第4話:冒険者ギルドと貴族の坊っちゃん
扉を開くとカランカランという子気味良いベルの音が鳴る。
小さな来客に、室内の武装したガラの悪い連中が視線を向ける。
小さな俺ことマルコが訪れたのは、ここベルモントの街にある冒険者ギルドだ。
ベルモントの街は、父であるマイケル・フォン・ベルモントの統治する領地の主要な街だ。
まあ、県庁所在地みたいなもんかな?
うちの邸宅がある街でもある。
人口は4000人ほどで、まあまあ大きな街ともいえる。
目立った産業は特には無いが割と広めの領地で、周辺の村々の特産品が集まる交易都市といえば分かり易いだろうか?
領内の村では林業や織物の他に、広大な麦畑を擁している村もありそこそこ物資は安定している。
それぞれの村が特色を生かした工芸品を作っておりそれを販売する拠点にもなっている。
最近では、ベルモントの街の最寄りの村が作ったリバーシが大人気だ。
ベルモントの街に納入されたあと、うちの家の紋章を焼き鏝で入れたボードが正規品という扱いになる。
勿論これは前世の俺が読み漁った、異世界転生系のラノベから拾ってきた知識だ。
昨今では様々なそういった読み物が無料で読めたので、割と異世界ライフを満喫できる知識は豊富だったりする。
聞きかじっただけの知識でもなんとかできるほどに、この世界はちょろい。
前に父親のマイケルについて隣の村に視察に行ったときに、村の子供相手に拾ってきた黒い石と白い石を使って地面に書いたマスでやって広めたのだ。
3回くらい訪問すると、村のあちらこちらで地面に線を引いてリバーシをやっている人を見かけるようになった。
子供たちの親の中に手先が器用で木彫りを得意とするものが居たので、直接話をして木製のボードも作らせた。
駒はさすがに白い木の板を、片側だけ火で炙らせて黒くしたものだったがすぐに親父であるマイケルもはまった。
で、試行錯誤して黒い石を白い木にはめ込むタイプの駒を作るに至った。
さすがに2枚の石を合わせる技術などはなく、現世で慣れ親しんだ綺麗な黒白半々の駒を作るのは当分先になりそうだった。
ルールはちょっと弄って黒い駒を後攻とした。
なんとなく、この世界では白の方が黒よりも優先されるようなイメージを抱いたからだ。
そんな思いとは裏腹に後攻という黒の方が素材が石ということで、木よりも高級感があって人気だったりする。
主に権力が上、もしくは実力の上のものが黒を取るようになったため期せずして、良いバランスにもなったが。
この世界の俺のお袋にあたるマリアの父親でもある、エドガー・フォン・マーキュリー伯爵にも送ったことで王国御用達はベルモント印のリバーシになったため、いまこの街はリバーシ特需で沸いている。
まあ、これもそれとなく母であるマリアに対して……
「ぼく……こんどエドガーじーじと、リバーチしたいなあ……」
と漏らした事が原因だ。
子供らしさを求める母親の理想に応えつつのおねだりだ。
「貴方が普通に喋れることは知っているから、もう良いのよ……ごめんなさいね、母の我儘をおしつけて」
と真顔で言われた時は、顔が真っ赤になるくらい恥ずかしかった。
でも、その表情を見て母親が悶えて抱き着いてきたのは予想外のラッキーだった。
結果頑張ったおねだりよりも、思惑を見破られて赤面した俺に落ちたのだ。
お陰で、その日のうちにうちにあったリバーシは母の実家に向けて送られた。
父が一生懸命、リバーシセットを探していたのは滑稽だったけど。
そして経済状況が良くなったこの街では、割と冒険者向けの依頼が多く出せるようになっており、ギルドもリバーシ販売による経済効果のおこぼれに与ることができたわけでもある。
まあ、領民だけでは手が回らない公共事業の受け皿として、ギルド所属の冒険者に依頼が出せるようになったという事だ。
例えば街道整備のため事前調査とか、整備作業員の護衛とか。
あとは、リバーシの対外輸出用の輸送護衛とか。
他には害獣駆除なんかも、今までよりは高頻度で行えるようになった。
勿論、領内にあるダンジョンの探索を目当てにきている冒険者もいるが、ダンジョン探索なんてのは魔物の素材やお宝のドロップが無ければなんの稼ぎにもならない。
特に低階層の素材なんてのは、大抵どこの領土でも溢れていて捨て値にしかならない。
