って早熟なのかな?
僕の知ってる8歳児っていったら、もっと幼い印象なんだけど。
こう、無邪気に君だれー? とかって近づいてくる感じの。
「まあ、俺達こそただの子爵家なんだけどな」
「確かに……」
いや、僕もただの子爵家に入れてくれないかな?
「というか、ベルモントがこの教室に何の用だ?」
「誰か、知り合いでも居るんじゃないのか?」
「ああ……誰だ?」
すでに話題の人物となってしまったため、隠れててもしょうがないか。
今の僕は、扉から身体を半分だけ出して中を覗いている状態だけど、無意味だったようだ。
取りあえず、誰から行こうかな。
蜂達から結構有意義な情報も得たことだし。
まずは実行犯からかな?
長い物に巻かれるタイプだし。
男爵家の娘より、子爵家の息子の方がきっとお近づきになりたいはずだしね。
「あっ、そこの君! ペニーって子はまだ居るかな?」
「キャー!」
「ペニーに逢いに来たんですって」
「羨ましい!」
丁度教室を出ようとして、僕のせいで戸惑ってしまっていた女の子に声を掛けると、後ろで他の女の子たちが悲鳴をあげている。
声を掛けた子も若干、頬を染めている。
いやこの子の場合、何気安く声を掛けてんのよって感じで怒ってるのかもしれない。
もう少し、下手に出た方が良かったかも。
それからちょっとして、オズオズと気弱そうな女の子が近付いてくる。
この子がペニー?
もっと勝気な女の子をイメージしてたんだけど。
「うわぁ……ペニーの奴、めっちゃ猫被ってるよ」
「俺達にはあんまり見せた事の無い表情だ」
違った。
どうやら、貴族科の生徒相手ということで、緊張しているだけのよう……でも無い。
一瞬、鬼のような形相で囃し立てた男の子を睨んでたわ。
こわっ。
「あの、何の御用でしょうか。ベルモント様」
「あー、様は要らないよ」
「でも、貴族科の生徒様ですし」
スクールカーストにおいて、大きな壁を隔てた上に君臨する貴族科。
そこに居るというだけで、たとえ子爵家だろうと敵に回すと不味いと思っているのかな?
案外、そうでも無いんだけどね。
一部を除いて。
クリスとか、ベントレーとか敵には容赦無さそうだし。
あと殿下の機嫌を損ねたら、いろんな意味で学校どころか国内に居るのも難しくなりそうだけど。
でも、大半が気の良い普通の子達なんだけどね。
「そっか……貴族科には敬意を払ってくれる訳だね」
「当然です……多額の寄付を払っておられる訳ですし、この学校を支えているのは貴族科の皆さまです。私達が、質の良い授業を受けられるのは皆様のお陰です」
うん、滅茶苦茶持ち上げてくれる。
なんか言ってる事と、思ってることが乖離してそう。
この子きっと、平気で嘘を吐くタイプだな。
だって、陰でパドラの悪口めっちゃ言ってるって、蜂が言ってたし。
僕も陰口を叩かれないようにしないと。
まあ、蜂に聞けば分かるから陰口にはならないだろうけど。
「じゃあ話が早い、ちょっとここじゃあれだから場所を変えよう」
「他の方に聞かれると、何か不都合でも?」
「うーん、君の取り巻きくらいになら聞かせたいけどさ……不都合なのは君の方だよ?」
僕のその言葉に、ペニーが表情を強張らせる。
一瞬で色々な事を逡巡したのだろう。
そして、張り付けたような笑顔を浮かべて、恭順を示すと他に3人の女の子を連れて教室から出てくる。
室内が騒然としている。
違う意味で。
どうやら、僕は彼女に愛の告白をするらしい。
みんな、そんな感じの話をしているし。
どっちかっていうと、死の宣告なんだけどね。
まあ、いいや。
彼女は商家の子なので、サロンには立ち入れないし。
どこが良いかな……
ああ、貴族科の食堂ならこの時間誰も居ないだろう。
鍵掛かってるかもしれないけど。
そう思って食堂に行ったら、鍵が開いていた。
中には、いつもの料理人のおっちゃんが。
「どうしました、マルコ様」
「名前覚えられちゃった……」
「いえ、いつも美味しそうに食事を取ってもらってますので、良い意味でですよ」
なるほど。
そういう事ね。
悪い意味で有名人になったのかと思った。
自惚れてました。
「ちょっと、ナイショ話をしたいので隅っこの方貸してもらえませんか?」
「うーん、あと30分くらいは後片付けと、明日の仕込みで居ますので大丈夫ですよ」
そういって、おっちゃんが奥の席に案内してくれた。
ついでに、飲み物と簡単に摘めるお菓子も。
「内緒ですよ」
「ふふふ、じゃあ僕たちがここでお話ししてたのも内緒でお願いします」
色々と気を使ってくれたのだろう。
イメージ通り優しい人で、一安心。
さてと……ペニーの取り巻きの子達は何やら期待した目でこちらを見ているが。
ごめんね、あんまり楽しくない話なんだけど。
ペニーは何を考えているのか、分からない。
「じゃあ、単刀直入に言うね……クルリに近づくな、視界に入るな、声を聞かせるな」
「ふふふ、おっしゃってる意味が分からないのですが? そのクルリさんってどなたですか?」
案の定すっとぼけて来た。
割と肝が据わっている。
