第27話:レッサーデーモン・マハトール
俺はマハトール、今はまだまだ弱いレッサーデーモンだ。
これからデーモンに進化して、ゆくゆくはデーモンロードに至る男だ。
そのために、墓地地下でひっそりと魂の残滓を啜って生きて来た。
魂を食することで、デーモン種は進化していく。
だが、すでに教会で祝福されて浄化された遺体には、わずかに体の周りに染み付いた魂の残滓のみ。
その量は、放置された死体の100分の1以下だ。
それでも徐々に力を蓄えていった。
レッサーデーモンの中でも上位に入っただろう。
ここまで育てば攻撃系の闇魔法も使えるし、身体能力も人間でいう騎士のそれに匹敵する。
さらに再生能力と、飛行能力があるため1対1なら人間相手に後れを取る事はそうそうない。
そして、俺は墓地の地下から飛び出した。
その時の俺は、これから人間共の新鮮な魂を食せる事に対して、期待に胸を膨らませていた。
そして見つけたのは、負の感情をふんだんに含んだ腐れ神父のダマシール。
墓地の近くにある教会の神父だ。
こいつは使える。
周囲の人間からは概ね尊敬されているようだが、一部の人間からはかなり恨まれている。
薬効上昇のスキルを上手に使い、弱者から金を巻き上げるクズだ。
それどころか、人を殺す事すら厭わない。
俺がデーモンに至ったら、こいつを堕落させてデビルとして配下に加えても良い。
それに、利用価値も高いと踏んで声を掛けた。
精神支配を使いながら説得することで、俺が邪神という事を信じさせることに成功した。
流石神父。
頼んでも無いのに次々と、配下候補を集め出した。
うん、悪い笑みを浮かべている。
こいつは、本当に神父だったのだろうか?
こいつが歪んだ理由を探ってみたが、ああ……可哀想にと思う程度だった。
だからといって、悪に染まっていいとは思わない。
と、俺が言うのもどうかと思うが。
そして次々と人を集めるなかに、バラッドという子供が混じっていた。
子供を見て思いついた。
魔人種は魂を喰らって成長はするが、人間は時間の経過とともに成長する。
人間に憑りついた魔人、とくに子供に憑りついたものは子供の成長に合わせて成長する。
ただデメリットもある。
老化にともなう劣化も共有する。
だから成長のピークを超えたら、身体から離れて顕現する。
その頃にはもしかしたら、デーモンロードに至っているかもしれない。
中には気付いた人間に、身体の中で封印されてしまうこともある。
教会に通う事で、魔人の力を押さえることで表面に出す事も無い。
というか、教会に通われるのは困るので、子供は殺して身体を奪った方が良いだろう。
そうすれば、意識も奪える。
心臓を取り出して、そこに入り込もう。
同化すれば、再生のスキルも備わるから傷もすぐに治るだろう。
――――――
どうしてこうなった?
気が付いたら、でっかい百足に咥えられていた。
そして糸でぐるぐる巻きにされて、神々しい気を放つ空間に連れていかれた。
なんだろう……聖なる気と同じ程度に邪の気配も感じる。
割と居心地が良い。
嘘です。
目の前の子供が、黒髪、黒い瞳の大人に早変わり。
白い神気を放つローブを身に纏っている。
神気が肌をピリピリと刺激して痛い。
黒い髪の人間を見たことはあるけど、あそこまで黒々としているのも珍しい。
吸い込まれそうな漆黒の瞳。
はっ!
もしかして、邪神様?
違った。
関係者だって言ってた。
うん、神の関係者っていうだけでも、十分。
なんでこんな奴が、忍び込んだ街に居たのだろう。
運が悪かった……
教会の神父やシスターも神の関係者を名乗っている。
あいつらは自称だけど、この人は本物。
何故分かるかって?
