第29話:火起こし
「取りあえず、自己紹介でもしましょうか?」
「必要か?」
「あの、私は2人とも存じ上げておりますから……」
ディーンの提案に対して、僕とクルリが難色を示す。
3人中2人が同じクラスだし。
それ以前に有名人だし。
「クルリが自己紹介しやすくするためですよ」
なるほど。
クルリの事は、名前しか分からないから……
いや、名前が分かれば良くない?
「私はディーン・フォン・マクベスです。父が侯爵で、宮廷魔術師をやってます。祖父が前局長で、父は現副局長なんですよ? 一応、殿下の幼馴染ですね」
「はい……」
知ってるよね、当然。
ディーンの自己紹介を聞いて、ますます暗くなるクルリ。
「ほらっ、マルコの番ですよ?」
「ええ……えっと、マルコ・フォン・ベルモントだよ。祖父がスレイズでなんか色々と言われてますが、剣が得意なただの人かな? 父はマイケルで子爵位……オセロ村のあるところと言ったら分かり易いかな? 僕は普通の子です」
近くで耳をそばだてていた他の子達が、剣が得意のただの人? 普通の子? と首を傾げていた。
クルリに至っては諦めの境地に達したのか、薄ら笑いを浮かべて無言で頷いていた。
「さっ、クルリもどうぞ」
「はい……クルリです。姓はありません……王都の北の森の開拓地のから来ました。祖父が一応集落の長です。父は開拓民のリーダーをしてます。この学校には人材育成支援の奨学生として入学しました」
「へえ、森から通学?」
「そんなわけ無いでしょう。寮生ですよね?」
「はい、学校の寮に住まわせてもらってます。これもひとえに皆様のおじい様、お父上の寄付によるものです。深く感謝しておりますので、どうかご無礼があっても、田舎者の非常識と笑っていただければ幸いです」
ガチガチに緊張したクルリがどうにか自己紹介を終えると、つい拍手をしてしまった。
クルリがビクッと身体を痙攣させる。
いや、そんなに怯えなくても。
「私の時はありませんでしたよね? 拍手」
ディーンが不満そうに睨んでくるが、鼻で笑う。
「自己紹介なんてされなくでも、ディーンの事はよく存じ上げておりますから……不要でしょ?」
「贔屓です! マルコは男女差別する人ですか? それとも女好きですか?」
「失礼な……区別だよ。この授業始まってから、ディーンのイメージがどんどん落ちてるけど、大丈夫?」
ディーンってこんな奴だったっけ?
「こっちが素です。マルコ以外知り合いは居ませんし、私もたまには息抜きしたいのですよ」
「そうなの? 滅茶苦茶楽しんでるみたいで良かった」
「まあ、それでも1人は心細いので、マルコが居るこの科目にしたのですが」
「なんで知ってるの!」
極力知り合いにバレないようにと、誰にも言ってなかったのに。
そう言えば、後で報告したヘンリーにブーブー言われたけど、ディーンは笑ってるだけだった。
てっきり、変な科目選んだなと思われてる程度と思ったら、そうだったのか!
「たまたま希望用紙を記入してる時に、チラリと見えただけですよ……空白で出して、あとで先生から他の生徒の情報を得てから選んだりなんてしてませんからね?」
「やりやがった……」
「おや、マルコも口調が乱れてますよ?」
ジトっとした目で見たら、にこやかに受け流された。
こいつは信用ならない。
「ほったらかしてすいませんね。この授業を受けている間は、礼儀なんて気にしなくて大丈夫ですよ? 先ほど私達と組むのを心の底から嫌がったくらい、気にしてませんから」
「ひいっ!」
「おいっ!」
本当に気にしていないのだろうけど、敢えて口にするあたりかなり意地が悪い。
というか、完全にクルリをおもちゃにしている。
あとでクリス辺りにチクってやろう。
なんか、あの子正義感強そうだし。
「クリスに告げ口しても、クルリが逆に迷惑を被るだけですよ?」
「なんで!」
「顔に書いてあります。悪巧みが出来ないところも含めて、マルコは好意的に受け入れてますし」
そんなに分かり易かったかな?
