第31話:魔法の実践訓練
割とベントレーは我儘な子だったらしく、部屋に来るなよという言付けを守ってメイドさん達は一切部屋に立ち入らない。
その隙に管理者の空間に移動する。
ベントレーの相手は土蜘蛛に任せる。
百足が運んできた紅茶を受け取ると土蜘蛛に背を預けて飲むくらいには、慣れたらしい。
将来有望な顔をしているだけあって、凛々しさと可愛さを兼ね備えた子供が日の下で紅茶を啜る姿は中々様になっている。
土蜘蛛もリラックスしているし、割と良い関係みたいだ。
確かに、土蜘蛛が味方だったらこれ以上に安心できる護衛は居ないだろうしね。
そして、チラリと神殿の方に目をやる。
もう1人の僕がタブレットを監視しながら紅茶を啜っている。
その横には、執事の恰好をさせられたマハトールが。
大分しつけられたらしく、ビシッと直立不動で横に立っている。
いや、こんな事してる暇あるのかな?
聖属性を身に付けないと殺されるんじゃ……
まあ彼が見ているのは僕とベントレーが居るだろう部屋と、その周辺の景色だ。
万が一誰かが部屋に近づいた時に、一瞬で戻れるようにだ。
神様に貰った白いローブはもはや、全く身に着けていない。
厳かな雰囲気の神殿に青い絹のパンツと、無地のTシャツを着た日本人。
しかも、中央の主が座るであろう玉座に腰かけている。
横には執事服の悪魔。
ミスマッチこの上ない。
まあ、気にしても仕方がないか。
取りあえず索敵用に蜂と蟻を20匹ずつ連れて森に移動する。
以前、地竜を狩った森だ。
今回は更に中心地の方に転移する。
鬱蒼と生い茂る草木に、靴が汚れるのが心配になった。
ドロドロの恰好で帰ったら、おばあさまに怒られるかも。
そう思ったので、すぐに戻って替えの服を着て戻ってくる。
一応土蜘蛛が作ってくれた帷子を身に着けている。
といっても胸や腹の一部に縫い付けた頑丈な布だけど。
全身を覆っていないので、そこまで重量は無い。
【強化】を使えば、普段よりは早く動けるし。
転移した先で、すぐに蜂が近付いてくる。
近くに地竜が居るらしい。
蜂の案内に従ってついていくと、確かにこの間見た蜥蜴が居る。
でもサイズは2m程。
前回見たのよりは、遥かに小さい。
「取りあえず、1人でやってみるから離れてて」
蜂に指示して上空に飛んでもらうと、敢えて音を立てて歩いて地竜に近づく。
こちらに気付いた地竜がチロチロと舌を出しながら、ゆっくりと立ち上がってこっちを見てくる。
感情の読めない爬虫類の目だ。
そこまでの恐怖心は無い。
前回戦った大型のものが印象に強いからだろうか?
「まあ、無理だとは思うけど……」
取りあえず吸収を試してみる。
左手に吸い込まれるように引っ張られて、掌に飛び込んでいく地竜。
あれっ?
もしかして、僕って結構強くなってる?
慌てて管理者の空間に戻ると不安そうに辺りを見渡す地竜が居た。
その地竜が、タブレットとにらめっこしている僕を見つけて首を傾げる。
そしてすぐに転移してきた僕を見る。
嬉しそうにこちらに駆け寄って来て頭を擦りつけてくる地竜。
うん……なんでもそうだけど、無条件に懐かれると可愛いもんだよね?
頭を撫でてやると、目を気持ちよさそうに細める。
これはペット枠かな?
回線を繋げば会話も出来るけど、なんか慣れないうちに会話をするのはちょっと怖い。
おっさん声とかだと見た目が可愛く見えて来た分、余計なダメ―ジを受けそうだし。
まあ、配下にしちゃったもんはしょうがない。
森での移動に使えそうだし……
なんか、一瞬背後にカブトの気配を感じた気がしたけど。
たぶん、気のせいかな?