神気を放つ空間に、神のオーラを纏った右手と左手。
尋常じゃない聖気と邪気を放っている。
神様か……
勘違いされるかもしれないが、魔人だからって神に逆らったりしない。
たまには神頼みすることもある。
ただ在り方が人とは違うだけ。
普通に食事も取れるが、それは食材の魂を啜っているだけ。
食材に含まれる栄養素は、体内に取り込まれない。
そしてそれは人の魂の残滓と比べても、遥かに少ない。
切り分けられた動物の魂の残滓なんてたかが知れている。
植物もだ。
それだけじゃ生きていけない。
だから、その食事で生きていける程度の身体にまで萎む。
ミニデーモン……小悪魔だな。
好きな事は悪戯ですとか言っちゃう奴等。
まあ、使い魔としては人気が高いけど。
せっかくコツコツと成長してきたのに。
そんなのはごめんだ。
「じゃあ、聖属性を操れるようになったら助けてやろう……期限は100年な? 修行場所はこの空間の山の中だ」
私のマスターとなった、マルコ様のお言葉だ。
ハッハッハ、マスターも冗談がお上手だ。
「なんでもやるって言ったよね?」
本気だった……
「頑張れよ? 見張りはいっぱい居るからな? それ以前にこの空間に居る限り俺からは逃げられんし、さらにいえば、この空間からも逃げられんからな? 頑張れよ?」
知ってます。
――――――
謎の空間の山に放り込まれて3日間、凄い事に気付いた。
魂を全然吸収していないのに、身体から力が失われる気配が無い。
まさかここは理想郷ですか?
絶望郷だった……
なに、このバカげた強さを持つ虫達。
まず普通に歩いている蟻達が、異常に硬い。
足元に蟻がウロウロと。
ただの小虫だと思ってよけるのも面倒だったので踏みつけたら、普通に足の裏を噛まれた。
いや咬まれた。
まさか蟻如きに血が出る程の力で咬まれるとは。
いや私、結構固いんですけど?
すいません、許してください。
つい出来心で。
離して……いや、放してくれた。
言葉が通じるのかな?
まさかね……
なんの音だろう。
ヒッ!
後ろを振り返ると、先ほどの蟻と同じ蟻が大量に背後で顎を鳴らしていた。
中に混じった白蟻から聖なる気を感じる……
あっ、やめて……噛まないで。
焼ける!
焼けてるから!
助けてくれたのは、最初に踏み付けた蟻だった。
兄貴って呼ばせてください!
えっ?
どうやら、彼等は私の見張りだったよう。
どうりで、やったらと周りをチョロチョロされてたわけだ。
ふと横を見ると、その蟻達よりも遥かにデカい蟻が。
私の足と同じくらいのサイズ。
どうやら彼等の先輩らしい。
うん、これは噛まれるというより、噛み千切られる。
どうやら、ここでは私は蟻よりも弱い存在らしい。
「生き物に優しくできないと、聖属性を身に着けるなんて到底無理だな」
蟻を踏んだことを知ったマスターに、聖水で淹れたコーヒーをごちそうになった。
あの……これ?
えっ?
これ、マスター直々に淹れてくださったのですか?
恐れ多くて飲めま……はい、有り難く頂戴致します。
横から見つめてくる8つの目が怖い。
簡単に捕食されてしまいそうな顎を持つ蜘蛛だ。
土蜘蛛さん。
マスターの初期から仕える従者らしい。
オーラが違う。
頑張った!
超頑張った!
喉と胃が焼けるように熱い。
そして痛い。
冷めてもアツアツのコーヒーが飲めて便利だなと言われた。
いや、普通に爛れるレベルの火傷を負わせるコーヒーを飲みたいですか?
言えるわけがない。
脂汗を出しながら、苦笑いで応えるのが精一杯だった。
喉が爛れてて、声が出せないし……
カブトさんとラダマンティスさんにもあった。
うん、最初から現場にこの方々を連れて来てくださってれば、あの場から即座に逃亡を図ったのに。
逆らおうなんて気も起きない程の、圧力。
蜂も居ると……
蜂?
それが?
デカくないですか?
普通サイズも居ると。
いや、針が全然普通じゃない。
凶悪な様相を呈している。
無理……
ここに私より弱い存在は居ないのだろうか?
聖属性を身につけないと、確実に消されることだけは分かった。
猶予は100年……
いや余命100年か……
「差し入れだ! 喉乾いただろ?」
今日もマスターが差し入れと称して、劇物を持ってくる。
「今日は最高級の茶葉を使ってるから、きっとうまいぞ! 氷も入れてあるからな、キンキンに冷えてるだろ?」
手に持つとヒンヤリと冷たい。
でも飲むと焼けるように熱い……
マスター、笑ってませんか?





