第43話:管理者の空間
「さてと……」
合成の間の祭壇をジッと見つめる。
いま、合成の部屋にいるのは大顎だ。
なぜ大顎の合成を行うかというと、彼が望んだからだ。
祭壇に捧げるのは、水温計……
うん、飲み物を入れるのに、彼は温度が上手く計れないのだ。
蛇を合成すれば、熱を感知することは出来るだろうけど。
もっと、繊細な温度差が知りたいと言われてしまった。
しかし、不安はある。
これを合成して、大顎の身体が水銀の体温計みたいになってしまったら。
やはり、デジタルにするべきだったかな?
人の手とかが手に入れば、それを合成素材にすれば温度を……
嫌だな……人の手を、ここに乗せるの。
まあ、いいか。
とりあえず、祭壇に水温計を乗せて……
「何を隠れて見てるんだ?」
ふと視線を感じたので、後ろを振り返ると土蜘蛛が居た。
ああ、土蜘蛛も気になるのか。
成功したら、自分も合成して欲しい?
料理の必須スキル?
いや、別に料理でそんな細かい温度調整とかいらないよね?
それを言ったら、大顎も?
いや、まあそうなんだけどさ。
そもそも、今までだって気にしてないじゃん。
オーブンも温度設定できるものを、少なくないポイントを奮発して買ってやったのに。
「そもそも、作りかけの料理に足を突っ込んで温度を測るつもりなのか?」
あっ、ヨロヨロしながら、帰っていった。
いや、今でも十分に美味しい料理を作ってくれるんだからいいじゃん。
それから、水温計を大顎に合成。
祭壇が光を放つと、水温計がドロリと溶ける。
そして大顎も光る。
良かった、見た目に大きな変化は無かったか。
「なるほど……これが、気温というものですか。今日のこの空間は、やや肌寒いといったところでしょうか」
「肌ねぇ……甲殻類の肌って、普通は寒いとかなさそうだけど」
「その感覚を得たのだと思います。あっ、数値化もできるみたいですよ! この部屋は、いま11度らしいですよ」
そうか……便利だけど、別にリアルタイムで気温を気にして生きてきたことないし。
予測の方が大事だと思うぞ。
朝が寒くても、昼が20度超えるとかだと着ていく服も考えないとだしな。
とりあえず、本人が大喜びなので良しとしよう。
「最高のお茶で、このご恩に報います」
「ああ、期待しているよ」
さて……
「お前は、いつまでここにいるつもりなんだ?」
「もう、帰りたくない」
この合成の様子を一緒に見ていた、ベレアスに声を掛ける。
本当に、はよ帰れと。
本人は頑なに拒否しているけど。
「そもそも、迷惑も面倒も掛けてないんだからいいだろうが!」
「こうやって絡みに来るのが面倒なんだ。そもそも、伝説の剣士ってわりに弱いし」
「お前が異常なんだ!」
「いや、スレイズのじじいどころかマイケルの足元にも及ばないぞ?」
「……」
あっ、ガチ凹みしてる。
けど、事実だ。
嘘はいくない。
「やはり、ここで鍛えるしかないか」
凄いメンタルだな。
まあ、良いか。
下の様子を見るに、誰も気にしてないみたいだしな。
「凄いよね、マサキさんって」
「何が?」
珍しくサロンにアザーズとマルコが居た。
ああ、他の子たちと別行動するときは、サロンを使うのか。
最近は、武器屋喫茶にもよく行くみたいだし。
アシュリーとクルリが仲良くなったからか、二人そろってマルコやベントレー、エマたち貴族組の会話に参加することも増えてるとか。
で、今日はサロンでアザーズと、お茶をしてるのね。
「その、他の人格でしかない魂の存在に、実体を与えられる空間を持ってるのが! もはや、神だよね?」
「なに、その言わされてる感、満載のおべっか」
うん、わざとらしいというか。
一生懸命に、俺を盛り上げようとしてくれているのが分かる。
その一生懸命の部分がいけないんだよ。
こういうのは、自然に持ち上げないと。
どう考えても下心があるやつとか、同情心からとか……うん、素直に褒められてる気がしなくて不快に思ったり、惨めになる感じの褒め方だぞ。
マルコもそう思ったから、突っ込んだのだろう。
うん、少しは成長しているな……それもそうだろう。
高等科にあがったんだ。
いまだに、お子ちゃまのままだと困るな。
「マーリンやパイドラの話を聞いた他の人達が……」
「あっちに行ってみたいって?」
「うん……みんな完全に自分ひとりの身体って、持ったことないからさ」
やっぱりか……
そもそもが、神徒とされていても善神の現身みたいなものだしな。
そういえば、善神の大本の本体ってなんだ?