そして、地竜を引き連れて再度森に戻る。
地竜の背に乗って移動。
獲物を見つけて来た蟻が蜂に報告。
そして、蜂が地竜の目の前を飛んで誘導。
背中が広いからまだいいけど、鱗が滑って座りにくい。
ツルツルすべるから、気をぬくと落ちてしまいそうになる。
一生懸命バランスを取って乗っていたが、ちょっとだるくなってきた。
またも一旦、管理者の空間に戻る。
それから土蜘蛛と蚕を呼ぶ。
適当に倉庫から皮も持ってくる。
うん、凄い速さで鞍が出来上がる。
といっても、背中に巻いてお腹で縛るタイプの簡易のものだけど。
それを装着した地竜の乗って、再出発。
うん、なかなか乗り心地が良い。
意外と鱗の下の肉は柔らかいのか、上下の振動はそれなりに吸収してくれる。
それに加えて、鞍を乗せたことでお尻がほとんど痛く無い。
頼んで居なかったけど、蚕の子達が綿も入れておいてくれたみたいだ。
土蜘蛛がある程度の伸縮性も持たせてくれたみたいで、前後の動きに対しても鞍が多少の伸びシロがあるので安定している。
鞍の横と背中が気持ち程度盛り上がっていて、落ちる事もなさそう。
鐙もあるし。
っていうか、これかなり乗り物として優秀じゃない?
馬ほど早くは無さそうだけど、乗り心地が抜群に良い。
下からの突き上げも少ない分、下手な馬車に乗るよりもよっぽど。
いや、まあカブトが一番だけど……
蜂の絨毯?
それは、またちょっと違う話かな?
そして、蜂の誘導で向かった先に居たのは巨大な熊。
うん、3m級。
今乗ってる地竜よりも大きい。
けど、熊は地竜を見て少し後ずさっている。
なるほど……
地竜の方が熊よりも強いのか。
逃げ腰の相手を襲い掛かっても仕方ないか。
熊に向かって手を振ると、熊が一目散に逃げ去っていった。
この分だと、熊も持って帰れそうだね。
熊かあ……
懐いたら可愛いんだろうけど、まあ、今はそこまで必要に思わないし。
結局分かったのは、地竜が森の覇者だったってことかな?
地竜に乗ってたら、森の魔物達はすぐに逃げてくし。
まあレアな魔物の中には、地竜よりも強く大きなものも居るらしいけど。
残念ながら会えなかった。
巨大な蛇や虎の魔物とかなんかが地竜と同等か、サイズによっては上らしい。
あとは地味に猛毒を持つ小さな虫とか、蛇が危険度が高いとか。
まあ、そこらへんは蟻に蹴散らされていみたいだけど。
蟲同士は分かるけど、蟻に襲われる蛇とか。
ああ、でも身体中に纏わりつかれた蛇じゃ蟻に対処できないよね。
手も、足も出ないとはこの事か……
そんな事を考えながら、特に収穫も無く管理者の空間に戻る事になった。
いや、収穫はあった。
割と可愛い乗り物がゲット出来た。
神殿から出て来たマハトールが、目の前を横切った地竜に一瞬ビクッとなってた。
地竜の方が強いのかな?
不意打ちだったからかな?
まあ良いや。
本日の執務は終わったのか、大人しく山に帰っていく悪魔ってのもシュールだよなと思いながら、服を着替えてベントレーを連れて彼の屋敷に戻る。
ベントレーが土蜘蛛ともう少し一緒に居たがってたけど、もうじき昼の2時を回る。
流石にお泊りしたわけだし、そろそろ帰らないと。
「気にせず、夕飯食ってうちの奴に送らせたらいいのに」
「いや、一泊してるからね。そこまで長居したら、おばあさまに怒られてしまうから」
「そっか……まあ俺は気にしてないから、いつでも来てくれ」
玄関まで見送りに来てくれたベントレーに別れを告げる。
ベントレーの屋敷の者が操縦する馬車に乗って、家に帰る。
激しい振動と固い椅子のせいで、お尻が硬くなる。
やっぱり、地竜ってかなり優秀だよな……