頬の辺りをついさすってみた。
「そういうところですよ。嘘が吐けない感じが良いですね」
「はあ……まあ、あんまりクルリをいじめちゃ駄目だよ」
「はいはい、私はそんなつもりは無いのですが」
クルリをチラリと見る。
ビクッとされる。
傷付く……
このコンボはいつまで続くのだろう……
「よしっ、お前らお互いの情報交換は終わったみたいだな? じゃあ、早速授業を始めるぞ」
僕たちの自己紹介が一息ついたところで、ゲイル先生が手を打って授業の開始を告げる。
「といっても初日だからなあ……まず1学期は火起こしと水の確保をメインで教えていく。この2つを知っているのと知らないのとでは、遭難した時の生存率に天と地ほどの差が出るからな」
そう言って先生が真剣な眼差しで生徒を見回している。
真面目に受けよう。
「まあ、簡単に火起こしからかな? まずは、野外屋内問わず火を着ける方法をどれだけ知っているか?」
先生の質問に対して、数人の生徒が手を上げる。
「マッチがあります!」
「うん、正解だ! 他には?」
「火魔石粉!」
「うんうん」
「火の魔法」
「そうだな」
次々と生徒たちが答えていく。
火魔石粉は、火の魔石を粉上にしたもので魔力を流すと、小さな火が着く。
すぐに消えてしまうので、小枝や炭が必要となってくる。
他にもキリモミ式の着火の方法なども、答えにあった。
虫眼鏡による着火方法は無いらしい。
というか、眼鏡は高級品だから伊達で持ってる人も居ないだろう。
「そうだ、もしも森で何も道具が無ければキリモミ式で着けるしかないな。まあ、最近は火魔石粉くらいなら、簡単に持ち歩けるが」
そう言って先生が、手に丸い棒と窪みのある板を取って見せてくれた。
「まあ、理想はこれなんだが、森に落ちてるものを加工しないとならないからな。刃物くらいは常に持ち歩いた方が良いぞ」
火切り棒と火切り板か。
木の皮とかでも良いんだっけ?
でも、そんなに簡単に火が着かないんだよなあれ。
「1人の時は、ひたすら根性と気合で棒を回し続けないといけないが、2人居たら紐さえあれば簡単に火がつけられるからな」
そう言って、細いロープを見せてくれる。
誰もノートを取っていないけど、まあノートを持って森に入る訳も無いし。
まだまだ、この程度なら覚えられるか。
「でだ、いきなり板に火が着くわけじゃない。他に何が必要かな?」
またも先生から質問形式で、話が進められる。
なるほど、生徒に考えさせて覚えさせるやり方か。
答えは分かっているけど、ここは他の生徒に譲った方が良いかな。
「クルリは分かりますか?」
「はいっ、一応」
ディーンがクルリに聞くと、小さな声で答えて頷く。
さすが開拓民。
まあ、農村出身の子なら知ってるだろうし、意外と知ってる子多いんじゃないかな?
「火種を大きくするための木くずや、木の皮を割いたもの、あとは枯れた穂のある植物があれば最高だと思います」
「そうだね、正解だトリトン君」
というかこの先生、生徒全員の名前を憶えているのかな?
たまたま?
僕とディーンの事はともかく、クルリの名前も知ってたし。
案外、優秀な先生かもしれない。
「まずはこの棒をクルクルと回して、板に火種を用意するんだ。結構根気が居る作業だけに、その次の火種を大きくする工程で失敗して消えてしまうと、ショックはでかいぞ」
そう言って笑っているが、いざ現地でそうなったら本当に凹みそうだ。
僕の場合、魔法で火がつけられるから良いけど。
「こういったのはいざという時に役に立つからな? マッチがしけった時や火魔石粉が無いとき、魔力を節約しないといけない事だってあるから、簡単な方法があるからといって無下にしていいもんでもない」
何人かが僕と同じような事を思ったのだろう。
まあ、彼等の場合は火魔石粉やマッチがあればといった感じだろうが。
それから先生が木の棒をクルクルと回し始めると、徐々に木の良い香りが漂って来る。
「で、さきほどトリトン君が言っていたが、ベストはこういった穂のある植物だ。ススキやオギ、アシ、イヌムギなんかがあるが、なんでもいい」
そして先生の手元から煙が上がって来る。
「火種を移すのには、枯葉を使うと良い。あらかじめ板の下か横に置いておく」
そして出来た火種を枯葉に転がすと、それを枯れた穂の中に入れる。
優しく包み込むように、その綿の塊のようなものを持って息を吹きかけるとモクモクと煙が上がって火が着く。
「そして次に細い枝を使って、火種を大きくしていくんだ。この枝が湿気ていたら全てが台無しだからな?」
あっという間に割り箸程の小枝に火を点けると、それを僕たちから良く見えるように掲げてくれる。
残念ながら、ちょっとしたら消えてしまったが。
「今日のところは取りあえず、火種を作るとこまでだな。今回は火切り棒と火切り板はこっちで用意してある」
そういって、6セットの火起こしセットを持ってきて、配ってくれた。
「じゃあ、頑張ろうか!」
「やけに張り切ってますね」
「火は……大事ですもんね」
火切り棒を持って張り切ると、ディーンが冷ややかな視線を送って来る。
おいっ!
真面目にやる気が無いなら帰れ。
それに引き換え、クルリはよく分かっている。
うんうん、僕はクルリと2人で頑張るから、ディーンはそこで見てて良いんだよ?
これは元気なうちに火を着けないと、だんだんきつくなるパターンだな。
よしっ、1発で成功させてやる。
そう意気込んで、本気で手を擦りつける。
バキッ!
