第16話:孤立
教室に入って、すぐにヘンリーの方に向かおうと視線をやる。
その先では、ブンドとアルトに囲まれるヘンリー。
これは良くない。
そう思って、速足でヘンリーの元に駆け付ける。
「おはよう、ヘンリー」
「おはよう、マルコ!」
ヘンリーがにこやかな表情で、挨拶を返してくる。
ん? と思ってみれば、ブンドとアルトがこちらに目をやって、すこしバツが悪そうに笑いかけてくる。
「おはよう、マルコ。この間はすまなかったね」
「おはようございます、マルコ君。私も、色々と不快な思いをさせてしまったと思います。申し訳ありません」
そして、すぐに謝罪の言葉を投げかけてくる2人に、何事かとヘンリーを見れば彼も苦笑いで首を傾げる。
「いや、最初は子爵家の子供が、伯爵家である僕らに見向きもしないことが面白く無かったんだ……それに、成績だって上だし」
「私も子爵家の中では上の方だと自負しておりましたし、何より同じ子爵家として上の方をないがしろにされた貴方達に不満をもってました」
謝ったと思ったら、いきなりディスりだした。
本当になんなのだと、訝し気な表情をすれば2人が慌てたように手を振る。
「いや、責めるつもりはないんだ。これは本心だ!」
「はあ?」
思いっきり責められていると感じたので、思わず声に出てしまう。
「というかですね伯爵家のただの孫と、セリシオ殿下やエマ様のご友人を比べれば自分達の方が下だと認めざるを得ないのです」
ところが、すぐにアルトにそう言われてしまえば、なるほどそういう捉え方も出来るかなと。
でも、確かに子爵家なんだから、家格が上の伯爵家や侯爵家の子達にはこちらから挨拶に向かうべきだったと、少し反省。
「そうでなくとも、前王の従弟であられるエンズワース公を救われた英雄様のお孫様だしな」
「そうやって考えると、勝手につっかかって迷惑をかけてしまったと思い、素直に謝罪をと思いまして」
ああ……早い話が、仲直りがしたいと。
というか、もしかしたら僕たちを利用して殿下達に取り入るつもりなのかも。
そんな風に勘ぐってしまうのは、仕方ないよね?
とはいえヘンリーが嬉しそうなので、まあ良いか。
「僕は、別に気にしてないです」
「僕も、確かに一切挨拶に向かわなかった負い目はあるから、お互い様ということで」
まあ、一方的に被害を被ったわけだけど。
実害が無かったから、気にしていないのは本心だ。
「ありがとうございます。そう言って貰えてほっとしました」
「何か困った事があったら言ってくれ。今回の件の罪滅ぼしとして、うちで力になれる事があれば力になるよ」
アルトは本当にほっとしたような表情を浮かべているが、ブンドは何やら裏がありそうな表情だ。
疑ってもしょうがないし、取りあえず様子見かな。
そんな事を思っていたら、入り口が開く音が聞こえてくる。
そちらに目をやれば、不機嫌そうなベントレーが。
もしかしてこの流れでと思えば、彼はこっちに目をやって一瞬ギョッとした表情を浮かべる。
それからブンドとアルトを睨み付けて、自分の席に向かう。
どうやら、彼はブンドとアルトから何も聞かされてなかったのだろう。
「いや、昨日の一件があっただろ? 流石にあれは、やりすぎだと思って」
「私も、ちょっとベントレー様にはついていけないと感じました」
あっさりと裏切ったのか。
まあ、あのままベントレーとつるんでいたら、3人揃ってクラスで孤立しそうだしな。
初日にいた女の子たちなんて、次の日には謝りに来てたし。
他の男の子たちも、静観を決め込んだのか特にちょっかいを掛けてくることは無かった。
逆に、ベントレーがなんであんなに頑ななのかが、不思議でしょうがない。
クラス内の殆どの人が、僕とヘンリーに手を出す事をよしとしない雰囲気の中、彼だけがひたすら突っかかって来る。
「まあ、ベントレーにはちょっと引けない理由があるんだ」
「本当に言い掛かりレベルですけどね」
用件は済んだのか、「これから、改めて宜しく」と握手を求めてから自分の席に戻っていく2人を見つつ、まあ敵視されるよりはマシかと思い直す。
