第22話:マハトールの誤算
邪神教を名乗る集団は貴族ではあったが、みな少し歪んでいた。
異常な性癖を持つものや、嗜虐性を強く持つ者、手段を選ばぬ強欲な者など様々だ。
彼等は自分の欲望を満たすために、殺人など平気で犯すような者達ばかりだ。
勿論自分の手を汚すことも厭わない。
厄介な相手は暗殺者や雇い入れたものを使っていたが、領民などであれば気にくわないという理由だけで殺すような連中だ。
バラッドはまだそこまでの罪はおかしていないが、それでも自分より成績の良い級友をごろつきに襲わせたり、教員を買収しようとしたりしと自身の地位向上の為の裏工作は枚挙に遑がない。
いずれ学校を卒業して表に出てきたら、競争相手を手に掛ける事をしてもおかしくない。
現に他の面々の手は、血に染まっている。
女性の中には美を追求するあまり、古くから言い伝えられている処女の生き血風呂なんてのを実行するものまでいる。
その被害者は両手の指では足りないくらいだ。
そしてその筆頭たるダマシールは司祭と呼ばれているが、小さな村の教会の神父でしかない。
善神を崇める教会に居ながら煩悩に忠実で、安いポーションを神の奇跡と称して詐欺まがいのことまでしている。
彼は薬効上昇というスキルを持っていた。
ポーション系の効果が2段階上の効果を発揮するというレアスキルだ。
ほぼ無色に近い最低限のポーション。
回復系のポーションは効果に従って、青色が濃さを増していく。
かろうじて青いポーションを薄めて水のような色にして、スキルを併用することであたかもポーションとは別の液体を演出している。
ただの水に見えるそれを神水と呼ばせ、嘘みたいなお布施と引き換えに使用している。
他にも目を付けた信者の娘に悪魔がついていると称し悪魔祓いをするといって監禁し、散々もてあそんだあと口封じのために殺したりもしていた。
そんな日々を過ごすうちに本物の悪魔に目を付けられ、たぶらかされるうちに契約を結び、闇属性の魔法をある程度使えるようになった。
「我は邪神マハトールである! ダマシールよ我の復活を手助けせよ!」
魅了の効果を付与された悪魔の言葉を信じ神の声を聞いた事で舞い上がり、裏で邪神教者に成り下がった。
いや、この世界の邪神の立ち位置を考えれば成り下がったというのは、間違いだろう。
だが、世間一般ではそのような認識なのだ。
マハトールの指示に従い、悪に染まりそうな子供を手に入れるためにバラッドに近づく。
マハトールの得たバラッドの情報を使い全てを見ているような口ぶりで話をすると、悪しきには悪しきの救いの神がいると教えを授けた。
当時バラッドはまだ11歳。
「人は善にも悪にもなりえる……邪神様は悪を導き救われる存在。かの方は善なる神に挑まれ敗れてしまった。それは信者の数が力に反映される神の世界の仕組みにより、仕方ないことである。邪神様は信者を集めない。何故なら、彼は救いに対価を求めないからだ……かの神は偉大だ。その力は地力であれば善神と遠く及ばぬほどに。我らが、あのお方を信じ崇めることで、邪神様は力を得て善神を打ち破るであろう」
何が言いたいのか、バラッドは理解出来なかった。
「この世は、我らのようなものを悪と呼び、排除しようとする……元を辿ればこれこそが善神の策略なのだ。もし、邪神様が力を取り戻せば、我らこそ正義と呼べる世界を創ってくれるだろう! 我らは間違っていない……ただ、悪に適性があっただけなのだ。生まれ持ったものなのに、嫌われ害されるのは辛くないか?」
ただ、彼には心当たりがあった。
他の人が嫌がるような、暴力や暴言をもって相手を屈することの何が悪いのかという疑問を持っていた。
家の力を使って、他人を貶めるのは悪い事なのか?
自分が幸せになるための、手段なのだから良いだろう。
なぜ、僕は批判されるんだ?
何故、お父様もお母さまも僕を叱るんだ?