「あっ!」
「あっ!」
「プッ!」
強く押し付け過ぎたみたいで、火切り板が真っ二つに割れてしまった。
気まずい……
「流石ベルモント……」
ディーンが笑っているが、返す言葉も無い。
「先生! マルコ君が火切り板を割ってしまったので、新しいものを貰えますか?」
「うーん? 板に罅でも入っていたか? 子供の力で割れるようなもんじゃないはずだが」
「プッ」
先生が首を傾げながら、新しい板を取りに行く。
直前に言った言葉に、ディーンがまたも吹き出しているが。
クソッ!
「こ……今度は私がやります」
クルリが遠慮がちに僕の手から火切り棒を受け取り。
そして、一生懸命に火切り板に押し付けてクルクルと回す。
ポキッ!
「プッ」
「あっ!」
「キャッ!」
今度は火切り棒が折れて、力の行き場を失ったクルリが前のめりになる。
この子も結構、力があるのかな?
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
クルリが焦って謝ってくるが、ディーンが彼女の肩に手を置いて首を振る。
「たぶん、さっきのマルコの馬鹿力で本当に罅が入っていたんだと思うから、気にしなくていいですよ」
「そ……そうですね」
そうですねって……
まるで、僕が悪いみたいじゃないか。
ちょっと凹む。
ディーンが先生から新しい火切り棒を貰う。
「僕もやってみましょうか」
そう言いながら、ディーンが木の棒をクルクルと回し始める。
ちょっと気取った感じで。
……
……
……
「あれっ?」
ふふふ、そんな上品な回し方で火が着くわけないじゃないか。
こいつ、火起こしを嘗めてやがるな。
「あのっ、代わりましょうか?」
「大丈夫ですよ、もうじき……きっと、もうじき着くはずですから」
クルリが代わろうかと提案するが、ちょっとムキになっているのだろう。
平静を装いつつも、顔が徐々に赤くなっている。
回す速度も上がっているが、最初に無駄に体力を使い過ぎたな。
そろそろ掌も痛くなってくる頃だろう。
「あれっ? 湿ってるのかな?」
いやいやいや。
あちこちで、「着いた!」とか、「やった!」って声が聞こえているから。
きっと板のせいじゃなくて、ディーンのやり方じゃないかな?
まあ、僕は優しいから何も言わずに暖かく見守るけど。
とうとうディーンがボソボソと何かを呟きだした。
侯爵様の息子ともあろう方が、みっともない。
まあ、お貴族様に原始的な火起こしは難しすぎたかな?
そんな事を思っていると「火よ!」という声がはっきりと聞こえた。
そして、ボワッと大きな火が火切り板からあがって、板が燃え始める。
「おいっ! おいっ……それは反則だろう。というか、魔法……なんで使えるの?」
「魔法? なんのことですか? きっと回す速度が速すぎて、火種が燃え上がったのでしょう」
「そんな訳あるか!」
明らかに魔法を使ったであろうディーンが、思いっきりすっとぼけた表情を浮かべる。
クルリなんか、突然の出来事に完全に固まってしまった。
子供に魔法を教えちゃ駄目なんじゃなかったのか?
何をやってるんだマクベスの人達は。
こういう事があるから、精神が未熟な子供に教えちゃ駄目なんだろ。
これじゃ、授業の意味無いし。
そして、突然火が上がったことで、先生がこちらを慌てて振り返る。
「大丈夫か? 火が噴き出たように見えたが」
それからすぐに、先生が慌てて駆け寄ってくる。
近付いてくる先生に目を向けた時に見えた周囲の視線。
すでに火起こしが終わった他の生徒が注目していたらしい。
ズルをして白い目で見られるかと思ったが、どうやら違う。
どちらかというと、ドン引きだ。
「ま……魔法?」
「ベルモントは棒も板も叩き割ったらしいよ? 先生が代わりの取りに行ってたし」
「うわあ……この人達、別に火起こし出来なくても困らない人達じゃない」
「絶対に怒らせたら不味いよね」
「クルリ可哀想……」
「じゃあ、お前代わってやれよ」
「無理!」
ザワザワとした周囲から聞こえてくる声は、大よそ好意的なものでは無かった。
ディーンのせいで悪目立ちして、クルリも小さくなっている。
何にも悪い事……いや、木の棒折ったのこの子だし。
「ま……まあ、全員無事に火を着けられたみたいだな。どうだ? 思ったより大変だっただろう」
「無事?」
「無事?」
「無事か?」
「一部おかしいところがあったよね?」
「シッ!」
他の生徒たちとの距離が少し開いた気がする。
逆に他の生徒たち同士は距離が縮まってそうだけど。
すでにディーンと組んだことに、後悔しかない。
やっぱり可哀想な二組の方が、結果的に幸せだったかもしれない。
「うう……」
またクルリが泣きそうになってしまった。
大丈夫だろうか。
初日から、かなり疲れた。