逆に2人が離れてしまったことでベントレーは完全にクラス内で孤立しまってしまい、若干寂しそうにも見える。
見えるだけで、相変わらずヘンリーを目の敵にしているのは見て分かるが。
ただ、8歳の子供がクラスで仲間外れというのは、どうももう1人の僕としては良くは思っていないらしい。
どうすれば、ベントレーが素直になれるかを考え始めている。
大人の彼からすれば子供が1人で寂しく学園生活を送るというのは、見ていられないらしい。
前提として、ベントレーが何をしたところで僕をどうにか出来るわけないという事もある。
それこそ、子供扱いしてしまうのが分かる程、彼は幼稚で無力だ。
親の力が無ければ、彼自身には何も無いのだから。
ブンドが引けない理由があるといっていたからには、プライドだけの問題じゃないのだろう。
もっとも子供同士の付き合いに家の敷居なんて持ち出しても、碌な事にはならない。
もっと無邪気に子供らしく付き合えないものかと思いつつ、他のクラスメイト達も相手を値踏みしてランク付けしているのが分かる分、貴族の子供って面倒だなと思う。
やっぱり地元の学校で、普通の庶民と混じって勉強してた方が楽しかったかも。
大体、自分も前世は庶民だからね。
どちらかというと、彼等の方が気が合うし。
――――――
「ブンドとアルトまで……」
ベントレーが爪を噛みながら、ヘンリーを睨み付ける。
「エマもマルコも殿下もディーンも……あんな奴のどこが良いんだ! ちょっと豊作だったからって、調子に乗って生臭いもんを高値で売るような、ずるがしこい子爵の子じゃないか! 俺の方がずっと偉いのに」
ブツブツと独り言をつぶやくベントレーに、他の生徒たちも自然と距離を取る。
その目は血走っており、危ういのは見ただけでも分かる。
これは、近いうちに行動するだろうと楽しみにしている子もいれば、自分に火の粉が降りかからないように、極力興味が無い素振りをする子もいる。
その時、悔しそうな表情を浮かべるクリスが目に入る。
彼の視線の先には、セリシオと親しそうに話すマルコの姿。
自分だけじゃ無かった。
クリスを見て、ベントレーはそう思えた。
しかも相手は、2大侯爵の1人であるビーチェ家の子だ。
そう思うと同時にベントレーは立ち上がっていた。
そのまま、わき目も振らずにクリスの元へと向かう。
「クリス様」
「なんだ?」
背後からクリスに声を掛ければ、クリスが振り返りギョッとした表情を浮かべる。
それから、不機嫌そうに言葉を返してくる。
何故彼はそんな表情を浮かべるのだろう?
そんな事を考えながら、ベントレーは必死で笑みを浮かべて話しかける。
血走った目で、歪になった笑みを浮かべている事など当人は気付いてもいない。
「クリス様も、あの2人を快く思っていないみたいですね」
「2人?」
ベントレーの視線の先を追うと、マルコとセリシオが楽しそうに話している。
「いや、マルコは腹立たしいが、殿下の事を快く思わないなどありえない」
「えっ?」
返ってきた答えに、ベントレーの表情が一瞬間の抜けたものになる。
そうじゃないと言いそうになるが、グッと堪える。
「いえ、2人というのはマルコとヘンリーの事ですよ」
「ん? ヘンリーは良い奴だぞ?」
その言葉に、ベントレーの表情が絶望的なものになった。
ようやく見つけた頼みの綱が、引っ張ってみればすぐに千切れてしまったのだ。
さらに、クリスまでもヘンリーを好意的に思っているというオマケ付きで。
完全に味方が居ない事を悟った彼は、スッと表情を消す。
「そうですね……失礼しました」
どうにかそれだけを言うと、まだ授業が残っているというのに教室から出て行ってしまう。
そんなベントレーの様子に首を傾げつつどうにかしてあの輪の中に入れないかと考え、眉間に皺を寄せてマルコ達を眺める。
子供らしく普通に入って行けばいいのに、色々とプライドが邪魔をしてしまうらしく素直になれない。
管理者の空間のマルコはベントレーに危ういものを感じつつ、クリスに微笑ましい視線を送る。
素直になれば良いのにと、呟いて。
それからマルコの学校に居る蜂達に、ベントレーを見張るように指示を飛ばすのだった。





