第26話:裏切り
「マルコ、凄いです!」
「なるほどね……って、んなわけあるかー!」
うまく誤魔化す話が作れそうになかったので、ありのままを話した。
どうせ信じて貰えないだろうなと思いつつ。
そして、予想通り。
一通りの話を聞いて、ソフィアが目を輝かせている……横で、エマが叫ぶ。
ソフィアは信じてくれるんだ。
ヘンリーは……かなり、胡散臭そうな目をしている。
あれっ?
この子も、純粋村の村民だったはずじゃ。
「いくら、マルコでもそれは無いよ……もう少しマシな嘘吐けなかったの?」
ヘンリー!
君は僕の擁護要員で着いて来てくれたんじゃなかったのかい?
「ヘンリーもそう思うでしょ?」
「うん! ナイショにしないといけないような事情があるかもしれないけど、それは無いよね?」
エマに問いかけられて、嬉しそうに答えるヘンリー。
裏切ったな!
いつから……はっ! もしかしてこいつ!
エマとソフィアがサロンをよく利用してるの知ってたし。
ヘンリーの性格じゃ1人で来られないだろうし。
僕を出汁に使ったな!
そして、ここに来てエマサイドに着くなんて。
思わぬ親友の裏切りに、僕は椅子の背もたれにドッと音を立てて沈み込む。
まさか、一番信頼して安心して背中を預けた相手に、後ろから撃たれるとは……
「私は信じますよ?」
黒い瞳を輝かせながら、ソフィアが笑いかけてくれる。
捨てる神あれば、拾う神ありとはこの事か。
「ええ? だって、ベントレーが邪神教に攫われたところに乗り込んで、その場に居た大人たちを全員のして助けたとか、近衛の人達でも1人じゃ難しんじゃない?」
おいっ、ヘンリー! おいっ!
「そこはほらっ、ベルモントですから」
「ああ……」
ああってなんだエマ!
その一言で納得出来るような事なのか?
って、違う!
ヘンリーに裏切られて動揺してたけど、信じられても困るんだった。
嘘と思われる事を前提に話した真実なのに。
なんとか半信半疑といった状況に持ち込まないと。
「でも、マルコは今年までスレイズ様の指導は殆ど受けて無かったんだよね?」
ナイスヘンリー!
裏切ってるように見せて、もしかして僕の思惑を読み取って乗っかってくれてるのか?
さすが親友。
良く分かってるじゃないか!
「そうよね……じゃあ、やっぱり嘘なのかな?」
「血は争えないって事じゃないんですか? マルコのおじいさまも一騎駈けがお好きだったみたいですし」
有難うソフィア。
エマの説得を手伝ってくれて。
でも……でもさ? もう少し疑ってもいいんだよ?
「あっ、ベントレー達だ」
その時ヘンリーが入り口を指さして、叫ぶ。
「丁度良かった! 彼等にも話を聞こうよ! ねっ……エッ、エマ」
「そうね、ナイスよヘンリー!」
ヘンリーーーーー!
名前を呼んだだけで照れるな!
じゃなくて、やっぱりお前はそっちサイドか!
くそっ!
男の友情なんて、惚れた女の前じゃ何の役にも立たないってのか?
「エマ様達も来られてたんですね」
「いらっしゃい」
エマに手招きされて、ベントレーが席にやってくる。
いらっしゃいじゃない!
ブンドとアルトは気を使ったのか、ちょっと離れた席に座っている。
「ねえねえ、ベントレーがマルコに助けて貰ったって話、本当?」
「うん、本当だよ? 危ないところだった」
そう言ってこちらに微笑みを向けるベントレー。
「危ないところだったって、大袈裟な。相手の大人たちだって大した事無かったじゃん」
ベントレーに対して、適当に誤魔化してあっちに行けと目で一生懸命メッセージを送る。
ベントレーが頷く。
「大した事ないなんて事ないだろう。相手には騎士に所属している奴も居たし、滅茶苦茶凄かったんだぜマルコの奴! 大人たち相手に、ナイフと短剣で一切引くどころか一方的に切り伏せて、あげくにレッサーデーモンまで! さすがベルモントだ。俺達とは違うってのを改めて認識したよ」
「えっ?」
「いやあ、エマ様達にも見せたかったな、あの大立ち回り。未来の英雄が目に浮かんだよ! いずれスレイズ様も超えるんじゃないかな?」
そう言ってこっちにウィンクするベントレー。
分かってるって、どっちかが好きなんだろ?
違う!
なんでベントレーの目に込められたメッセージは伝わるのに、こっちのメッセージは伝わらないんだ。
「へえ、やっぱりベルモントって凄いんだね。マルコもやるじゃん」
「怪しい……」
エマが僕を褒めた事で、ヘンリーがダークサイドに落ちそうな意地悪な笑みを浮かべている。
帰って来い!
恋は盲目なんて言うけど、ちょっと酷いぞヘンリー!
「ふふ……誤魔化そうとしても無理みたいだね? そうなんだ、マルコは本当に凄いんだよ! 剣以外の武器も一通り使えるしね」
「ヘンリー……」
どうやら、僕が誤魔化そうとしていたことにやはり気付いていたようだ。
やっぱり、持つべきものは親友だ。
信じてたよ!
「なんだ、ラーハットもマルコの実力を知ってたのか」
「勿論だよ! マイケル様との剣術の訓練を見学させてもらった事もあるし。目で追う事も出来なかったから……しかも、まだ6歳だったんだよ? やっぱり、ベルモントって凄いんだなって」
なんでもかんでもベルモントだからで、片付けるのもどうかと思うよ?
