第42話:ベレアス
タブレットでマルコたちの様子を見ていたが、不安になるくらいに普通だな。
バドスとも仲は良いみたいだし、学園ではアザーズか。
他人格とも、普通に話をするようになってるのはなんというか。
そこが、マルコの良いところでもあるのだが。
素直で、子供らしいという面で。
ただ、パイドラには近づいたら駄目だぞ。
マーリンは……色々と、魔法について教えてもらるかもしれないけど。
あと、人生経験が豊富な感じが……彼曰く、パイドラもか。
学園ではセリシオやマルコの周りの人間の争奪戦が、過熱の一途を辿っているみたいだな。
とはいっても、特に親しい連中にはそこまで強引な手はできないと。
だからといって、親しい相手に強引な手を取ればマルコも良い気はしないだろう。
ケーファは、特に庇護欲をそそるような大人しい子だしな。
領地が近いから、何度かパーティで顔を合わせた程度だとしてもだ。
幼馴染として、頼られればどうにかしてあげたいと思えるほどの可愛らしさはある。
「おい、マサキ」
「なんだ、馴れ馴れしい」
「ちょっと、あの悪魔貸してくれよ」
そして、未だに管理者の空間にいるベレアス。
これでも、伝説の剣士だったらしいけど……聞いたことねぇなと言ったらかなり凹んでいた。
いつの時代の剣士かも分らんし。
そもそも、剣の腕で俺よりも弱いのに伝説の剣士とか言われても。
で、こいつ……本当に馬鹿というべきか。
厚かましい、良い性格をしてやがるというか。
居住区にある空いてる建物に勝手に住み着いて、わりと好き勝手してるんだよな。
いや、マーリンやパイドラも来たがってることが多いみたいだ。
「どうせ、誰も住んでないなら別に良いだろ」
とは、パイドラの言葉だ。
そういうのは、所有者が言うことだと思うぞ。
彼らがここに来たがる理由の一つに、自分の姿と向き合えるというのが大きいようだ。
俺自身、自分でずっと経験していたから特に不思議に思ったことは無かった。
ここで、俺が俺の身体を具現化していることに。
だが、パイドラやマーリンからすると、依り代もなく実体を伴えるのは夢のようなことだと言っていたからな。
しかも、自分の身体だ。
これが、俺に対して贔屓が過ぎると言われる理由の一つかもしれない。
そもそもが、この空間内にあるもののほぼ全てが、俺が創造したものになるとマーリンが言ってたな。
そういった権能を与えられているということはだ……ここに来る前に話した将来的に神にして、数千年こき使う予定っていう神様方の言葉が現実味を帯びてきたわけで。
意訳だけど、本気だったのかと少し驚愕したよ。
「おい、無視するなって」
「ああ、別にマハトールが良いって言えば、連れてっていいぞ」
「いや、俺じゃ弱すぎるって言われて、相手してくれねーんだって」
知らんよ。
マハトールが調子に乗ってるわけじゃなくて、ベレアスが本当に弱いんだから仕方ない。
アザーズも、結局は集合体だからこその強みってわけか。
中の人単体だったら、そこまでの脅威ではない。
そして、これはノーフェイスにも言えるってことだな。
奴の中の人格を引っぺがしていけば、奴を弱体化していけるという予測が立った。
これは、何よりもの収穫だ。
特に対策や、対抗策が無かった現状を打破できる情報だからな。
不確かではあるが、割と自信はある。
「あと小僧からだけど、何人か他の奴らも一度来てみたいって言ってるらしいぞ」
「そうか……小僧って、アザーズの主人格だよな?」
「ああ、そうだ」
「そういう呼び方とかするから、お前ら鬱陶しがられるんじゃね?」
「さて、悪魔の野郎どこいきやがった」
耳が痛いことは、スルーと。
まあ、俺としては別に普通の人が移住してきたくらいの感覚だから、そこまで本気で追い出すつもりもない。
それ以上に、バドスが返してって言ってこないからね。
本人に言ったら傷つくだろうから、言わないけど。
「はあ、しつこいですね。仕方ないでしょう……少しだけ、遊んであげますよ」
「ほう? その余裕……いつまで持つかな?」
マハトールが根負けした様子で、ベレアスに付き合うみたいだけど。
本当にベレアス、アザーズにとっていらない子じゃないよな?