なので、彼等も時折こういった依頼に手を出さないと食っていけないのだ。
ダンジョンもあって、その探索の後押しとなる領主からの常時依頼もそこそこあるこのギルドには、割と多くの冒険者が集まっている。
当然、お行儀の良い連中ばかりでもない。
「なんだ、ガキがこんなところになんの用だ?」
アホが一人、マルコを見てニヤニヤと笑いながら乏してくる。
このギルドでも、結構長い事滞在しているB級冒険者のキアリーだ。
髭面のおっさんで、右のこめかみから唇の横まで伸びた傷跡が強面のおっさんをさらに怖く演出する。
そこそこの素材と思われる特殊な皮鎧と、肉厚の斧を持った戦士だ。
護衛についてたトーマスがわざとらしく咳払いをする。
周囲の冒険者も何人かがニヤニヤとこっちをイヤらしい笑みを浮かべて見ている。
それと数人微笑ましいものを見るような笑顔を浮かべる者もいる。
あとはこっちを一瞥しただけで自分の目的に戻る冒険者が大半だ。
「はんっ、立派な保護者付きでガキがなんのようだ? ここにゃミルクは置いてねーぞ」
「キアリーさん、こんにちは!」
「おうっ! 今日はどっちだ? 坊っちゃん!」
マルコが元気よく挨拶すると、キアリーが表情を崩してマルコの頭をグシグシと撫でる。
ニヤついてた連中の表情が固まるのが分かる。
「今日は訓練の日だよ!」
「そうか! たしか弟か妹が生まれるんだっけ?」
「ゴホン!」
仮にもこの領地の領主の息子であるマルコに対して、軽口を叩くキアリーに対してトーマスが再度わざとらしく咳払いをして注意を示す。
「おー、怖い怖い。で、マルコ様は、今日は誰に訓練を付けてもらう予定で?」
「ふふ……トーマスさんも、そう怖い顔しないの! キアリーさんも僕の先生やってくれることあるんだから」
「ですが、今日はまだ誰が先生か決まってませんので……」
トーマスさんは、ちょっと堅い人でもある。
まあ、自分の主人の御子息が軽んじられていると思うと、我慢ならないところもあるんだろう。
「大体、こんなところに来なくても訓練なら、私達だって付けられますし」
「えー……だって、トーマスさんたちって僕が何しても褒めてくれるから、なんだか不安なんだもん」
父親であるマイケルの影響か、うちの衛兵たちもみんなノホホンとしている。
マルコが剣を抜いたら
「おお! まさしく未来の英雄が見える、見事な抜きっぷり」
マルコが剣を振れば。
「なっ! 速すぎていつ振ったのか見えなかった!」
マルコが走れば。
「は……速すぎてついていけません!」
なんて、いちいち褒めてくれる。
馬鹿か!
アホか!
そんな事真に受ける奴が……いや、案外普通の6歳児なら、おだてられて調子に乗ってもっと頑張るかもしれないか。
そんな訳で、たぶんまともに剣が扱える年齢になるまでは、うちの護衛じゃ訓練に対してなんの役にも立たないだろうってことは分かった。
だからこその、冒険者ギルドだ。
勿論、依頼料は小遣いから出してるが。
「今日は剣を習いに来たんだ」
「そうか……えっと、おいローラ! 領主様んとこの坊っちゃんが剣の先生をお探しだ!」
「はいはい! もう、いちいち引き留めないで、そのままカウンターまで来てもらえばいいのに!」
キアリーに呼ばれた受付嬢の1人が、肩をすくめながらカウンターから出てきてマルコの前で綺麗な一礼をする。
一応ここの職員達は、このギルドのお得意様の息子でもあり、領主の息子でもあるマルコに対する礼儀は持ち合わせている。
そして、キアリーの紹介に対してニヤニヤしていた連中が慌てて顔を背ける。
まあ新人か、他の街から来たばかりの冒険者達だろう。
なかには、子供が普通に入ってきたことで本気で揶揄いにくるボンクラもいるから、こうやってランクの高い常連の冒険者が先手を打って挨拶をしてくる。
とはいえ、キアリーみたいなのはあまり居ないけど。
大体が、最低限の礼儀を持って接してくれてる。
嫌いじゃないけどね。
お陰で、何も知らない新参者が領主の息子に本気で狼藉を働くという事件は起こっていない。
まあ、絡んできたところでトーマスさんが出る前に、他の先輩冒険者に裏に連れていかれて泣きながら謝りにくる羽目になる程度だが。
ただ冒険者にとって先輩方に目を付けられるのは、領主様を相手にするのと同程度に死活問題らしい。