そう考えならが過ごしてきていた。
そんな彼にとって、ダマシールの言葉は魅力的なものに感じた。
「負の心も一つの個性なのだ……負も正も平等な世界を創る手助けをしないか?」
そして、ダマシールの差し出してきた手を取ったのだ。
校内を歩いていて聞こえて来た「殺してやる!」という声。
それを聞いた時に、これだと感じるものがあった。
溢れ出る負の感情。
怒りの慟哭。
邪神様が求める、小さき器とはこの事だと。
一時は自分が器となることを考えたが、信徒を減らすよりは別の子をとダマシールに言われた。
ダマシールからすれば、スポンサーを殺す事は今後の活動にとって不利に働くという思惑があったのだろう。
それに、マハトール自身バラッドよりも幼い生贄を要求していたこともある。
そして見つかったベントレーという逸材。
マハトールはその様子を隠れて見ながらほくそ笑んでいた。
子供に憑りついてその子に成りすます事で、人間社会に潜み好きな時に食事にありつけるようになることを。
しかも子供はそれなりに地位のある貴族の子である。
多少の無茶はきく。
子供にこだわったのは、子供に憑りつく事で彼自身成長という力を得るからだ。
元々悪魔は自力で成長することはできない。
人の魂を多く喰らう事で成長していく。
ただ悪魔の存在が明るみになってから、人は悪魔を見つければ即座に対処していた。
悪魔が発生する仕組みは明らかになっていない。
動物と同じように繁殖するという説もあれば、負の力が集まる事で産まれるとも言われている。
または邪神や魔王といった存在が生み出すとも。
彼自身、己が生まれた経緯を覚えてはいない。
気が付いたら、在ったのだ。
産まれたばかりのレッサーデーモンなど、目立ってしまえばすぐに消されてしまう存在。
故に、デーモンやアークデーモンに至る個体というのは殆ど居ない。
デーモンロードにまで成長すれば、それこそ軍をもってしても大きな被害を覚悟しなければならなくなる。
人はデーモンの存在に敏感で、即座に打ち滅ぼされてしまうと考えていた。
だが、彼が生まれたのは墓地の地下。
幸いにして人に見つかることなく、死んだ者達の魂の残滓を啜って生きて来た彼はそれなりの力を得る事が出来た。
そして見つけたダマシールという存在。
負の心を持ち、神父という隠れ蓑を使い巧みに悪事を働く男。
貪欲で、文字通り悪魔の囁きに簡単に騙されるような馬鹿な奴。
存在感を見せつけるだけで、レッサーデーモンでも上位に上り詰めた彼を邪神と思い込み崇拝し、手足のように動いてくれた。
ダマシールが集めた人材のお陰で、魂を多く得る事が出来た。
デーモンに至る時も近いだろう。
だが、彼は慎重な性格だった。
ただ単純に魂の力だけで成長するよりも、人の身体を借りて成長する方が効率が良い事も知っていた。
特に子供に憑りつくことで、子供の持つ成長の力をそのまま受け継ぐ事が出来る。
一部の悪魔しかしらない、成長の抜け道だ。
これを使えば、デーモンを通り越してアークデーモンになれるだろうと考えた彼は、ダマシールを使い依代を探させ、そしてベントレーを見つけた。
ダマシールとバラッドを使いベントレーを手中に収め、あとは魂を抜いて入れ替わるだけという段階。
そこに来て、予想外の出来事が起こる。
白いローブに身を包んだ、狐のお面を付けた子供。
古来より邪を祓うとされてきた狐。
嫌な予感がする。
本能が警鐘を鳴らすなか、ダマシール達がその子を殺そうと襲い掛かるがまるで歯が立たない。
ここにきて、こんな障害が現れるとは。
忌々しい気持ちを隠しつつ、天井に潜みジッと様子を伺う。
不意に子供が彼の方を見た。
一瞬バレたかと思ったが、特に気にする様子もなく目の前の手下を次々と無力化していく子供。
こいつをここでなんとかしないと、この計画はとん挫する。
既にベントレーはどこかに連れていかれたようだ。
だが、ダマシールのいう時空魔法などという存在は知らない。
手品か何かだろう。
そう思い直す。
そして、悪魔たる自分が手伝えば子供など恐れるに足りないだろう。
ここで彼の若さが出てしまった。
相手を侮ってしまった。
慎重な悪魔といえど、相手は所詮子供だと思ってしまったのだ。
それ以上に、子供相手に怯えてしまった事が許せなかった。
だがそんなマハトールをあざ笑うかのように、子供は偶然にも彼の不意打ちを避ける。
子供の目の前を通過した闇の刃は地面を抉るが、奴は気にすることなくダマシールに攻撃をしかける。
もしかして、ダマシールが何かしたと思ったのか?
一瞬そんな考えがマハトールの脳裏を過る。
声を掛けて動揺を誘おうとしたが、聞こえていないのか?
自分の声に全く反応することなく、ダマシールを蹴り飛ばすと何事もなかったかのように、どこからか糸を取り出してグルグル巻きにしている。
おかしい……
その後も攻撃を躱され、存在を無視され、誰も居ないかのように振る舞いオセを追い詰めていく。
そもそも、オセは騎士団に所属する正式な騎士だ。
弱いはずがない。
本人は合法的に人が斬れるという理由で騎士団入りしたほどの、人斬りだ。
そのオセが一方的に押されている。
マハトールの存在を必死で訴えるオセに返って来たのは、怪しい薬でもやっているのではないかという心配の声。
とうとう業を煮やしたオセが、マハトールに直接救いを求めて来た。
そしてマハトールもまた、ここで存在感を示さねば彼等の信用を失う事になるのは分かっていた。
自身の撃てる、最強の技をもって子供を殺そうとしたとき、強い衝撃が襲い掛かって来る。
そして首を、何かに締め付けられる。
ジュッという音がして、皮膚が焼かれるような痛みを訴える。
振り返ろうにも、首が固定されて動かす事が出来ない。
あっ……これヤバい。
そう思ったが、宙に持ち上げられ抵抗することも出来ない。
ようやく子供が自分の存在を認めたため、邪神を名乗ってハッタリを掛けてみる。
が子供は気にした様子もなく、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているだけだたった。
うん……詰んだ。
マハトールは目の前の存在がただの子供ではないことに、ここに至ってようやく気付いたのだ。
その左手と右手……
初めて正面から子供を見据えたマハトールは、脳裏に浮かんだありえない仮説を打ち払うように首を振るので精一杯だった。
次は管理者マルコ視点に戻って、戦い終結の予定ですm(__)m