「埃が立つから、遠くでやれよ」
「はっ」
「わーったよ」
とりあえず神殿の側でやりあいそうだったので、離れるように言っておく。
蟻や蜂達が数匹ほど付いて行ってたけど、何を企んでいるのやら。
あっ、マハトールの足に噛みついてどこかに誘導してる。
あっちはいま、カブトとラダマンティスが模擬戦している場所だが。
まあ、良いか。
「リザベル」
「はいはーい」
「先回りして、カブトとラダマンティスの二人にほどほどにって伝えておいて」
「ラジャ!」
とりあえずアークデーモンのリザベルを呼び出して、伝言役に。
悪戯や嫌がらせが大好きな彼女のことだ。
きっと、二人を盛大に煽ってくれることだろう。
頑張れ。
「また、昼間から飲んでる」
「なんでいつも、たまに飲んでるところを見られるんだろうね。毎日、昼間から呑んでるみたいじゃないか」
トトが洗濯物を干し終わって、俺の前を横切るときに溜息を吐いてた。
別に毎日、昼間っから飲んでるわけじゃないし。
そもそも、飲んでても問題ない作業しかしてないわけで。
仕事……仕事ってなんだろう。
別に生産的なことを、何もしてないわけじゃないけど。
誰かの役に立ってることを、してるわけでもないな。
たまに、家事を手伝ってるだけ。
いやでも、ベルモントには多大な利益を落としてるし。
色々と、国を救うような行動もとってるし。
別に良いよな?
「誰に言い訳してるのか知りませんが、たまにはもっと建設的なことをしてはいかがでしょうか?」
「ほえー、立派な言葉を喋るようになって、親として鼻が高いよ」
「クロウニ先生のお陰ですね」
本当にトトは立派に成長したと思うよ。
お父さん、嬉しくて涙が出そう。
とりあえず、娘の視線が痛いので外にでも出るかな?
クコたち子供達はまだ授業中だし。
オーガたちの様子でも見ながら、外でビールでも。
「美味しいよ」
「良かったです」
オーガの住む区画に行ったら、ちょうど土蜘蛛の料理教室の時間だった。
土蜘蛛の手ほどきを受けたオーガの作った筑前煮をつまみながら、ビールをグイっと。
うん、本当にうまいけど……そして、鬼になんとなくお似合いの料理でもあるけど。
もっと、他に選択肢は無かったのかな?
豚バラのピカタとか出されても、微妙な気分になるか。
オーガが出してもおかしくない料理……丸焼き系か?
いや、生で骨についた肉を食いちぎってそうなイメージだけどさ。
「これは?」
「練習で作ったプレーンオムレツです」
筑前煮を食べながら気になったのは、テーブルに並べられたオムレツたち。
相当な数あるけど。
「フライパンの扱いを教えるためと、焼き具合を見る練習に作らせました」
「こんなに大量に?」
「大丈夫です。もうじき、お腹を空かせた子たちがたくさん来るので。おやつ代わりに、味付けは甘めに仕上げてますから」
流石、土蜘蛛。
練習にも抜かりが無い。
固そうなのから、半熟ゆるふわまでバラエティに富んだオムレツを見ながら、とりあえずその場を後にする。
子供たちが食べきれなかったら、こっちに回ってきそうな悪い予感もあったから。
***
「すげーな、ここは」
「まあ、ある意味ではお前らにとっても楽園か」
「ああ、まさか自分だけの身体を手に入れられるとも思わなかったし」
ベレアスが嬉しそうに、日本酒を口に運んでいるのを見て思わず笑ってしまった。
そういえば、こいつらは常に誰かと身体を共有していたことになるんだよな。
主人格だった時もあったのかもしれないが、実質的には俺とマルコみたいに同居する相手がいたわけで。
少なくともマーリンやパイドラ、そしてフェイスレスの主人格よりも後の時代の人らしい。
いや、本当にパイドラってくそばばあじゃん。
あんな若見せな格好して、しかもお色気ポジションみたいな顔しやがって。
「それ、絶対に本人に言うなよ? マジで、怒られるから」
「俺の方が強いから、問題ない」
「いや、まあそうなんだけど……自爆覚悟で全力の一撃放ってくるぞ」
それはそれで、ちょっと嫌だな。
煽った責任もありそうだし……うん、ボソッと聞こえるように呟くだけに留めよう。
「てか、俺が俺のままで過ごせて、布団で寝たりご飯食べたり……好きなように行動できるって、新鮮で嬉しい」
「いや、そんな素直な喜ばれ方したら反応に困るわ」
「なあ、今住んでるとこ俺にくれない?」
「はっ?」
「いや、この世界をくれってわけじゃないから、そんな本気で凄むなよ! いま勝手に住まわせてもらってる家のことだって。もう、本気で戻るのが嫌になってきた」
唐突にそんなことを言いだしたが、それをしたところで俺にメリットが何も無いのだが?
あー……マジか。
そこまで知恵が回ると思ってなかったけど、もしかしたらもしかする可能性があるな。
とことん用意周到ってわけだけど、しかしどうなんだ?
邪神様なら……
善神か邪神様のどちらが考えたことなのか分からないが、ここを避難シェルターにしようとしてるってことはないよな。
というよりも、使命を全うした神徒たちにとっての、天の国のような場所?
じゃっかん、地獄じみた作りの場所もあるけど。
流石に、考え過ぎか……