マルコが笑顔で許しているから、助かっているだけで。
マルコが黙って首を横に振れば、ベルモント領を歩くことはできなくなる程度には影響力があるとの事。
頑張ってね、キアリーさん達。
人材の流出は領土にとって大きな損失だから、矯正できる人たちは矯正してもらった方が助かる。
マリアが妊娠して、ある程度自由が利くようになったマルコはこうやってギルドに素材の買い付けか、武器の訓練に来るようになった。
俺の意志によるところが大きいが。
本当は、もっと小さいときからやりたかったが、両親が過保護すぎてなかなか一人での自由行動が取れなかったのと、屋敷の人達にお願いしてもあんまり役に立たなかったため駄目だった。
まあ、スキル込みでいけば結構な戦闘力を持っているとは思うけど、今のところ両手の秘密は誰にも言ってない。
言えば面倒なことになりそうだったので、ある程度の自衛手段を得てからだと自分で決めた。
――――――
「はいっ! 次は上段に構えての素振り200回」
いくら子供用の木剣とはいえ、辛いものがある。
だが、そこは冒険者達。
自分の命を守る技術を培うのに、容赦はない。
「……198……199……200!」
素振りを終えて、思わず座り込みそうになるのをグッと堪える。
「マルコ様は、本当に才能がおありですね」
今日の剣の先生であるローズさんが、手ぬぐいを渡してくれながら頭を撫でてくれる。
小さいときは腕力よりも、技術に長けた女性剣士の方が良いだろうということでキアリーさんが推薦してくれたC級冒険者だ。
本名はメリーさん。
ありきたりな、田舎に居そうな女の子の名前ということでローズと名乗っているらしい。
田舎に居そうというか、ベルモント領の森の入り口の村の出身で正真正銘の田舎者だ。
まあ、いまは大分あか抜けているけど。
赤毛の髪は肩までのショートで綺麗に切りそろえられている。
ちょっと垂れ目で、優しい顔つきだ。
そばかすがチャームポイントだけど、普段は化粧で隠している。
たまに依頼帰りに、化粧が取れてたりしてそばかすが浮いてたり。
確かに、その時ばかりはちょっと田舎の子っぽくなるけどね。
その辺りも合わせて可愛らしい子で、精神年齢大人な俺の方からすればアシュリーよりよっぽど魅力的だったりもする。
その、大きすぎず小さくもない胸部装甲込みで。
装備はビキニアーマー……なんてことはない。
赤い革のライトアーマーに身を包んでいる。
赤なんて目立ってしょうがないと思うんだけど?
魔物も、赤いものを狙ってくる魔物も多いらしいし。
本人曰く獲物を探して歩き回るより、こっちに向かってくる獲物を狩る方が楽で良いと言っているけど。
まあ、そこは個人の自由か。
「少し休憩を挟んで、次は乱取りです」
「はいっ!」
そして、水平斬り、袈裟斬り、縦斬りの素振りの後はローズさんとの乱取り。
基本的に
「次は打ち下ろし!」
「はいっ!」
ローズさんが振り下ろした剣を、水平にした剣の腹を左手で支えながら受ける。
「しっかりと指を反らして掌で剣を支えないと、自分の剣で手を斬りますよ?」
「はいっ!」
「次は逆袈裟!」
「はい!」
そして、振り下ろした剣で斜めに斬り上げてくるのを、手首を返して両手でしっかり柄を掴んで受ける。
「脇を思い切り締めて、手首で交差して両肘をしっかりと内側に入れて手を固定しないと、速度の乗った剣は受けられませんよ? 基本的には上から受ける方が有利なのですから体重を乗せて!」
「はいっ!」
ローズさんが示唆して、少し遅れてくる斬撃を受けるだけという乱取りだ。
徐々にスピードが上がっていくのだが、ゆっくりとした乱取りというのも結構疲れる。
「お……恐ろしく素直で理解力も吸収力も、6歳児とは思えませんね……」
「ありがとうございます」
ちなみに、ギルドの人達が褒めてくれる分に関しては、素直に受け止める。
ちゃんと指導してからの結果だから。
2時間で大銅貨5枚の支払いだが命の心配もなく、ある意味武の才能を秘めた子供の訓練ということでかなりの人気がある依頼だったりもする。
領主の子息とはいえ、子供の小遣いからすれば破格の価格であることは間違いではないし。
これが終わったら家に帰るだけだ。
帰ったら、湯浴みをしてご飯を食べて爆睡。
これが、最近のマルコの一日だ。