「じゃあ、信じてあげるからさ! 私やソフィアに何かあったら助けに来てよね?」
「うん、ヘンリーと一緒に行くよ」
「なんでヘンリー?」
「ヘンリーも強いの?」
「強いのか?」
皆酷いな……
エマの心無い一言に、ヘンリーが凹んでいる。
「いや……みんな忘れてない? この子、これでも総合成績で貴族科2位だよ? 勉強だけで2位になれるわけないじゃん」
「ああ、そういえばそうだった」
「僕もマルコを見習って、その勉強も剣も頑張ったから……マルコの家に遊びに行ったときは、早朝訓練も一緒にしたりしたし」
そうなのだ。
貴族科2位、総合4位の成績は伊達じゃない。
筆記もさることながら、剣でも魔法適性でも優秀な数字を叩き出している。
何故そんな好成績を収めている人間が、弱いと思ったのか。
まあ、見た目は優しい顔していて性格も穏やかだからね。
本気の僕には遠く及ばないけど、8歳児という枠組みの中でみたら化け物みたいに強い。
というか、綺麗な剣を使う。
柔らかく優雅に流れるように剣を振りつつも、その一撃は研ぎ澄まされた鋭い一撃だ。
その緩急の差の激しさに、彼の本気の突きを初見で防ぐのは一般兵士でも難しいんじゃないかな?
流石に騎士ともなると、簡単に払いそうだけど。
「意外ですね」
「うわっ、そっか……頭が良いだけじゃ2位なんて取れないもんな。もし、ヘンリーが本気だったら俺、やられてた?」
「ふふ、同級生に剣を向けるような事はしないよ。あと、ソフィア酷い」
ベントレーが一瞬表情を強張らせれば、ヘンリーが柔和な笑みで否定する。
ソフィアもヘンリーが剣を使えると思っていなかったらしい。
「じゃあ、私はヘンリーに守ってもらおうかな?」
ベントレーがチラッとこっちを見る。
ああ、ヘンリーがエマの事好きなのに気づいたのかな?
頷いてみせると、ベントレーも心得たとばかりに頷く。
「じゃあ、ソフィアの騎士はマルコかな?」
……
そうか、僕がソフィア狙いだと思ってフォローしてくれたのか。
だからって、いちいちウィンクしなくても良いんだけど?
あと、勘違いだからね?
僕にはアシュリーという幼馴染が……ソフィアをチラッと見る。
ソフィアの方が綺麗だけど、僕がアシュリーを好きなのは見た目だけじゃないし。
うん、色々とひっくるめてアシュリーの方が……
やめよう、なんか背筋が冷たくなってきた。
「マルコ、宜しくお願いしますね?」
頬を染めて上目遣いで見つめられると、勘違いしちゃうよ?
「おっと、そろそろ行かないと、ブンド達も話を聞きたがっていたし」
「そうなの? 引き留めてごめんね」
「いえ、じゃあ失礼します」
「またね」
「バイバイ」
ベントレーがブンド達の元に向かうと、こちらの席に沈黙が訪れる。
「マルコあんた、本当に強いんだ。なんで7位なの? そんなに学科が悪かったの?」
「どうせ、手抜いたんでしょ?」
ヘンリー、そんなハッキリと言わなくても。
「そうなの? ちょっと、気に入らないわね。皆本気で上を目指してるっていうのに」
ヘンリーの言葉に、エマが不機嫌になる。
おいっ!
ちょいちょい、ヘンリーの言葉に追い詰められてる気がするのは、気のせいだろうか?
「いや主席だったら、新入生代表挨拶があるでしょ? マルコ、それが嫌だったんだって」
「まるで本気出したら、主席が取れるような口ぶりね」
「マルコなら、絶対取れるよ! 頭も剣も僕より全然上なのに」
「そんな事無いよ、たぶん入学までの数か月間でヘンリーの方が上達したんだって」
取りあえず誤魔化しておこう。
なんか、不穏な流れになってきたし。
「能ある鷹は爪を隠すって言いますもんね?」
「まあ、そうだけどさ……あとちょっとで主列に入れるのに、実際の順位は一個下がる訳でしょ? なんか、スッキリしない」
エマって、案外真面目なんだな。
そんな捉え方をするなんて。
「ああ、マルコは本当におかしいから、ノーカウントだよ。マルコ抜きの順位で考えた方が良いと思うよ」
「そんなになの? もう、なんか頑張るのが馬鹿らしくなってきたわ」
「あらっ、そんな事無いわよ? 上には上が居ると思うと、やる気が出ない?」
「そんな考えするの、ソフィアだけだよ……」
「僕も、マルコに本気を出させるのが目標なんだけど」
「ヘンリーもか……」
僕を置き去りにして、どんどん話が進んでいく。
いやいやいや、今の僕が等身大の僕です。
良いです。
「買い被りすぎだよ! 今の順位が僕の実力って事だよ」
「その余裕……ムカつくわね」
貴族令嬢がムカつくとか言わないの。
エマって、本当に良いとこのお嬢さんなのかな?
「いま、失礼な事考えてない?」
「マルコはいま、エマって本当に辺境伯のお嬢様なのかと考えてたよ」
「なっ、ヘンリー! なんで言っちゃうの?」
「その言い方、本当にそう思ってたみたいね……」
ヘンリーが、ちょいちょいぶっこんでくる件。
「いいわ、私があんたの本気を引きずり出してやるわ」
「私も頑張る」
「僕も!」
あれか……共通の分かり易い敵を作る事で、結束を深めたんだ。
ヘンリーが計算高く感じるのは、気のせいだと思いたい。
無邪気なんだ。
そう、ヘンリーはただ無邪気なだけなんだ。
エマと楽しそうに話をするヘンリーを見て、溜息を吐く。
憧れのエマ様と仲良くなれて、よかったね。