他の3人は、さっきまでの何かを期待した表情が一転、真っ青になっているけど。
その反応で、バレバレだよ。
知ってますって、言ってるみたいなもんじゃん。
「今日の選択授業の時に、トイレに閉じ込めて水掛けたでしょ?」
「あらっ? 知りませんわ。 そのクルリって子が言ってたのですか?」
「いや、僕の知り合いがね……偶然見てたんだ」
「その方は女性ですか?」
「さあ?」
ペニーの言葉に、曖昧に答える。
彼女も、色々と駆け引きを考えているところだろう。
こっちは、駆け引きなんてする気もないけどね。
「本当にパドラって幼稚よねぇ? ディーン様に近づきたいなら、クルリの敵になるより味方になった方がてっとり早いのに。まあ、あの方が馬鹿なお陰で、私達も楽しめるんですけどね……だったっけ?」
「えっ?」
蜂から聞いていた、ペニーのパドラに対するディスリスペクト第一弾を披露する。
先ほどまでの余裕の笑みが一瞬で引き攣る。
「ペニー、パドラ様に聞かれたら、お父様にチクられちゃうわよ? 別にあんな小物、どうでも良いし。私がこれからコネを広げるための道具にしか過ぎないんだから……何が幼馴染よ! うちからの借金まみれの貧乏貴族の娘が! 貴族ってのはそんなに偉いのかしら? とも言ってたよね」
「……」
「ぺ二ー!」
第二弾を聞いたところで、顔を真っ青にして俯く。
流石に不味いとおもったのか、取り巻き1号が声を掛けるが反応は無い。
「ああ、君たちの情報も色々と知ってるんだよねー……」
「「「ひっ!」」」
3人とも椅子から少し飛び上がってた。
ちょっと、楽しい。
「なんでそれを……誰? 誰が言ったの!」
「ちょっと、ペニー! 私達が喋ったっていうの?」
「だったら、こんなところまで付いてこないし」
「どうせ、私が怯えるのを見たくて付いて来たんじゃないの? なんか、ワクワクしてた様子だったし」
「そんな! 酷いよ! ペニー!」
「裏切ったのは誰よ! そいつが、一番酷いわよ!」
と思ったら、一瞬で息を吹き返したペニーが取り巻き達に八つ当たりし始めた。
というか、疑心暗鬼に陥ってるのか?
周りの子達も心外だと言った様子で、反論している。
「大体あんた達の家なんて、私がお父様に言付けて取引を停止させたら、すぐに潰れちゃうくせに」
「そんな風に思ってたの! もう付き合ってらんない! それに、確かにフレグランス家は大事な取引先かもしれないけど、一カ所おじゃんになったくらいで潰れるような危険な商売するわけないじゃん!」
「そんなバカな家だったら、とっくに潰れてるし総合上級科に入れるほど稼げるわけないじゃん」
「ちょっと調子に乗ってると思ったけど、私達を見下してたなんてね……逆に、私達の親が手を組んだら、あんたんとこの方が危ないんじゃない?」
「なっ!」
一瞬でこじれた。
というか、僕が居るの知ってる?
おたくらの親がやってきた、人に言えない 後ろ暗いことも知ってるけどね。
でも、このまま放っておいたら、この子達はクルリどころじゃなくなりそうだ。
だから……止めを刺しておこう。
「ペニー……」
「何よ!」
「お父さんに、貴族の刻印の模造は重罪だって伝えてくれる? うちのオセロってさ……偽造防止の策がいっぱい仕込まれてるから、偽物作ってもすぐ分かるよ」
「何それ! 私、知らないんだけど? オセロって何よ」
「フレグランス商会から売られてるオセロね……数量限定でやってるみたいだけど、全部偽物だよね? 簡単なところからいくと、うちのボードってさ……とある法則にのっとった場所にある足の裏に作成者の印を入れて、薄い板を張り付けてるんだよね」
「それが?」
「君のとこから出してるの……無いよね?」
「知りません」
「帰って、確かめてみて? ちなみにクルリに近づいたら、お父さんが二度と太陽を拝めないようにしてあげるから」
「ひっ」
あれっ?
優しい笑みのつもりだったのに。
「君はタイルだっけ?」
「なんで、私の名前を?」
たった今、僕の制服の襟に隠れてる蜂に聞いたから。
「お父さんに、荷馬車を二重底にしてるのはなんで? って聞いてごらん?」
「えっ?」
「君も商人の子供なら知ってるよね? 関所を通る時に抜け荷をするのは重罪だって。ものは、平べったい木箱に入れた粉物かな? 関税対象だよね?」
正面切ってペニーに啖呵を切ってた子だ。
僕の言葉に、顔を真っ青にしている。
「君たちも……親御さんのことは良く存じ上げているからね? エランド王国……」
タイルの左に座っている女の子の目を見て言う。
「に知り合い居るのって聞いてごらん?」
「ひっ」
「あとは……君のとこは他の人達にくらべたら大したことはないけどさ。お父さんに、こないだはミランダ夫人とお楽しみでしたねって言ってみる?」
「何それ!」
「まあ、お母さんに言ってみても面白いかもね。取り敢えず、クルリに近づいたら……家ごと潰すから」
最後に声を掛けた子以外は、ガタガタと震えている。
これで、取りあえずパドラの手駒は封じる事が出来た。
あとは、パドラだけ。
どうしてやろう……