最初に邪神様が生んだ存在なのだろうけども……
「だから、マサキさんにお願いしてもらえないかなと」
なるほどね……
でも、怪しい人格はお断りしたいかな?
確実に黒っぽい人格とか教えてもらえたら、俺より弱いなら従属の効果付きの吸収で送り込むけど。
その辺り、確実に信頼できそうなのが……マーリンか。
子供好きっぽいし。
保険で、もう一人くらい欲しいか。
ノーフェイスの送り込んだ、諜報員的な人格がいても困るし。
マルコに意思を伝えて、話してもらおう。
「ええ? そのまま言ったら、その人たちに警戒されない?」
別に警戒されてもいいだろう。
この場で暴れることも出来ないだろうし。
まだ、いるって決まったわけでもないし。
むしろ、ここでのバドスたちの出方次第で、今後の方針も変わってくるからな。
言ってみたら、牽制を兼ねたジャブで探りを入れるって意味合いもある。
俺の言葉に納得したのか、どうせ俺が責任取るだろうと思ったのかは知らないけど、そのままアザーズに伝えてくれた。
「それは無理だよ。ノーフェイスに連絡を取るのはまず無理だし……やろうとしたら、必ず誰かにバレて止められるだろうし。そうなると、この身体の中でかなり肩身の狭い状況になるよ」
……自分の意思で、身体から離れられないってことはないだろうけど。
ノーフェイスの身体に戻るとか?
「僕たちが行き来できるのは、善神を含めた同じ存在だけだだし。主人格が受け入れないと、入ってこられないよ……マルコ君には意識体で直接コンタクトできないから、君たちは違うんじゃないかな?」
そうなのか?
思わず、ベレアスの方を見る。
何を勘違いしたのか、笑い返してきたけど。
そうじゃない。
似たような存在であるアザーズや、ノーフェイスの中には意識体で移動できるのか?
そして、俺たちには接触できないと……
「たぶん、邪神様の直属の眷属なのかもしれない」
そうなのか……いや、まあ確かに邪神様の方が色々と、通じ合うものがあるし。
おっと、善神から抗議の思念が飛んできた。
だから、そういうことをするから、軽く扱われるってことをそろそろ理解してほしい。
しかし、主人格ってのはそこまで強い存在なのか。
ジッとマルコを見る。
マルコは、俺が憑依するのを拒む意思は表現できても、拒むことは出来ないからな。
いや、本気で嫌がってる時は俺が引いてるけど、もしかして出来るのか?
あっ、同調すれば……同調……
これ……
「あのさ……バルド君って他の人格と同調して力を借りたり、もしくは取り込んで強化できたりする?」
「えっ? そんなことは、出来ないけど……精々が身体の一部を貸して、協力するとかかな? 左手に杖を持たせてマーリンに魔法を扱わせて、右手で今は居ないベレアスに剣を扱わせるとか」
気になってマルコに聞かせたけど、なるほど……
たぶんノーフェイスの主人格は、この同調する能力を持ってるんだろう。
与えてもらったのか……善神か邪神様に。
そりゃ、手も付けられなくなるわな。
取り込んだ人格のスキルやら、知識を使えるんだから。
ノーフェイスが最近やけに大人しいと思ったが、アザーズに一部の人格を奪われたのもあるのか。
実質、少しだけ弱体化したってわけだ。
対策も見つかったし。
当面は、ノーフェイスを探すのが目的だな。
あとは、実験も必要か。
マーリンとかの人格が、マルコの身体に憑依できるかとか。
少しだけ時間の猶予も出来たし。
こっちはこっちで出来る事をしつつ、協力者を増やしてく感じかな?
とりあえず、アザーズには色々と実験を手伝ってもらおうか。
俺が、アザーズの中に入れるかとかも知りたいし。
入れたところで、意味があるわけじゃないし。
もしかしたらこれまでのことが全て演技で、俺がアザーズの中に入ったら取り込まれて抑え込まれる危険性もある。
そっちは、慎重にやらないとな。
今は、管理者の空間の機能の拡張等を検討しよう。
もしかしたら、住人が増えるかもしれないしな。
・管理者の空間の虫や獣人三姉弟とのふれあい
・マルコの学園生活
・魔王とのほのぼの農業日記
・魔族とのドタバタ活劇
・メインストーリー
・ジャッカス、マハトール、クロウニ等の従者の物語
・ベルモントの一族とのひと時
・サブキャラの閑話
・マルコの恋愛……
再開して改めて感じたけど、風呂敷広げすぎて当時のバランス感覚(取れてたかは不明)を取り戻すのは大変そうですね。
ようやく、書き物が出来る環境に戻れました♪
チートリアルの時のように、一日二話分書けるほどの余裕はないですが……
週一、週二くらいでの更新を目安に、職場環境が変わるまで続けていきます。
よろしくお願いします。





